和田 アキ子(わだ アキこ、1950年4月10日 - )は、日本歌手タレント女優司会者ラジオパーソナリティである。所属芸能事務所は、株式会社ホリプロテイチクエンタテインメント / ユニオンレコード所属。

和田アキ子
出生名 金 福子김복자
Kim Bokja
別名 金海 福子(帰化前の通名
和田 現子(帰化後の旧姓
(わだ あきこ)
飯塚 現子(再婚後の本名
(いいづか あきこ)
生誕 (1950-04-10) 1950年4月10日(67歳)
出身地 日本の旗 日本 大阪府大阪市天王寺区舟橋町
学歴 城星学園高等学校中途退学
ジャンル J-POP歌謡曲ソウルR&Bジャズ
職業 歌手タレント女優司会者ラジオパーソナリティ実業家
活動期間 1968年 -
レーベル RCAレコード1968年 - 1974年
RVC1975年 - 1978年
ワーナー・パイオニア1979年 - 1991年
ワーナーミュージック・ジャパン(1991年 - 2001年
テイチクレコード(2001年 - 2006年
ユニオンレコード2007年 - 現在)
事務所 ホリプロ
公式サイト Ako's official web site

在日韓国人として出生し、その後日本へ帰化[1]血液型O型

愛称アッコ(さん・ちゃん)、アコ(さん・ちゃん)、ゴッド(姉ちゃん・姉さん)

本名、飯塚 現子(いいづか あきこ)。旧姓、和田。帰化前の通名は、金海 福子

目次

略歴

幼少期

天王寺区にある大阪市立真田山小学校を卒業後、私立城星学園中学校へ入学。そのまま私立城星学園高校に進学するも父親が勝手に退学届けを出したため、在学期間はわずか3日間で中途退学となった[2]

小学5年生の頃に洋楽に憧れ、15歳の頃からジャズ喫茶やゴーゴークラブで歌い始める。174cm(デビュー当時)の長身から発せられるパワフルな歌声は評判を呼び、ホリプロ(当時:ホリプロダクション)社長・堀威夫直々にスカウトされる、当時はグランプリズ(夏夕介が在籍)というバンドを組み、大阪神戸三宮で活動していたが実際にデビューできたのはボーカルの和田とオルガンの夏のみであった。芸名の「アキ子」の「アキ」がカタカナなのは、本名(当時は通名)の「現子」が普通に読めないため、当時のホリプロの社長が付けた。本名は当て字である(人名#名前に用いられる漢字参照)。

芸能活動

デビュー当時のキャッチ・コピーは「和製リズム・アンド・ブルースの女王」。

1968年昭和43年)10月25日、「星空の孤独」でレコードデビュー。

1969年4月25日(昭和44年)、2枚目のレコード「どしゃぶりの雨の中で」が17万枚のスマッシュヒットを記録し、人気歌手の仲間入り。

1970年(昭和45年)、『女番長・野良猫ロック』(日活)で映画初主演を果たす。また、「笑って許して」でNHK第21回NHK紅白歌合戦』に出場、『NHK紅白歌合戦』初出場を果たす。以後、1978年(昭和53年)まで連続出場。

1972年(昭和47年)、「あの鐘を鳴らすのはあなた」で第14回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。

1973年(昭和48年)から日本テレビ金曜10時!うわさのチャンネル!!』に出演。番組内で「ゴッド姉ちゃん[3]と呼ばれ、せんだみつお湯原昌幸ザ・デストロイヤーらとドタバタギャグを繰り広げたことで、デカくて・コワい・強いというイメージが全国的に広まった。姐御肌のキャラクターや、女性としては高い身長、のサイズの大きさ(27cm)などによる。1979年(昭和54年)、「ゴッド姉ちゃん」のイメージが定着してしまったのを嫌ったことや、『翔べ! 必殺うらごろし』(朝日放送製作、テレビ朝日系列へネット)への出演、また歌手に専念したいとの意向で日本テレビへ強引に降板を申し入れたことから、番組は打ち切りとなった。この一件が原因で、以後2年間和田は日本テレビへの出入りが禁止されるなど両者は折り合いが悪くなった(後に和解)[4]。この時、レギュラー出演していたバラエティ番組を全て降板した。

1985年(昭和60年)からTBSアッコにおまかせ!』の司会を担当。

1986年(昭和61年)、紅白に1978年(昭和53年)以来8年ぶりに出場[5]。以後、2015年まで連続出場。

1987年度(昭和62年度)の日本女性放送者懇談会賞を受賞した[6]

1998年(平成10年)、『第49回NHK紅白歌合戦』で「今あなたにうたいたい」を歌い、自身初の紅白の大トリを務める。抜群の声量を生かし、曲の途中ではハンドマイクを使わずに歌うパフォーマンスを見せ、観客席から大拍手が起こった。

2005年(平成17年)7月13日付のオリコンチャートm-floとのコラボレーション作品「Hey!」が初登場9位を記録し、自身33年ぶりとなるTOP10入りを果たす。同年、自身初となる白組での紅白出場

2008年(平成20年)、競艇日本モーターボート競走会)のイメージキャラクターとなる。同年9月29日にはデビュー40周年記念として、ニューヨークアポロ・シアターで、日本人・東洋人のソロ歌手としては初となる単独公演「40th Anniversary Concert "Power&Soul"」を行った。

2012年(平成24年)、『第63回NHK紅白歌合戦』に出場し、女性歌手として島倉千代子を抜いて単独で歴代最多出場歌手(36回)となる。その後も2015年(平成27年)『第66回NHK紅白歌合戦』まで30年連続出場(通算39回)を果たした。通算39回出場は当時の女性歌手の最多出場記録となっていた。

実業家

2007年(平成19年)4月10日東京西麻布に和食屋「わだ家」をオープン。後に東京と大阪を中心に6店舗が展開。和田は監修という立場で、経営は夫の会社である株式会社エー・アンド・ケイ[7]が行っている。

出身・国籍

大阪府大阪市天王寺区舟橋町[8]朝鮮系日本人であり、帰化時の官報には1949年(昭和24年)生まれとなっている。使用言語は、大阪弁を中心とした関西弁であり、標準語を使用することもある。

済州島出身者の父と、朝鮮半島出身者の母を持つ在日韓国人2世で、かつての本名は金福子、通名は金海福子であった。4人兄弟の長女で、下に3人の弟がいる。父は柔道の師範で大阪環状線鶴橋駅の近所にある自宅で柔道場を開き、母は乾物屋を営んでいた[9]。芸能界デビュー時に、在日韓国人だとわかる名前をまずいと思った父親が、和田アキ子の叔父(叔父は当時すでに帰化して「和田」姓だった)の養子にしてもらい、同時に名前も「現子」と改名して「和田現子」となった[10]。彼女本人が日本に帰化している。

『週刊文春』のインタビューで、「『自分は日本人ではない』と知ったのは中学生の頃。区役所に行って分かった」と語っている[10]

エピソード

デビュー前・当初

初期に、会社が「R&B歌手なので世界に通用するような洋モノの名前がいい」ということから芸名が「マーガレット和田」になりかけたが、名前とイメージが合わず結局本名からとって「和田アキ子」でデビューすることとなった[2]

デビュー当初は長身且つ大柄な体格・低音の効いた声が原因[11]で、横柄な態度を取っていないにもかかわらず先輩歌手から「態度がでかい」といじめられる[11]。他にも数え切れない理不尽・陰湿ないじめに遭い「私が一人前になったら、そういうことはしないようにしよう」と誓う[9]

一緒に飲みに行った芸能人がテレビ番組などで、夜中に電話で呼び出される・毎晩飲みに誘われる・朝まで説教された・酒を飲んで暴れるというエピソードをよく語るが、和田は「若い時はいざ知らず現在はそんな体力はない」「虚像の“和田アキ子”のイメージばかりが先行する。」と否定しながらも、「それが、“和田アキ子”のイメージならそれでいい。酒飲まない、暴れない、説教しない“和田アキ子”なんて“和田アキ子”じゃない。」と語っている[9]

活動の初期に二、三の映画に主演、準主演しているが、現場の印象が非常に良くなかったため、長らく日本映画界とは距離を置いている。その後はごくまれにゲスト出演する程度であり、旺盛な芸能活動の中では映画の比率は無に等しい。テレビドラマもあまり多くない。

