東北楽天ゴールデンイーグルス

東北楽天ゴールデンイーグルス(とうほくらくてんゴールデンイーグルス、英語: Tohoku Rakuten Golden Eagles)は、日本プロ野球球団。パシフィック・リーグに所属している。宮城県保護地域とし、同県仙台市宮城野区にあるKoboパーク宮城(公式略記は「Koboパーク」など[1]、非公式略記は「コボパ[2]」など)を専用球場(本拠地)としている。

東北楽天ゴールデンイーグルス
会社名 株式会社楽天野球団
創設年度 2005年
ロゴデザイン
Rakuten eagles insignia.png
所属リーグ

パシフィック・リーグ

歴代チーム名
  • 東北楽天ゴールデンイーグルス(2005年 - 現在)
本拠地
Koboパーク宮城(公式略記:「Koboパーク宮城」「Koboパーク」「Kobo」)[1]
宮城県仙台市宮城野区Koboパーク宮城
収容人員 30,508 人
(Koboパーク宮城)
フランチャイズの遍歴
  • 宮城県(2005年 - 現在)
永久欠番

10:ファンナンバー

獲得タイトル
日本一(1回)
リーグ優勝(1回)
成績(タイトル以外)
日本シリーズ出場(1回)(太字は勝利した年)
クライマックスシリーズ(3回)
(太字は勝利した年、斜体は第1ステージ敗退)

1勝2敗

Aクラス(3回)
  • 2009
  • 2013
  • 2017
Bクラス(10回)
  • 2005-2008
  • 2010-2012
  • 2014-2016
球団組織
オーナー 三木谷浩史会長兼任)
運営母体 楽天
監督 梨田昌孝

イースタン・リーグ所属の二軍の本拠地は同県宮城郡利府町にある楽天イーグルス利府球場と、仙台市泉区楽天イーグルス泉練習場(2016年追加)である。

球団略称は東北楽天、法人名は株式会社楽天野球団(らくてんやきゅうだん)である。

目次

球団の歴史編集

株式会社楽天野球団
Rakuten Baseball, Inc.
種類 株式会社
本社所在地   日本
983-0045
仙台市宮城野区宮城野2-11-6
本店所在地 983-0864
仙台市宮城野区名掛丁128
設立 2004年10月29日
業種 サービス業
法人番号 4370001013415
事業内容 プロ野球球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」の運営および関連商品の企画・販売およびコミュニティFM局の運営
代表者 代表取締役会長オーナー 三木谷浩史
取締役副会長 星野仙一
代表取締役社長 立花陽三
資本金 1億円
純利益 △3,412万円(2016年12月期)
純資産 9億3,817万円(2016年12月期)
総資産 133億1,023万円(2016年12月期)
従業員数 130人(2017年2月現在)
決算期 毎年12月末日
主要株主 楽天 100%
(同社の連結子会社
関係する人物 島田亨(前社長)
外部リンク 球団オフィシャルサイト
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球団創立編集

2004年

6月に明るみに出た大阪近鉄バファローズオリックス・ブルーウェーブの合併に端を発するプロ野球再編問題の渦中、同年9月に日本プロフェッショナル野球組織の加盟料撤廃(代って預かり保証金制度を実施)の決定を受けて、本拠地を神戸とするプロ野球参入の意思を表明。この時点では根来コミッショナーは「参入は時間的に難しい」と述べていた[3]9月24日に宮城県をフランチャイズ(地域保護権[4]とする新球団の加盟を申請した。

10月13日、初代監督に田尾安志が就任することを発表[5]10月22日に新球団のチーム名を東北楽天ゴールデンイーグルス(通称:楽天イーグルス)と発表した[6]。このときライブドアベースボール(呼称:仙台ライブドアフェニックス)も加盟申請を行っていたが、同年11月2日のプロ野球オーナー会議で楽天のみの参入が正式に承認された[7](プロ野球の新規参入球団は1954年高橋ユニオンズ以来50年ぶり)。新規参入決定後の11月8日、近鉄とオリックスの選手を合併球団「オリックス・バファローズ」と新規球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」に振り分ける「分配ドラフト」が行われ、40選手の楽天入団が決定[8]。「ゴールデンイーグルス」の名称は、東北地方世界遺産白神山地に棲息する猛禽類・イヌワシに因む。当初は単に「イーグルス」とする予定であったが商標の関係で「ゴールデンイーグルス」となった[注釈 1]。なお、戦前に存在した球団である「イーグルス」とは一切無関係である。

