新橋ストーカー殺人事件

2009年に日本の東京都港区で発生した殺人事件

新橋ストーカー殺人事件(しんばしストーカーさつじんじけん)は、2009年平成21年)8月3日東京都港区西新橋で発生したストーカー殺人事件。被害者の職業から「耳かき店員殺害事件」とも称されている。

同年5月に裁判員制度が開始されて以降、裁判員裁判で初めて死刑求刑された事件であるが[1]無期懲役判決が言い渡され[2]確定した。

概要

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2009年平成21年)8月3日8時50分頃、東京都港区西新橋の民家で、耳かき専門店の女性従業員A(当時21歳)とその祖母B(当時78歳)が襲われる事件が発生。2人はなどを刃物で刺され、Bはその場で死亡、Aは意識不明の状態で病院に搬送されたが1ヶ月後の9月7日に死亡した。事件発生当時に現場にいた会社員の男H(当時41歳)が逮捕された。

被害者の女性Aは秋葉原(東京都千代田区)の耳かき専門店で働く、いわゆる耳かき嬢であった。勤務していた店舗でナンバー1の人気嬢であり、多い時は1ヶ月に65万円の収入を得ていた[3]。一方、被疑者の男は2008年2月からこの耳かき専門店に通い始め、この女性従業員を指名し続けて店に通う頻度が上がり、最終的に同店で少なくとも200万円以上を費やした[4]。2009年4月5日、Hは女性従業員に店外で会うことを要求したとして店を出入禁止となり、その後、Aにストーカー行為をするようになった。Aが拒否を続けることで、HのAに対する愛情が憎悪に変わり、8月3日、Hは、果物ナイフ包丁ハンマーを準備してAの自宅を訪れ、応対したBを1階の玄関先で刺した後、2階にいたAを刺した。

8月24日、東京地方検察庁被疑者Hを、殺人・殺人未遂の疑いで東京地方裁判所起訴した。その後、Aが死亡したことにより、起訴内容は2人の殺人容疑に変更された。

刑事裁判

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東京地方裁判所における公判前整理手続は、2010年(平成22年)1月8日から開始された。その後、同年5月6日の第5回公判前整理手続において、被告人Hの精神鑑定を実施することが決定された。鑑定の結果、Hには完全責任能力があるとされた。

同年10月19日、東京地裁(若園敦雄裁判長)で、被告人Hの初公判(裁判員裁判)が開かれた[5]事実認定、責任能力については検察官弁護人の双方で争いがなく、量刑の判断材料は情状面に絞られた[6]。その後、検察官はHが身勝手で一方的な性格や、強い殺意を有していたことを主張した。これに対し、弁護側は、Hが反省し、被害者遺族からの損害賠償請求の申し出に応じる意思を示していること、耳かき店の中でのHとAの関係が良好であったことを述べた。

同年10月25日の第5回公判で、論告求刑公判が開かれ、検察官は「永山基準」を引用した上で、被告人Hに死刑を求刑した[1]。その後、弁護人が最終弁論で死刑回避を訴え[7]、Hは被害者2人に対する謝罪の弁を述べた[8]

その後、26日から11月1日午前まで、裁判官と裁判員による評議が行われ、同年11月1日15時30分から判決公判が開かれた[注 1][10]。開廷直後、若園裁判長は冒頭で「被告人を無期懲役に処する。押収してあるハンマー1本、果物ナイフ1本及びペティナイフ1本をいずれも没収する」という主文を読み上げた[11]。判決では、被告人Hの身勝手さを認定するものの、祖母の殺害に計画性は認めなかった。また、Hの反省態度も一部認定し、無期懲役刑に処すこととなった。被害者遺族は反発し、検察に裁判の続行を依頼。一方、被告人側弁護人は、控訴しない意思を表明した。

東京地検は同月12日、本件に関して控訴しない方針を発表[12]。同月15日付で判決が確定した。

東京地裁における一審判決
争点 検察の論告求刑 弁護側の最終弁論 判決
求刑 死刑 死刑回避を主張 無期懲役
事件に至る経緯 被告人Hは自分に都合の悪いことは聞こうとしない一方的で身勝手な性格であり、そのことが犯行を生んだ。 被害者と良好な関係であったHが、突然、店を出入禁止とされたことが原因である。意識野が狭窄し、抑鬱状態になり殺意が芽生えた。 身勝手で短絡的な動機ではあるが、他方、約1年間に渡るHと被害者の表面上良好な関係も影響している。会うことを拒否されて抑鬱状態が悪化した末の犯行である。
祖母殺害に対する計画性 女性従業員は家族と同居しており、その事はHも知っていた。女性従業員の自宅へ行けば家族と遭遇することは明らかであり、女性従業員以外の者を殺害することも充分予想されうるものであった。 祖母の殺害までは考えておらず、衝動的に行ったもの。 祖母の殺害に計画性は認められない。
遺族の被害感情 極めて峻烈であり、極刑を望んでいる。 (言及なし) 遺族が極刑を望むのは当然であり、理解できる。
情状等 真に反省しているとは言えない。 反省しており、H本人およびHの母親も賠償を申し出ている。Hに前科は無く、20年間会社員として真面目に働いてきた。 不十分ではあるが、Hなりの反省が見受けられる。前科が無く、20年以上に渡り大きなトラブルなく働いていたことは斟酌すべき要素である。

