港区 (大阪市)

大阪市の区

港区(みなとく)は、大阪市を構成する24行政区のうちのひとつ。

みなとく
港区
天保山ハーバービレッジ
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
大阪市
市町村コード 27107-1
面積 7.86km2
総人口 80,206[編集]
推計人口、2021年3月1日)
人口密度 10,204人/km2
隣接自治体
隣接行政区
大阪市此花区西区大正区
住之江区
区の花 ヒマワリサクラ
港区役所
所在地 552-8510
大阪府大阪市港区市岡一丁目15番25号
北緯34度39分50.1秒東経135度27分38.5秒座標: 北緯34度39分50.1秒 東経135度27分38.5秒
Minato ward-office (Osaka).jpg
外部リンク 大阪市港区

港区 (大阪市)位置図

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世界最大級の水族館・海遊館
弁天町駅周辺の200m級の超高層ビル群

隣接している区編集

歴史編集

かつては淀川河口の三角州、難波八十島(なにわのやそしま)と形容された無数の小島の一画にあたる。江戸時代になると、当区域には下記の10新田が開発された(人名は開発者)。

  • 市岡新田 - 1698年元禄11年)、市岡与左衛門。
  • 湊屋新田 - 1754年宝暦4年)、湊屋吉左衛門、加賀屋甚兵衛。
  • 木屋新田 - 1757年(宝暦7年)、木屋弥平治。
  • 池山新田 - 1758年(宝暦8年)、池山新兵衛。
  • 石田新田 - 1764年明和元年)、石田三右衛門。
  • 田中新田 - 1776年安永5年)、田中又兵衛。
  • 八幡屋新田 - 1829年文政12年)、八幡屋忠兵衛。
  • 福崎新田 - 1829年(文政12年)、福崎孫四郎。1853年嘉永6年)、北福崎新田に改称。
  • 池田新田 - 1829年(文政12年)、池田正七。
  • 柴屋新田 - 1844年弘化元年)、柴屋弥四郎。1853年(嘉永6年)、南福崎新田に改称。

上記の他、1684年貞享元年)に開削された安治川の南岸が1688年(元禄元年)に市街化されて成立した新川南(のち安治川南→安治川通南→南安治川通に改称)の西部も当区域に含まれている(現・波除6丁目の一部)。安治川南の所属は江戸時代には大坂天満組1869年明治2年)から大阪北大組となり、1879年(明治12年)の郡区町村編制法施行から北区となった。

1871年(明治4年)には天保山付近に西成郡天保町が成立。1889年(明治22年)の町村制施行においては天保町は単独施行、10新田は現在の大正区西成区域に含まれている1町13新田と合併して西成郡川南村となったが、役場は天保町・川南村合同のものが市岡新田に置かれた。

1897年(明治30年)の大阪市第一次市域拡張によって、天保町と10新田は大阪市へ編入されて西区に所属。同年天保山周辺において大阪港第一次修築工事(海に面した新港湾の造成)も始まった。第一次修築工事は紆余曲折の末昭和初期に完工し、港の周辺や港へ伸びる築港大道路(現・みなと通)および大阪市電築港線沿線は新興市街地・工業地帯として栄え、市岡パラダイスなどの遊園地や大阪市立運動場など多くのレジャー施設も誕生した。

1925年大正14年)の大阪市第二次市域拡張によって、西区・北区のそれぞれ一部から港区が新設された。当初の区域は現在の大正区および西区境川九条南九条安治川川口の西半(もと北区富島町・古川町)も含んでいたが、1932年(昭和7年)に大正区を分離、1943年(昭和18年)に西区との区境を境川運河に変更し、現在の区域となった。

1925年の新設以来、港区は大阪市で人口最多の区だったが、1945年(昭和20年)3月と6月の大阪大空襲によってほぼ全域が焼き払われ、1940年(昭和15年)の国勢調査で268,936人(1943年以降の区域のみ。1940年当時の区域では322,231人)だった人口が1945年11月の人口調査で8,672人と激減した。1947年(昭和22年)に大阪港修築10ヶ年工事が始まり、安治川の河口南岸が拡幅され、その土砂で全体的に盛り土するところから復興が本格化。これにより、木屋・湊屋・石田・田中・八幡屋のそれぞれ一部および天保町の全域が失われた一方、1960年代には大阪環状線地下鉄中央線が開通し、安治川内港(弁天埠頭)も完成した。

その後、大阪港は中枢機能を築港から南港(咲洲)などに移したが、大阪におけるウォーターフロント開発の先駆けとして天保山ハーバービレッジがオープンした1990年代以降はレジャー地区に変貌しつつある。

人口編集

港区(に相当する地域)の人口の推移
1960年(昭和35年) 99,053人
1965年(昭和40年) 116,497人
1970年(昭和45年) 110,914人
1975年(昭和50年) 105,777人
1980年(昭和55年) 96,416人
1985年(昭和60年) 92,033人
1990年(平成2年) 89,900人
1995年(平成7年) 89,527人
2000年(平成12年) 87,262人
2005年(平成17年) 83,191人
2010年(平成22年) 84,947人
2015年(平成27年) 82,035人
総務省統計局 国勢調査より

町名編集

 
天保山西岸壁から眺める夕日
(左手奥に南港、左手前に中央突堤、右手に北港が見える)

マスメディア編集

交通編集

鉄道編集

 
JR弁天町駅
西日本旅客鉄道(JR西日本)
O 大阪環状線
  • 弁天町駅
大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)
  中央線

バス編集

一般路線バス
空港リムジンバス
高速バス

道路編集

 
港大橋
都市高速
元有料道路
一般国道
 
みなと通(港区役所付近より東を眺める)
主要地方道
一般府道

公営渡船編集

歩行者および自転車専用で、無料。

  • 安治川
    • 天保山渡 港区築港三丁目 - 此花区桜島三丁目 日中30分毎。
  • 尻無川
    • 甚兵衛渡 大正区泉尾七丁目 - 港区福崎一丁目 日中15分毎。

教育編集

高等学校編集

中学校編集

小学校編集

幼稚園編集

港区に本拠を置く企業編集

名所・旧跡・観光スポット・施設編集

 
天保山公園
 
天保山マーケットプレース
築港エリア
朝潮橋エリア
弁天町エリア
三先

出身有名人編集

ゆかりの人物編集

  • トミーズ健(本名:三津田健。お笑い芸人。港区在住。出生地は大阪市生野区
  • 野茂英雄
  • 坂田利夫
  • 西川龍馬

脚注編集

[脚注の使い方]

関連項目編集

外部リンク編集