洪水

河川から増水・氾濫した水によって陸地が水没したり水浸しになる自然災害
ハイチで発生した洪水(2004年
フランスパリで発生した洪水(1910年
日本三重県津市で発生した洪水(2004年9月)
日本・郡山市富久山町で発生した台風6号による洪水。この付近は避難勧告が発令された。(2002年7月11日午前5時6分、善宝池周辺にて)

洪水(こうずい、: flood)とは、通常の境界(範囲)を超えて大量の水があふれることであり、特に通常は乾いている土地へと水があふれ出すこと[1]。常態では水が無い陸地が水によって覆われること[2]

原因編集

河道を溢れた水が氾濫しやすい場所としては、河道の勾配が急にゆるくなる地点、河道の蛇行する地点、河道が分流または合流する地点、河道の幅が急に狭まる地点があげられる。氾濫した水は、氾濫した先の地形に応じて広範囲に拡散したり、輪中のように堤防に囲い込まれている地点においては低地に滞留したり、大規模な洪水の場合は拡散した洪水が何十kmも流れ下って低地の堤防内に滞留することもある[3]

積雪地では、冬季の異常な気温上昇、暖かい強風降雨や、季節変動による春季の気温上昇により融雪を要因とする洪水が発生する[4]

水位変化編集

洪水時の水位変化は、河川の長さと勾配に大きく左右される。日本の場合においては河川の長さが短く勾配も急であるため、上流の洪水が下流に到達するのは数時間、長くても1日から2日程度がほとんどであるが、大陸の長大な河川の場合は時期が大幅にずれ、1か月から2か月後に洪水が到達することすら珍しくない。また、これに関連して、日本の洪水は低地に水が滞留してしまった場合を除けば水が引くのも早いが、大陸においては洪水が収まるまで数日、長いものでは数か月かかることもある[5]

洪水の害編集

洪水が引いた後に必要となる後始末や清掃作業が、時に作業者やボランティアの安全を脅かす場合がある。それは、下水道水と混ざり合い汚染された水との接触、感電一酸化炭素中毒、運動器に関わる負傷、熱中症や逆に低体温症自動車などの事故、火災溺死危険物が晒された状態など多岐にわたる[6]。洪水が起こった地域は混乱した状態にあり、作業者は鋭くぎざぎざになった残骸類、溢れた水に潜むバイオハザード、露出した電線動物人間血液体液そして死体など通常ではありえない影響に脅かされかねない。被害地での対処を行うに当り、作業者には安全帽ゴーグル、重労働用の軍手ライフジャケット防水タイプのブーツ型安全靴などの装備を計画段階で整えられる[7]

なお、日本における洪水被害額は、1993年から2002年の合計で外水氾濫が1.3兆円(54%)、内水氾濫が1.1兆円(46%)であり、ほぼ同値となっている[8]

洪水がもたらす恵み編集

洪水は人間の生活面や経済面に多くの破壊的影響を与える。しかし、小規模で頻度が高い洪水は特に利益をもたらす。例えば地下水を満たしたり、枯渇していた栄養分を補給して土壌を肥沃化したりする[要出典]

こうした洪水による恵みで最も著名なものはエジプトナイル川流域のものである。ナイル川下流域のエジプトでは7月中旬、エチオピア高原に降るモンスーンの影響で氾濫を起こすが、この洪水は水位の上下はあれど氾濫が起きないことはなく、鉄砲水のような急激な水位上昇もなく、毎年決まった時期に穏やかに洪水が起こった。そしてなによりも、この洪水は上流より肥沃な土壌を毎年ナイル河畔にもたらし、エジプトの豊かな農業生産を支えていた。この洪水の影響を調整するために文明が発達し、世界最古の文明であるエジプト文明が成立した。この洪水は19世紀末にいたるまでエジプトの経済を支えていたが、20世紀に入ると通年灌漑が可能となって逆に洪水はエジプト農業の障害となり、1970年アスワン・ハイ・ダムの建設によってエジプトで洪水が起こることはほぼなくなった。

