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日本人初!宇宙へ(にほんじんはつ!うちゅうへ)は、1990年(平成2年)にTBSTBSテレビの前身)が行った「TBS宇宙プロジェクト」に関連したテレビラジオの特別番組。

日本人初!宇宙へ
Soyuz TM-11 patch.png
ジャンル 特別番組
出演者 宇宙特派員
秋山豊寛
地上側
菊地涼子
…他
音楽 松任谷由実
制作 TBS
放送
放送国・地域 日本の旗 日本
放送期間 1990年12月 - 1991年1月1日
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概要編集

TBSは創立40周年[1]事業として宇宙にジャーナリストを送る「宇宙特派員計画」を企画。1989年3月にTBSがソビエト連邦宇宙総局(グラブコスモス、ソビエト連邦崩壊後もロシア宇宙庁→ロシア航空宇宙局→ロシア連邦宇宙局→ロスコスモスの傘下として存続)に1400万米ドル(約20億円)を支払い、宇宙飛行士搭乗に関する協定を締結した。宇宙特派員は社内選考(各部署や関連会社からの推薦を受けた162名が語学、医学、体力検査を実施)からTBS記者の秋山豊寛が選出され、ソ連(当時)での宇宙飛行士訓練を経て、1990年12月2日に秋山が搭乗した宇宙船ソユーズTM-11カザフスタンバイコヌール宇宙基地から打ち上げた。秋山は日本人初、またジャーナリストとしても初の宇宙に行った宇宙飛行士となった。

この様子を「TBS宇宙プロジェクト『日本人初!宇宙へ』」と題し、打ち上げから宇宙ステーションミールでの滞在を経て、地球帰還までの間と帰還後の総集編をTBSテレビ・ラジオ双方で連日放送した。打ち上げおよび同年12月10日ソユーズTM-10によりカザフスタンのアルカリク地方に帰還する際には長時間にわたる特別番組を組み、全て生放送で伝えた。テレビ中継では、1990年12月2日、宇宙船が打ち上げられた17時台(JST、以下同じ)の占拠率は44.5%(ビデオリサーチ・関東地区調べ。以下同じ)、軌道に乗った17時23分の瞬間視聴率は36.2%を記録した[2]。なお、この特番では司会を務めるTBSアナウンサーの肩書に「番組パイロット」(男性アナ)「パーサー」(女性アナ)の名称を使用した。また、「船長」を筑紫哲也を務めた。

テーマソング編集

魂を船になぞらえたスケールの大きい歌詞と激しく上下するメロディが特徴的。曲前後の交信SEやクラシック風の間奏など、随所に趣向を凝らしたアレンジが施されている。TBS系「ロシアの風・宇宙の風・ユーミン」(この打ち上げを取材した紀行番組)テーマソングであり、同宇宙プロジェクトのテーマソングとなった。尚、松任谷は、バイコヌール宇宙基地や「星の街」(訓練センター等がある場所)を訪れている。アルバム「天国のドア」に収録。

脚注編集

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  1. ^ ラジオ部門(現:TBSラジオ)の開局と法人(現:東京放送ホールディングス)の設立。TBSテレビの開局は1955年4月1日
  2. ^ 日本人初の宇宙飛行 ショー売の色濃く/TBS特別番組読売新聞、1990年12月6日付東京夕刊。(インターネットアーカイブのキャッシュ)

関連項目編集

  • 菊地涼子 - 元TBSカメラマン・ディレクター。秋山の代替要員として一緒に訓練を受けた。打ち上げ前の最終チェックで問題は無かったが、打ち上げ直前に虫垂炎になり、バックアップ要員のいなくなった秋山がかなりのストレスをためてしまった、というエピソードがある。幸い手術が成功し、術後の経過も良好だったことから、地上でソユーズとミールに関するコメンテーターの役割を担った。
  • 立花隆 - コメンテーターを担当。
  • 米原万里 - ロシア語の同時通訳と、TBSスタッフとソ連側担当者との交渉・調整時における通訳を担当。

外部リンク編集