瀬戸町堂浦
瀬戸町堂浦(せとちょうどうのうら)は、徳島県鳴門市の大字。2011年12月31日現在の人口は1,073人、世帯数は535世帯[1]。郵便番号は〒771-0361。
瀬戸町堂浦 | |
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国 |
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都道府県 |
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市町村 |
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人口 (2011年(平成23年)12月現在 鳴門市の調査より) | |
• 合計 | 1,073人 |
等時帯 | UTC+9 (JST) |
郵便番号 |
771-0361 |
地理編集
鳴門市の北東部に位置する。字阿波井は島田島内になる。讃岐山脈東部と島田島の南西端にあたり、小鳴門海峡に面する。古くは結城ケ浦とも称した。瀬戸町地区の中心的な集落。
西を日出湾、東を小鳴門海峡・ウチノ海に面する本土側の区域と島田島の南西端の区域からなる。大部分を占める本土側区域は、北は瀬戸町北泊に、南は瀬戸町明神に接する。古くから漁業の村として知られている。
日出湾を徳島県道183号亀浦港櫛木線(一部は鳴門スカイライン)を通じ、東岸を徳島県道182号瀬戸港線が通る。県道183号線は瀬戸町大島田―瀬戸町中島田―瀬戸町小島田を経て地内西部に通じている。
阿波井神社は、字阿波井にある氏神で、天太玉命・大宜都姫命を祭神とし、徳島県下の神社の中でもその祭事は民俗学的に重視されている。
小字編集
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歴史編集
江戸期から明治22年にかけては板東郡および板野郡の村であった。寛文4年より板野郡に属す。明治22年に同郡瀬戸村、昭和3年に瀬戸町の大字となった。昭和22年3月には鳴南市、同年5月より現在の鳴門市の字名となる。
江戸時代初期、釣り糸にテグス(天蚕糸)を利用し始めた漁師がいる。(→釣り糸)
江戸時代の堂浦の漁師はテグスの導入もあってか、一本釣りの技術に非常に秀でており、他国の漁師にもその技術を教えていたことがあった。[2]
交通編集
道路編集
路線バス編集
- 堂浦
施設編集
- 徳島県立農林水産総合技術支援センター水産研究所
- 鳴門市瀬戸中学校
- 鳴門市瀬戸小学校 (2018年に休校)
- 阿波井神社
- 吉祥寺 - 阿波北嶺薬師霊場22番札所。
脚注編集
- ^ 鳴門市の人口(平成23年12月)
- ^ 鳴門再発見―ライブミュージアムでお接待―. 「鳴門再発見」実行委員会. (2005)
参考文献編集
- 『角川日本地名大辞典 36 徳島県』(1986年 ISBN 4040013603)