西郷小兵衛

日本の江戸時代の武士

西郷 小兵衛(さいごう こへえ、弘化4年10月11日1847年11月18日) - 明治10年(1877年2月27日)は薩摩藩武士鹿児島県人。幼名は彦吉。は隆雄(たかかつ)、隆武。西郷吉兵衛隆盛の四男、西郷隆盛の末弟。名前は小平と書かれることもある。

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経歴編集

 
鹿児島暴徒出陣図(月岡芳年画)。桐野利秋の横、最左部分に「西郷小平」の名が見える。

弘化4年(1847年)、薩摩国鹿児島城下の加治屋町山之口馬場(下加治屋町方限)に生まれる。

慶応4年(1868年)、戊辰戦争に参加。八幡の戦いが初陣、のちに一番隊となって、江戸に進軍。その後、陸奥白河に進み、東北での諸戦でも参戦。明治2年(1869年)2月29日、分隊長になる。

のち加世田郷(現在の南さつま市)副戸長に就任。明治10年(1877年)、西南戦争に参加して薩軍第一大隊第一小隊長を務める。同年2月27日、肥後国高瀬河南(現在の熊本県玉名市)の戦いにて官軍の銃弾を受けて戦死した。享年31。

エピソード編集

  • 西郷隆盛の弟であり、その面影、性格は隆盛に最も似ているとされる。生涯一私人として官職に付くことはなかった。
  • 隆盛は年の離れた小兵衛を大層可愛がっており、西南戦争中小兵衛戦死の報せを聞いて号泣したという。
  • 小兵衛は辺見十郎太と平素の交情兄弟もただならぬものであったという。小兵衛戦死の際、十郎太は小兵衛の遺髪を携帯して西郷家に持ち帰ったという。その際、隆盛夫人より、辺見氏に小兵衛の袴下を形見に与えたという。
  • 太平洋戦争の空襲で焼けた鹿児島市立教育参考館に小兵衛の写真が所蔵されていた。

家族・親族編集

登場作品編集

テレビドラマ

参考文献編集

  • 宮下満郎著「西郷家系図の紹介」(「敬天愛人」第23号別刷 西郷南州顕彰会)鹿児島県立図書館
  • 宮下満郎著「教育参考館と展示品目録-鹿児島新聞を中心に-」(「敬天愛人」第18号別刷 西郷南州顕彰会)(鹿児島県立図書館蔵)
  • 「角川日本姓氏歴史人物大辞典49 鹿児島県姓氏家系大辞典」(角川書店)
  • 西郷従徳「西郷吉二郎大人」

外部リンク編集