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葭原神社(あしはらじんじゃ)は、伊勢神宮皇大神宮(内宮)の末社。『延喜式神名帳』記載の「荻原神社」に比定される[2]

葭原神社
Ashihara-jinja 01.jpg
所在地 三重県伊勢市中村町向垣外813[1]
位置 北緯34度28分20.9秒
東経136度43分43.8秒
座標: 北緯34度28分20.9秒 東経136度43分43.8秒
主祭神 佐佐津比古命
宇加乃御玉御祖命
伊加利比賣命
社格 式内社(小)
皇大神宮末社
創建 延暦23年(804年)以前
本殿の様式 神明造
別名 伊賀井の森
主な神事 神嘗祭
地図
葭原神社の位置(三重県内)
葭原神社
葭原神社
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概要編集

三重県伊勢市中村町向垣外813、月読宮の裏参道入り口付近に鎮座する[3][4]。月読宮の宮域南端に位置する[5]。内宮の末社16社のうち、第3位である[6]。伊勢神宮の所管する神社のうち、『延喜式神名帳』に記載されている神社、すなわち式内社は通例摂社である[7]が、葭原神社は内宮末社に列格する[4]

社殿神明造板葺で南向きに建っており、一重の玉垣に囲まれている[8]。1基の神明鳥居がある[8]。社殿の近くに大きなクスノキが茂る[3]賽銭箱は置かれていない。社地の面積は2畝12歩(≒238m2[8]

社名編集

社名の「葭原」はヨシ原を意味し、かつて葭原神社の周辺がヨシの原野であったことが窺える[4]。葭原神社の名は『皇太神宮儀式帳』に記載があり、未官帳入田社とされた[2]

『延喜式神名帳』では写本により「原神社」・「原神社」と違いがあり、後の考証では「原神社」が正しいと判断された[9]

地域住民からは「伊賀井の森」(いがいのもり)と呼ばれている[5]。これは祭神の名に由来する[5]

祭神編集

祭神は、佐佐津比古命(ささつひこのみこと)、宇加乃御玉御祖命(うかのみたまのみおやのみこと)、伊加利比賣命(いかりひめのみこと)[3][4]。3柱とも田畑の守護神で五穀豊穣のとされる[3][4]

佐佐津比古命は大歳神の子であると『皇太神宮儀式帳』に記されている[5]。宇加乃御玉御祖命は名前に「御祖」が入っているもののウカノミタマと同神だと『大神宮儀式解』で言及されている[10]。伊加利比賣命の「伊加利」は「稲刈り」を意味するか、そうでなくとも田と関係するものと『神宮典略』に書かれている[10]

歴史編集

倭姫命が定めた神社である[3][4]。『皇太神宮儀式帳』(延暦儀式帳)に記載がある[2]ので、同帳成立の延暦23年(804年)以前から存在した[7]ことになる。また『日本文徳天皇実録』の天安2年2月丙戌ユリウス暦858年3月12日)条には次のような記述がある[2]

伊勢国正六位上葭原神預官社

『延喜式神名帳』には「荻原神社」とあり、後の時代に葭原神社と荻原神社が同じ神社であるかどうか議論された[2]。荒木田経雅と薗田守良はともに葭原神社と荻原神社が同じ神社であると判断し、その読みは「あしはら」ではなく「おぎはら」だとした[2]明治時代に神宮では、葭原神社と荻原神社が同じ神社に断定し、読みを「あしはら」とした[9]

中世に社殿が荒廃し、明治初期には社地不明となっていた[8]。神宮では明治の初期、社殿が中絶した摂末社21社の再興を目指した[11]。まず1874年(明治7年)、宇治山田神社鴨下神社津布良神社大津神社の再興が実現した[12]。続いて1875年(明治8年)には5社の再興を教部大輔に願い出た[11]。この願い出は聞き届けられなかったが、1880年(明治13年)に御塩殿神社の東西御倉の古材をもって葭原神社と小社神社の社殿が造営された[11]。残る15社については再興されることはなかった[11]

1918年(大正7年)3月[13]1957年(昭和32年)7月に建て替えられた[8]

交通編集

国道23号沿い[14]

公共交通
自家用車
伊勢自動車道伊勢ICより国道23号(南勢バイパス)を南へ約1分(約900m)。月読宮の参拝者駐車場無料)が利用できる。

脚注編集

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  1. ^ 『式年遷宮記念 せんぐう館|125社5』(式年遷宮記念 せんぐう館、2015年5月3日閲覧)
  2. ^ a b c d e f 式内社研究会 編(1990):394ページ
  3. ^ a b c d e 伊勢文化舎 編(2008):106ページ
  4. ^ a b c d e f 学研パブリッシング(2013):62ページ
  5. ^ a b c d 式内社研究会 編(1990):395ページ
  6. ^ 宇治山田市役所 編(1929):13 - 14ページ
  7. ^ a b 伊勢文化舎 編(2008):22ページ
  8. ^ a b c d e 式内社研究会 編(1990):397ページ
  9. ^ a b 式内社研究会 編(1990):394 - 395ページ
  10. ^ a b 式内社研究会 編(1990):396ページ
  11. ^ a b c d 櫻井(1991):281ページ
  12. ^ 櫻井(1991):280 - 281ページ
  13. ^ 宇治山田市役所 編(1929):13ページ
  14. ^ 伊勢文化舎 編(2008):103ページ

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集