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普久原 恒勇(ふくはら つねお、1932年11月14日 - )は、日本作曲家

普久原 恒勇
生誕 (1932-11-14) 1932年11月14日(87歳)
出身地 日本の旗 日本
大阪府大阪市西淀川区
ジャンル 沖縄民謡
職業 作曲家
活動期間 1961年 -

戦後沖縄を代表する作曲家の一人で、普久原が生み出した名曲の数々は「普久原メロディー」と呼ばれ、沖縄県内外で親しまれている。

略歴編集

1932年大阪西淀川生まれ。生後間もなく普久原朝喜の養子となる。

1934年:弟で後に作詞家となる朝比呂志(本名・普久原朝弘)誕生。

1935年:養母・鉄子(朝喜の妻)死去。

1938年:実父母の暮らす沖縄へ渡り、越来国民学校に入学。その後、沖縄戦を経験する。

1940年:朝喜、赤嶺京子と再婚。

1949年:再び大阪へ。朝喜の経営するマルフクレコードを手伝う傍ら、西洋音楽を学ぶ。

1959年:沖縄へ帰郷。この際、朝喜から引き継いだマルフクレコードの拠点も沖縄に移し、沖縄民謡を主とした音楽プロデュースを始める。

1961年処女作「月眺み(ちちながみ)」を発表し、作曲活動を始める。

1965年RBCラジオの新番組「ホームソング」に参画し、「芭蕉布」をはじめ多くの作品を発表。

1968年:楽譜集「沖縄の民謡」を編著。同年、「沖縄歌謡詞集団」を結成し、「あたらしい沖縄のうた」運動を推進。

1969年:「五線譜による沖縄の民謡」編著。

1975年:「沖縄の心をうたう若者たち」LP盤ビクター音楽産業KKより全国発売。

1978年:「芭蕉布」、NHK名曲アルバムにて全国放送され、大反響を呼ぶ。

1981年琉球民族楽器を主とした詩曲民族音楽「響(とよむ)」を初演。この年、京子・朝喜が相次いで死去。

1983年琉球放送創立30周年記念「史劇・琉球戦国史」で音楽を担当。

1984年:「大正琴沖縄のうた」編著。

1987年沖縄タイムス社主催「作曲活動25周年記念演奏会」開催。

1992年:沖縄のうた実行委員会・琉球新報社主催「おきなわの歌」コンサート開催。

1993年:沖縄県文化功労表彰。

1994年:沖縄市文化協会・沖縄市教育委員会主催「普久原恒勇千年音楽」コンサート開催。

1996年:第18回琉球新報活動賞および島袋光裕芸術文化賞受賞。

2000年:第44回沖縄タイムス文化賞受賞。同年、東京厚生年金会館大ホールにて「芭蕉布・普久原恒勇の世界」開催。

2003年:第1回宮良長包音楽賞受賞。

2007年:マルフクレコード初期音源144曲を収録したCD12枚組「沖縄民謡大全集」監修。同年、弟・朝比呂志死去。

2008年国立劇場おきなわにて企画公演「普久原恒勇の世界」開催。

2018年キャンパスレコード代表取締役備瀬善勝(ビセカツ)と共に第5回JASRAC音楽文化賞受賞。

一族編集

養父はマルフクレコードの創始者にして近代沖縄音楽の祖・普久原朝喜で、弟の朝弘(ちょうこう)は朝比呂志のペンネームで「ウーマクカマデー」や「ちんぬくじゅうしい」などのヒット曲を作詞した。

妻は1960年代に人気を博した民謡歌手・城間ひろみで、息子にミュージシャンローリー(本名・普久原朝教)がいる。

主な作品編集

普久原が作曲したおもな作品を以下に挙げる。()内はそれぞれの歌の作詞者。

参考文献編集