人物

父親は柔道の道場を開いており、和田の持ち前の大きな体もあり、中学1年生の頃すでに柔道初段であった。 また父親は礼儀作法・しつけに厳しく、全てのことは男性優先で男尊女卑、父の前では正座・敬語を使わなければいけないなどの厳しい家庭環境で、まだ小学生であった和田を殴りつけるなど、たびたび鉄拳制裁・暴力を加えられ[12]ることもあった 。 この父を憎んで[9]反発し、中学2年生の頃には不良番長として子分を従えて歩き、飲酒・喫煙を繰り返し、大阪ミナミの繁華街を縄張りにし「ミナミのアコ」と呼ばれ恐れられていたという[2][10]。ジャズ喫茶で歌っていたところを、当時は弱小音楽事務所であったホリプロダクション(現:ホリプロ)社長の堀威夫にスカウトされ上京し、1968年に歌手デビュー。

1972年(昭和47年)12月31日、「あの鐘を鳴らすのはあなた」で「第14回日本レコード大賞最優秀歌唱賞」を受賞。

1975年(昭和50年)、楽屋泥棒を捕まえ「警視総監表彰」を受け、当時の大手新聞各紙で大いに報じられたが、新聞紙面にて年齢が公表された件で事務所がデビュー時に決めたプロフィールとズレが生じ、以降プロフィールは訂正された。

中央競馬地方競馬馬主資格を持っており、所有馬には「ルンバデブンブン」や「ダイナマイトソウル」等、自身の曲・アルバムのタイトルにちなんだ名前を付けている。2004年(平成16年)11月28日には歌手として、東京競馬場で行われたジャパンカップのレース発走前に『君が代』を独唱し、同レースの優勝プレゼンターを務めた。

32歳の時に子宮癌により子宮を摘出している。この時はショックで、神様を呪ったという。化粧や嘘泣きができるので、女として産まれて良かったと思っていると語っている[13]

和田が「どんぐりカット」と呼んでいる独特の髪型は、ライザ・ミネリの髪形を真似たものである。1976年頃にのどのポリープ手術で入院する際、入浴に制限があるため手入れがいらない髪形を探していたところ、たまたまライザ・ミネリの写真を見て気に入り、それを和田に似合うようにアレンジした。[2]

2007年、2008年、2010年大腸ポリープの手術を受けていることを明らかにしている。2010年にいたっては8個のポリープを除去するために2回入院したと語っている。

2008年(平成20年)3月3日読売テレビ日本テレビ系で放送のアニメ『ヤッターマン』中、和田をモデルにした三悪(ドロンボー)側メカ「ワダアッコー」とヤッターマン側ビックリドッキリメカ(ゾロメカ)「オマカセメカ」が登場[14]。両機は自身の2008年(平成20年)4月23日発売のアルバムCD『わだ家』のジャケットの表紙に採用された[15]

2000年2月3日、節分の豆を買いに外出したところ、自宅近くの交差点でライトバンにはねられ右足骨折で数週間入院。当時の東京スポーツの記事の見出しには、事実とは逆に「車が大破!」と書かれていたという[16]

ホリプロの在籍期間は、女性タレントでは最長。全体では守屋浩に次いで長い。

本人曰く「ものまね瀬川瑛子さんしかできない」と話す。瀬川のまねは出演番組で披露することがある。

自身はプロ野球にはあまり詳しくないが、夫の飯塚、弟、現在のマネジャーは読売ジャイアンツファンであり[17]2015年の読売ジャイアンツ開幕戦(東京ドーム)では巨人カラーのオレンジのラインを入れた衣装で国歌斉唱を行った[18]

2014年6月、「夢は『いつも旬でありたい』ということ。でも、歌手という自負がなくなったらやめる」と自身の引退について語った。その上で「ドレスが唯一似合ってると思っているし。第2の和田アキ子はいないと思う。(体が)大きくなきゃだめだし、声もハイトーンではだめ。一代で終わるとしたら和田アキ子を全うしたい。まだまだやりたいこといっぱいある。頑張りたい」とも話し、引退はまだ先であることもほのめかした[19]。なお、引退については幾度も考えたことがあるという[20]

2016年8月20日放送のフジテレビミュージックフェア』で「Pokemon GOにはまっている」と発言した[21]

できちゃった婚には否定的な考えである[22]

喫煙歴と禁煙

かつてはヘビースモーカーで、不良になり始めた中学生の頃から煙草を吸っており、成人式の際の記者会見では冗談交じりに禁煙・禁酒を宣言したこともあった[23][9]。禁煙に成功する前は一日3箱、特に麻雀をやっていた時は1カートン(200本)は吸っていたという。以前から何度も禁煙を試みるも失敗し、一時期禁煙に成功するも[24]数年後に喫煙を再開。しかし2007年7月に『アッコにおまかせ!』の企画で出川哲朗松村邦洋らと一緒に人間ドックを受けたところ「肺気腫の疑い」との診断を受け、翌年、9月に念願のニューヨークアポロ・シアターでの単独コンサートを控えていたことから精密検査を受け、「慢性中等度閉塞性呼吸不全」(中程度の慢性閉塞性肺疾患〔COPD〕)との診断を受ける。この際、医師から「完全な肺気腫で、(このままの生活を続ければ)将来的に歌が歌えなくなる」と“歌手生命の危機”を告げられる。[25]その後、盆休みでロンドンに滞在していた時心臓発作を起こしたこと(これも喫煙が原因で、血管の石灰化を起こしていた)、姪やイチローをはじめとする周囲の友人、アッコファミリーからの説得、そしてカンニング竹山からの愛のこもった強い説得が決定打となり、2008年(平成20年)8月25日にから周りのサポートを得ながら禁煙を開始し、2009年(平成21年)1月1日に完全禁煙を宣言。2009年(平成21年)8月に禁煙1周年を迎えた[26][16][出典無効]。こうした経験から2011年5月には「COPD広報大使」に任命されている[27]

性格

動物が苦手で、特になどの爬虫類が大嫌い。犬も大の苦手である[28]

大の子供好きである[29]

デビュー前、地元大阪では女番長(当時の類語としてズベ公、スケバン)として名を馳せていたものの、唯一沢田研二(正義感が人一倍強く、血気盛んだった)にだけは頭が上がらず、睨まれ縮こまってしまったほどである。

毒舌で体が大きく、また酒豪で暴力をふるう・喧嘩っ早いというイメージが強いが、その一方寂しがりや・恐がりで家事好き、意外に繊細な泣き虫であるという。可愛がっている芸能人を自宅に招待して酒を飲みつつ手料理を振る舞ったり、自宅に泊めたりしている。 また昔から仲間うちで集まり酔って大騒ぎ・悪ふざけ・無茶ぶりをすることもあり、若い頃は泥酔して何も覚えていないこともしばしばあった。これが和田にまつわる酒席での数々の恐怖のエピソードとなる。 一方、前述の通りの家庭環境や山岡久乃との関係から礼儀作法や不義理、また遅刻・番組収録時間の押しには厳しいが、身内に対しては甘いきらいがあり、特に非常に可愛がっていた芸能人の不祥事に関しては触れたがらなかったり言葉を濁したりすることも多い[30]

あがり症で、コンサート・音楽番組に出演する際は過剰に緊張してしまい、本人いわく「心臓は止まりそうだし冷や汗は出るし、背中はびっちょりだし脇の下もびっちょり」で、カンニングペーパーがあっても1番の歌詞を何度も歌ってしまうこともよくあるという。また紅白歌合戦では、ステージ袖では毎回緊張のあまり手が震えて水を飲むのもやっとだという。その一方でバラエティ番組では一切あがらない[11][16]。また楽曲のレコーディングでは、誰かの視線を感じると緊張でベストコンディションで歌えなくなってしまうため、誰からも覗かれないようにカーテンを閉め切り、真っ暗な中で譜面台の明かりだけをつけてレコーディングするという[31][32]

本人が事実と認めている伝説の一つに「CDが登場したばかりの頃、CDのケースを拳で割って開けていた」というものがある[33]。本人曰く「CDケースの開け方がわからず、てっきり壊して取り出すものだと思っていた」「拳で割っていたのは最初だけで、痛いのでその後はハサミの柄などで割っていた」という[33]