ナイル川の洪水英語版も参照可

また、ガンジス川下流域のバングラデシュにおいては洪水により例年のように被害が報告されるが、これは大規模すぎる洪水の場合であり、適度な洪水の場合は「ボルシャ」と呼ばれ、田畑に肥沃なシルトを運んできてくれる恵みの存在であると考えられている[9]

バングラデシュにおける洪水英語版も参照可

乾燥地帯や亜乾燥地帯では、年間を通して降水量が不規則な中、非常に重要な水資源となる。淡水の洪水は、河川回廊の生態系を維持する重要な役目を持ち、流域の生物多様性を支える[10]

また、洪水による氾濫は湖や川などに非常に多くの栄養素を供給し、そして捕食者が少なく栄養素に富む氾濫原が産卵に適する事もあり、数年間にわたり漁獲量を高める効果もある[11]

ウェザーフィッシュのように洪水を使って生息域を広げる魚もいる。魚類だけでなく鳥類もまた、洪水によって引き起こされる利益を享受する[12]

破堤と応急的堤防補強編集

水が河道内に収まりきらなくなり、堤防を乗り越えて外に溢れ出すことを越流という。また、堤防が崩壊して一気に堤防内に水があふれ出すことを破堤という。破堤はただ単に崩壊するほかに、越流地点において上部や河道の反対側から氾濫水によって堤防が削られて崩壊することもある。この越流破堤は破堤のなかでも最も一般的なものである[13]

治水編集

世界中の多くの国で、洪水を引き起こす可能性が高い河川は慎重な管理が行われ、堤防などの防御策が講じられる[14]

一般的な治水においては、上流のダムや河川の堤防によって増水した水を河道内に封じ込め、速やかに海へと流し去ることが基本的な方針となる[15]

遊水地遊水池)においては水量調節機能を増強するため、遊水地を取り囲む囲繞堤を築いて普段は水が侵入しないようにしておき、河道に接する部分のみ越流堤として堤を低く建造しておいて、増水が始まると堤の低い部分から湧水調整池に水が流れ込み、洪水を防ぐなどの対策が講じられている。なお、この場合調整池の下流側には水門を築き、河道の水位が下がれば排水できるようになっている[16]


日本における警戒情報の告知編集

日本では、洪水に警戒を呼びかける情報として、市町村ごとに出す気象警報注意報と各河川ごとに出す洪水予報の2種類があり、気象庁などが発表する[要出典][注 1]

なお、河川から堤防を越えて襲う氾濫の恐れを示すのが「洪水警報」や「洪水注意報」、堤防の外である市街地内などの増水・浸水の恐れを示すのが括弧書きの「大雨警報(浸水害)」や「大雨注意報(浸水害)」である[17][18]

2017年から、大雨警報・注意報(浸水害)の基準は雨量および表面雨量指数、洪水警報の基準は雨量および流域雨量指数を(一部で表面雨量指数も)併用している。指数は、雨水の地表での蓄積や川への流出を、地形の起伏や土地利用による差異を考慮して算出した数値。ダム制御、潮位、河川の合流、排水ポンプなどインフラの整備の影響はモデルに組み込まれていないが、過去の水害発生時の値を20年間以上精査したうえで設定していることから、気象庁は"一定程度反映できる"としている。なお、降雪・融雪の影響は正しく反映できない場合があるという[19][20]

洪水予報では、警戒事項とともに各河川の水位や流域の雨量の観測値と予測値、浸水の想定区域などを発表する。対象(洪水予報河川)はすべての一級河川および流域面積・洪水時の被害が大きな主要河川。それ以外の主要河川でも、水位を観測している河川(水位周知河川)では「水位到達情報」により避難判断水位などに達したことを通知する。これら水位や雨量などのリアルタイム情報は、国土交通省の「川の防災情報」などのウェブサイトで逐次公開されている。また気象庁のウェブサイトでは、流域雨量指数・表面雨量指数の経過・予測を洪水警報や大雨警報(浸水害)の「危険度分布」として公開しており、これは水位観測が行われていない一部の中小河川も対象となっている[18]