11月17日、新規参入決定後初のドラフト会議参加。明治大学一場靖弘自由獲得枠で、その他、即戦力選手6名を獲得。東北にゆかりのある選手には5巡目指名の塩川達也東北福祉大学)がいた。その後、他球団から無償トレードならびに自由契約となった選手を次々と獲得(山﨑武司関川浩一飯田哲也等)。また、分配ドラフトでオリックスに指名されたが入団を拒否していた岩隈久志も金銭トレードで獲得している。

チームの新本拠地となる宮城球場老朽化が著しかったため、楽天側の出資によってプロ本拠地としての使用に耐え得るよう2箇年計画で増改築されることが決まった。その一方で、球場を所有する宮城県は球場の命名権売却を決め、募集を開始。その結果、人材派遣会社の「フルキャスト」に年間2億円の3年契約で命名権を売却することが決定し、2005年3月、「フルキャストスタジアム宮城(略称:フルスタ宮城)」に改称される。なお、命名権は二軍のチーム名についても売却を予定していたが、こちらの方は契約先は存在していない。

また、チームの練習場・合宿所は宮城球場に程近い宮城野区内にあるJT硬式野球部(2004年休部)の施設(JT球場など)を活用することを検討していたが、交渉がまとまらず断念。仙台市内での育成施設整備は難航を極めた。一方、二軍本拠地については楽天・ライブドアの参入計画が浮上した段階で秋田県山形県が誘致に名乗りを上げていたが、楽天側は仙台市に近い山形県を本拠地とすることを決め、山形市近郊の東村山郡中山町にある山形県野球場(現:荘内銀行・日新製薬スタジアムやまがた)を使用することになった。その後、練習場・合宿所などは天童市にある山形県総合運動公園内に整備する計画が立案された(整備までの当座の措置として、山形市内の公共宿泊施設を仮の合宿所として使用した)ものの、選手の大半が仙台市近郊に在住し、また当時は選手の一・二軍間の入れ替えが頻繁であったため必要性に疑問が生じ計画は白紙化。仙台市内に育成施設を整備する計画に転換した(ただし二軍本拠地は変更しない)。

新規参入決定直後の秋季キャンプは白地に楽天のロゴが入ったジャージを着て藤井寺球場で行われた[9]

田尾監督時代編集

2005年

2月1日沖縄県久米島での春季キャンプで本格的に始動。2月26日新大分球場にて球団として初のオープン戦となる読売ジャイアンツ戦が行われ、4対3で勝利した。オープン戦は16試合で7勝8敗1分だった[10]

3月26日にパ・リーグ公式戦が開幕し、楽天は球団として初の一軍公式戦となる千葉マリンスタジアム千葉ロッテマリーンズと対戦し、先発の岩隈が完投し3対1で勝利した。球団創立以来一軍公式戦で1試合も戦っていなかった球団が、球団創立以来一軍公式戦で1試合以上は戦っている球団を対戦相手に初戦を勝利したのは、日本プロ野球史上初めてのことである。しかし、翌3月27日の第2戦は、打線がロッテの先発渡辺俊介に1安打に抑えられ、2リーグ制開始以降としては最大得点差の0対26で一軍公式戦初敗戦を喫した(当該試合記事参照)。その後、4連敗し、4月1日、本拠地初戦となる西武ライオンズ戦では初回先頭打者の礒部公一岡本篤志からバックスクリーン直撃の球団史上初の一軍公式戦本塁打を放つなど、16対5でチームは開幕戦以来のシーズン2勝目となった。しかし、4月15日北海道日本ハムファイターズ戦から29日の西武戦にかけて11連敗で、勝率が2割を切る[11]。このため、4月30日GMマーティ・キーナートをチームアドバイザーに(GMのポストは当面空席)、またヘッドコーチの山下大輔と打撃コーチの駒田徳広を二軍にそれぞれ降格(替わって二軍監督の松井優典と同外野守備・走塁コーチ橋上秀樹が昇格)させるなど、コーチングスタッフを大幅に入れ替えた。