歌手として

タレントとしてよりも歌手としての和田については評価される傾向があり、親交のあるカンニング竹山は和田の歌唱力をエラ・フィッツジェラルドにたとえている[34]

芸能関係者との交友・関係

先輩

山岡久乃とは、1973年(昭和48年)、TBS系ドラマ『あんたがたどこさ』で初共演して以来、山岡を「(芸能界での)おっ母(かあ)」と呼び、深く尊敬するようになったと言う。このドラマの撮影に遅刻した和田は、共演者に謝罪せずそのまま撮影に臨もうとしたのだが、その姿を見た山岡はとっさに数多くの共演者やスタッフがいる前で、激しく和田を叱責、あまりの剣幕におびえた和田は泣き出すが、山岡は「泣けばいいっていうわけではないでしょ!時間を守るのは人として当たり前のことです」とさらに叱責した。これ以来、和田は挨拶の大切さや時間厳守を教えてくれた山岡へ毎年の誕生日に花束を贈り、山岡も和田のことを真の娘のように可愛がったという。和田が「芸能界のゴッドねえちゃん」と呼ばれるほど後輩に対して礼儀作法にうるさく指摘するようになったり、いろいろと面倒をみるようになったのは、この時の山岡の厳しい一言のお陰だという。芸能界でも板東英二やオール巨人(オール阪神・巨人)に並ぶほどである。また番組収録が押して、収録時間が長引くことにも厳しくなった。

森繁久弥とは、ドラマ『桃から生まれた桃太郎』『あんたがたどこさ』での共演を機に知り合い、大御所であった森繁になぜか気に入られるようになった。仕事のない日は毎日森繁の自宅に遊びに行ったり、酔っ払って押しかけてきた和田の面倒をみたり、愚痴をこぼしたりと家族同然のつきあいをしていた。また和田は、母親同然に可愛がってくれた人を含む“4人の母”の中の一人として、森繁の妻 森繁杏子をあげて感謝している。和田は森繁のことを親しみを込めて「森繁のじい」と呼んでいた[2]

水前寺清子とは、1970年代に確執が囁かれ、水前寺が和田のレギュラー番組から出演オファーがあった際、「アコが嫌いだから出演しない」と断り、それを聞き和田が涙をこぼしたと『女性自身』(1974年2月9日号)に報じられた。水前寺は2016年11月4日放送のフジテレビ『ダウンタウンなう』で、「週刊誌に(番組に)出てくれないんで、一晩中泣いたと書かれたんですよ。その時に、私はあの方が元気いいところを知ってましたんで、『泣くタマか!』と言ったのは覚えています。売られたケンカは買います。この事件は、(喧嘩を)売られたと思いましたから。私が全く知らないところでこういうことがあって、『一晩泣いた。どうしてくれるんですか?』って言われたんで。『泣くタマか』って言ったのは、今でも本当に申し訳なかったと思います。アッコちゃんは、本当に今はとってもよくしてくださるし、優しいです」と語った[35][36]

紅白の出場歌手が発表される以前から衣装を制作している小林幸子に否定的な考えを持っており、この件がきっかけで2人の間に確執が生じた[37]。もっとも小林とは1986年には週刊誌上で不仲さが取り沙汰され、1990年代に入っても和田は「あの小林幸子の衣装はなんだ」とことあるごとに文句を述べていた。小林は和田の意見に対し、「(紅白の衣装は)見ている人に楽しんでもらおうと思ってやっている」「(紅白に)もし出場できなかったらコンサートで着ます」「アッコちゃんは私よりも年上だけど、芸能界では私が先輩なんですから、陰でコソコソ言わないで何か意見を言いたいのならばじかにはっきりと私に言いに来たらいいのに」などと当時のワイドショーのインタビューなどで反論している。なお、和田は小林本人の前で批判は行わない[38]

お笑いタレントとの交友

大のお笑い好きで知られる。歌手でありながらお笑いタレントとの親交が深くタモリビートたけし明石家さんま島田紳助横山ノック上岡龍太郎せんだみつお爆笑問題ダウンタウン博多華丸・大吉品川庄司ライセンス藤原一裕や、アッコファミリーの松村邦洋出川哲朗勝俣州和カンニング竹山有吉弘行ますだおかだよゐこ陣内智則などと親交がある。

特にデビュー当時の島田紳助は、元不良ということもあり非常に悪い態度だったが、ある番組のゲストとして紳助が来た際に、彼の芸能人としての大きな可能性を和田は予感し、自身が司会を務める日本テレビ歌のトップテン』で共演。 また楽屋を同じ部屋にするなど、自らしつけ係を買って出た。このことがきっかけで紳助とは自他認める弟分という意味も込めた親友的な存在となり、自身の悩み等いろいろと相談できる間柄となった[2]。『歌のトップテン』、フジテレビB.C.ビューティー・コロシアム』では司会コンビを組む(『毛髪クリニックリーブ21』のCMでも共演)。

タモリ、ビートたけし、明石家さんまのお笑いBIG3とも親交が深く、ドラマ和田アキ子殺人事件では3人と共演している。

タモリとは『金曜10時!うわさのチャンネル!!』で共演して以来、親交がある。笑っていいとも!テレフォンショッキングでは番組開始から5日目の1982年10月8日に初出演しており、同コーナーにおいて、単独最多出演ゲスト(22回)である。

元芸能人で、『ラブアタック!』などで共演した横山ノック上岡龍太郎とも親交がある。上岡とは大阪にいた頃からの友達で[39]、横山ノックも素人時代から芸能界入りしても面倒を見たため「親代わり」や「保護者」と和田自身が語り、ノックもこれを容認していた。このこともあり、ノックと上岡が司会をしていた『ラブアタック!』の司会に和田が3人目の司会者として就任する際には、当時準メイン司会者だったノックは和田にその座を譲り、自らはサブ司会者に降格し、以後番組終了までノックは和田の司会をサポートしていた。

誕生パーティー

毎年、和田の誕生日パーティーは、多くの芸能人を招待して行われることで有名である。例えば2008年の誕生日パーティにはみのもんた高田純次陣内孝則等の大物芸能人や、番組共演者とアッコファミリーの出川哲朗勝俣州和らが参加している[16]

テレビ出演

全国ネット番組では基本的に標準語で話すが、関西出身者との共演、ドラマで関西出身の人物を演じる時には関西弁を使う。また『ラブアタック!』など、視聴者参加番組で関西から来た参加者にインタビューする際も関西弁で会話する。

上述の通り、『森田一義アワー 笑っていいとも!』の看板コーナー『テレフォンショッキング』において、単独最多出場ゲストである(通算22回出演)。

徹子の部屋』へのゲスト出演は1979年9月12日の初出演から計20回で女性ゲストでは2位である。

なお、大阪制作の番組でのレギュラー出演は少なく、また『ラブアタック!』を最後に大阪制作のレギュラー番組を持っていない。

芸能界のご意見番

出演する番組や記者会見において、他の芸能人や『NHK紅白歌合戦』の出場者、放送内容に対する辛口コメントが多く、マスコミはそのコメントを採り上げることが多い。特にプロ意識に欠ける言動があった芸能人については辛辣な口調で批評する。「芸能界のボス」「芸能界のご意見番」の異名はこれに由来する[9]

本人は「芸能界のご意見番」と呼ばれることは嫌っており、「言われているのなら返上する」「オブラートに包んでいるつもりなんだけど、声もよく通るし迫力があるから。他の人で“そこまで言っていいの?”っていっぱいいる」と自身よりも過激な発言をする人物がいるのに、自身の発言が目立って取り上げられることに不満を見せている[40]

