Em形ロシア語: Ем)は、ムィティシ機械製造工場(現:メトロワゴンマッシュ)およびI.E.エゴロフ工場ロシア語版で製造された地下鉄電車ホームドアが採用されたレニングラード地下鉄(現:サンクトペテルブルク地下鉄)向けに開発された車両である[1]

地下鉄Em、Ema、Emkh形電車
81-704形、81-705形、81-706形
中間に連結されるEm形(サンクトペテルブルク地下鉄
基本情報
運用者 サンクトペテルブルク地下鉄
製造所 ムィティシ機械製造工場I.E.エゴロフ工場ロシア語版
製造年 1967年 - 1970年
製造数 150両(Em形)
31両(Ema形)
33両(Emkh形)
主要諸元
軌間 1,520 mm
電気方式 直流750 V(蓄電池駆動
設計最高速度 90 km/h
減速度 4.32 km/s
減速度(常用) 3.96 km/s
車両定員 264人(着席40人)
車両重量 32.2 t
全長 19,210 mm
車体長 18,810 mm
全幅 2,700 mm
全高 3,695 mm
車輪径 780 mm
主電動機出力 68 kw
駆動方式 吊り掛け駆動方式
クイル式駆動方式(E-KM形)
出力 272 kw
制御装置 抵抗制御
VVVFインバータ制御
制動装置 発電ブレーキ空気ブレーキ
備考 主要数値は[1][2]に基づく。
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この項目では、I.E.エゴロフ工場で製造が実施された増備車のEm501形(Em501形、Ema502形、Emkh503形)およびモスクワ地下鉄に導入されたEm508形(Em507形、Em508形)についても解説する[3][4]

Em、Ema、Emkh形(Ем、Ема、Емх) 編集

1961年に開通したレニングラード地下鉄2号線は、フルシチョフ政権下の元でこれまでの豪華絢爛な外見からコスト削減を目的とした質素な構造を用いて設計が行われた結果、費用削減のため線路側のトンネルの断面を小さくした事による安全対策や水分を多量に含んだサンクトペテルブルクの土壌からの浸水防止などの理由から、ホームドアが世界で初めて採用された鉄道路線となった。だが、当時サンクトペテルブルク地下鉄に導入が進んでいたE形電車は乗降扉の位置がホームドアの位置と異なっていたため、2号線を始めとする路線へ投入する事は出来なかった。またホームドアに適した乗降扉の位置を有していた旧型車両のD形ロシア語版も、特定の位置へ列車を正確に停車させたりホームドアと乗降扉の開閉を同調させたりするための自動列車運転装置を搭載していなかった。そこで、E形電車を基にホームドアを有する路線に適した車両としてムィティシ機械製造工場で開発・製造されたのがEm形である[5][6][7][8]

ホームドアと乗降扉の位置を合わせた事で車体長がE形(19,166 mm)から僅かに伸びた19,210 mmとなり、座席数も42個に増加した。主要機器は基本的にE形のものを踏襲していたが、制御器や充電池の変更が行われた他、自動列車運転装置(PMSAUP)(ПМСАУП)の搭載に伴う電気回路の変更が実施されたためE形との混結運転は不可能であった。編成は機器が異なる以下の3種類の形式によって構成されていた[2][1]

  • Ema形(Ема)- 先頭車。PMSAUP用の装置および施設側からの信号を受信する装置を搭載。工場側からは81-705形という形式名も与えられた。
  • Emkh形(Емх)- 先頭車。PMSAUPのON/OFFを切り替えるスイッチを搭載。工場側からは81-706形という形式名も与えられた。
  • Em形(Ем)- 中間車。ただし車庫で使用するための運転台が設置されていたため定員数はEma形・Emh形と同様であった。工場側からは81-704形という形式名も与えられた。

1966年12月に試作車が落成し、試験の後翌1967年から1970年まで量産車の製造が実施された。当初はムィティシ機械製造工場で作られていたが、1968年からはサンクトペテルブルクI.E.エゴロフ工場ロシア語版での製造に移行した。ホームドアが存在する2号線や3号線に加え1号線にも導入され、2019年現在は1号線でのみ運行されている[2][1][9]

なお一部車両は後年に建築限界測定車運転シミュレータ車両などの事業用車に改造された他、Em形3748は1993年サイリスタチョッパ制御の試験車両に改造され、形式名も81-561形(車両番号11342)に変更されている[2][10]