5月6日より、この年から始まったセ・パ交流戦の成績は11勝25敗で最下位に終わる。7月には10勝9敗1分けで球団史上初の月間勝ち越しを記録したものの、8月にはシーズン2度目の11連敗[注釈 2][12]を喫するなどして、8月29日の対日本ハム戦(フルスタ宮城)でシーズン最下位とパ・リーグ全球団への負け越しが決まった。8月中にシーズン最下位が決まったのは1952年における8月20日に決まった近鉄パールス以来53年ぶりであった。9月25日のホーム最終戦(ロッテ戦)終了後、田尾監督のシーズン終了をもっての解任が発表される。最終成績は38勝97敗1分(勝率.281)だった。開幕前からささやかれていた「シーズン100敗」こそ辛くも免れたものの、5位の日本ハムとは25ゲーム差、レギュラーシーズン1位のソフトバンクとは51.5ゲーム差を付けられた。2リーグ制以降の新球団の初年度の成績としては最低の勝率となった[13]。チーム最多勝は岩隈の9勝で、その次は福盛の4勝など戦力的に他球団と格段の差があった[12]

田尾の後任には、南海やヤクルト、阪神などの監督を歴任した野村克也が就任。

野村監督時代編集

 
東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地・宮城球場(当時フルキャストスタジアム宮城 2006年4月=内野席増設時)

2006年

弱者の戦略として「無形の力を養おう!」をスローガンに掲げ、チーム力の育成を図った。この年は前年より補強を進め、西武を自由契約となったホセ・フェルナンデス、同じく横浜ベイスターズからセドリック・バワーズ台湾からは林英傑、元ロッテのリック・ショートを獲得。

オープン戦では初めて主催試合が組まれたが、本拠地フルスタ宮城での開催は前年同様に改修工事実施のため行われず、倉敷マスカットスタジアム香川県営野球場静岡県草薙総合運動場硬式野球場の3球場で計4試合が組まれた。

リーグ戦開幕直前には泉区に練習グラウンド・室内練習所・合宿所が完成(家電量販店大手のデンコードーと命名権契約を結び、「デンコードースタジアム泉」と名付けられた。その後2008年3月末を以って命名権を返上している)。イースタン・リーグ公式戦では使用せず、練習専用施設として使用されるようになる(ただし、アマチュアの社会人チームとの練習試合で使用されることはある)。練習グラウンドと同敷地内に設けられた合宿所は「泉犬鷲寮」と命名された。

3月25日の開幕戦の日本ハム戦(札幌ドーム)は岩隈が故障のため、前年2勝止まりだった一場が開幕投手を務めるが敗れ、開幕5連敗の後、31日の福岡ソフトバンクホークス戦(フルスタ宮城)でシーズン初勝利。交流戦では5月25日のヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)でリック・ガトームソンからノーヒットノーランを喫した[11]。最終成績は17勝19敗で7位。後半に入ると、8月20日のオリックス戦(スカイマークスタジアム)でリーグ戦初の同一カード3連勝。9月以降の成績を9勝10敗1分としたものの、9月23日の西武戦で開幕から5位以上となることなく[12]2年連続最下位が決定[11]。最終成績は47勝85敗4分で5位のオリックスとは4.5ゲーム差の最下位。ホセ・フェルナンデスが球団初のタイトルとなる、ベストナイン(三塁手)を獲得。

9月25日に行われた高校生ドラフトでこの年の夏の高校野球準優勝校・駒大苫小牧田中将大を1巡目指名。日本ハム、オリックス、横浜との競合の末、抽選で交渉権を獲得し、入団している。

2007年

3月24日の開幕戦のグッドウィルドームの西武戦で岩隈が2年ぶりの開幕投手を務めたが敗戦。翌25日の第2戦は2年目の青山浩二で勝利するが、その後4連敗。4月1日のオリックス戦(フルスタ宮城)では3回裏にフェルナンデスと山﨑がそれぞれ満塁本塁打を記録(1イニング2本の満塁本塁打は日本タイ記録)。同17日から19日のソフトバンク3連戦では初のホーム3連勝している。5月には、山﨑が球団初となる月間MVPを受賞。

