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松平 乗寿(まつだいら のりなが)は、江戸時代前期の大名美濃国岩村藩主、遠江国浜松藩主、上野国館林藩初代藩主。大給松平家宗家7代。官位従五位下和泉守侍従

 
松平乗寿
Matsudaira Norinaga.jpg
松平乗寿像(隆崇院蔵)
時代 江戸時代前期
生誕 慶長5年1月12日1600年2月26日
死没 承応3年2月1日1654年3月19日
改名 源次郎(幼名)→乗勝(初名)→乗寿
戒名 源高院深誉道徹
官位 従五位下和泉守侍従
幕府 江戸幕府老中
主君 徳川秀忠家光家綱
美濃岩村藩主→遠江浜松藩主→上野館林藩
氏族 大給松平家
父母 父:松平家乗、母:石川康通
兄弟 乗寿知乗大久保教隆正室、
知久直政室ら
正室:松平康長
赤城氏
乗久乗政乗員増山正利正室、
松平乗親正室、小笠原長宣正室、貞安院ら
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略歴編集

6代・松平家乗の長男として誕生。慶長19年(1614年)、父の死により家督を継ぐ。

同年冬からの大坂の陣に出陣して戦功を挙げた。寛永15年(1638年)、美濃岩村2万石から遠江浜松3万6000石へ加増移封された。寛永19年(1642年)には家綱付きの老中に任じられ、正保元年(1644年)2月28日には上野館林6万石に加増移封となった。家綱が4代将軍となると、正式に老中の一人として政務を取り仕切った。承応3年(1654年)、55歳で死去した。

林春斎からは「柔懦な人物」と評されている。

系譜編集

関連文献編集

  • 藤野保『徳川幕閣 武功派と官僚派の抗争』中公新書