鈴木 義広(すずき よしひろ、1983年1月5日 - )は、元プロ野球選手投手)。

鈴木 義広
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基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 香川県仲多度郡まんのう町
生年月日 (1983-01-05) 1983年1月5日(34歳)
身長
体重
188 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2004年 ドラフト5巡目
初出場 2005年4月2日
最終出場 2014年10月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

目次

来歴・人物編集

プロ入り前編集

愛知大学野球リーグでは1年春から投げて新人賞を獲得する活躍を見せ、2002年春季には同朋大学1回戦でリーグ11人目のノーヒットノーランを達成し、最優秀防御率を獲得。大学4年間で通算18勝を挙げた。2004年の中日ドラゴンズ優勝パレードの際にアルバイトとして沿道の警備にあたっていた。その年のドラフト会議で、中日ドラゴンズから5巡目指名を受けて入団。中部大学から初めて誕生したプロ野球選手となった。大学では工学部機械工学科に所属していた。

プロ入り後編集

2005年は新人ながら開幕一軍入りを果たし、前半はやや不安定だったものの、オールスター戦以降は31試合に登板して防御率1点台と安定感を誇るなど、専ら右の中継ぎとして活躍している。特に先発投手が早い回で降板した後の2番手に登場することが多く、「2番手の鈴木」としてドラゴンズには欠かせない存在にまでなった。また、延長に入った時のロングリリーフとしても機能する貴重な存在であった。オフには同郷で後の同僚の三瀬幸司の誘いもあり、城島健司の佐世保での自主トレに参加している。

2006年開幕当初は前年の疲れやキャンプでの調整過多により二軍スタートだったが、4月末に昇格。開幕から11試合連続無失点の好投を見せ、不安定な中継ぎ陣にあって首脳陣及びファンの信頼を得ていった。シーズンが終わってみれば46試合登板で防御率1.70と、文句なしの好成績でリーグ優勝に貢献した。

2007年はこれまでと同じ起用で、5月に一軍昇格。前年に比べ、出場試合数は減少し、ロングリリーフも減ったが、被打率は1割台で、奪三振数もイニング数を超えた。9月以降14試合登板とフル回転し、クライマックスシリーズ日本シリーズにも登板した。

2008年セットアッパーの有力候補として期待され、開幕から好調を維持し、北京五輪日本代表第一次候補選手にも選ばれた。しかし、右肘の故障により4月下旬に一軍登録を抹消されてしまった。

2009年は、故障の影響もあって二軍スタートとなり、そのまま開幕を迎えた。シーズン半ばには一軍昇格を果たすも定着には及ばなかった。10月3日に行なわれたファーム日本選手権では先発の伊藤準規の後を受け好リリーフ、見事MVPに選ばれた。

2010年は開幕一軍入りしたものの右肘手術の影響か球威が落ち、投手である巨人の越智大祐に適時打を打たれ四球で自滅する投球が続いて3週間で二軍落ちしたものの、中盤以降はコントロールを生かした投球内容で小林正人清水昭信平井正史の3人と共にビハインドや同点の状況でのリリーフとして優勝に貢献した。

2011年はキャリアハイとなる55試合に登板し防御率1.08を記録、ホールド数も12を記録して自己最多で先発投手と浅尾拓也のつなぎ役を果たしリーグ連覇に貢献。この年のビールかけには自身のピッチングフォームがカニに似ていることからカニの被り物をかぶった。

2014年9月25日、球団から現役引退が発表された[1]。ルーキー時の監督でもあった落合博満GMから来季契約を更新しない旨を伝えられ、「スーさんもヘタったな」と言われた事で辞め時を悟ったという[2]10月1日の対DeNA戦(ナゴヤドーム)を引退試合として、同じくこの年限りで現役引退する小林正人三瀬幸司と共に登板し、鈴木は6回一死の場面で黒羽根利規と対戦し、本塁打を打たれて小林と交代した。試合後のセレモニーでは「最後の登板でホームランを打たれてあきらめがつきました」とあいさつし、チームメイトから胴上げされた[3]

引退後編集

2015年より中日ドラゴンズのスコアラーに就任。

選手としての特徴編集

変則的な腕の振りのサイドスローから投げる平均球速約137km/h[4]速球スライダーシュートで左右に揺さぶる投球が持ち味。

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
2005 中日 47 2 0 0 0 5 3 0 3 .625 295 68.1 62 5 28 4 3 46 1 1 30 27 3.56 1.32
2006 46 0 0 0 0 1 0 1 8 1.000 221 53.0 45 2 15 3 7 54 0 0 13 10 1.70 1.13
2007 30 0 0 0 0 1 1 0 6 .500 123 30.2 19 3 14 0 2 31 0 0 12 12 3.52 1.08
2008 8 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 27 8.0 2 0 1 0 0 9 0 0 1 1 1.13 0.38
2009 6 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 23 4.2 4 0 2 0 2 2 0 0 1 1 1.93 1.29
2010 41 0 0 0 0 1 0 0 7 1.000 153 36.2 27 2 16 3 2 21 0 0 14 13 3.19 1.17
2011 55 0 0 0 0 2 1 0 12 .667 181 41.2 34 0 19 5 4 20 1 0 9 5 1.08 1.27
2012 9 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 37 8.0 8 0 5 1 0 4 0 0 5 5 5.63 1.63
2013 15 0 0 0 0 0 1 0 2 .000 68 15.2 15 0 8 1 0 7 0 0 6 6 3.45 1.47
2014 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 1 0.0 1 1 0 0 0 0 0 0 1 1 ---- ----
通算:10年 258 2 0 0 0 10 6 1 41 .625 1129 266.2 217 13 108 17 20 194 2 1 92 81 2.73 1.22

表彰編集

記録編集

背番号編集

  • 23 (2005年 - 2014年)

脚注編集

  1. ^ 三瀬、小林、鈴木義投手 引退のお知らせ中日球団公式サイト2014年9月25日配信
  2. ^ 中日鈴木義が引退会見「日本一貢献誇り」日刊スポーツ 2014年9月26日
  3. ^ 中日の三瀬、小林、鈴木義が引退登板「本当にいい野球人生だった」スポーツニッポン2014年10月1日配信
  4. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、96頁。ISBN 978-4-905411-04-8

関連項目編集

外部リンク編集