2016年まで10回行われている週刊文春の「女が嫌いな女」のランキング開始以降、常に上位に位置している(2004年はランク外、2005年〜2007年は3位、2008年は4位、2009年は2位、2010年は3位、2011年は2位)。2013年で初めて1位になり、2015年の2回連続で1位となり、嫌いな理由として「威張り過ぎ」「大物ぶって鼻につく」、「見ただけで不愉快になる傲慢な態度。ときどき小心者ぶるところがさらに不愉快」、「自分の親しい人ばかりかばうご意見番なんて嫌だ」などが挙げられた[41]。2016年の調査でも2位のベッキーを大きく引き離して3回連続で1位となり、嫌いな理由として「身内びいきなことが多々あるので、もういい加減ご意見番から引退してほしい」、「とにかく偉そうなところが鼻につく」などが挙がり、和田と縁の深い竹山隆範は「アッコさんは我々も暴力性とかネタにしちゃってる部分があるけど、日頃は凄く女性で付き合いやすい六十代のおばさん。でもここまで来られたそれはバレないで女に嫌われるナンバーワンでいてほしい。それが和田アキ子だからと。」コメントした[42]。 その一方、産業能率大学の「新入社員の理想の上司」調査[43]では、現行の調査方法になった1998年度から2013年度まで必ず10位以内にランクインしていた。逆に2016年「上司だったら面倒な女性芸能人」では2位の泉ピン子に大差をつけて1位になった[44]。 また老害だと思う芸能人でも2位の張本勲に倍以上の大差で1位になった[45]

上記のいわゆる「上から目線」は反省する面があると自覚しており、なぜ年々発言が過激になっているかについて、最大の理由は「所属事務所のホリプロのみにとどまらず芸能界全体において先輩の刃向かえない立場の芸能人の死去や引退等による「叱ってくれる人がいなくなった」」と自身の番組やゲスト出演した番組で何度もあげており、そのまま自虐ネタにするときもある[46]

2007年(平成19年)の『第58回NHK紅白歌合戦』に初出場した杉本真人について「ぜんぜん知らない人」と番組中に発言していたが、杉本から和田へ楽曲が提供されていたことが後に分かり、「アッコにおまかせ!」放送中に土下座して謝罪したこともあった[47]

作品

いくつかのヒット曲を持つ和田だが、オリコン最高位はシングル8位、アルバム25位止まりである。2003年(平成15年)発売のシングル『トゥモロー〜ジョージアで行きましょう編〜』はオリコン77位(サウンドスキャンでは90位)を記録し、1992年(平成4年)発売の「愛、とどきますか」以来11年ぶりのオリコン100位以内ランクインシングルとなった。2006年(平成18年)発売のアルバム「今日までそして明日から」はオリコン76位を記録し、1972年(昭和47年)発売の『オリジナル・ゴールデン・ヒット集』以来34年ぶりのオリコン100位以内ランクインアルバムとなった。

オリコン調べによる1990年代(1989年12月1日〜1999年11月30日)のレコード・CDのトータル売上金額は2億220万円で総合993位である[48]

あの鐘を鳴らすのはあなた」は自他共に認める和田の代表曲であり、多くの歌手によってカバーされている(詳しくは当該項目を参照)。同曲の歌詞にはベトナム戦争への反戦メッセージが込められているといわれ、1972年(昭和47年)の『第23回NHK紅白歌合戦』では当時のNHKに配慮して歌わなかった。

シングル

1-32まではRCAレコード→RVCから発売。33-69はワーナー・ミュージックジャパンから発売。70以降コラボ企画以外は原則的にテイチクエンタテインメントから発売。ただし、デビュー当時より原盤権は東京音楽出版→ホリプロ音楽事業部が一貫して管理しているため、基本的に音源の発売権はテイチクエンタテインメントに集約されている。