7月2日にオールスター戦で8選手がファン投票で選出され[11]、田中、松本輝(故障により出場辞退)、福盛和男嶋基宏高須洋介鉄平、礒部、山崎と楽天の選手が占めた。しかし、実力が伴っているか否かに関係なく選ばれたため、監督の野村克也は中間発表時点で「オールスターじゃなく、オールスターダストや」と苦言を呈し、この年の全パ監督を務めた日本ハムの監督のトレイ・ヒルマンも「ファンのマナー違反だ」と発言した。

8月は月間15勝。9月も好調を維持し、初の2カ月連続勝ち越し。29日の対ソフトバンク戦(ヤフードーム)で3年目にして球団史上初の最下位脱出を決め[11]、最終的には67勝75敗2分(勝率.472)で3位のソフトバンクにも7.5ゲーム差の4位。対ソフトバンク、オリックス戦では初の球団別シーズン対戦成績で勝ち越している。総得点575(2位タイ)、総失点676(6位)と打撃陣がチームを牽引したシーズンだった。山﨑が球団初の打撃部門タイトル獲得となる43本塁打108打点の成績で本塁打、打点の二冠王となり、田中が球団初の新人王を獲得。

楽天のホーム最終戦翌日の10月5日、フルキャストとの命名権契約解消で本拠地の名称が元の「宮城球場」に戻り、日本製紙が本拠地・宮城球場の命名権を取得。1月1日に「日本製紙クリネックススタジアム宮城(略称:Kスタ宮城)」と改称(その後、同社の不祥事が発覚。命名権契約解消は免れたが、ペナルティとして社名を削除。2月15日付で「クリネックススタジアム宮城(略称は変わらず)」に再改称した)。

2008年

3月20日の開幕戦のソフトバンク戦(ヤフードーム)では9回裏に逆転サヨナラ3ラン本塁打を打たれて敗れ開幕から4連敗するが、その後7連勝で4月3日のロッテ戦(Kスタ宮城)で球団史上初の単独首位に浮上(2日後に首位陥落)。交流戦では初の勝ち越し(13勝11敗)[11]。6月までは好調を維持したが、7月は24試合で5勝17敗2分と大きく負け越し。シーズン途中で前日本ハムのフェルナンド・セギノールを獲得し、打線強化を図る。だが8月以降も岩隈が奮闘するものの負けが込む。シーズン最終戦となる10月7日のソフトバンク戦(Kスタ宮城)において延長12回にサヨナラ勝ちし、最下位を脱出。65勝76敗3分の5位に終わった。チームの総得失点差は+20で、球団初のプラスとなった。また、チーム防御率も初の3点台でパ・リーグ3位、チーム打率は12球団トップだった。岩隈が21勝を挙げ投手三冠王を獲得パ・リーグMVP沢村賞ベストナイン(投手)に選ばれている。そしてセギノールも低迷するチームの中で大きく奮闘した。

シーズン終了後、3年契約が切れることになっていた野村の監督に於ける契約延長が決定。翌年も引き続き楽天を指揮することになった。また、オフには巨人から小坂誠を金銭トレード、中日からは中村紀洋FAで獲得。小坂は球団初の宮城県出身選手、中村は球団初のFA加入選手となった。

2009年

1月にメジャーリーグベースボールオークランド・アスレチックスとの業務提携を開始した。WBC開催に伴い公式戦開幕が4月3日に設定されたため、初めて本拠地(Kスタ宮城)でオープン戦を開催(3月23日のオリックス戦と翌24日の西武戦)。

4月3日の開幕戦の日本ハム戦(札幌ドーム)から4連勝[14]で4月15日まで首位に立ち、一端首位から落ちたものの[12]初めて4月を首位で終え[15]5月11日まで首位だったものの[12]、交流戦では6連敗するなど最終的には9勝15敗の10位。打線の軸として期待された中村紀やセギノールも開幕から低迷し、二軍落ちするなどの誤算もあり7月も8連敗するなど低迷は続く。しかし、8月以降の3カ月で38勝21敗と勝ち進み9月12日のソフトバンク戦では球団史上初となるクライマックスシリーズ進出のマジックナンバー19が点灯し[16]10月3日の対西武戦(Kスタ宮城)で球団史上初のCS進出かつ、初のAクラス入りを決めた[17]。同9日の対オリックス戦で勝利し、リーグ2位が確定し[18]、CS第1ステージ地元開催権を獲得。最終的には77勝66敗1分(勝率.538)と初のシーズン勝ち越しを決めた。投手陣では3人の投手(岩隈、田中、永井)が二桁勝利を挙げた。

