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福重村

日本の長崎県東彼杵郡にあった村

福重村(ふくしげむら)は、長崎県東彼杵郡の南部にあった村。戦時中の1942年(昭和17年)、東彼杵郡南部の各町村と合併を行い市制施行、大村市となった。

ふくしげむら
福重村
廃止日 1942年2月11日
廃止理由 新設合併・市制施行
大村町福重村萱瀬村松原村鈴田村三浦村大村市
現在の自治体 大村市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 長崎県
東彼杵郡
総人口 2,664
国勢調査、1940年)
隣接自治体 東彼杵郡大村町松原村萱瀬村千綿村
福重村役場
所在地 長崎県東彼杵郡福重村皆同郷字古城
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現在の大村市福重地区にあたる。

地理編集

村域は郡川下流部から郡岳南西麓の傾斜地帯まで東西に帯状に占め、地内を佐奈川内川など郡川支流河川が流れる[1]。村名は自然地形「フケ」に由来するといわれ、フケは田など水の多い湿地を意味し、これに佳字として「福」の漢字を当てて豊かの意とし、「重」はかさなるの意味で「水の多い水田が広く、極めて豊かな地」と解釈させる[2]。いわゆる瑞祥地名であり、村西部の低地は「水が重なる」という本来の地名由来が意味するとおり、大雨で郡川が氾濫した際に洪水の被害を受ける事がある。

  • 山:郡岳
  • 河川:郡川、佐奈川内川(さながわちがわ)
  • 用水:重井田井手
  • 溜池:赤似田溜池
  • 湾:大村湾

沿革編集

近世の福重村は竹松村、松原村とあわせて「郡村(こおりむら)」と総称された。『大村郷村記』のうち郡村の項には「凡彼杵郡の内平坦曠漠(こうばく)の地当村を以第一とす、故に往古大村と号するは、専ら此地を云なり」とあり、古くは当地を大村と称していたとある。同書の大村の項によれば、この大村は「郡大村」とも称し、のちに郡村・大村[3]・萱瀬村の3ヶ村に分かれたとしている。

地名編集

を行政区域とする。福重村は1889年の町村制施行時に単独で自治体として発足したため、大字は無し。

  • 今富郷
  • 沖田郷(おきだ)
  • 皆同郷(かいどう)
  • 草場郷
  • 重井田郷
  • 寿古郷(すこ)
  • 野田郷
  • 弥勒寺郷(みろくじ)
  • 矢上郷
  • 立福寺郷(りふくじ)

名所・旧跡編集

村内には古墳や墓石、中世の寺跡が多数存在する。

  • 今富キリシタン墓碑[4]
  • 御手水の滝(裏見の滝)
  • 今富城跡
  • 好武城跡
  • 冷泉寺跡
  • 不動寺跡
  • 済福寺跡
  • 白水寺跡
  • 無量寺跡
  • 教通寺跡
  • 如法寺跡
  • 弥勒寺跡
  • 竜福寺跡
  • 黄金山古墳
  • 地堂古墳

参考文献編集

脚注編集

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  1. ^ 長崎県東彼杵郡福重村 (42B0060023) | 歴史的行政区域データセットβ版 Geoshapeリポジトリ
  2. ^ 角川日本地名大辞典 42 長崎県「福重」
  3. ^ 江戸期の大村城下および久原分、池田分の地域。
  4. ^ 大村市今富のキリシタン墓碑 長崎県の文化財

関連項目編集