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梅光学院中学校・高等学校(ばいこうがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、山口県下関市丸山町二丁目にある私立中学校・高等学校。日本で6番目に創設されたミッションスクールであり設置者は学校法人梅光学院、現校長は樋口紀子。

梅光学院中学校・高等学校
Baiko Jogakuin HS (Shimonoseki).JPG
過去の名称 スタージェス・セミナリー
下関梅光女学院
梅光女学院
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人梅光学院
併合学校 広陵女学校
梅香崎女学校
光城女学院
校訓 Ut Filli Lucis Ambulate
(光の子として歩みなさい)
設立年月日 1872年
創立記念日 6月5日
創立者 ヘンリー・スタウト
エリザベス・スタウト
共学・別学 男女共学(中学校)
男女共学(高等学校)
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
設置学科 普通科
音楽科
学期 3学期制
高校コード 35516A
所在地 750-0019
山口県下関市丸山町二丁目9番1号
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
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梅光学院中学校・高等学校の位置(山口県内)
梅光学院中学校・高等学校

目次

校訓編集

Ut Filli Lucis Ambulate

(光の子として歩みなさい)

エフェソの信徒への手紙5章8節

概要編集

キリスト教宣教師によって設立された学校であるため、キリスト教を用いた教育が行われ、毎朝、礼拝が行われるのが特徴だが、クリスチャンの教員はほとんどいない(かつては多かった)。

授業は週5日制。また土曜日は「自主活動」とし、月に2回以上自主学習、クラブ活動、生徒会活動をする。

生徒の中には、海外にホームステイや海外留学する者もいる。なお、同一敷地内(同一校舎内)の梅光学院高等学校へは原則として進学でき、一部の部活などは高校とも連携、教員も中高を兼任する。

現在はキリスト教主義プロテスタント)に基づく教育が行われている。英語に重点を置いた教育を行っている[要出典]

生徒一人一人がタブレット(iPad)を持ち、ICT教育へも力を注ぐ[要出典]

2015年、関西学院大学との間に山口県内初となる協定校調印を行い、推薦入学の枠は理工学部、教育学部を始め11学部19名を持つ。また2016年、明治学院大学との間に協定校調印を行い、推薦入学の枠は6学部15学科の合計5名。

制服編集

梅光学院中学、高校は、キリスト教教育に基づく自由な校風であるが、制服は指定である。

中学・高校統一してある。

2018年度入学生より、制服が変更される予定であることが、6月26日に教職員に、翌27日に生徒・保護者に改革担当理事の名で文書が、そして直後のオープンスクールで次期入学生に説明。

100年以上の伝統あること、一目で「梅光」とわかるセーラー服が下関に馴染んでいること、変更後の制服が公共交通機関に馴染まないこと、派手すぎること、イメージダウンにつながりかねないこと、従来の制服との共通点がないこと、もし現在の制服ではなくなったら市内の高校からセーラー服がなくなるなどの理由から生徒・保護者・教職員・卒業生・同窓生・元教職員・下関市民をはじめ否定的な意見が多い。

現在編集

  • 冬季
    • 男子 紺学生服・指定長袖カッターシャツ・黒の単色ベルト
    • 女子 紺セーラー
  • 夏季
    • 男子 指定半袖カッターシャツ
    • 女子 白セーラー
  • カバン
    • 学校指定のカバン
    • 補助として他のも使用して良い
    • 通学靴 学校指定のもの
    • 上靴 市販のもので、つま先部分が青色のもの
    • 体育館シューズ 学校指定のもの
    • 運動靴 白のシューズ