また、市町村長から住民に対して、避難を促すため状況に応じて「避難準備・高齢者等避難開始」「避難勧告」「避難指示」が発令されることもある。

気象庁・市町村が発表・発令する洪水の危険性や避難の情報

警戒 レベル

避難などの行動を促す情報 とるべき行動

自ら行動をとる際の判断に 参考となる情報

レベル5

市町村が(可能な範囲で)発令する 「災害発生情報」

すでに災害が発生している。命を守る最善の行動をとるべき。
レベル4 市町村が発令する

「避難勧告」もしくは より重い「避難指示(緊急)」[注 2]

災害発生の恐れが極めて高い。速やかに避難先(公的な避難場所、あるいは安全なところ[注 3])へ避難するべき。
  • 氾濫危険情報
  • 洪水警報の危険度分布が「非常に危険」または、それを超える「極めて危険」
レベル3

市町村が発令する 「避難準備・高齢者避難開始」

避難に時間を要する人(高齢者、障害者、乳幼児など)と支援者は避難を始める。その他の人は避難の準備を整え、状況に応じ自発的に避難を始める。
レベル2

気象庁が発表する 「洪水注意報」「大雨注意報」

ハザードマップで避難経路・避難先を確かめるなど、避難行動を確認する。
レベル1

気象庁が発表する 「早期注意情報」(警報級の可能性)[注 4]

災害への心構えを高める。
―気象庁「防災気象情報と警戒レベルとの対応について」、内閣府「避難勧告等に関するガイドラインの改定(平成31年3月29日)」より2019年6月26日時点で一部複製、改変の上作成

過去の洪水の一覧編集

世界史上における死者数の多かった洪水のリスト編集

世界史上において10万人以上の死者を出した洪水は、以下のものである。

死者数 洪水 場所
2,500,000人–3,700,000人[21] 1931年中国大洪水 中国 1931年
900,000人–2,000,000人 1887年黄河洪水 中国 1887年
500,000人–700,000人 黄河決壊事件 中国 1938年
231,000人 ニーナ台風による板橋ダム決壊事故。洪水そのもので直接には86,000人が死亡し、洪水後の伝染病や食糧不足などで145,000人が死亡した。 中国 1975年
230,000人 インド洋大津波 インドネシアなどインド洋沿岸諸国 2004年
145,000人 1935年長江洪水 中国 1935年
100,000人以上 聖フェリックスの洪水 オランダ 1530年
100,000人 ハノイおよび紅河デルタの洪水 北ベトナム 1971年
100,000人 1911年長江洪水 中国 1911年

その他編集

神話編集

神話においては、かつて大洪水によって世界がほぼ滅び、生き残りによって現在の文明が再建されたという、いわゆる大洪水神話が世界各地に分布している。旧約聖書創世記』における大洪水(ノアの方舟)もこの系譜に属する神話である。

最終氷期終了後の洪水編集

最終氷期の終了後、1万2900年前から1万1500年前にかけて再び気候が寒冷化し亜氷期となったヤンガードリアス期が出現した理由の有力な仮説の一つに、大洪水が上げられている。北アメリカ大陸中央部には氷河の縮小とともに巨大なアガシー湖が広がるようになっており、ミシシッピ川を通ってメキシコ湾へと注いでいたが、氷床のさらなる縮小により現在のセントローレンス川にあたる水路が出現し、アガシー湖は決壊して北西の北大西洋に大量の淡水を一気に流し込んだ。この大量の淡水は海水に比べ比重が軽いため北大西洋の表面に広範に広がり、このためメキシコ湾流の北上と熱の放出がストップして熱塩循環が停止し、全世界の気候を狂わせて氷期を現出したとされる[22]

軍事利用編集

オランダ洪水線と呼ばれる防御戦術を多用した。1672年オランダ侵略戦争が起きてフランス軍が侵攻し国土の大部分が占領されると、アムステルダム南東15㎞にあるマイデンの水門を開いて[23]ワール川からゾイデル海に達する幅平均5㎞、長さ80㎞に及ぶ細長い地域を冠水させ、フランス軍を足止めした[24]

また、中国においては1128年の将軍である杜充中国語版軍の南下を防ぐため、現在の河南省において黄河の南岸の堤防を決壊させた。これによって金軍の南下は食い止められたものの、多数の住民が濁流にのまれ、またそれまで渤海に注いでいた黄河の河道が南へ大きく遷って南の淮河に合流し、黄海へと流れ込むようになった[25]

