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出の山公園(いでのやまこうえん)は、宮崎県小林市大字南西方字出の山にある公園

出の山公園
所在地
宮崎県小林市大字南西方字出の山
座標 北緯32度98分00秒
東経130度56分44秒
座標: 北緯32度98分00秒 東経130度56分44秒
設備・遊具 出の山淡水魚水族館、ホタル鑑賞遊歩道 、料亭、養魚場など
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出の山池を中心とした公園で、水源は1985年(昭和60年)出の山湧水として名水百選のひとつに選定された[1]

概要編集

霧島連山の湧水群のひとつで毎秒1tと豊富な水量が、小林市で一番大きい溜池「出の山池」に流入する。出の山の池は1614年(慶長19年)に薩摩藩により灌漑用水として造られたもので、この周辺には、多数の動植物が生息している。 特にゲンジボタルの一大生息地であり、池のほとりでホタルの観察でき、幻想的なホタルの舞が観賞できるように遊歩道が整備も整備されており、5月下旬から6月上旬の間は、散策しながらホタルの乱舞が観賞できる[2]

隣接する「宮崎県水産試験場小林分場」では湧水を利用してチョウザメの人工孵化に成功し、民間との協力でキャビアの商品化もおこなっている、園内には「出の山淡水魚水族館」やコイマス、チョウザメ等の川魚の料理店がある[3]

神話編集

肥後国球磨郡大隅国の栗野、横川、表木山そして囎唹郡の山間一体に居住し、勢力を誇っていた原住民の熊襲朝廷に逆らい、年貢米を献納しなかったため、景行天皇は、これを平定するために九州地方に征伐に訪れた。京を発ち、長門国豊国を経て、日向国に高屋行宮(西都市付近)を設置し熊襲と戦い平定をした。京へ凱旋の途についた帰途、夷守(小林市付近)に立ち寄った。当時、出の山を囲んでいる丘は、豪族の館があったといわれ、諸県の君と呼ばれる美しい泉媛がいた。媛が出の山から汲んで来た湧き水でたてた一服のお茶に、天皇は戦いに疲れた心を慰められ、いつしか天皇と媛は暖かい情愛が芽生えた。帰還の時が訪れ天皇は別れを惜しみながら京へと旅立った。残された媛は嘆き悲しみ池に身を投げ守り神として蛇に化身したという。

今でも毎年4月には水神様を祭る弁財天祭が行われ、大出水地区にある墓地の隣りには媛の墓と伝わる石も残っている。 伝説「泉媛物語」抜粋[4]

交通編集

関連項目編集

脚註編集