その他

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事件の再現ドラマで犯人H役を演じた大鶴義丹は、「役者として犯人の人生を理解しようとしたが、自分はもし好きな女性に裏切られたとしても、犯人のように人生を賭けてでも彼女を殺そうという暴力性は有していなかったから、それはとても困難だった」と回顧している[13]

脚注

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注釈

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  1. ^ 当初は11時開廷予定であったが[8]、当日まで評議が終わらず午後に変更された[9]

出典

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  1. ^ a b 【耳かき殺人】H被告に死刑求刑、裁判員制度で初 「結果は重大、真摯な反省の態度ない」」『MSN産経ニュース産業経済新聞社、2010年10月25日。オリジナルの2010年11月25日時点におけるアーカイブ。
  2. ^ 【耳かき殺人】H被告に無期懲役…「極刑に値するほど悪質とはいえない」裁判員制度初の死刑回避 (1/2ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年11月1日、1面。オリジナルの2010年11月25日時点におけるアーカイブ。
  3. ^ “公判で耳かき店の店長が、被害者の2008年12月分の報酬は654,250円だったと証言した”. MSN産経ニュース. (2010年10月20日). オリジナルの2010年10月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101023001543/http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/101020/trl1010201217007-n2.htm 2013年12月7日閲覧。 
  4. ^ “公判の中での供述から”. 毎日新聞. (2010年11月2日). オリジナルの2010年11月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101121035300/http://mainichi.jp/select/jiken/news/20101102ddm041040112000c.html 2013年12月7日閲覧。 
  5. ^ 【耳かき殺人 裁判員初公判(1)】被告が蚊の泣くような声で口にしたのは…「取り返しのつかないことをした」 (1/5ページ)」『MSN産経ニュース産業経済新聞社、2010年10月19日、1面。オリジナルの2010年10月22日時点におけるアーカイブ。
  6. ^ 極刑か回避か 耳かき殺人、11月1日に判決公判 (1/3ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年10月31日、1面。オリジナルの2010年10月22日時点におけるアーカイブ。
  7. ^ 【耳かき殺人 裁判員求刑(11)】「唯一の憩いの場を奪われどんな気持ちになるか」…情状を強調する弁護人 (1/4ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年10月25日、1面。オリジナルの2010年11月4日時点におけるアーカイブ。
  8. ^ a b 【耳かき殺人 裁判員求刑(12)完】「自分の命で償うしか」「逃げず問い続けていかなければ」…最後まで揺れる思いを吐露する被告 (5/5ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年10月25日、5面。オリジナルの2010年11月6日時点におけるアーカイブ。
  9. ^ 【耳かき殺人】H被告に無期懲役…「極刑に値するほど悪質とはいえない」裁判員制度初の死刑回避 (2/2ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年11月1日、2面。オリジナルの2010年11月25日時点におけるアーカイブ。
  10. ^ 【耳かき殺人】きょう午後に判決 検察官の死刑求刑に裁判員の判断は? 法廷ライブで詳報 (1/2ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年11月1日、1面。オリジナルの2010年11月25日時点におけるアーカイブ。
  11. ^ 【耳かき殺人 裁判員判決(上)】「無期懲役」…その瞬間、被告は微動だにせず 検察官は天を仰いだ (3/3ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年11月1日、3面。オリジナルの2010年12月1日時点におけるアーカイブ。
  12. ^ “東京・西新橋の2女性刺殺:検察、控訴断念を発表”. 毎日新聞. (2010年11月12日). http://mainichi.jp/select/jiken/news/20101113ddm041040031000c.html 2010年11月23日閲覧。 [リンク切れ]
  13. ^ 大鶴義丹【大鶴義丹 それってOUTだぜ!】殺人犯の役を演じ… 全否定ではなく、彼らの気持ちを理解することが事件防止につながる (1/2ページ)」『zakzak』産業経済新聞社、2018年7月11日。オリジナルの2021年11月24日時点におけるアーカイブ。2021年11月29日閲覧。

書籍

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  • 吉村達也『秋葉原耳かき小町殺人事件 ~私たちは「異常者」を裁けるか~』049号、ワニブックス〈ワニブックスPLUS新書〉、2011年2月8日。ISBN 978-4847060328NCID BB05531242国立国会図書館書誌ID:000011111589 

外部リンク

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