以下は、別名義、コラボレーション含む。

  1. 星空の孤独(1968年10月25日)
    作詞:阿久悠/作曲:ロビー和田/編曲:村井邦彦
    • (c/w) バイ・バイ・アダム - 作詞:阿久悠/作曲・編曲:村井邦彦
  2. どしゃぶりの雨の中で(1969年4月25日)
    作詞:大日方俊子/作曲:小田島一彦/編曲:山木幸三郎
    • (c/w) ボーイ・アンド・ガール - 作詞:大日方俊子/作曲:小沢良知/編曲:川口真
  3. その時わたしに何が起ったの?(1969年10月25日)
    作詞:阿久悠/作曲:田口ふさえ/編曲:川口真
    • (c/w) つれてって、何処までも - 作詞:大日方俊子/作曲:むつ・ひろし/編曲:川口真
  4. 笑って許して(1970年3月25日)
    作詞:阿久悠/作曲:羽根田武邦/編曲:馬飼野俊一
  5. さすらいのブルース(1970年7月5日)
    作詞:なかにし礼/作曲・編曲:鈴木邦彦
    • (c/w) 男と女のロック - 作詞:なかにし礼/作曲・編曲:鈴木邦彦
  6. 貴方をひとりじめ(1970年11月5日)
    作詞:阿久悠/作曲:羽根田武邦/編曲:馬飼野俊一
  7. 卒業させてよ(1971年3月5日)
    作詞:阿久悠/作曲・編曲:馬飼野俊一
    • (c/w) 天使の告白 - 作詞:阿久悠/作曲・編曲:川口真
  8. 天使になれない(1971年6月5日)
    作詞:阿久悠/作曲:都倉俊一/編曲:馬飼野俊一
    • (c/w) 星のない女 - 作詞:阿久悠/作曲:都倉俊一/編曲:馬飼野俊一
  9. 涙の誓い(1971年9月5日)
    作詞:なかにし礼/作曲・編曲:川口真
    • (c/w) 男と女がいる限り - 作詞:なかにし礼/作曲・編曲:川口真
  10. 夜明けの夢(1971年12月5日)
    作詞:阿久悠/作曲・編曲:都倉俊一
    • (c/w) 翼もないのに - 作詞:阿久悠/作曲・編曲:都倉俊一
  11. あの鐘を鳴らすのはあなた(1972年3月25日)
    作詞:阿久悠/作曲・編曲:森田公一
    第14回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞受賞曲
    • (c/w) 誰もいない朝 - 作詞:阿久悠/作曲・編曲:森田公一
  12. 夏の夜のサンバ(1972年6月25日)
    作詞:阿久悠/作曲・編曲:森田公一
    • (c/w) チャンスは三度 - 作詞:阿久悠/作曲:森田公一/編曲:アワノケイイチ
  13. 孤独(1972年9月25日)
    作詞:橋本淳/作曲・編曲:筒美京平
    • (c/w) 心に灯をつけて - 作詞:橋本淳/作曲・編曲:筒美京平
  14. あなたにありがとう(1972年10月25日)
    作詞:阿久悠/作曲・編曲:都倉俊一
    • (c/w) 失恋列車 - 作詞:阿久悠/作曲・編曲:都倉俊一
  15. 私は歩いている(1973年4月5日)
    作詞:千家和也/作曲:森田公一/編曲:馬飼野俊一
    • (c/w) 嵐の女 - 作詞:千家和也/作曲:森田公一/編曲:馬飼野俊一
  16. 悪い奴(1973年7月25日)
    作詞:千家和也/作曲:鈴木邦彦/編曲:馬飼野康二
    • (c/w) 吹きさらしの町 - 作詞:有馬三恵子/作曲・編曲:馬飼野康二
  17. この命奪って(1973年10月25日)
    作詞:山上路夫/作曲・編曲:馬飼野俊一
    • (c/w) あなたと別れて - 作詞:あおい龍介/作曲・編曲:馬飼野康二
  18. 古い日記(1974年2月25日)
    作詞:安井かずみ/作曲・編曲:馬飼野康二
    • (c/w) 女の純情 - 作詞:たかたかし/作曲・編曲:馬飼野康二
  19. ふれあう愛(1974年5月25日)
    訳詞:ロビー和田/作曲:John Lennon/編曲:馬飼野康二
    ジョン・レノンの『LOVE』のカバー。
  20. 晴れのち曇り(1974年7月5日)
    作詞:なかにし礼/作曲・編曲:馬飼野康二
  21. 美しき誤解(1974年9月25日)
    作詞:なかにし礼/作曲・編曲:馬飼野康二
    • (c/w) あなたは人生の光 - 作詞:津坂浩/作曲:ケーシー/編曲:馬飼野康二
  22. 見えない世界(1975年2月15日)
    作詞:及川恒平/作曲:細野晴臣/編曲:東海林修
    • (c/w) 海になれ - 作詞:及川恒平/作曲:国吉良一/編曲:東海林修
  23. もっと自由に(1975年5月30日)
    作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童/編曲:馬飼野俊一
  24. 酔いどれ(1975年9月5日)
    作詞:千家和也/作曲・編曲:三木たかし
    • (c/w) 雨のバス - 作詞:千家和也/作曲・編曲:穂口雄右
  25. 放浪・ヨコスカ(1975年12月20日)
    作詞:悠木圭子/作曲:鈴木淳/編曲:竜崎孝路
    • (c/w) 流れ星 - 作詞:悠木圭子/作曲:鈴木淳/編曲:竜崎孝路
  26. 街角(1976年4月25日)
    作詞・作曲:西岡恭蔵/編曲:竜崎孝路
    • (c/w) お酒に溺れて - 作詞:悠木圭子/作曲:鈴木淳/編曲:竜崎孝路
  27. 雨のサタデー(1976年7月25日)
    作詞:千家和也/作曲・編曲:馬飼野康二
    • (c/w) もう少し泣いていたい - 作詞:千家和也/作曲・編曲:馬飼野康二
  28. ダンス・ウィズ・ミー(1976年11月25日)
    作詞:千家和也/作曲:浜田省吾/編曲:高田弘
    • (c/w) よくあることじゃない - 作詞:千家和也/作曲:浜田省吾/編曲:小六禮次郎
  29. 二杯目のお酒(1977年3月5日)
    作詞:千家和也/作曲:平尾昌晃/編曲:馬飼野俊一
  30. 夜更けのレストラン(1977年10月25日)
    作詞:山口あかり/作曲:平尾昌晃/編曲:馬飼野俊一
    • (c/w) 愛のノスタルジア - 作詞:山口あかり/作曲:平尾昌晃/編曲:馬飼野俊一
  31. コーラスガール(1978年3月5日) ※デビュー10周年記念作品
    作詞:竜真知子/作曲:川口真/編曲:馬飼野康二
    • (c/w) まどろみの夜風に - 作詞:いまむられいこ/作曲:川口真/編曲:馬飼野康二
  32. ひとり酔い(1978年12月20日)
    作詞・作曲:柳ジョージ/編曲:竜崎孝路
    • (c/w) 愛して - 作詞・作曲:浜田省吾/編曲:井上鑑
    テレビ朝日系テレビ時代劇『翔べ!必殺うらごろし』の主題歌として使用された。
  33. 夢まであずけて(1979年9月25日)
    作詞:喜多条忠/作曲:川口真/編曲:あかのたちお
  34. シャラップ(1980年2月10日)
    作詞・作曲:森雪之丞/編曲:大谷和夫
    • (c/w) 真夜中 - 作詞・作曲:園田圭介/編曲:竜崎孝路
  35. 無礼句ダウン(1980年6月25日)
    作詞・作曲:森雪之丞/編曲:大谷和夫
    • (c/w) 風の見える町 - 作詞:岡田冨美子/作曲:森雪之丞/編曲:大谷和夫
  36. 酔ったからって(1980年11月28日)
    作詞:岡本おさみ/作曲:鈴木キサブロー/編曲:若草恵
    • (c/w) 待たされて - 作詞:岡田冨美子/作曲:あかのたちお/編曲:若草恵
  37. 夕暮れ、恋人(1981年4月25日)
    作詞・作曲:浜口庫之助/編曲:小六禮次郎
    • (c/w) 秋がいいわ - 作詞・作曲:浜口庫之助/編曲:小六禮次郎
  38. 待ちわびて(1982年3月25日)
    作詞:荻まりこ/作曲:杉本真人/編曲:服部克久
  39. 想い出・砂時計(1982年9月25日)
    作詞:杉山政美/作曲:佐瀬寿一/編曲:戸塚修
  40. 恋はこりごり(1983年4月23日)
    作詞:湯川れい子/作曲:鈴木雅之/編曲:飛沢宏元
  41. Once More Take A Chance(1983年11月30日) ※和田アキ子&THE WOOD名義
    作詞:村田さち子/作曲:上綱克彦/編曲:THE WOOD
  42. 君が野に咲くバラなら(1984年9月12日)
    作詞:荒木とよひさ/作曲:三木たかし/編曲:小六禮次郎
    ※テレビ朝日系バラエティ番組『たみちゃん』の主題歌として使用された。
    • (c/w) 夜もすがら - 作詞:尾関昌也/作曲:尾関裕司/編曲:小笠原寛
  43. バ・カ・ダ・ネ(1985年6月25日)
    作詞:なかにし礼/作曲:鈴木キサブロー/編曲:瀬尾一三
    • (c/w) モーニング・コール - 作詞:村田さち子/作曲・編曲:小六禮次郎
  44. もう一度ふたりで歌いたい(1986年6月25日)
    作詞:阿久悠/作曲:森田公一/編曲:水谷公生
    • (c/w) 日曜日のきまぐれ - 作詞:阿久悠/作曲:森田公一/編曲:水谷公生
  45. 愛するときを過ぎても(1987年6月25日)
    作詞:阿久悠/作曲:服部克久/編曲:戸塚修
    • (c/w) YOU YOU YOU - 作詞:阿久悠/作曲:都志見隆/編曲:戸塚修
  46. 抱擁(1987年8月25日)
    作詞:阿久悠/作曲:都志見隆/編曲:小笠原寛
    東映映画『極道の妻たちII』の主題歌として使用された。
    • (c/w) 愛するときを過ぎても - 作詞:阿久悠/作曲:服部克久/編曲:戸塚修
  47. だってしょうがないじゃない(1988年4月25日)
    作詞:川村真澄/作曲:馬飼野康二/編曲:矢島賢
    • (c/w) 古い日記'74/'88 - 作詞:安井かずみ/作曲・編曲:馬飼野康二
  48. ダ・ダ・ダ・ダ・ダイエット(1988年5月25日) ※アッコにおまかせ合唱団名義
    作詞・作曲:小林亜星/編曲:戸塚修
  49. 続・だってしょうがないじゃない(1988年10月10日)
    作詞:川村真澄/作曲・編曲:馬飼野康二
    • (c/w) だってしょうがないじゃない - 作詞:川村真澄/作曲:馬飼野康二/編曲:矢島賢
  50. 抱かれ上手(1990年3月25日)
    作詞:荒木とよひさ/作曲:Joey Carbone / Dennis Belfield
  51. よくやるね(1991年4月25日)
    作詞:吉元由美/作曲:後藤次利
  52. 大阪ヘヴィーレイン(1992年2月25日)
    作詞・作曲:高橋研
    • (c/w) 黄昏に歌わせて - 作詞:竜真知子/作曲:林哲司
  53. 愛、とどきますか(1992年5月25日)
    作詞:なかにし礼/作曲:林哲司
    松竹映画『遠き落日』の主題歌として使用された。
    • (c/w) 出さない手紙 - 作詞:なかにし礼/作曲:林哲司
  54. Will Way(1993年4月10日)
    作詞:伊集院静/作曲:林哲司
    • (c/w) 置時計 - 作詞:伊集院静/作曲:林哲司
  55. 抱いてサンバナイト(1993年9月25日)
    作詞:三浦徳子/作曲:山崎一稔
    • (c/w) つれづれ恋人 - 作詞:三浦徳子/作曲:杉本真人
  56. 逢いたいうちが華だから(1994年5月25日)
    作詞:三浦徳子/作曲:山崎一稔
  57. やじろべえ(1994年8月25日)
    作詞:秋元康/作曲:都志見隆
    • (c/w) あなたがそばにいる - 作詞:秋元康/作曲:大田黒裕司
  58. がんばって(1995年5月25日)
    作詞:荒木とよひさ/作曲:羽田一郎
    • (c/w) 約束の夢 - 作詞:小山薫堂/作曲:羽田一郎
  59. さあ冒険だ(1995年9月1日)
    作詞:森高千里 with S.Itoi/作曲:カールスモーキー石井
    フジテレビ系子供向けテレビ番組『ポンキッキーズ』で使用された。
  60. Mother(1996年6月25日)
    作詞:秋元康/作曲:鈴木キサブロー
    TBS系テレビドラマ『おーい!ムコどの』の主題歌として使用された。
  61. 風のように空のように(1997年4月10日)
    訳詞:森浩美/作曲:Michael Bolton / Diane Warren
    ※TBS系テレビドラマ『新幹線'97恋物語』の主題歌として使用された。
    • (c/w) あなたは美しい - 作詞:秋元康/作曲:岩本正樹
  62. (1997年10月25日)
    作詞・作曲:石井竜也
  63. 河〜River〜(1998年2月11日)
    作詞:森浩美/作曲:井上大輔
    ※東映映画『極道の妻たち 決着』の主題歌として使用された。
    • (c/w) 絶対に泣かない - 作詞:及川眠子/作曲:井上ヨシマサ
  64. 真夏の夜の23時(1998年7月25日)
    作詞・作曲:小西康陽
  65. Free at Last'98(1998年9月30日) ※HOUSE FOUNDATION + AKIKO WADA名義
  66. ぽろぽろ(1999年7月14日)
    作詞:森浩美/作曲:松本俊明
  67. あの日によく似た青い空(2000年6月17日)
    作詞:森若香織/作曲:朝本浩文
  68. REACH OUT(2000年10月12日)
    作詞:森若香織/作曲:朝本浩文
    ※テレビ朝日系テレビアニメ『勝負師伝説 哲也』のOP主題歌として使用された。
  69. 愛の光(2001年2月21日)
    作詞:森若香織/作曲:朝本浩文
    テレビ東京系テレビドラマ『女と愛とミステリー』の主題歌として使用された。
  70. 運命〜Destiny〜(2001年10月17日)
    作詞:岡田冨美子/作曲:網倉一也
  71. ラストシーンに戻りたい(2002年7月22日)
    作詞:夏海裕子/作曲:網倉一也
    • (c/w) 淋しい女と呼ばないで - 作詞:夏海裕子/網倉一也
  72. たまたまねぎねぎ〜たまねぎがおしえてくれたもの〜(2003年3月26日) ※ババロア@名義
    作詞:秋元康/作曲:櫻井真一
  73. トゥモロー〜ジョージアでいきましょう編〜(2003年5月28日)
    作詞:福里真一/作曲:Charles Strouse
    ※缶コーヒー『ジョージア』のCMソングとして使用された。
    • (c/w) トゥモロー〜ジョージアでいきましょう編II〜 - 作詞:福里真一/作曲:Charles Strouse
  74. ルンバでブンブン(2003年6月11日)
    作詞・作曲:横山剣
    クレイジーケンバンドの同名曲のカバー。
    • (c/w) リズム&ブルースの女王 - 作詞・作曲:横山剣
  75. 旅立ちのうた(2004年2月25日)
    作詞・作曲:BANANA ICE
    NHK系音楽番組『みんなのうた』で使用された。
    • (c/w) TIME GOES BY - 作詞:田口俊/作曲:木塚二郎
  76. 愚かな女たち(2004年8月25日)
    作詞:秋元康/作曲:大田黒裕司
    • (c/w) 不夜城 - 作詞:夏野芹子/作曲:笹本安詞
  77. 帰り来ぬ青春 readymade mix 2004(2005年3月2日)
    訳詞:津坂浩/作曲:Charles Aznavour / Herbert Kretzmer
    • (c/w) 生きる - 作詞・作曲:小西康陽
  78. HEY!(2005年7月13日) ※m-flo loves Akiko Wada名義
    作詞・作曲:m-flo
    ※TBS系野球中継番組『野球烈闘2005』、及びTBS系野球トーク番組『MLB主義』のテーマ曲として使用された。
  79. あの鐘を鳴らすのはあなたたち(2006年4月25日)
  80. (Everything will be) All Right(2006年5月10日) ※Skoop On Somebody + AKIKO WADA名義
    作詞:深井裕美子/作曲:佐藤“Fisher”五魚
    ※松竹映画『陽気なギャングが地球を回す』のED主題歌として使用された。
  81. ゴールデンタイム(2007年6月27日)
    作詞:山本高史/作曲:馬飼野康二
    サントリー『ゴールデンドライ』のCMソングとして使用された。
  82. 幸せのちから(2008年2月27日)
    作詞・作曲:M.Y
    ※2008年度競艇のCMソングとして使用された。
  83. Brand New PARADISE(2009年2月25日) ※Wトラブル名義[49]
    作詞:前田たかひろ/作曲:TSUKASA
    RCサクセションの同名曲のカバー。
  84. あなただけの青空(2009年3月4日)
    作詞・作曲:M.Y
    ※2009年度競艇のCMソングとして使用された。
    • (c/w) 選ばなかった人生を - 作詞:川村真澄/作曲:馬飼野康二
  85. キララ・キララ・バカ(2009年10月21日)
    作詞:荒木とよひさ/作曲:羽場仁志
    • (c/w) 綺麗ごとでいいじゃない - 作詞:荒木とよひさ/作曲:馬飼野康二
  86. 人生はこれから(2010年10月20日)
    作詞:松井五郎/作曲:羽場仁志
    マルハンのCMソングとして使用された。
    • (c/w) 素直じゃないね - 作詞・作曲:Rio
  87. ff (フォルティシモ)(2011年4月20日)
    作詞:松尾由紀夫/作曲:蓑輪単志
    HOUND DOGの同名曲のカバー。サントリー『ジョッキ生』のCMソングとして使用された。
    Mr.Childrenの同名曲のカバー。
  88. 今夜は夢でも見ましょうか(2012年7月25日)
    作詞:松井五郎/作曲:羽場仁志
    • (c/w) 珠玉 - 作詞:吉元由美/作曲:馬飼野康二
  89. 今でもあなた(2013年7月3日)
    作詞:秋元康/作曲:横健介
    • (c/w) 残された時間 - 作詞:秋元康/作曲:羽場仁志
  90. すばらしき人よ(2014年10月29日)
    作詞:さくらももこ/作曲:さくらももこ・山崎燿
  91. 晴レルヤ(2015年6月3日)
    作詞:田久保真見/作曲:馬飼野康二
    ※テレビ東京系テレビドラマ『三匹のおっさん2』の主題歌として使用された。
    ※泉谷しげるの同名曲のカバー。
  92. All Right!!!(2016年7月13日)
    作詞:西浦さゆり/作曲:山口高始
その他のシングル
  • こころのこだま(2005年7月7日) ※いちごいちえ名義[50]
※テイチクエンタテインメント70周年記念楽曲。