10月12日、野村は球団から監督退任を通告される[12]。10月16日から行われたCSの第1ステージはKスタ宮城でソフトバンクと対戦し2連勝で第2ステージ進出[19] するものの、札幌ドームでの日本ハムとの第2ステージは第1戦では最終回に4点リードを守り切れず、逆転サヨナラ負け[20]。第4戦に敗れ通算1勝4敗で敗退[21]。CS終了後、野村は契約期間満了に伴い退任[22]

後任の監督に、この年まで広島東洋カープ監督を務めたマーティ・ブラウンが就任。野村は、翌年3月16日に就任要請を受けていた球団名誉監督に正式に就任している(期間は3年)[23]

ブラウン監督時代編集

2010年

スローガンは「Smart & Spirit 2010 Eagle Fire!」(鷲が強い情熱を持って突き進んでいく)。

3月20日、開幕戦のオリックス戦(京セラドーム)に1対0で敗れ[24]、その後チームは4連敗[25]。交流戦は12チーム中第5位(3位と同率も前年度順位が考慮された)となったが、この年の交流戦は上位6チームをパ・リーグが独占。そのためリーグでの順位が浮上することはなかった。交流戦終了後は負けが込むようになり、6月26日の対ソフトバンク戦で単独最下位になって以降は1度も順位を浮上させることができず[11]、9月19日に4年ぶりのリーグ最下位が確定した[11]。開幕から1度も勝率を5割に乗せることができず、最終戦績は62勝79敗3分で優勝したソフトバンクとは15ゲーム差、5位のオリックスとは7.5ゲーム差。ホームゲームの平均観客数も前年より1000人近く減少。こうした事情から球団は9月29日のシーズン最終戦終了後、ブラウンの監督解任を発表[26]

ブラウンの後任に、中日ドラゴンズ阪神タイガース元監督で阪神シニアディレクターの星野仙一が就任した[27]

星野監督時代編集

2011年

メジャーリーグ経験者の岩村明憲松井稼頭央を獲得。また、ポスティングシステムを利用してのメジャーリーグ移籍を表明していた岩隈も入札で独占交渉権を獲得したオークランド・アスレチックスとの交渉が決裂し、球団に残留。キャプテン制度導入に伴い、鉄平が球団初代キャプテンに就任した。チームスローガンは「Smart & Spirit 2011 真っすぐ」。

当初、3月25日のKスタ宮城でのロッテ戦で創設以来初の本拠地開幕戦を迎える予定であったが、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)でKスタ宮城が損壊したことにより、開幕戦が延期となった。この日、チームは兵庫県立明石公園第一野球場でロッテとのオープン戦の試合中で、選手は全員無事であった[28][注釈 3]。13日に練習再開[30]、17日までオープン戦を行わず、18日に震災発生以来初めて中日とオープン戦を行い[31]、関西などを中心に開幕までの練習を行い[32]、試合後などには球場や街頭などで募金活動を行っている[33][34][35]。4月2日・3日には12球団によるチャリティー試合が行われ、楽天は札幌ドームで日本ハムと対戦している。このとき嶋基宏が、「見せましょう野球の底力を」とスピーチした。4月7日に震災以来チームとして初めて仙台に戻り、27日目の仙台入りに星野監督は「遅くなってすみませんでした。ごめんなさい」と訪れた避難所で謝罪している(この真っ最中にも強い余震が起きた)[36]。4月11日にはフアン・モリーヨが震災で精神的な打撃を受けたとして球団に退団を申し入れ、了承された[37]

一方で、地震の影響でKスタ宮城に照明塔など47箇所の損壊が認められ[38]、修復工事が必要となったことから、一時的に関西で主催試合を代替で行うことになった[注釈 4]。この年のセ・パ両リーグの開幕日は4月12日に延期。同日の開幕戦はQVCマリンフィールドでの対ロッテ戦[39]、主催試合初戦は同15日からの阪神甲子園球場[注釈 5]での対オリックス戦[40]。そして、本拠地・Kスタ宮城での初戦は宮城県が「震災復興キックオフデー」とした同29日の対オリックス戦となり[41]、いずれも勝利した。

