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最上 義雅(もがみ よしまさ)は、江戸時代中期の旗本交代寄合最上氏の第15代当主。最上義智の次男。男子がなく、永井直増の次男が末期養子となって家督を継いだ。

 
最上義雅
時代 江戸時代中期
生誕 明暦2年(1656年
死没 元禄12年1月9日1699年2月8日
別名 右京、刑部(通称)
戒名 宗忠
墓所 滋賀県東近江市尻無町の妙応寺
幕府 江戸幕府
氏族 最上氏
父母 父:最上義智、母:松平和泉守の養女
兄弟 孫三郎義雅義賢松平康起室、小野則正
正室:諏訪忠晴の養女(大炊御門経孝の娘)
継室:植村忠朝の娘
八十郎
養子:最上義如