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本康親王(もとやすしんのう、生年不明 - 延喜元年12月14日902年1月26日)は、平安時代初期から前期にかけての皇族仁明天皇の第五皇子。官位一品式部卿八条宮と号した。

目次

経歴編集

承和15年(848年元服仁明朝末の嘉祥2年(849年四品に叙せられ、翌嘉祥3年(850年上野太守に任ぜられる。

清和朝貞観2年(860年弾正尹、貞観5年(863年兵部卿を歴任し、貞観13年(871年)三品に叙せられる。陽成朝に入り、元慶7年(883年)二品に叙せられ、翌元慶8年(884年式部卿に任ぜられている。その後は長く式部卿を務め、時期は不明ながら一品に叙せられている。

醍醐朝延喜元年(902年)12月14日薨去。最終官位は一品式部卿。

人物編集

調合に優れた。現存する日本最古の薫物指南書である『薫集類抄』に処方が伝わる21種の薫物のうち、5種(梅花・侍従・黒方・薫衣香・百和香)で本康親王による処方が伝わっている[1]。その方法は沈香を主に甲香丁子白檀などを合わせ、1日につけたあと乾かしたり、一晩馬糞の下に埋める、といった独特のものであった[2]。また、『源氏物語』において紫の上が「八条の式部卿の御方を伝へて」とあり、本康親王の処方を伝授していた設定となっている[3]

日記があったものの散逸しているが、一部が『西宮記』に逸文として伝わっている。

官歴編集

六国史』による。

系譜編集

尊卑分脈』による。

  • 父:仁明天皇
  • 母:滋野縄子滋野貞主の娘)
  • 生母不詳の子女
    • 男子:雅望王
    • 男子:行忠王
    • 男子:修平王
    • 男子:平惟時
    • 男子:源兼似
    • 男子:平兼仁
    • 男子:平朝鑑
    • 男子:平朝憲
    • 男子:平由道
    • 男子:平保望
    • 女子:廉子女王
    • 女子:元子女王

脚注編集

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  1. ^ 田中[2004: 3]
  2. ^ 『朝日日本歴史人物事典』
  3. ^ 『源氏物語』梅枝
  4. ^ 『日本紀略』

参考文献編集