4月を9勝6敗で2位で終えたが5月は7勝14敗2分と負け越し、岩村や鉄平が打率1割台で低迷、岩隈が18日離脱した事が原因とされ、18日には5位、翌6月4日には最下位となっている。交流戦も9勝13敗2分の9位と低迷した。一方で田中が6、7月に連続して月間MVPを受賞するなどの活躍もあり[注釈 6]、7月には永井怜が故障で離脱したものの、岩隈が復帰、ダレル・ラズナーが抑えに転向し5セーブ、新人の塩見貴洋が2勝を挙げるなどもあり、12勝10敗1分と勝ち越す。8月、前半に7連敗するも、後半に球団タイの7連勝もあり勝ち越す。しかし9月は8勝14敗と失速し、終盤までクライマックスシリーズ進出争いには加わったものの10月13日に進出の可能性がなくなり[11]、最終的に66勝71敗7分、首位のソフトバンクと23.5ゲーム差、3位の西武と3ゲーム差の5位となった。統一球の影響もあり、本塁打は球団最少の53本で、7月から8月にかけ17試合連続で無本塁打の球団ワースト記録。ヤフードーム(11試合)と札幌ドーム(8試合)においてはそれぞれ本拠地球場となってからはパ・リーグ球団初の本塁打0に終わっている。田中が最多勝、最優秀防御率、最多完封の三冠王とベストナイン及びゴールデングラブ賞の投手部門を獲得した。なおこの年は、山崎が戦力外通告を受け退団している[43]

2012年

1月、岩隈がMLBシアトル・マリナーズにFA移籍した。

チームスローガンは「Smart&Spirit2012 ともに、前へ。」。

3月30日、球団初の本拠地開幕戦となるロッテ戦が行われたが、3対5で敗れている[44]。交流戦は10勝14敗で9位。オールスター直前までの前半戦を40勝38敗3分の3位として、球団初のAクラス、勝率5割以上で折り返すが、後半戦に入り8連敗を記録するなど順位を下げる。9月を勝ち越して終盤までソフトバンク、ロッテとクライマックスシリーズ進出争いを展開するが、10月4日の139試合目の対西武戦(Kスタ宮城)で引き分けて[45]Bクラスが確定した。最終戦のロッテ戦(Kスタ宮城)に勝利[46]し、67勝67敗10分で、首位の日本ハムと7.5ゲーム、3位のソフトバンクと1ゲーム差の4位に終わるが、3年ぶりにシーズン5割以上の成績を残した。

8月1日付で元球団会長の三木谷浩史が球団オーナーに復帰し、球団社長には証券会社勤務だった立花陽三が就任した[47]

シーズンオフにはMLB・ダイヤモンドバックスからFAとなった斎藤隆を獲得し[48]岩村明憲に戦力外通告[49]。野村名誉監督も任期満了で同職を退任した[50]

2013年

 
東北楽天ゴールデンイーグルス2013年パ・リーグ初優勝時の西武ドームスコアボード(9月26日)

チームスローガンは「Smart & Spirit 2013 HEAT![51]

開幕投手と見られた田中がWBCでの疲れから辞退したことで[52]、開幕戦のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)は則本昂大が新人投手としてはパ・リーグ史上55年ぶりの開幕投手となるが1対7で敗れている[53]。4月27日の西武戦(西武ドーム)に9対2で勝利し、球団通算500勝を達成[54]するが、序盤から5割前後の成績で4月を9勝13敗と負け越し[55]、5月3日には借金が4になるが[11]、その後は勝ち星を伸ばし、交流戦はソフトバンクと優勝を争ったものの[56]、0.5ゲーム差の2位に終わった。7月4日に首位のロッテに勝利し、6月以降では球団初の同率首位に並ぶと[57]7月6日に単独首位に浮上[58]、前半戦をそのまま首位で折り返し[59]、以降は首位を明け渡すことはなく[13]。8月28日に球団史上初の優勝へのマジックナンバー28が点灯した[60]。その後9月1日にはマジックが消滅するものの、9月5日に再点灯し[13]9月22日の対日本ハム戦(札幌ドーム)に15対1で勝利し、4年ぶり2度目の2013年のパシフィック・リーグクライマックスシリーズ進出が決定し[61]、翌9月23日の同戦で球団新記録のシーズン78勝とした[62]。そして優勝へのマジック2で迎えた9月26日、マジック対象チームのロッテが対日本ハム戦(札幌ドーム)で敗れ、楽天が対西武戦(西武ドーム)で4対3で勝利したことで、楽天球団初のパ・リーグ優勝が決定した[63]。球団創設9年目での優勝は日本プロ野球史上5番目のスピードでの達成[13]

