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大阪府立泉尾高等学校(おおさかふりつ いずお こうとうがっこう)は、大阪府大阪市大正区にある公立高等学校

大阪府立泉尾高等学校
大阪府立泉尾高等学校
過去の名称 大阪府立第七高等女学校
大阪府立泉尾高等女学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大阪府の旗 大阪府
校訓 純真清楚・質実剛健
設立年月日 1921年3月31日
創立記念日 6月1日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
高校コード 27131E
所在地 551-0031
大阪府大阪市大正区泉尾3丁目19番50号

北緯34度39分31.4秒 東経135度28分12.9秒 / 北緯34.658722度 東経135.470250度 / 34.658722; 135.470250座標: 北緯34度39分31.4秒 東経135度28分12.9秒 / 北緯34.658722度 東経135.470250度 / 34.658722; 135.470250
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
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大阪府立泉尾高等学校の位置(大阪府内)
大阪府立泉尾高等学校
泉尾高等学校の位置(大阪府)

概要編集

 
制服

1921年に創立。高等女学校時代からの校訓は「純真清楚」。校是は、学制改革時の交流先旧制今宮中学校から引き継いだ「質実剛健」。校章は泉尾高等女学校校章の『純真清楚』を象徴する白百合のふちと、今宮中学校校章の星から『たくましく知性の燦めき』 という意味で有名なオリオン星の三稜(三ツ星)をとり、それらを組み合わせたものの中央に「高」の字を配置したデザインを採用している。

全日制普通科だがコース制も導入し、多様な選択科目を設置している。また、英語数学の授業では少人数指導も導入し、2007年度から大阪府教育委員会からアクティブ・ハイスクールに指定され、教頭2人体制、キャリアアドバイザー配置などを実施し、夏には隣接のセミナーハウス(同窓会館「白稜会白百合会館」)で勉強合宿を実施している。

6月の体育祭と11月の文化祭をあわせて「泉高祭(いずこうさい)」と呼ぶ。体育祭は、各学年を6つないし7つに分割し、上下級生で一体の「団」と呼ばれる“縦割り”チーム編成で激しい応援を競うのが特色。11月に開かれる文化祭は模擬店の多さ、全クラスが個別に垂れ幕を作りPRするのが特色。舞台演劇、ヒップホップダンス、軽音楽部によるバンド演奏のほか、同校教師陣による「先生バンド」がフィナーレを飾る。

毎夏、生徒会執行部が24時間テレビチャリティーキャンペーンにあわせ地元商店街に夜店を出し、売上げ金を寄付している。また、大阪市環境局の協力で、地域清掃活動「泉高クリーンウォーク」を定期的に行っている。

沿革編集

1921年3月31日付で大阪府立第七高等女学校として設立認可され、同年4月8日より大阪市西区市岡町(現在の港区波除2丁目)の大阪府立市岡高等女学校(現在の大阪府立港高等学校)を仮校舎として授業を開始した。

1922年4月1日付で大阪府立泉尾高等女学校と改称し、同年6月1日に西区泉尾町(現在地)に移転している。現在地へ移転した6月1日を創立記念日としている。

1923年6月には制服が制定された。府立高等女学校で制服が制定されたのは、泉尾高等女学校が初めてである。また1924年2月には府立高等女学校で初となる鉄筋コンクリートの新校舎が落成している。

1934年9月21日室戸台風では校舎が被災し、しばらく授業中止となった。

1940年には校内に大阪府泉尾臨時教員養成所を併設した。臨時教員養成所は終戦直後の1945年9月に閉鎖されている。

同窓会・白百合会(1982年白稜会に改称)が母体となり、1941年に郊外学舎・白百合学園設立を決定した。白百合学園は奈良県生駒郡生駒町俵口(現在の生駒市俵口町)に設置され、郊外農園での農作業のほか、白百合幼稚園を併設して保育実習も実施していた。

太平洋戦争の戦局悪化により、生徒は1944年以降近隣の工場に勤労動員された。1945年3月13日の第一次大阪大空襲では校舎が被災した。

1945年3月から終戦まで大阪府立泉尾高等女学校・大阪府立市岡高等女学校・私立明浄高等女学校の大半の生徒は、国家の命により、大阪府枚方市にあった陸軍造兵廠香里製造所において、昼夜二交代で火薬の粉塵が舞う劣悪な環境の中、爆弾・砲弾の製造作業に従事。この体験を無にしないため、同地には非戦の誓いの碑が建てられている。

1948年の学制改革により、大阪府立泉尾高等学校となった。大阪府立今宮高等学校(旧制今宮中学校)および大阪市立南高等学校(旧制南高等女学校)と生徒・教職員を交流し、男女共学となった。

1978年に校舎改築工事が開始され、1981年3月に完成している。

大阪府教育委員会は、2016年11月18日の教育委員会会議において、泉尾高等学校を大阪府立大正高等学校と再編統合することを決定した。そして、2018年から生徒の募集を停止した。2018年4月1日、両校を統合し、泉尾高等学校校地に大阪府立大正白稜高等学校が開校した。[1]そして泉尾高等学校は、2020年3月に閉校となる予定。今後、大阪府議会の議決を持って正式に閉校が決定される予定である。

年表編集

出身者編集

学者編集

芸術・芸能編集

経済編集

  • 西岡明賜 - 大手流通グループイオン (企業)のドラッグ事業EC議長、元マイカル社長
  • 面屋龍延 - 清風堂書店社長、日本書店業協同組合副会長、大阪府書店商業組合理事長

スポーツ編集

その他編集

関係者編集

交通編集

参考文献編集

  • 大阪府立泉尾高等学校『創立80周年記念誌』、2001年。

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 泉尾高等学校・大正白稜高等学校の校地と大正高等学校の校地は直線距離で約400m離れている。

外部リンク編集