Em501形、Ema502形、Emkh503形(Ем501、Ема502、Емх503) 編集

地下鉄Em501、Ema502、Emkh503形電車
81-501形、81-502形、81-503形
 
Emkh503形(6048)を先頭にした編成(サンクトペテルブルク地下鉄
基本情報
運用者 サンクトペテルブルク地下鉄
キエフ地下鉄
製造所 I.E.エゴロフ工場ロシア語版
製造年 1969年 - 1980年
製造数 313両(Em501形)
245両(Ema502形)
22両(Emkh503形)
運用開始 1971年
主要諸元
軌間 1,520 mm
電気方式 直流750 V(蓄電池駆動
設計最高速度 90 km/h
減速度 1.2 m/s2
減速度(常用) 1.1 m/s2
車両定員 264人(着席40人)
車両重量 32.2 t
全長 19,210 mm
全幅 2,700 mm
全高 3,695 mm
車輪径 780 mm
主電動機出力 68 kw
駆動方式 吊り掛け駆動方式
出力 272 kw
制御装置 抵抗制御
制動装置 発電ブレーキ空気ブレーキ
備考 主要数値は[3][11]に基づく。
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Em形の設計を基にI.E.エゴロフ工場で改良が行われた独自の形式。1969年に試作車1両が製造された後、Em形に代わり1971年から1980年にかけて量産が行われた。自動運転用の機器や無線の操作がしやすいよう運転台に改良が加えられている他、量産車は車体の強度を増すため窓回りのビードの数がそれまでの2本から3本に増加している[3][12]

当初は自動運転用の機器を搭載した先頭車のEma502形(81-502形)、自動運転の切り替えスイッチのみが設置された先頭車のEmkh503形(81-503形)、中間車のEm501形(81-501形)が製造されたが、1973年以降に製造された先頭車はEma502形に統一された。また1974年に以降製造された車両には自動運転システムや自動速度制御システム(АРС)を含む総合自動列車制御システムの"KSAUP"(КСАУП)が搭載された。他にも台車中央部の枕バネの強化や軸箱の形状変更など幾つかの改良が実施されている[3][11]

製造後はレニングラード地下鉄に導入されたが、一部車両は1979年キエフ地下鉄への譲渡が行われている[11][13]

Em508形、Em509形(Ем508、Ем509) 編集

地下鉄Em508、Em509形電車
81-508形、81-509形
 
Em508形の同型車両のEm508T形(モスクワ地下鉄)
基本情報
運用者 モスクワ地下鉄
バクー地下鉄
製造所 I.E.エゴロフ工場ロシア語版
製造年 1970年 - 1973年
製造数 171両(Em508形)
62両(Em509形)
運用終了 2010年(モスクワ地下鉄)
主要諸元
軌間 1,520 mm
電気方式 直流750 V(蓄電池駆動
設計最高速度 90 km/h
減速度 1.2 m/s2
減速度(常用) 1.1 m/s2
車両定員 264人(着席40人)
車両重量 32.2 t
全長 19,210 mm
全幅 2,700 mm
全高 3,695 mm
車輪径 780 mm
主電動機出力 68 kw
駆動方式 吊り掛け駆動方式
出力 272 kw
制御装置 抵抗制御
制動装置 発電ブレーキ空気ブレーキ
備考 主要数値は[4][14]に基づく。
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1970年から1973年にかけてモスクワ地下鉄向けに製造が行われた形式。車体はEm501形、Ema502形、Emkh503形と同型であった一方、電気機器や空気圧縮機などの主要機器はムィティシ機械製造工場が製造していたEzh形と同一のものが使用された。編成は先頭車のEm509形(81-509形)、中間車のEm508形(81-508形)で構成され、Em509形には自動運転システムに対応した機器や無線装置が備わっていた[4][14]

フィリョーフスカヤ線を始めとするモスクワ地下鉄各線で運用に就いたが2010年までに営業運転から退き、保存車両(Em508形3941)を除き全車廃車された。また1983年以降はEzh形と共に一部車両がバクー地下鉄へ譲渡されたもののこちらも全車廃車となっている[4][14][15][16]

なお、Em508形の同型車として1974年から1979年にかけてEm508T形(Ем508Т)の製造が実施されている[4][17]