クライマックスシリーズファイナルステージ(Kスタ宮城)では3位のロッテと対戦し、4勝1敗で日本シリーズに初めて進出[64]を決めた。巨人との2013年の日本シリーズでは、3勝2敗で王手をかけた第6戦で2対4で敗れ、先発の田中がこの年シーズンから通じて初めての公式戦で敗戦投手[注釈 7][65]となりタイとされるが、11月3日の第7戦(Kスタ宮城)に3対0で勝利し、4勝3敗で初出場で初の日本一を達成した[66]。同月、台湾で開催されたアジアシリーズでは、11月19日の準決勝の対統一セブンイレブン・ライオンズ戦(台湾・中華職業棒球大聯盟)に1対4で敗れたため、日本からの出場チームでは初めて決勝に進めなかった[67]

田中が8月に開幕からの公式戦連勝と、前年8月26日からの公式戦連勝の日本プロ野球新記録を樹立[68]、シーズン後にはこれらの記録とポストシーズンの2勝を含めた30連勝がそれぞれギネス世界記録に認定された[69]。24勝0敗1セーブで日本プロ野球史上初のシーズン無敗での最多勝を達成[70]、最優秀防御率と勝率第1位も獲得し、沢村賞[71]MVPを獲得した。チームからはゴールデングラブ賞は3人[72]、ベストナインには4人がそれぞれ選出、新人王に則本が選出された[73]。11月24日、優勝パレードが仙台市内中心部で行われ、約21万4千人の観衆を動員した[74]

2014年

 
福岡ヤフオク!ドームにて(9月24日)

スローガンは、「Smart & Spirit 2014 HEAT UP!」。

1月23日、田中がポスティングシステムでMLBニューヨーク・ヤンキースに移籍[75]。5月26日、星野監督が腰痛のため、対ヤクルト戦(神宮)で休養し、投手コーチの佐藤義則が指揮を執った[76]。翌27日に腰椎椎間板ヘルニアおよび胸椎黄色靱帯骨化症と診断された星野監督の休養と、佐藤投手コーチが監督代行をつとめることが発表された[77]7月2日、監督代行に大久保博元二軍監督がつき、佐藤は一軍投手コーチに専念することになった[78]7月24日より星野が監督に復帰[79]するが、チームは低迷し、9月6日にはリーグ優勝の可能性が消滅し[80]9月18日に星野監督が退任を発表[81]9月29日にはBクラスが確定[82]10月7日の対オリックス戦(コボスタ宮城)に敗れ、最下位が確定した。なお前年優勝チームの最下位は前年の日本ハムに次いで史上5度目[83]10月14日、次期監督に大久保二軍監督の就任を発表した[84]

8月、コボスタ宮城の全面増築が完成、先行完成(3月)した楽天山観覧席と、8月に完成した3塁側上段の増設席を合わせ28,907人収容となった効果もあり、8月30日・ソフトバンク戦において、レギュラーシーズン・ポストシーズンを通して当球場歴代最多となる25,308人を集客[85]したのを皮切りとして、観客動員記録を次々更新。最終的には1,450,233人(1試合平均単位で20,142人)の球団新記録を達成した。このうちコボスタ宮城に限れば67試合で1,350,293人(1試合平均20,153人)をマークした。[86]

大久保監督時代編集

2015年

チームスローガンは、「Smart & Spirit 2015 一致団結」。

前年まで監督を務めた星野がシニアアドバイザーに就任する一方で、2013年から4番打者として君臨していたアンドリュー・ジョーンズが退団。ジョーンズに代わる現役メジャーリーガーとして、ヤンキースからゼローズ・ウィーラーピッツバーグ・パイレーツからギャビー・サンチェスを獲得した。シーズン開幕直前には、前年にオリックスの主力として活躍したウィリー・モー・ペーニャも獲得することで、打線に厚みを増させた。投手陣は、抑えの切り札として広島東洋カープからキャム・ミコライオを獲得したほか、2013年まで在籍していたレイとハウザーが復帰。ドラフト会議では、高校生ながら最速で157km/hを記録した右腕投手の安樂智大を1巡目指名で獲得した。

