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秋月 種封(あきづき たねくに、寛文2年(1662年) - 宝永6年1月10日1709年2月8日))は、江戸時代前期の旗本寄合高鍋藩秋月種信の三男。母は松浦隆信の娘。初名は種重通称は宗吉、重三郎。式部。室は織田長頼の娘。子女は、種羽(たねのぶ)、牧野忠列牧野忠貴養子)、秋月種輔(種羽の跡を継ぐ)、松浦棟養女、真田信清室、松浦信秀松浦信福養子、求馬)、中村道重(本藩家臣中村道安養子)。

元禄2年(1689年)2月末日、父の種信の封地より日向国諸県郡宮崎郡内3,000石を分封され寄合となる。宝永6年、48歳で没する。法名は宗本。墓所は下谷広徳寺の梅雲院。没後、種羽が跡を継いだ。