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藤原季綱

平安時代中期から後期にかけての廷臣・漢詩人

藤原 季綱(ふじわら の すえつな)は、平安時代中期から後期にかけての廷臣・漢詩人。藤原南家貞嗣流文章博士藤原実範の四男。官位従四位上右衛門権佐

 
藤原季綱
時代 平安時代中期-後期
生誕 不明
死没 不明
官位 従四位上右衛門権佐
主君 白河天皇
氏族 藤原南家貞嗣流
父母 父:藤原実範、母:高階業敏の娘
兄弟 成季季重季兼季綱行綱、興義、実慶
藤原親経の娘、藤原通宗の娘
友実尹通実兼、範貞、慶祐、陽仁、尋秀、悦子
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経歴編集

父・実範の後を受け紀伝道の研鑽に励み、文章生から対策に及第、蔵人大学頭・右衛門権佐(検非違使佐)と京官、及び三河備前越後長門国司(守)と地方官を歴任する。

また、白河上皇院近臣として仕え、鳥羽の別邸を院に献上した。これを拡張し構築されたのが鳥羽殿であり、院政期には政治の中心機構として発展した。

漢学者・漢詩人であり、文章生時代の天喜4年(1056年)の殿上詩合に参加している他、その詩作は『本朝無題詩』『本朝続文粋』『朝野群載』『中右記部類紙背漢詩集』などに収録されている。

系譜編集

  • 父:藤原実範
  • 母:高階業敏の娘
  • 妻:藤原親経の娘
    • 男子:藤原友実(1062-1098)
  • 妻:藤原通宗の娘
  • 生母不詳の子女
    • 男子:藤原範貞
    • 男子:慶祐
    • 男子:陽仁
    • 男子:尋秀
    • 女子:

参考文献編集