  制服以外は2018年からも同じである

沿革編集

梅香崎女学校
 
東山学院 旧スチイル記念学校 スタージェス・セミナリー 手彩色絵葉書
  • 1887年(明治20年)9月 - 大浦東山手に「梅香崎女学校」が開校。
  • 1890年(明治23年) - 齋藤實徳が初代日本人校長に就任。
光城女学院
梅光女学院
  • 1914年 - 梅香崎女学校と光城女学院の合併校として下関梅光女学院が誕生。(「梅光」の名は両校から1文字ずつ取って命名された)。
  • 1941年 - 財団法人下関梅光女学院設立。
  • 1945年 - 戦災により、その校舎のほとんどが焼失するが生徒、父母、同窓生のほか米国キリスト教信徒の献金により復興が進む。
  • 1951年 - 学校法人梅光学院設立。校名を梅光女学院中学校・高等学校とする。
  • 1974年 - 高等学校音楽科開設。
  • 1983年 - 広津藤吉記念図書館完成
  • 2000年 - マッケンジー館完成
梅光学院
  • 2001年 - 法人名を梅光学院と改称
  • 2010年 - 新館完成(1F山田宏記念ホール完成)
  • 2012年 - 男女共学開始(中学1年より順次実施)。 学校名を梅光学院中学校・高等学校と改称。
  • 2014年 - 下関開学100年記念式典。
  • 2015年 - 高等学校も男女共学となる。


長崎の創立後、当時の男子部が明治学院(吸収合併)へ、女子部は現在の梅光学院のため両校は親交が深い。

施設・設備編集

  • 広津信二郎記念講堂 - 地上3階建 また3階にはピアノ練習室がある。
  • 本館 - 地上3階建 高校生が使用。
  • 新館 - 地上3階建 中学生が使用。
  • マッケンジー館 - 地上2階建 1階マルチメディア教室、2階マッケンジーホール
  • 廣津藤吉記念図書館 - 地上2階建 約5万冊蔵書 国内でも珍しい教室棟とは別の建物。
  • 体育館 - 地上2階建
  • 体育倉庫 - 地上2階建 1階は体育倉庫、更衣室。2階は体育教官室、男子更衣室。
  • テニスコート - 2面ある。テニス部または授業で使用。
  • 別館 - 別名「旧寮」 現在は立ち入ることができない。
  • 生活館 - 主に美術の授業、また美術部が使用。
  • 記念館 - 唯一この建物だけが下関空襲から逃れた。梅光学院で現存する一番古い建物。ミュージカル部が使用。また、映画「隣人のゆくえ」で使用された。

設置学科・コース編集

  • 中学校
    • コース
      • アドバンストクラス(2016年度より)
      • スタンダードクラス
    • 特別課程(任意)
      • 数学特別課程
      • 英語特別課程
      • 音楽特別課程
  • 高等学校
    • 全日制課程
      • 普通科 αコース
      • 普通科 βコース
      • 音楽科

年間行事編集

  • 4月

 *入学式 *オリエンテーションキャンプ・修養会(かつては中1のオリエンテーションキャンプと高1の修養会は別々だったが現在は同時に行う) *イースター礼拝

  • 6月

 *高校音楽科定期演奏会(高校音楽科のみ) *創立記念式典 *花の日礼拝 *体育祭(運動会)

8月

 *四校試合

  • 9月

 *梅光祭(文化祭)・合唱祭

  • 10月

 *特活week

  • 11月

 *収穫感謝礼拝 *ジュニアコンサート(中学音楽課程のみ) *ツリー点灯式

  • 12月

 *クリスマス礼拝

  • 1月

 *オーストラリア修学旅行(中学三年生のみ)*ニュージーランド3ヶ月留学(中学3年生希望者・高校I年生希望者のみ) *卒業演奏会(高校音楽科III年生のみ)

  • 2月

 *卒業礼拝

  • 3月

 *中学校学習発表会(中学のみ) *生徒総会 *卒業式 *オーストラリア研修 修学旅行(中学3年生のみ) *ウィーン研修旅行(高校生音楽科1・2年生 隔年)

基本的には中学、高校同時に行われる。 2014年度から2016年度まで体育祭と梅光祭が入れ替わっていた。(現在は体育祭6月、文化祭9月) 修学旅行は卒業式の後、春休みに行われる。中高一貫校ならではのことである。

クラブ活動編集

運動部編集

 *バスケットボール部 *テニス部 *ハンドボール部 *サッカー部(2016年度新設)

文化部編集

 *合唱部 *ハンドベル部 *吹奏楽部 *演劇部 *科学部 *書道部 *茶道部 *イングリッシュクラブ *美術部 *ミュージカル部(女子のみ) *軽音楽部(高校のみ) *読書部(中学のみ)