アルバム

  • どしゃぶりの雨の中で/ビートとハートを歌う和田アキ子 JRS-7050(1969年)
  • 監獄ロック 和田アキ子がロックを歌う JRS-7084(1970年)
  • 卒業させてよ JRS-7122(1971年)
  • ブルージーンと皮ジャンパー JRS-7160(1971年)
  • あの鐘を鳴らすのはあなた JRS-7190(1972年)
  • エルヴィスの世界(1972年)
  • 雪が降る〜和田アキ子ポップスの世界(1973年)
  • 私は歩いている/あなたにありがとう JRS-7240(1973年)
  • 悪い奴 和田アキ子オリジナル第5集 JRS-7276(1973年)
  • 古い日記 JRS-7034(1974年)
  • 晴れのち曇り JRS-7322(1974年)
  • 新しい世界への出発 RVH-7004(1975年)
  • 放浪~さすらい RVH-7016(1976年)
  • ダンス・ウィズ・ミー RVL-7013(1976年)
  • オールディーズ・ヒット(1977年)
  • PARK AVENUE 7PM(1978年)
  • 夕暮れ、そして… L-12026W(1981年)
  • Only Yesterday(1988年8月25日)
  • 私も…そうだった(1990年9月25日)
  • 愛、とどきますか(1992年10月25日)
  • DYNAMITE-A-GO-GO!!!(1998年9月25日)アナログ盤も発売
  • 今日までそして明日から(2006年10月25日)カヴァー・アルバム
  • わだ家(2008年4月23日)
  • WADASOUL(2015年9月18日)

ライブ・アルバム

  • 和田アキ子・オン・ステージ(1970年)
  • AKO ON STAGE(1972年) 
  • デビュー10周年記念 全国縦断ディナーショー 和田アキ子・オン・ステージ(1977年)
  • 和田アキ子リサイタル〜日劇に於ける実況録音(1973年) CD化(2002年3月21日)

