成田郁久美

日本の元女子バレーボール選手

成田 郁久美(なりた いくみ、1976年1月1日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。旧姓大懸(おおがけ)。北海道旭川市出身。ニックネームイク。2021年6月現在は2020年に設立した北海道札幌市を本拠地とする女子バレーボールチームアルテミス北海道の監督を務めている。

成田 郁久美
Ikumi Narita
アルテミス北海道
Volleyball (indoor) pictogram.svg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1976-01-01) 1976年1月1日(47歳)
出身地 北海道旭川市
ラテン文字 Ikumi Narita
身長 173cm
体重 67kg
血液型 B
選手情報
所属 アルテミス北海道
愛称 イク
ポジション WSL
指高 219cm
利き手
スパイク 299cm
ブロック 276cm 
テンプレートを表示

来歴

三人姉妹の次女として生まれる[1]。小学校4年生から旭川神居ジュニアでバレーボールを始め、6年生の時第7回ライオンカップで全国制覇を果たす。旭川市立神居中学校から旭川実業高校に進み、1年生から活躍。2年生では高校総体で準優勝の原動力となった。

1994年、NECレッドロケッツに入団。レフトのポジションで攻守両面で活躍。1996年アトランタオリンピックに最年少メンバー(20歳)として参加し全試合に出場した。1997年、黒鷲旗大会で優勝、MVPを獲得。1998年5月、国際バレーボール連盟より1997年度世界ベスト6、アジアバレーボール連盟より、アジアベストプレーヤーに選出された。世界選手権、ワールドカップでは全日本のエースとして攻守にわたり大活躍した。

1999-2000年第6回Vリーグでは、NECレッドロケッツの主将としてチームを牽引し、21戦全勝の完全優勝に導いた。その後も全日本代表の中心選手として活躍したが、2000年シドニーオリンピックの出場権を逃した事に加え、自身も故障が多かった事から、2001年、25歳で現役引退した。

引退後は、ミカサ札幌支社で会社員として勤務するかたわら、地元北海道を中心に特別コーチなどを行っていた。2003年に結婚。同年秋、久光製薬スプリングスに入団して現役復帰。2004年アテネオリンピック世界最終予選から全日本代表に復帰。レシーブ力を買われリベロに抜擢され、本大会出場に大きく貢献した。

久光製薬ではライトとして活躍し、第12回Vリーグで準優勝し、自身もレシーブ賞を獲得した。2006-07Vシーズンにプレミアリーグ、日韓トップマッチ、第56回黒鷲旗大会で3冠を果たした。2007年6月末日を以て、久光製薬スプリングスを退団。同年9月、NECレッドロケッツに復帰しリベロとして活躍。2009年6月同部を退団し、同年9月パイオニアレッドウイングスに移籍した。2009-10Vプレミアリーグから再びスパイカーとして起用され、同シーズンで9年ぶりにサーブレシーブ賞を受賞した。

2000-01シーズンに記録したサーブレシーブ成功率87.4%は2016年現在も破られていない記録である。2011年6月、現役引退。

2020年12月23日、札幌市を本拠地とする女子バレーボールチーム「アルテミス北海道」の監督へ就任することが発表された[2][3][4]

――監督就任を発表して
 とにかく反響の大きさにめっちゃビックリです。

――23日の発表後、成田さんのところには電話やメールが鳴りっぱなしだったといいます
 “よくぞ北海道に女子チームを作ってくれた”“ありがとう”などたくさんの声をいただきました。(以前から)『北海道にVリーグの女子チームがあったらいいね』と話はしていましたがこんなにも反響があるのかと驚いています。

――監督就任の話が来たときは
 最初は人を紹介して欲しいと言われるかと思っていて『私は何をしたら良いのですか?』と聞いたら『監督です』と言われ“え!?”でした。まさか私が監督だとは思いもしなかったので…。

