後手番一手損角換わり

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△持駒 角
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲持駒 なし
△8八角成まで

後手番一手損角換わりの例

後手番一手損角換わり(ごてばんいってぞんかくがわり、: Gote's One-turn-loss Bishop Exchange[1])は将棋戦法で、角換わりの一種。対戦成績表などでは、省略して単に一手損角換わりとも呼ばれる[2]淡路仁茂が生みの親。 阿部隆はこの手を指した淡路に思わず「先生、やめたほうがいいですよ」と言ってしまったという。青野照市は淡路の棋譜をみて随分とうまくいったとし、順位戦A級などで指し始めたという。青野によると居飛車でも角換わりは飛車先を突かない方が手が広い意味があるが、序盤早々にわざと手損をするので、現役のプロ棋士ではためらいがあったが、以前から南口繁一小堀清一らが、矢倉戦を避けるために自分の好きな角換わりに持ち込むために指されていたとし、飛車先を保留する意味での作戦としては現在までなかったという。

2004年頃から盛んにプロ棋士が採用するようになった。2007年の現役棋士が選ぶ衝撃の新手・新戦法ベスト10では第3位にランクインしている。

2005年名人戦森内俊之羽生善治が挑戦)では、7番勝負のうち2局でこの戦法が採用された(結果は1勝1敗)。

淡路はこの戦法によって第33回(2006年升田幸三賞を受賞した[3]

また、将棋は従来先手が若干有利とされていたが、2008年度の日本将棋連盟公式棋戦において、.503 - .497 と微差ながら、統計開始以降はじめて後手の勝率が先手のそれを上回った[4]青野照市によれば、この事件に最も貢献したのがこの後手番一手損角換わりであるという[5]

角換わりの序盤において、後手が△8五歩を省略するために早期に角交換する。そのために後手の上にさらに一手損するという、従来は考え得なかった戦法である[6]。具体的には△8五歩の一手を損したことにより、8五の歩が8四に下がっているかたちになるため、8五に桂馬を跳ねる余地がある(これは攻めの意味もあれば、7三の桂頭を敵に狙われにくくする意味もある)など、作戦の幅が拡がる。これがこの戦法の骨子である[7]

展開例編集

従来の角換わりには腰掛け銀棒銀早繰り銀の3戦法がある。以下ではそれぞれの戦法の一手損角換わりにおける展開を記す。

腰掛け銀編集

△持駒 角
 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
 
▲持駒 角
腰掛け銀 △7三桂まで
△阪田 持駒 角
 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
 
▲土居 持駒 角
図1 ▲4五歩まで

角換わり腰掛け銀とほぼ同様。ただし、いわゆる角換わり腰掛け銀同型になったとき、後手の飛車先の歩が8五でなく8四にあるため、△8五桂からの反撃が可能になるなど指し手の幅が広がり、研究の幅が広がった。従来の△8五歩型と比較して、同型腰掛け銀においても純粋に後手得というわけではないが、手が広がっているため、先手に一方的に主導権を握られる展開をある程度は避けやすい。

図1は、大正6年10月の先手土居市太郎後手阪田三吉戦。この一戦で阪田が当時としても珍しい一手損角換わりを採用している。局面は図1の▲4五歩に後手△同歩▲2四歩△同歩▲3五歩△4三金右▲4一角△3五歩▲7四角成と進んでいる。

当初は先手も後手も特に工夫することなく、素直に通常の角換わり腰掛け銀に組んでいけば、例図のような局面になり、この順で指すことも結構多くあった。この局面は2003年竜王戦本戦の先手谷川浩司対後手山崎隆之戦で初めて現れ、以降しばらく先手が8連勝する。以降の通算でも2010年までに先手が28勝15敗、勝率6割5分1厘となっていた。ただし1998年以降に限ると11局指されて後手が6勝5敗と勝ち越していく。以降は先手の対応は早繰り銀や棒銀に移行し、先手にとって最後の手段と化していった。

『イメージと読みの将棋観2』(2010年、日本将棋連盟)では例図の場合後手陣が△8五桂と飛べるのが大きく、谷川浩司は先手の得がこの順ですでに消えているとしている。さらに渡辺明は先手から▲7五歩と桂頭を攻める手がなく、後手陣は右辺だけで受けるので楽になっているという。羽生善治は先手が若干苦しいと思われているのも一因とみており、佐藤康光はこの局面から▲4五歩が指しにくいとしている。