ベスト・アルバム/コンピレーション

  • 和田アキ子 デラックス JRS-9091〜92
  • 和田アキ子 BEST24
  • 和田アキ子/オリジナル・ゴールデン・ヒット曲集 JRX-11
  • 和田アキ子ベスト24デラックス
  • マイ・セレクション
  • LET'S SING SONG BEST 12(1987年1月25日)
  • だってしょうがないじゃない/和田アキ子 全曲集(1989年12月21日)
  • よくやるね 和田アキ子 バラード・コレクション(1991年9月25日)
  • 和田アキ子 グレイテスト・ヒッツ 1968〜1991(1991年11月28日)
  • 和田アキ子全曲集〜だってしょうがないじゃない(1992年11月10日)
  • 和田アキ子全曲集シングルズ1993-1968(1993年4月21日)
  • 和田アキ子PERFECT COLLECTION(1993年10月25日) 10枚組CD-BOX
  • 和田アキ子全曲集'94 Song(s) for you(1994年9月25日)
  • Alive/Song(s) for you '95(1995年9月25日)
  • テーマソングス'80〜'96(1996年9月10日)
  • DYNAMITE SOUL WADA AKIKO(1996年10月25日)
  • BALLADS バラード全曲集(1996年12月11日)
  • グレイテスト・ヒッツ'97(1997年5月25日)
  • DYNAMITE GROOVE WADA AKIKO(1997年9月25日)
  • VERY BEST OF AKIKO WADA'98(1998年9月25日)
  • DYNAMITE PARADE(2000年10月12日)
  • LOVE BALLAD BEST(2000年10月25日)
  • 和田アキ子ベスト・ヒット(2002年3月21日)
  • (株)ワダアキコ(2003年4月25日)セルフ・カヴァー・アルバム
  • Haaah! 和田アキ子シングルコレクション(2003年6月11日) 10枚組CD-BOX
  • ラブバラード・ベスト(2004年10月21日)
  • Free Soul Wada Akiko(2004年11月24日)
  • ベストヒット・コレクション(2005年5月25日)
  • RAGGA AKIKO(2005年12月16日)
  • リズム&ブルースの女王(2006年3月22日)
  • World Standard Wada Akiko(2008年4月23日)
  • Wada Akiko Dynamite Best 1968-2008(2008年11月26日)
  • The Soul Extreme EP2(福原美穂、2011年10月12日) Get Up! feat. AKIKO WADAで参加。
  • Yell〜2011 BEST OF THE BEST〜(2011年11月30日)
  • AKIKO WADA 45th ANNIVERSARY ESSENTIAL COLLECTION(2013年6月12日)
  • THE LEGEND OF SOUL-AKIKO WADA 50th ANNIVERSARY BEST ALBUM(2017年10月25日)

DVD

  • 35 Anniversary WITH YOU〜tomorrow(2003年10月22日、VHSもある)
  • 和田アキ子特別企画ドラマ「ザ・介護番長」(2007年4月18日)
  • ドラマ「和田アキ子殺人事件」(2007年4月18日)
  • AKIKO WADA POWER & SOUL 和田アキ子 40周年記念コンサート at the APPOLO THEATER(2009年1月21日)
日本人女性歌手初のアメリカ・アポロシアターでのコンサートを収録した作
  • 日活映画「女番長 野良猫ロック」(2012年4月3日)
  • 日活映画「野良猫ロック・ワイルド・ジャンボ」(2012年4月3日)

NHK紅白歌合戦出場歴

1970年・第21回に初出場以来、1978年・第29回まで9年連続で出場。1986年・第37回に再出場以来、2015年・第66回まで30年連続で出場。40回目の出場がかかった2016年に2度目の落選。

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1970年(昭和45年)/第21回 笑って許して 02/24 水原弘
1971年(昭和46年)/第22回 2 天使になれない 03/25 美川憲一
1972年(昭和47年)/第23回 3 孤独 02/23 フォーリーブス
1973年(昭和48年)/第24回 4 笑って許して (2) 06/22 橋幸夫
1974年(昭和49年)/第25回 5 美しき誤解 10/25 海援隊
1975年(昭和50年)/第26回 6 もっと自由に 06/24 ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
1976年(昭和51年)/第27回 7 雨のサタデー 07/24 西城秀樹
1977年(昭和52年)/第28回 8 夜更けのレストラン 12/24 千昌夫
1978年(昭和53年)/第29回 9 コーラス・ガール 13/24 千昌夫 (2)
1986年(昭和61年)/第37回 10 もう一度ふたりで歌いたい 12/20 菅原洋一
1987年(昭和62年)/第38回 11 抱擁 20/20 五木ひろし トリ(1)
1988年(昭和63年)/第39回 12 だってしょうがないじゃない 09/21 吉幾三
1989年(平成元年)/第40回 13 だってしょうがないじゃない (2) 19/20 谷村新司 トリ前(1)
1990年(平成2年)/第41回 14 抱かれ上手 27/29 北島三郎
1991年(平成3年)/第42回 15 あの鐘を鳴らすのはあなた 28/28 谷村新司 (2) トリ(2)
1992年(平成4年)/第43回 16 愛、とどきますか 27/28 さだまさし トリ前(2)
1993年(平成5年)/第44回 17 星空の孤独 24/26 谷村新司 (3)
1994年(平成6年)/第45回 18 あの鐘を鳴らすのはあなた (2) 22/25 小林旭
1995年(平成7年)/第46回 19 もう一度ふたりで歌いたい (2) 25/25 細川たかし トリ(3)
1996年(平成8年)/第47回 20 Mother 20/25 さだまさし (2)
1997年(平成9年)/第48回 21 24/25 北島三郎 (2) トリ前(3)
1998年(平成10年)/第49回 22 今あなたにうたいたい 25/25 五木ひろし (2) 大トリ(4)
1999年(平成11年)/第50回 23 あの鐘を鳴らすのはあなた (3) 27/27 北島三郎 (3) トリ(5)
2000年(平成12年)/第51回 24 もう一度ふたりで歌いたい (3) 27/28 北島三郎 (4) トリ前(4)
2001年(平成13年)/第52回 25 夢 (2) 27/27 北島三郎 (5) トリ(6)
2002年(平成14年)/第53回 26 抱擁 (2) 25/27 さだまさし (3)
2003年(平成15年)/第54回 27 古い日記 2003 KOUHAKU Remix 27/30 五木ひろし (3)
2004年(平成16年)/第55回 28 あの鐘を鳴らすのはあなた (4) 22/28 ゆず
2005年(平成17年)/第56回 29 HEY! 27/29 渡辺美里 白組での出場
2006年(平成18年)/第57回 30 Mother (2) 23/27 秋川雅史
2007年(平成19年)/第58回 31 あの鐘を鳴らすのはあなた (5) 26/27 森進一 トリ前(5)
2008年(平成20年)/第59回 32 夢 (3) 26/26 氷川きよし トリ(7)
2009年(平成21年)/第60回 33 もう一度ふたりで歌いたい (4) 22/25 コブクロ
2010年(平成22年)/第61回 34 AKKOィィッ!紅白2010スペシャル[注 1] 16/22 加山雄三
2011年(平成23年)/第62回 35 あの鐘を鳴らすのはあなた (6) 19/25
2012年(平成24年)/第63回 36 愛、とどきますか(2) 21/25 美輪明宏
2013年(平成25年)/第64回 37 今でもあなた 17/26 TOKIO
2014年(平成26年)/第65回 38 古い日記〜2014紅白スペシャル〜(3) 11/23 V6 前半トリ
2015年(平成27年)/第66回 39 笑って許して(4) 11/25 細川たかし(2)
  1. ^ 「人生はこれから」→「笑って許して」(3)→「古い日記」(2)

(注意点)

  • 対戦相手の歌手名の( )内の数字は、その歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある( )はトリ等を務めた回数を表す。
  • 曲名の後の(○回目)は、紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「(出演順) / (出場者数)」で表す。

出演

現在の出演番組

過去の出演番組

その他

NHK
日本テレビ
TBS
フジテレビ
テレビ朝日
テレビ東京
朝日放送
  • ラブアタック!(1978年4月 - 1984年10月、ABC・テレビ朝日)※この番組を最後に大阪制作の全国ネットのレギュラー番組を持っていない