※強制ではないがほとんどの人が入部している。

※合唱部は山口県内のコンクールで金賞、銀賞などを受賞する県内強豪校で、中国大会などにも出場している。

男女共学化編集

2011年(平成23年)6月13日、設置者である学校法人梅光学院より、中学・高校を男女共学化させ、校名を梅光学院中学校・高等学校に改めることが発表された。学年ごとに共学化させていく方針で、中学校が2012年度から、2015年度から高校が男子生徒の募集を開始した。共学化の背景には、約10年前から入学者の定員割れが続いており、生徒の確保が課題となっていたことがあるが、女子の進路も多様化した現在、男子も受け入れることで教育の充実をはかる狙いもあるという[1]。また、中学校の共学化に合わせて高校は英語科を募集停止し、普通科と音楽科の2科制に移行。[2]

中学・高校の共学化によって、梅光学院の設置校は全て共学校となる。

著名な出身者編集

系列校編集

交通編集

問題・批判編集

  • ミッションスクールにもかかわらず、クリスチャンの教職員が非常に少ない。現在では宗教教員を含めてわずか数人程度しかいない。
  • 長年使用されていた制服が変更され、新制服のデザインが、梅光140年の歴史に見合わないという反対の声が多い。
  • 2015年度と2016年度に人件費カットとして大学、中高、事務職員合わせて計50人近くもの人が辞めた、辞めさせられた。最初は希望退職者を募ったものの、希望退職者が一定人数に到達しなかったため、外部講師や管理職らによる特定教員への威圧的な研修が数回行われた。また、翌2017年度も大学や中高の退職者が後を絶たず、本来担当ではない教員が授業を受け持つなどの人手不足が相次ぎ、質の低い教育が行われている。
  • 2017年度に、中高の新入生にはウェイクアップ全員留学を実施する旨の説明会を実施。留学費用や授業料を校納金引き落としとした、毎月5万円に値上げした。山口県内ではトップクラスの高学費となり、これに伴って、志願者や入学者数が大幅に激減する事態となる。ちなみに倍率や合格者数などは一切公表されていない。
  • 2016年度に梅光の未来を考える会が発足され、現経営陣の退陣を求めるものや不当解雇の阻止という名目で、署名を1万筆以上かき集め提出された。しかし経営陣はこれに一切耳を傾けず、当時の改革を実行した学院長を第一線から外しただけに留め、現在も改革推進派の経営陣は根本的に変更されていない。逆に改革反対派の職員を含めた大量リストラや反対派だった理事の解任が行われた。突然の雇い止めに対する恩師の雇用継続を懇願する学生運動や訴訟が起きたものの、不当解雇の阻止までには至らなかった。
  • 上記を理由に慢性的な教職員不足に陥り、非正規教員や臨時免許で授業をするクラス、学年が多数ある。また、正規教員は全体の10%にも満たない。新採用で雇用した教職員が1年で去っていくのは当たり前になってきており、校長も毎年変わるなどの不安定な教員配置が行われている。

オンヌリ教会の実効支配。

  • 2017年度に教員免許を持たない事務局長が、英語教員の代わりに教室に入って授業を行ったとされる問題が報道されていたが、学校側から釈明や実態を明らかにしていない。
  • 2017年、2018年度には非常勤講師らが有効な教員免許を持たずに授業を行っていた問題が発覚。これに伴って、追加の補習授業を組まざるを得ない事態になった。上述より、学費を上げるだけ上げておいて、生徒の学習環境を脅かす事態を招いていることから、多くの保護者や関係者から不信感を抱かせている。
  • 不透明な資金の運用問題が取り上げられている。また、正規職員の大量退職といったコストカットに走っておきながら、外部委託した業者には高い報酬を支払うなどの意味不明な運用が行われている。
  • 2019年度入学生が中学15名に満たない、

高校が35名に満たないといった この10年間で史上最悪の落ち込みとなった。 これによって、在籍数が中学60人、高校150人 全体で約200人弱しかいない状態となる。 このような最悪な在籍人数にもかかわらず、中学高校は何がなんでも存続させる見通しで行くといった、やけくそ経営になっている。

脚注編集

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  1. ^ 『朝日新聞』(下関)2011年6月14日朝刊、第31面「梅光女学院、共学へ 少子化・社会環境変化 中学は来年度、高校15年度」
  2. ^ 男女共学について2011年8月10日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集