棒銀編集

△持駒 角
 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
 
▲持駒 角
棒銀 ▲1五銀まで

先手側からすれば、後手の手損を直接的にとがめるため、早い展開に持ち込もうと考えるのも当然である。腰掛け銀に比べ早く戦いを起こせる棒銀で挑めば、手損している後手は当然不利になるのではないか、と考えられ試された。しかし先手棒銀は従来の角換わり型で勝率が芳しくなかったため、一手損でもある程度後手やれると考える人が多く、有力ではあるものの明快な対策にはならないようである。また先手棒銀の展開の場合、一手損したが故に△8四歩の形であるため、1筋での銀香交換のあと、▲6六角から▲8四香という攻めの筋を消しているのも一手損の効果の一つである[8]。特に例図の超急戦は1999年度の第22期竜王戦決勝トーナメントの森内俊之対羽生善治戦などで現れた。森内羽生戦では▲1五歩△同歩▲同銀△同香▲同香△1三歩▲1二歩に後手の羽生は△2二銀打はあまり良い印象がもっていないため△2二銀とした。森内も銀打であればしばらくは玉形の整備であるが、こちらのほうがすぐ戦いになって怖いという。△2二銀以下は▲2四歩△同歩▲同飛△2三銀打▲2八飛△1二銀▲2四歩△6三銀▲5六角△7四角▲3四角△2三歩▲2七香と進んで乱戦となっていったため、先手が好んで指す順かどうか難しい面があるという。一方でこの将棋手順は後手が避けることが難しい。

この局面の出現から2010年3月までに公式棋戦で4局指されて先手の3勝1千日手という結果が残る。意外と指されていないので、未知の部分が多い。

早繰り銀編集

△持駒 角歩
 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
 
▲持駒 角歩
早繰り銀 △8五歩まで

やはり後手の手損を咎めるために早繰り銀も有力であり、一時期流行していた。当初はこの早繰り銀を避けるため、後手は1筋の端歩を打診された時に受けずに駒組みを進める手が多かった。ただその場合先手が▲1五歩と端を突き越せるため、▲1五歩型先手右玉という手段が有力になった。

現在はあえて早繰り銀を避けずに、後手が△8五歩と今度は手損したはずの歩をあえて伸ばし、早繰り銀に対して相性のいい腰掛け銀で対応する手法などがあり[9]、明快に先手良しとするまでには至っていない。例図の局面はとくに出現時から2010年3月までに指されて先手の25勝44敗と異常時先手が悪い結果となっているため、先手がやりずらくなっている。結果この局面から▲2四歩は指しにくいとし、▲7九玉が多くなった。以下後手が△8六歩▲同歩△同飛で▲2四歩△同歩▲7七角や▲2四同銀などの他、▲7九玉に変えて▲3四歩なども指されていく。

藤井猛や森内俊之によると先手の飛車のこびんが開いているのは弱点になって狙われやすくなっていることに加え、後手の飛車は攻防の好位置で、飛車の安定度であるとしている。

脚注編集

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  1. ^ Kawasaki, Tomohide (2013). HIDETCHI Japanese-English SHOGI Dictionary. Nekomado. p. 38. ISBN 9784905225089 
  2. ^ 勝者および敗者の星取(○●)で、どちらが先後か判明しているため。
  3. ^ 青野照市によれば、淡路は一局指して獲ったみたいなものだという
  4. ^ 2008年度公式棋戦の対局で、統計開始以来初の後手番が勝ち越し!”. 日本将棋連盟 (2009年3月31日). 2011年10月25日閲覧。
  5. ^ 青野 (2009) p.3
  6. ^ 青野(2009) p.3
  7. ^ 青野(2009) p.3, pp.9-15
  8. ^ 青野(2009) p.165 ただしここで触れられている変化は後手容易ではない。
  9. ^ 青野(2009) p.160

参考文献編集

  • 青野照市、2009、『後手番一手損角換わり戦法』、創元社〈スーパー将棋講座〉 ISBN 978-4-422-75114-6

関連項目編集