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八木沢のオハツキイチョウ

八木沢のオハツキイチョウ。2019年6月16日撮影。

八木沢のオハツキイチョウ(やぎさわのオハツキイチョウ)は、山梨県南巨摩郡身延町上八木沢にある国の天然記念物に指定されたオハツキイチョウの雄木(雄株)である[1]。近年、一部の性転換を起こしたことで注目を集めた[2]

イチョウ雌雄異株であるので、の上にギンナンが結実するオハツキイチョウの場合、ほとんどの個体は雌木(雌株)である。ところが八木沢のオハツキイチョウは葉の上にギンナンではなく、(おしべ)を付ける珍奇[3][4]なイチョウであり、1940年昭和15年)7月12日に国の天然記念物に指定された[1]

国の天然記念物に指定された7本のオハツキイチョウの中で[† 1]、唯一の雄木(雄株)である[3][4][5]が、2011年平成23年)の秋、雄株にもかかわらずギンナンの実をつけたことから植物学者らによる調査が行われ、その結果、一つの枝が性転換していることが確認された[6]。山梨の巨樹・名木100選のひとつ[3]

解説編集

 
 
八木沢の
オハツキ
イチョウ
八木沢のオハツキイチョウの位置

発見の経緯編集

八木沢のオハツキイチョウは山梨県南巨摩郡身延町上八木沢、富士川東岸を南北に走る山梨県道9号市川三郷身延線から東方向へJR身延線のガードを抜けた先の左手、周囲を民家に囲まれた宮ノ前神社[5](山神社[3][† 2]境内の一角に生育しており[7]、このイチョウの所有者も同神社である[5][8]

身延町にはオハツキイチョウが多く、植物学者白井光太郎明治24年(1891年)7月に同じ身延町(当時は下山村)にある上沢寺のオハツキイチョウ(雌株)を調査し、葉の上に結実する「お葉付イチョウ」の存在が学会に報告されオハツキイチョウは知られるようになり、その翌年の明治25年(1892年)4月17日に現地調査を行った藤井健次郎によって、上沢寺の近くにある本国寺のオハツキイチョウ(雌株)と、富士川を挟んだ対岸にある八木沢のオハツキイチョウ(雄株)が発見され[4]、通常のイチョウと同様にオハツキイチョウにも雄雌の区分があることを明治29年(1896年)に論文として発表した。その内容や図は日本国内だけでなく日本国外の文献にも多く引用された[9]

富士川を挟んだ雄株と雌株編集

 
民家に隣接している。2019年6月16日撮影。
 
根元付近。2019年6月16日撮影。

八木沢のオハツキイチョウの大きさは身延町のホームページによると、根元の周囲3.94メートル、目通り幹囲3.0メートル、樹高25メートル[3]と、イチョウの幹囲としては決して大きなものではないが、八木沢のオハツキイチョウは珍しい雄株のオハツキイチョウであり、日本国内で確認されている雄株のオハツキイチョウは、同じ山梨県の市川三郷町にある薬王寺のオハツキイチョウ(山梨県指定天然記念物[10][11])と、この八木沢のオハツキイチョウの2本だけである[9][12][13]

国の天然記念物に指定される前の、1931年(昭和6年)に発行された『山梨県名木誌』では「八木澤の葉上着葯の公孫樹雄木」として解説されており、富士川を挟んで対岸の下山村に点在するオハツキイチョウの雌株群のギンナン結実に関係している旨、前述の藤井健次郎により解明されたと記載されている[14]。今日でも、富士川東岸の八木沢のオハツキイチョウの花粉が富士川を越えて飛んで行き、富士川西岸下山地区上沢寺本国寺常福寺などのオハツキイチョウ雌木(雌株)群の結実に強い関わりがあるものと考えられている[5][8]

 
身延町下山・八木沢地区のオハツキイチョウ群の位置関係を示した空中写真。
画像中央を北から南へ流れる富士川を挟んで、東岸に雄株の八木沢のオハツキイチョウ。西岸に点在する各寺院の境内に雌株のオハツキイチョウがある。八木沢・上沢寺・本国寺の3か所が国指定の天然記念物、常福寺・長谷寺の2か所が身延町指定天然記念物。(2014年9月27日撮影)国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

2011年の性転換編集

画像外部リンク
  八木沢のオハツキイチョウに実ったブドウの房状ギンナンの画像
八木沢のオハツキイチョウに不思議な現象!
楽天×身延町ブログ 「身延Life」 2011年10月7日
 
目通り付近の葉。2019年6月16日撮影。
 
下部から樹上を見上げた様子。2019年6月16日撮影。

2011年平成23年)10月上旬、雄木(雄株)であるはずの八木沢のオハツキイチョウに結実が確認された。調査を行ったところ、この結実は「お葉付き」では無く、地上から8-10メートル付近の枝に、約40個のギンナンがブドウの房状に実っていることが分かった。八木沢地区の人々の話によれば、このオハツキイチョウは約180年前に同所に植えられたものと言い伝えられているが、雄木(雄株)であるはずの八木沢のオハツキイチョウが実(ギンナン)をつけた記録はこれまでに無いという[15]

前述したようにイチョウは雌雄異株であることがほとんどで、稀に雌雄同株のものがあるというが[12]、2011年に起きた八木沢のオハツキイチョウの結実の原因はすぐに特定することが出来なかった。何らかの原因で部分的な性転換が起きたのか[15]、あるいは両性具有なのか科学的な調査が期待された[12]。しかし本樹は1940年(昭和15年)以来、国指定の天然記念物であるため、調査には文化庁の許可が必要であることにくわえ、ギンナンの実った位置も地上約8メートルという高い場所であったので、詳細な調査はしばらく行われなかった[13]

