矢野 貫城(やの つらき、1886年7月4日 - 1974年11月4日)は、日本の教育者である。日本基督教団富士見町教会の長老。

矢野 貫城
人物情報
生誕 1886年7月4日
日本の旗 日本 高知県吾川郡
死没 (1974-11-04) 1974年11月4日(88歳没)
国籍 日本の旗 日本
出身校 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国コロンビア大学
学問
研究分野 経済学
研究機関 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国コロンビア大学
彦根高等商業学校
四国学院短期大学
国際基督教大学理事
東京女子大学理事
宮城学院理事
順心女子学院大学理事
高千穂商科大学理事
主な業績 ミッション・スクールの発展に貢献
主要な作品 「欧米旅行雑感」
「教育と基督教」
「新商業道徳」
主な受賞歴 藍綬褒章(1963年)
脚注
1958年9月四国学院短期大学の初代学長に就任。
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経歴・人物編集

1886年(明治19年)高知県吾川郡に生まれる。高知県立第一中学校山口商業学校在学中に、山口教会の和知牧太牧師より洗礼を受ける。

1915年2月から1917年6月まで文部省留学生としてコロンビア大学で経済学を修める。帰国後文部事務官兼啓学官に就任する。

1927年に彦根商業大学の校長、1939年からは明治学院の院長に就任する。戦争中は軍国主義的な教育を行った。

1944年より1946年まで、キリスト教学校教育同盟の理事長を務める。1947年10月よりキリスト教学校教育同盟の賞主事を務める。1958年9月に四国学院短期大学の初代学長に就任する。また、国際基督教大学東京女子大学宮城学院の理事長などを務める。

栄典編集

脚注編集

参考文献編集