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緑町 (武蔵野市)

日本の東京都武蔵野市の地名

地理編集

武蔵野市の北部に位置する。東から時計回りに吉祥寺北町西久保関前八幡町西東京市東伏見及び練馬区関町南に隣接する。町内では集合住宅と戸建住宅が混在している。

地価編集

住宅地の地価は2014年平成26年)1月1日に公表された公示地価によれば緑町3-5-1の地点で33万6000円/m2となっている[6]

歴史編集

地名の由来編集

第二次大戦後、進駐軍中島飛行機武蔵製作所を接収した際に命名した「グリーンパーク」に由来する。グリーンパークの範囲は、現在の武蔵野中央公園東京都立武蔵野北高等学校都市再生機構武蔵野緑町団地(現・武蔵野緑町パークタウン)、都営住宅武蔵野緑町アパート富士重工業社宅・武蔵野中央公園北ホール、武蔵野東学園、高齢者総合センター、武蔵野市立第四中学校武蔵野総合体育館武蔵野陸上競技場、武蔵野市役所庁舎のある一帯にあたる。現在の緑町の町域には、占領下の1951年に東京グリーンパーク(別称・東京スタジアム[7])という野球場が建設されたこともある。グリーンパークの名称は現在、野球場への引込線として敷設された国鉄武蔵野競技場線の線路敷跡であるグリーンパーク遊歩道、グリーンパーク商店街などに残っている。

沿革編集

  • 1945年(昭和20年) - 進駐軍により中島飛行機武蔵製作所が接収され、敷地全体をグリーンパークと名付けられる。
  • 1951年(昭和26年) - 敷地の一部が返還され、グリーンパーク野球場が建設される。残りの部分は住宅地区として将校宿舎などが建設される。
  • 1962年(昭和37年)4月1日 - 武蔵野市内の町名整理が行われ、大字西窪が西久保・緑町に分割される[5]
  • 1965年(昭和40年)4月1日 - 住居表示実施[5]
  • 1973年(昭和48年)1月25日 - グリーンパーク(在日米軍武蔵野住宅地区)が全面返還される。

世帯数と人口編集

2018年(平成30年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
緑町一丁目 1,092世帯 2,233人
緑町二丁目 2,534世帯 5,444人
緑町三丁目 337世帯 715人
3,963世帯 8,392人

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[8]

丁目 街区 小学校 中学校
緑町一丁目 全域 武蔵野市立大野田小学校 武蔵野市立第四中学校
緑町二丁目 1〜3番
その他 武蔵野市立千川小学校
緑町三丁目 全域 武蔵野市立大野田小学校

交通編集

施設編集

武蔵野東学園
NTT技術史料館
過去

関連項目編集

参考文献編集

  • 「角川日本地名大辞典 13 東京都」角川書店、1978年

脚注編集

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  1. ^ 市の面積変更に伴う町丁目別面積の変更について”. 武蔵野市 (2015年6月1日). 2018年1月22日閲覧。
  2. ^ a b 人口統計”. 武蔵野市 (2018年1月5日). 2018年1月22日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月22日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月22日閲覧。
  5. ^ a b c 『角川日本地名大辞典 13 東京都』、角川書店、1991年再版、pp1150-1151。
  6. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  7. ^ 後に荒川区に建設された東京オリオンズのフランチャイズ球場である東京スタジアムとは異なる。
  8. ^ 小中学校の学区域”. 武蔵野市 (2017年12月18日). 2018年1月22日閲覧。

外部リンク編集