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 気象警報・注意報は気象庁が、洪水予報のうち一級河川は気象庁と国土交通省、二級河川は気象庁と都道府県が共同で発表する。[要出典]
  2. ^ 事態の深刻さに応じ、まず避難勧告が出され、重ねて避難を促すために避難指示が出されるのが基本。ただし、緊急的にいきなり避難指示が出される場合がある。
  3. ^ 市町村が指定する学校や公民館などの避難場所に行くことが基本。それが危険と思われる場合は、近隣の安全な場所や、自宅内のより安全な場所等に移る。
  4. ^ 明日までの期間に大雨警報を発表する可能性が[高]または[中]の場合。

出典編集

  1. ^ Oxford Lexico. 「An overflowing of a large amount of water beyond its normal confines, especially over what is normally dry land.」
  2. ^ 欧州連合洪水指令英語版の定義。Directive 2007/60/EC Chapter 1 Article2. eur-lex.europa.eu. Retrieved on 2012-06-12.
  3. ^ 「流系の科学 山・川・海を貫く水の振る舞い」p107 宇野木早苗 築地書館 2010年9月10日初版発行
  4. ^ 融雪期の災害に注意を!”. 北海道庁. 2018年3月10日閲覧。
  5. ^ 「流系の科学 山・川・海を貫く水の振る舞い」p99 宇野木早苗 築地書館 2010年9月10日初版発行
  6. ^ United States National Institute for Occupational Safety and Health (NIOSH). Storm and Flood Cleanup. Accessed 23 September 2008.
  7. ^ NIOSH. NIOSH Warns of Hazards of Flood Cleanup Work. NIOSH Publication No. 94-123.
  8. ^ 「ダムと堤防 治水・現場からの検証」p16 竹林征三 鹿島出版会 2011年9月10日第1刷
  9. ^ 大橋正明、村山真弓編著、2003年8月8日初版第1刷、『バングラデシュを知るための60章』p47、明石書店
  10. ^ WMO/GWP Associated Programme on Flood Management "Environmental Aspects of Integrated Flood Management." WMO, 2007
  11. ^ Extension of the Flood Pulse Concept. Kops.ub.uni-konstanz.de. Retrieved on 2012-06-12.
  12. ^ Birdlife soars above Botswana's floodplains. Africa.ipsterraviva.net (2010-10-15). Retrieved on 2012-06-12.
  13. ^ 「図説 河川堤防」p77 中島秀雄 2003年9月10日1版1刷 技報堂出版
  14. ^ Henry Petroski (2006). Levees and Other Raised Ground. 94. American Scientist. pp. 7–11 
  15. ^ 「流系の科学 山・川・海を貫く水の振る舞い」p109 宇野木早苗 築地書館 2010年9月10日初版発行
  16. ^ 「河川工学の基礎と防災」p129(気象ブックス040)中尾忠彦 成山堂 平成26年11月8日再版発行
  17. ^ 気象警報・注意報の種類」、気象庁、2019年7月1日閲覧
  18. ^ a b 指定河川洪水予報」、気象庁、2019年7月1日閲覧
  19. ^ 大雨警報(浸水害)の危険度分布」、気象庁、2019年7月1日閲覧
  20. ^ 洪水警報の危険度分布」、気象庁、2019年7月1日閲覧
  21. ^ Worst Natural Disasters In History. Nbc10.com (2012-06-07). Retrieved on 2012-06-12.
  22. ^ 「流系の科学 山・川・海を貫く水の振る舞い」p317 宇野木早苗 築地書館 2010年9月10日初版発行
  23. ^ 「オランダ史」p77 モーリス・ブロール著 西村六郎訳 白水社 1994年3月30日第1刷
  24. ^ 佐藤弘幸 『図説 オランダの歴史』 河出書房新社ふくろうの本〉、2012年、p.62.
  25. ^ 「中国古代の社会と黄河」(早稲田大学学術叢書1)p46 濱川栄 2009年3月30日初版第1刷

関連項目編集