広岡信五郎
日本の実業家
広岡 信五郎 (ひろおか しんごろう、1841年(天保12年) - 1904年(明治37年))は、日本の実業家。明治・大正期の実業家・広岡浅子の夫。
来歴・人物編集
大坂の豪商・加島屋久右衛門家の8代目当主である広岡久右衛門正饒(まさあつ)の次男として生まれ、隣接する分家・加島屋五兵衛家の3代目当主となる。
明治維新後は、加島屋本家の9代目当主である弟・広岡久右衛門正秋、妻・広岡浅子とともに加島屋の立て直しにあたり、大阪株式取引所(現・大阪取引所)肝煎(現在の取締役)、日本綿花(現・双日)創立発起人、尼崎紡績(現・ユニチカ)社長など数々の要職を務めた。
登場する作品編集
備考編集
関連する人物編集
脚注編集
外部リンク編集
- 大同生命保険株式会社
- 広岡浅子を理解するための10人(家族編)
- ただのぼんぼんではなかった、夫・信五郎の素顔
- 「謡の名手」広岡信五郎の実力
- 「大同生命文書」解題 (2013年7月17日) - P5~P7に掲載
- 双日株式会社
- 総合商社 双日へと続く 広岡浅子・広岡信五郎の物語
- 神戸発、双日へと続く総合商社誕生物語 (双日 神戸開港150年 特別サイト) - サイト内の「日本綿花ものがたり」で信五郎を紹介
- 作家・玉岡かおる氏を囲んで女性活躍社会の推進を考える
- ユニチカ
- 学校法人 相愛学園