小・中学生への指導経験はあってもVリーグ入りを目指すチームの“監督”は“初”。本人の言葉通り“まさか”の事態でしたが前向きに考えました。ジュニア指導に携わる人たちから人材流出の嘆きを耳にし、キャリア形成でも北海道に活躍の場があってほしいと感じていました。監督を引き受けると決めたのは“セカンドキャリアをサポートしていく”というチームコンセプトに共感したからで、成田さんは“結婚や出産をしてもプレーができる”という項目も加えてほしいと提案しました。アルテミスには引退後の人生だけでなく結婚しても出産しても“プレーを続ける生き方”も選択肢にあるのです。

 考えるきっかけになるチームになればと思います。若い選手にはもっと自分の身体のことを知ってもらいたいなと思います。

――アルテミス北海道はどんなチームに?
 プロとしてかっこいいなと思うプレーを見せられないとダメだと思います。まずは必死にボールを追う選手のプレーを見せていきたいです。私はVリーグの監督として活躍するつもりはなくて、北海道に女子のトップチームが発足するための土台作りをしたいと思っています。この年齢になって、やったことのないことにチャレンジするなんてそうそうないことです。責任もありますが、“面白そう”という方が大きいですね。 — 成田郁久美 アルテミス北海道監督「北海道ニュース UHB|『反響にめっちゃビックリ』女子バレー“成田(大懸)郁久美”Vリーグ参入目指す新チーム“監督”就任」より[5]

球歴・受賞歴

  • 所属チーム履歴
旭川神居ジュニア(神居小)→ 神居中→旭川実業高等学校NECレッドロケッツ(1994-2001年)→久光製薬スプリングス(2003-2007年)→NECレッドロケッツ(2007-2009年)→ パイオニアレッドウイングス(2009-2011年)
  • 受賞歴
    • 1996年 - 第45回黒鷲旗全日本バレーボール大会 敢闘賞、ベスト6
    • 1997年 - 第46回黒鷲旗全日本バレーボール大会 黒鷲賞、ベスト6
    • 1997年 - 第3回Vリーグ ベスト6、サーブレシーブ賞
    • 1997年 - FIVBベスト6、アジアベストプレイヤー
    • 1998年 - 第4回Vリーグ ベスト6、サーブレシーブ賞、敢闘賞
    • 1999年 - 第48回黒鷲旗全日本バレーボール大会 敢闘賞、ベスト6
    • 1999年 - 第5回Vリーグ ベスト6
    • 2000年 - 第6回Vリーグ ベスト6、殊勲賞
    • 2001年 - 第7回Vリーグ ベスト6、サーブレシーブ賞
    • 2006年 - 第12回Vリーグ レシーブ賞
    • 2007年 - 2006-07プレミアリーグ レシーブ賞、Vリーグ日本記録賞(サーブレシーブ)
    • 2010年 - 2009-10プレミアリーグ サーブレシーブ賞

外部リンク

脚注

[脚注の使い方]

出典記事

  1. ^ 月刊バレーボール 1996年4月号 75ページ
  2. ^ 設立記者会見を行いました!”. アルテミス北海道 (2020年12月23日). 2021年6月26日閲覧。
  3. ^ 札幌に女子の新チーム「アルテミス北海道」が誕生。監督はアトランタ/アテネ五輪代表・成田郁久美氏”. バレーボールマガジン (2020年12月24日). 2021年6月26日閲覧。
  4. ^ “アルテミス北海道代表 工藤浩氏に聞く “北海道初”の女子Vリーグチームへの手ごたえ”. 北海道ニュースUHB. (2021年3月2日). https://www.uhb.jp/news/single.html?id=18633&page=2 2021年3月6日閲覧。 
  5. ^ 「反響にめっちゃビックリ」女子バレー“成田(大懸)郁久美”Vリーグ参入目指す新チーム“監督”就任”. UHB 北海道文化放送 (2020年12月24日). 2021年6月26日閲覧。