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浅野 祥之(あさの よしゆき、1959年(昭和34年)2月13日 - 2007年(平成19年)4月20日)は、北海道北見市出身のギタリストスタジオ・ミュージシャン

浅野 祥之
出生名 浅野 祥之
生誕 1959年2月13日
出身地 日本の旗 日本, 北海道北見市
死没 (2007-04-20) 2007年4月20日(48歳没)
日本の旗 日本, 神奈川県横浜市青葉区
ジャンル J-POP
フュージョン
職業 ギタリスト
担当楽器 ギター
活動期間 1980年 - 2007年
共同作業者 J&B

目次

経歴編集

東京都立秋川高等学校卒業後、1980年(昭和55年)よりプロとして活動を始める。様々なアーティストのツアー&レコーディングに従事する。“ブッチャー”の愛称で知られる。高校時代の一年後輩にミュージシャンの直枝政広や、映画監督の天願大介がいる。直枝曰く、文化祭では憧れの存在だったという。

浅野個人としては、1992年(平成4年)と1994年(平成6年)に「空と海と風と…」として2枚のアルバムをリリース(角松敏生プロデュース)し、ライブ活動を積極的に行うが、1996年(平成8年)に解散。1999年(平成11年)、同じギタリストの梶原順と共に「JとB」を結成、ドラマー沼澤尚ベーシスト松原秀樹を加えた「J&B」としての活動も行う(梶原を除いたトリオ編成の「Three's Co.」としてもアルバムを出している)。この2バンドでミニアルバムを含め4枚のアルバムをリリースし、年間40〜50本のライブを行う。

2005年(平成17年)、以前から師と仰ぐ永井“ホトケ”隆と精力的にLIVE活動を開始、その年の夏に沼澤を加えた「THE BLUES POWER」として新たに始動する。オーセンティックな物へのこだわりを強く持ちつつ、自己表現を具体化するバンドとしてパワフルなLIVEを展開していた。

しかし2007年(平成19年)4月20日午後8時49分(JST)、肺炎による肺気腫が悪化、呼吸不全により入院先の横浜市青葉区内の病院で死去。48歳没[1]。奇しくもその日はTHE BLUES POWERのデビューアルバム"THIS IS THE BLUES POWER"が発表された日だった。

バンド歴編集

ギタリスト的思想編集

伝統的なスタイルをどれだけ自分の中で消化し、しっかり弾く事が出来るかと言う事。基本的にFeelingで弾く事を嫌悪する。

バックバンドを務めたアーティスト編集

出典編集