渡辺 千明(わたなべ ちあき、男性、本名・山内 千明(やまのうち ちあき)[1]1950年 - 2021年3月31日[1])は、日本脚本家[1]劇作家演出家野田高梧記念蓼科シナリオ研究所理事。

渡辺 千明
プロフィール
本名 山内 千明(やまのうち ちあき)[1]
出身地 日本の旗 日本 兵庫県[1]
死没日 2021年3月31日[1]
死没地 長野県茅野市[1]
受賞
第2回日本シナリオ大賞準入選
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兵庫県出身[1]横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)卒業[1]1999年ニーセーター(若者たち)』で第2回日本シナリオ大賞準入選。

来歴・人物編集

都立立川高校を卒業後、1976年横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)に進学。
1978年同校卒業。講師だった田村孟の助手となり、テレビドラマ『からっ風と涙』、映画『夜叉が池』などを手伝う。
1979年、田村と共作で映画『十八歳、海へ[1]でデビュー。以後、多数の映画・テレビドラマの脚本を担当。1981年からフリー助監督を兼ね、主として工藤栄一監督に付く。
1989年、日本映画学校専任講師。2000年、日本シナリオ作家協会理事。2002年、駒澤大学文学部非常勤講師。2011年、日本映画学校大学化に伴い同校退職。大学化に反対したためだと言われる。
2016年、長野県蓼科に『野田高梧記念蓼科シナリオ研究所』設立、理事に就任。2017年には同研究所のホームページ上で宮本明子と協働で『野田高梧の手帳』連載開始。2019年、富士ゼロックス京都と協働で『蓼科日記』全巻完全複製を開始。2020年9月、「蓼科日記」全巻複製完成。

2021年3月31日1時24分、癌性心膜炎のため長野県茅野市内の病院で死去。70歳没[1]

主な作品編集

映画編集

テレビドラマ編集

演劇編集

  •  作『庄内ママコのテッテ的な日々』(1980年)
  •  作・演出『笑劇 玉虫マリヤ』(1982年)
  •  作・演出『贋作蘆花傳(がんさくろかでん)』(2014年)

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m “脚本家の渡辺千明氏死去、70歳 映画「十八歳、海へ」など”. サンケイスポーツ. 産経デジタル. (2021年4月5日). https://www.sanspo.com/geino/news/20210405/geo21040518230031-n1.html 2021年4月5日閲覧。 
  2. ^ TOKYO NEWS MOOK「テレビドラマ全史1953 - 1994」p.519、東京ニュース通信社、1994年