国立旧一期校・二期校

国立旧一期校(こくりつきゅういっきこう)および国立旧二期校(こくりつきゅうにきこう)は1949年から1978年まで実施されていた日本国立大学入試制度の区分の一つ。

概要編集

当時、各大学ごとに行われた入学試験は、文部省により一期校と二期校の2つの区分に分けられていた。

一期校は3月上旬、二期校は3月下旬に日程を組まれていた(ただし、1949年は一期校は6月8日から、二期校は6月15日から行われた)。この2つの区分に分けることで大学進学者が首都圏、有名校へ集中することを防ぎ、大学進学者の間口を広げることを意図していた。しかし、旧帝国大学が一期校に集中し、かつ組まれた日程との関係もあって必然的に一期校が第1志望、二期校は滑り止めという様相になり、これにより期別の大学群格差が序列化されるようになった。その弊害を是正するために大学共通第1次学力試験導入後、一期校・二期校制度を廃止した。国公立大学は原則1校受験とされた。

上述の様に、概ね一期校には旧帝国大学を含む比較的歴史のある大学が中心、二期校は学制改革後の新制大学を中心に偏って指定された。しかしながら仔細には他大学との地域バランスから一期校指定された地方国立大学や、一期校落ちの優秀学生が成績上位層に集まって学生の実力が評価された二期校の大学が存在したことから、必ずしも序列を意図した編成ではなく、かつその序列が固定化されたわけではないことが分かる。特に大都市圏で高い人気を集めるいくつかの学校は「二期校の雄」と呼ばれた。なお、1970年代に相次いで地方に新設された医学系単科大学は、当該県に既存の大学とは異なるグループに配された。例えば、浜松医科大は静岡大が二期校なので一期、宮崎医科大は宮崎大が一期校なので二期という具合である。

一期校・二期校の区分編集

一期校・二期校の区分はほぼ固定されていた。参考として以下に1949年および1977年の入試における区分を記す。なお、下記はあくまで”1977年時点で”ということであり、東京教育大学などはそれ以前から一期校であったし、東京農工大学、東京学芸大学、電気通信大学などはそれ以前から二期校であった。

1949年編集

一期校
北海道大学岩手大学東北大学東京大学東京農工大学東京工業大学東京芸術大学東京教育大学一橋大学電気通信大学新潟大学福井大学名古屋大学愛知学芸大学三重大学京都大学、京都学芸大学(京都教育大学)、奈良学芸大学(奈良教育大学)、大阪大学大阪外国語大学神戸大学島根大学岡山大学山口大学徳島大学高知大学九州大学福岡学芸大学長崎大学宮崎大学
二期校
室蘭工業大学帯広畜産大学小樽商科大学、北海道学芸大学、山形大学弘前大学福島大学茨城大学宇都宮大学千葉大学お茶の水女子大学東京学芸大学東京外国語大学群馬大学埼玉大学信州大学横浜国立大学富山大学金沢大学山梨大学静岡大学名古屋工業大学岐阜大学滋賀大学京都工芸繊維大学奈良女子大学、大阪学芸大学、和歌山大学鳥取大学広島大学香川大学愛媛大学九州工業大学佐賀大学熊本大学大分大学鹿児島大学

1977年編集

一期校
北海道大学、岩手大学、東北大学、東京大学、筑波大学、東京芸術大学、千葉大学、お茶の水女子大学、東京工業大学、東京水産大学、一橋大学、新潟大学、富山医科薬科大学、金沢大学、浜松医科大学、名古屋大学、三重大学、滋賀医科大学、京都大学、奈良女子大学、大阪大学、神戸大学、鳥取大学、岡山大学、広島大学、徳島大学、高知大学、九州大学、九州芸術工科大学、長崎大学、熊本大学、宮崎大学、琉球大学
二期校
北見工業大学旭川医科大学、帯広畜産大学、小樽商科大学、北海道教育大学、室蘭工業大学、弘前大学、宮城教育大学秋田大学、山形大学、福島大学、茨城大学、宇都宮大学、群馬大学、埼玉大学、電気通信大学、東京医科歯科大学、東京外国語大学、東京学芸大学、東京商船大学、東京農工大学、横浜国立大学、富山大学、福井大学、山梨大学、信州大学、静岡大学、愛知教育大学、名古屋工業大学、岐阜大学、滋賀大学、京都教育大学、京都工芸繊維大学、奈良教育大学、大阪外国語大学、大阪教育大学、和歌山大学、島根大学、山口大学、香川大学、愛媛大学、九州工業大学、福岡教育大学、佐賀大学、大分大学、宮崎医科大学、鹿児島大学

関連項目編集