城陽カントリー倶楽部

城陽カントリー倶楽部(じょうようカントリーくらぶ)は、京都府城陽市寺田奥山に広がるゴルフ場である。

城陽カントリー倶楽部
Joyo Country Club
城陽カントリー倶楽部
城陽カントリー倶楽部の空中写真。
画像左上方に見えるコースは東城陽ゴルフ倶楽部の一部。
2008年5月15日撮影の4枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
京都府城陽市寺田奥山1-46番地
座標: 北緯34度51分14.27秒 東経135度48分21.41秒 / 北緯34.8539639度 東経135.8059472度 / 34.8539639; 135.8059472
Nuvola apps kolf.svg 概要
開業 1959年昭和34年)7月23日
運営 メンバーシップコース
設計 佐藤 儀一
運営者 日本観光ゴルフ株式会社
トーナメント ・2022年 第55回 日本女子プロゴルフ選手権大会開催予定
Nuvola apps kolf.svg コース
東コース

OUT IN
HOLE PAR YARD HOLE PAR YARD
1 4 464 1 5 575
2 3 197 2 4 428
3 5 484 3 4 440
4 4 404 4 3 180
5 4 356 5 5 586
6 4 365 6 4 425
7 5 577 7 3 181
8 4 382 8 4 402
9 3 217 9 4 351
36 3446 36 3568
西コース

OUT IN
HOLE PAR YARD HOLE PAR YARD
1 4 372 10 4 326
2 4 350 11 3 165
3 4 447 12 4 377
4 4 338 13 5 554
5 5 477 14 3 177
6 4 375 15 4 361
7 3 155 16 5 466
8 5 498 17 3 198
9 3 179 18 4 426
36 3191 35 3050

Nuvola apps kolf.svg その他
公式サイト 城陽カントリー倶楽部
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概要編集

城陽カントリー倶楽部は、1958年昭和33年)9月11日、新たなゴルフ場建設に向け、母体会社「日本観光ゴルフ株式会社」を設立、社長には戦前の「大阪ゴルフクラブ[1]」(大阪府泉南郡岬町、1937年(昭和12年)開場)以来、関西の多くのゴルフ場の創建に関わった寺田甚吉が就任した[2]

建設用地は、久世郡城陽町字寺田奥山を買収、旧陸軍長池演習場(陸上自衛隊中部方面隊 京都府(城陽市)、(陸上自衛隊の演習場一覧))に続く傾斜地である[2]。寺田が目指したのは廣野ゴルフ倶楽部であり、名門ゴルフ場としてスタートした[2]。コース設計は、佐藤儀一に依頼した[2]。クラブハウスの設計は、廣野ゴルフ倶楽部のクラブハウスを設計した渡辺節に依頼した[2]

1958年(昭和33年)9月26日、工事を清水建設株式会社に依頼し着工した[2]1959年(昭和34年)7月23日、東コースの18ホールのゴルフ場が開場、その翌年、1960年(昭和35年)7月9日、西コースの18ホールのゴルフ場が完成、同年7月10日、開場され、東西コースの36ホール規模のゴルフ場が完成した[2]。当時は、2グリーン全盛期で、佐藤儀一は36ホールを高麗芝1グリーンで造った[2]。第1打は広いフェアウェイに、そこから小さな砲台グリーンに、グリーンを囲むバンカーアリソンの廣野型である[2]

ゴルフ場は丘陵コースで、東西両コースとも特徴的で、東コースはフェアウェイの幅も広く、距離も長くのびのびとプレー出来るコースで、西コースは距離的には短いが、自然を生かした起伏に富んだフェアウェイ、バンカーも効果的で難しい技術を要求するコースである[3]

日本の女子プロゴルフメジャー大会の1つ、日本ゴルフ協会主催競技でもある、2022年(令和4年)、第55回 日本女子プロゴルフ選手権大会の開催予定である[4]

歴史編集

  • 1958年昭和33年)
    • 9月11日 - 「日本観光ゴルフ株式会社」設立
    • 9月26日 - 地鎮祭
  • 1959年(昭和34年)7月23日 - 東コース18ホール6,877ヤード、パー72 開場
  • 1960年(昭和35年)
    • 2月17日 - キャディ宿舎完成
    • 3月31日 - 西コース18ホール完成
    • 7月10日 - 西コース18ホール6,347ヤード、パー71 開場、36ホール規模となる
  • 2009年(平成21年)2月11日 - クラブハウス改修工事竣工 [5]

所在地編集

〒610-0121 京都府城陽市寺田奥山1-46番地

コース情報編集

  • 開場日 - 1959年7月23日
  • 設計者 - 佐藤 儀一
  • 面積 - 1,820,000m2(約55.0万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - 36ホールズ、パー143(東コース72、西コース71)、13,224ヤード(東コース7,014ヤード、西コース6,241ヤード)、コースレート東コース75.1、西コース71.0
  • グリーン - 1グリーン、ベント(ペンクロス)
  • フェアウエイ - コーライ
  • ラフ -ノシバ
  • ハザード - バンカーの170、池が絡むホール6
  • プレースタイル - 乗用カート(5人乗り)、自走式、全組キャディ付き 
  • 練習場 - 20打席 270ヤード
  • 休場日 - 毎週月曜日、12月31日、1月1日[3]

クラブ情報編集

ギャラリー編集

交通アクセス編集

鉄道

道路

メジャー選手権編集

エピソード編集

  • 「日本観光ゴルフ株式会社」の社長・寺田甚吉、コースが完成するまでの3年間、コース近くに住居を移しゴム長ジャンパー姿でコース造りに熱中した。そして、17年間キャプテン、社長を勤め、城陽カントリー倶楽部のロゴエンブレムを作った[7]
  • 寺田甚吉は、クラブハウスのデザインについて、廣野ゴルフ倶楽部の様なスペイン風のデザインを計画し渡辺節に設計を依頼したが、「京都には日本風が似合う」との寺田二世の考えを取り入れた[7]

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 「大阪ゴルフクラブ」、倶楽部の歴史、2021年1月27日閲覧
  2. ^ a b c d e f g h i 『美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN : 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「城陽カントリー倶楽部」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2021年1月26日閲覧
  3. ^ a b c 「城陽カントリー倶楽部」、ゴルフホットライン、2020年12月28日閲覧
  4. ^ a b 「日本女子プロゴルフ選手権大会」、日本女子プロゴルフ協会、2020年12月28日閲覧
  5. ^ 「城陽カントリー倶楽部」、倶楽部紹介、倶楽部の歴史、2020年12月28日閲覧
  6. ^ 「城陽カントリー倶楽部」、アクセス、交通案内、2020年12月28日閲覧
  7. ^ a b 『美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN : 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「城陽カントリー倶楽部」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2020年12月28日閲覧

関連文献編集

  • 『全国ゴルフ・コース案内 関西篇』、「城陽カントリー倶楽部」、水谷準著、東京 ベースボール・マガジン社、1963年、2020年12月28日閲覧
  • 『ゴルフ場ガイド 西版』2006-2007、「城陽カントリー倶楽部(京都府)」、東京 ゴルフダイジェスト社、2006年5月、2020年12月28日閲覧
  • 『月刊ゴルフマネジメント』、「ゴルフ倶楽部を考える(第250回)城陽カントリー倶楽部の創設 日本ゴルフコース100年史」、井上勝純著、東京 一季出版、2007年2月、2020年12月28日閲覧
  • 『美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN : 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「城陽カントリー倶楽部」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2020年12月28日閲覧

関連項目編集

外部リンク編集