テレビドラマ

映画

劇場アニメ

ゲーム

海外アニメ

ラジオ

CM

書籍

著書

  • 『和田アキ子だ!文句あっか!』、日本文芸社、1983年。ISBN 4-537-00976-4 - 発行部数は120万部に達した。
  • 『和田アキ子の“バ・カ・ダ・ネ”―よせばいいのに言っちゃった―』、ワニブックス、1985年。
  • 『言いたい放題アッコとバンちゃん』、日音、1986年。板東英二との共著。
  • 『みんな大好き』、小学館、1987年。
  • 『和田アキ子と28人のプロたち』、スタジオシップ、1990年。
  • 『5年目のハイヒール』、扶桑社、1993年。ISBN 4-594-01265-5
  • 『啓示』、メディアファクトリー、2000年。ISBN 4-8401-0053-5 - ホリプロ40周年記念企画で刊行された書籍
  • 『アッコの愛の説教部屋』、PHP研究所、2004年。
  • 『おとなの叱り方』、PHP研究所、2008年。ISBN 978-4-569-69625-6
  • 『禁煙アッコ 和田アキ子禁煙事件』、宝島社、2009年。ISBN 978-4-7966-7202-3 - 構成 鈴木おさむ

脚注

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  1. ^ 官報 第13376号 法務省告示第百五十四号
  2. ^ a b c d e f 和田アキ子『5年目のハイヒール』、扶桑社、1993年。ISBN 4-594-01265-5
  3. ^ 当時、公開された映画ゴッドファーザーに由来。
  4. ^ 和田アキ子『和田アキ子だ文句あっか!』、日本文芸社、1983年、37-38ページ。ISBN 4-537-00976-4
  5. ^ 1979年 - 1985年はヒット曲に恵まれず、紅白は落選となっていた(中村竜太郎、『週刊文春』2005年8月11/18日夏の特大号 “実録 和田アキ子「血と骨」のブルース”)。この間、紅白は視聴しなかったという(和田アキ子 紅白不出場で「毎日泣いた」 生ラジオで心境、エールに感謝 ,SponichiAnnex,2016年11月26日)。
  6. ^ 歴代受賞者”. 日本女性放送者懇談会 SJWRT. 2016年6月21日閲覧。
  7. ^ 和田の夫の飯塚と、和田の2番目の弟である和田現夫が経営し、和田は役員として所属。
  8. ^ 生野区東成区の境界付近。鶴橋駅上町台地付近に位置している。
  9. ^ a b c d e f 和田アキ子『おとなの叱り方』、PHP研究所、2008年。ISBN 978-4-569-69625-6
  10. ^ a b c 中村竜太郎、『週刊文春』2005年8月11/18日夏の特大号 “実録 和田アキ子「血と骨」のブルース”
  11. ^ a b c 和田アキ子『啓示』、メディアファクトリー、2000年。ISBN 4-8401-0053-5
  12. ^ 和田曰く「理不尽なまでのスパルタ式のしつけ」。
  13. ^ [1],goo
  14. ^ 読売テレビプロデューサー諏訪道彦がブログで、このメカに関しては和田の所属事務所から許諾を得たと述べている[2][3]
  15. ^ オマカセメカはytv・日テレ版『ヤッターマン』の2代目オープニング(第11話「ドロンジョ様はお年ごろだコロン!」以降より)にも数秒間登場している。
  16. ^ a b c d 和田アキ子著 鈴木おさむ構成『禁煙アッコ』、メディアファクトリー、2000年。ISBN 4-8401-0053-5
  17. ^ 『スポーツ報知』2015年3月28日付
  18. ^ 巨人開幕戦で和田アキ子が君が代独唱「感無量です」 - 日刊スポーツ,2015年3月27日
  19. ^ [4],デイリースポーツ,2014年6月28日
  20. ^ [5],デイリースポーツ,2014年12月16日
  21. ^ [6],goo
  22. ^ 「できちゃった婚、許さねぇぞ!」 和田アキ子、辻ちゃん問題で吼えまくる,J-CASTニュース,2007年5月14日
  23. ^ 当時は未成年者の飲酒・喫煙に対しては寛容であったため問題発言とは見なさず、普通の芸能ニュースとして「スポニチテレビニュース」や週刊誌スポーツ新聞で紹介された。
  24. ^ 当時『アッコにおまかせ!』で、和田が禁煙に成功したら髪形を坊主にすると生島ヒロシが宣言し、禁煙が達成されたので坊主となった
  25. ^ 和田アキ子さんを悩ます冷え性を改善する方法とは 駆け込みドクター!”. from4050 (2013年12月8日). 2014年3月16日閲覧。
  26. ^ アッコ禁欲生活中! 5カ月前から禁煙していた - サンケイスポーツ2009年1月12日
  27. ^ “和田アキ子氏がCOPD広報大使に,“肺の健康チェック”啓発へ”. MT Pro. (2011年5月11日). オリジナル2014年3月15日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140315153406/http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/1105/1105021.html 2014年3月15日閲覧。 
  28. ^ 和田アキ子またも川島なお美を完全スルー お悔やみもなし「不仲説」は本当なのか”. J-CAST (2015年10月4日). 2015年10月20日閲覧。
  29. ^ [7],デイリースポーツ,2014年12月16日
  30. ^ 大先輩に拍手をする会『「アッコ」に文句あっか!』本の森出版センター、1997年。ISBN 4-87693-333-2
  31. ^ TOKIO HOT100 2005年7月24日 GuestRoom、J-WAVE、2005年
  32. ^ ORICON STYLE 福原美穂『大先輩・和田アキ子とのコラボに迫る!』、オリコン、2011年
  33. ^ a b 東京スポーツ・2015年3月22日付 1面
  34. ^ 和田アキ子、カンニング竹山を泣かした
  35. ^ 水前寺清子 和田アキ子との確執報道語る「泣くタマか!」,デイリースポーツ,2016年11月5日
  36. ^ 水前寺清子語った大物歌手との確執 「売られたケンカは買う」,女性自身,2016年11月5日
  37. ^ アッコ テレビで幸子挑発!、スポニチアネックス、2001年12月17日
  38. ^ 20年以上も陰口連発! 和田アキ子が嫌う人物は,90s チョベリー,2016年3月1日
  39. ^ 和田アキ子『和田アキ子だ文句あっか!』日本文芸社、1983年、60ページ。ISBN 4-537-00976-4
  40. ^ 『デイリースポーツ』2014年6月28日配信
  41. ^ 週刊文春2015年6月11日号、本誌恒例読者大アンケート「女が嫌いな女」ワースト50 安藤美姫矢口真里江角マキコ上西小百合
  42. ^ 2016年11月3日 秋の特大号「女が嫌いな女」ワースト50 蓮舫工藤静香紀香…“嫌われ戦線”異状アリ!
  43. ^ 産業能率大学 活動紹介 調査報告書一覧、学校法人産業能率大学]
  44. ^ 「上司だったら面倒な女性芸能人」ピン子に大差をつけた1位は? デイリー
  45. ^ 2位「張本勲」、1位は? 老害だと思う大御所芸能人ランキング アメーバニュース
  46. ^ ニッポン放送アッコのいいかげんに1000回」など
  47. ^ 土下座のアッコ、すぎもとまさとに「ちゃんと詫びたい!」
  48. ^ 「オリコンウィーク・ザ・一番」2000年1月3日・10日合併号より
  49. ^ 日本テレビ系オーディション番組『歌スタ!!』内で行われたコラボ企画『和田スタ!!』から選ばれた予備校講師の岡本茂樹とのユニット。
  50. ^ 参加者は石川さゆり岩崎宏美大泉逸郎川中美幸島津亜矢田端義夫チェウニ天童よしみBEGIN前川清山本譲二、和田アキ子の計12人。
  51. ^ “和田アキ子が新番組で審査員 BS初のレギュラー”. 日刊スポーツ. (2016年4月6日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1627455.html 2016年4月6日閲覧。 
  52. ^ きょうの料理 アッコのA定食「しょうゆバターチャーハン定食」 NHK
  53. ^ きょうの料理 アッコのA定食「ジャンボおむすび定食」 NHK
  54. ^ 和田アキ子 初の男役!七三分け、スーツ姿のサラリーマン風”. スポニチ Sponichi Annex (2015年11月12日). 2015年11月12日閲覧。
  55. ^ 芸能界のご意見番 和田アキ子さんが新TVCMに登場!「キシリクリスタル」新TVCM&プレゼントキャンペーン 2015年9月14日(月)から同時スタート 新しくなった「キシリクリスタル」を食べた感想はいかに?「匠」の技が光る鋳物ブランド「能作」とのコラボキャンペーンも実施”. CM Japan (2015年9月9日). 2015年9月10日閲覧。

関連項目

外部リンク