改造 編集

Em501M形、Ema502M形(Ем501М、Ема502М) 編集

延命を目的にEm501形・Ema502形へ更新工事を施した形式。中間車のEm501形に設置されていた運転台が撤去され立席スペースが追加された他、座席や通気口など内装も当時製造されていた新型車両に併せたものに改造され防火対策も強化された。また前照灯尾灯や乗降扉の開閉装置の変更など各部の更新が実施された[18][19]

2001年から2003年までに30両が改造されサンクトペテルブルク地下鉄5号線に導入されたが、新型車両導入に伴い2015年以降は1号線に転属した。その際、1号線で用いられる自動運転システム"KSAUP-M"(КСАУП-М)に対応した設備を搭載するのが困難であった事からEm502M形についても中間車として運用される事となった。だが以降も新型車両導入による置き換えが進んだ結果、Em501形1両(3931)を除き2017年までに全車両とも廃車となった[20][21]

E-KM形(Е-КМ) 編集

 
E-KM形

ウクライナの首都・キーウを走るキエフ地下鉄では、製造から数十年が経過しても良好な状態を維持する旧型車両の車体を活かし、新規に製造した前面や機器を搭載した車体更新車のE-KM形ロシア語版2013年から導入している[22]。その中でも先頭車にあたるE-KM-Gb形(81-7080形)の一部はEma502形から改造された車両であり、誘導電動機VVVFインバータ制御装置IGBT素子)を用いることで消費電力の大幅な削減が図られている[23][24][25]

その他 編集

脚注 編集

注釈 編集

出典 編集

  1. ^ a b c d Абрамов Е.Р 2015, p. 437-439.
  2. ^ a b c d ЭЛЕКТРОВАГОНЫ ТИПОВ ЕМ, ЕМА И ЕМХ Метровагоны 2019年8月7日閲覧
  3. ^ a b c d ЭЛЕКТРОВАГОНЫ ТИПОВ ЕМ-501, ЕМА-502 И ЕМХ-503 Метровагоны 2019年8月9日閲覧
  4. ^ a b c d e ЭЛЕКТРОВАГОНЫ ТИПОВ ЕМ508 И ЕМ509 Метровагоны 2019年8月9日閲覧
  5. ^ Абрамов Е.Р 2015, p. 437-438.
  6. ^ Почему в петербургском метро больше не строят станции закрытого типа 2011年4月25日作成 2019年8月9日閲覧
  7. ^ Зачем в Ленинградском метро строили станции с дверьми на платформе? 2019年8月9日閲覧
  8. ^ В. А. Раков «Локомотивы отечественных ж.д. 1956—1975 гг.»
  9. ^ Saint Petersburg, Em (LVZ) Roster Urban Electric Transit 2019年8月9日閲覧
  10. ^ Абрамов Е.Р 2015, p. 439.
  11. ^ a b c Абрамов Е.Р 2015, p. 444-446.
  12. ^ Абрамов Е.Р 2015, p. 444-445.
  13. ^ Kyiv, Em-501 Roster Urban Electric Transit 2019年8月9日閲覧
  14. ^ a b c Абрамов Е.Р 2015, p. 446.
  15. ^ Moscow, Em-508 Roster Urban Electric Transit 2019年8月9日閲覧
  16. ^ Moscow, Em-50 Roster Urban Electric Transit 2019年8月9日閲覧
  17. ^ Абрамов Е.Р 2015, p. 443.
  18. ^ Абрамов Е.Р 2015, p. 447.
  19. ^ Вагоны типа Ем501М/Ема502М (81-501М/81-502М) 2019年8月9日閲覧
  20. ^ Saint Petersburg, Em-501М (VM) RosterUrban Electric Transit 2019年8月9日閲覧
  21. ^ Saint Petersburg, Ema-502М (VM) RosterUrban Electric Transit 2019年8月9日閲覧
  22. ^ Киев: Начало пробной эксплуатации с пассажирами составов типа Е-Км-Гб/Пм (модернизированные Е/Еж) 2014年07/22作成 2019年8月9日閲覧
  23. ^ Kyiv, E-KM-Gb (81-7080) Roster Urban Electric Transit 2019年8月9日閲覧
  24. ^ Головной вагон метро мод.81-7080 Крюковский вагоностроительный завод 2019年8月9日閲覧
  25. ^ ウクライナ キエフ市地下鉄 − 車両の更新工事 −”. 総合車両製作所. 2022年4月14日閲覧。

参考資料 編集