植物学者の長田敏行らは八木沢のオハツキイチョウの結実事象は、雌雄の性決定発現解析において重要な現象と考えられることから、このオハツキイチョウの一部採取を含む調査の申請を2015年平成27年)に文化庁に行い承認された。承認後現地に赴き樹上に登って調査を行ったところ、地上8メートルのところにある一枝だけに変異が見られ、その枝にのみギンナンが実っていることが確認された。採取された変異枝は研究施設で解析が行われ、体細胞突然変異による性転換が起こったものであると判断された[16]

また、この変異枝に実ったギンナンは樹下で採取され、東京大学大学院理学系研究科附属植物園でこのギンナンからの播種が行われ、種子発芽と育成により得られた植物体の解析が試みられている。翌2016年、2017年と文化庁へ調査申請を継続し、性転換が確認された枝の一部を接木挿し木で繁殖させ、元の雄株である八木沢のオハツキイチョウとの遺伝子発現の差異についての研究・解析が継続されている[16]

イチョウの性転換については文献上に複数の事例報告があるが、いずれも不明瞭なものであり、一例を挙げると、ヨーロッパで最古の部類に属すると言われているイギリス王立キュー植物園の雄のイチョウ[† 3]の一枝に、ギンナンが実ったという報告が2006年にされたが、このイチョウは過去に雌のイチョウの枝が接木された記録があるため、結実はその影響下による可能性が考えられるという。その一方で、八木沢のオハツキイチョウ(雄株)は、国の天然記念物として継続的に観察・保護されてきたという点で特異的であり貴重なものである。本樹における性転換の研究・解析は植物学における性決定と、その発現の解明について寄与するものと期待されている[17]

交通アクセス編集

所在地
  • 山梨県南巨摩郡身延町上八木沢[18]
交通

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 国の天然記念物に指定されたオハツキイチョウは日本全国に7本あり、そのうち3本がここ身延町町内にあり、本樹はそのうちの1本である。八木沢のオハツキイチョウ 身延町ホームページ 2019年7月3日閲覧。
  2. ^ 資料により「宮ノ前神社」、「山神社」の2通りの神社名で表記されるが、いずれも同一の神社である。なお、当社は神職が常駐していない小規模な神社である。
  3. ^ キュー植物園のイチョウは通常のイチョウでオハツキイチョウでは無い。

出典編集

  1. ^ a b 八木沢のオハツキイチョウ - 国指定文化財等データベース(文化庁)、2019年7月3日閲覧。
  2. ^ イチョウの性転換!雄木に銀杏が実った 論座 米山正寛 朝日新聞記者(科学医療部)2011年11月26日 朝日新聞社 2019年7月3日閲覧。
  3. ^ a b c d e 八木沢のオハツキイチョウ 身延町ホームページ 2019年7月3日閲覧。
  4. ^ a b c 本田正次(1958)、p.44。
  5. ^ a b c d 中沢(1995)、pp.481-482。
  6. ^ 日本植物園協会(2017)pp.13-15
  7. ^ 八木沢のオハツキイチョウ 山梨の文化財ガイド(データベース)天然記念物02 山梨県県庁ホームページ 2019年7月3日閲覧。
  8. ^ a b 山梨県林業研究会(2006)、p.90-91。
  9. ^ a b 相馬早苗 教育学部紀要(2003)
  10. ^ 薬王寺について 薬王寺のオハツキイチョウの雄株 市川三郷町ホームページ 2019年7月3日閲覧。
  11. ^ 薬王寺ホームページ 2019年7月3日閲覧。
  12. ^ a b c 金井弘夫 植物研究雑誌(2014)
  13. ^ a b 日本植物園協会(2017)p.13
  14. ^ 山梨県編『山梨県名木誌』 - 国立国会図書館デジタルコレクション、2019年7月3日閲覧。
  15. ^ a b -180年間で初の結実- 山梨・身延の国指定天然記念物「八木沢のオハツキイチョウ」〔雄木〕に種子群@Pressリリース 2019年7月3日閲覧。
  16. ^ a b 日本植物園協会(2017)p.14
  17. ^ 日本植物園協会(2017)p.15
  18. ^ a b 八木沢のオハツキイチョウ 観光案内 身延町ホームページ 2019年7月3日閲覧。

参考文献・資料編集

  • 加藤陸奥雄他監修・中沢敬止、1995年3月20日 第1刷発行、『日本の天然記念物』、講談社 ISBN 4-06-180589-4
  • 本田政次、1958年12月25日 初版発行、『植物文化財 天然記念物・植物』、東京大学理学部植物学教室内 本田政次教授還暦記念会
  • (社)山梨県林業研究会編、2006年5月31日 2版第1刷発行、『山梨の巨樹・名木100選』、山梨日日新聞社出版部 ISBN 4-89710-851-9
  • 葉上胚珠、葉上花粉嚢をもつイチョウを得る試み (PDF)”. 相馬早苗. 『教育学部紀要』文教大学教育学部 第37集 (2003年). 2019年7月3日閲覧。
  • オハツキイチョウ(雄株)の結実 (PDF)”. 金井弘夫. 植物研究雑誌 第89巻 第1号 (2014年2月). 2019年7月3日閲覧。
  • イチョウの性転換 Sex conversion in Ginkgo biloba (PDF)”. 長田敏行、種子田春彦、小牧義輝、邑田仁、長谷部光泰、Peter R.Crane. 日本植物園協会誌 第52号 pp.13-15 (2017年11月). 2019年7月3日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集