開幕以来なかなか波に乗ることができず、ソフトバンク・日本ハム・西武の3強の後塵を拝する状態が続いた。交流戦では全18試合のうち2点差以内は15試合、延長戦は5試合と粘り強く戦い、10勝8敗の4位で終え2年ぶりに勝ち越した[87]。交流戦のチーム防御率2.47は12球団トップであった。交流戦以降はロッテと4位・5位を争い、前半戦を5位でターンした。後半戦に入り、7月22日の日本ハム戦で1試合の最多得点での球団新記録となる19得点を記録したが、7月30日田代富雄一軍打撃コーチが退任した。シーズンの途中でハウザーが再び退団したことからトレードおよび新外国人選手獲得期限日の7月31日には、アガスティン・ムリーロを獲得している。しかし、8月25日のオリックス戦に敗れたことで最下位に転落した[88]。その後は一時5位に浮上したものの、8月28日の西武戦に2-3で敗戦。この敗戦によって自力でのクライマックスシリーズ進出の可能性が消滅した[89]ことから、大久保監督が辞任の意向を示した[90]。その一方で、9月7日には、星野前監督が取締役副会長に就任することを球団が発表された[91]。星野球団副会長は、「球団の編成・ドラフト戦略・経営にも関与できる現場の総責任者」という立場で、三木谷オーナー・立花社長に次ぐ権限を有するようになった[92]9月22日のロッテ戦に敗れてクライマックスシリーズ進出の可能性が完全に消滅し、2年連続のBクラスも確定したため、大久保監督は同日に成績不振の責任を取って監督を退任することを正式を発表した[93]。終盤はオリックスと5位の座を争ったが、10月3日の対ロッテ戦に敗れたため2年連続での最下位が決定した[94]。シーズン通算では57勝83敗3分(勝率.407)という成績でパ・リーグの全チームに負け越した。チーム打率、防御率、得点はいずれもリーグ最下位で失点もリーグ最多を記録。その一方で、主催試合のシーズン通算観客動員数は歴代最多の1,524,149人に達した。

なお、球団創設メンバーで唯一の現役投手・小山伸一郎、地元・仙台出身でチーム最年長選手でもあった元メジャーリーガー斎藤隆、入団以来長らく先発陣の一角を担ってきた永井怜などがこのシーズンを以って引退。

シーズン終了後の10月8日、大久保の後任として近鉄・日本ハムの監督を歴任した梨田昌孝の監督就任を発表[95][96]

2015年シーズンは「チームとフロントの一体化」であるとしてオーナーである三木谷がスタメン、打順、さらには一・二軍の入れ替えなどを指示することが多かった。しかしシーズン後半には現場の意見も取り入れるようになってきてそれをオーナーが決裁を出す形となった。オーナーの現場介入は打撃コーチである田代富雄がこれを許せないとしてシーズン途中で退団するなど批判の声があがっている[97]

梨田監督時代編集

2016年

チームスローガンは、「Smart & Spirit 2016 夢と感動」。

2年続けて最下位に陥るほどの低迷から脱却するために、大型補強を敢行。ここ2年固定できなかった三塁手を補強すべく、千葉ロッテマリーンズからFA権の行使を宣言していた今江敏晃と契約した。また、かつて広島東洋カープの主力打者だった山形県出身の栗原健太内野手、千葉ロッテマリーンズから戦力外通告を受けていた川本良平捕手、中日ドラゴンズを退団した山内壮馬福岡ソフトバンクホークスを退団した金無英両投手を入団テスト経由で契約。外国人投手では、先発・リリーフ両方に対応できるラダメス・リズジェイク・ブリガムを獲得したほか、WBSCプレミア12の台湾代表に選出された宋家豪と育成選手契約を結んだ。さらに、メキシカンリーグ二冠王のジャフェット・アマダー内野手と、MLB通算162本塁打の実績を誇るジョニー・ゴームズ外野手を獲得した。

2月1日から、楽天Koboスタジアム宮城の短縮表記を、「コボスタ宮城」から「Koboスタ宮城」に変更。5月には、社会人・大学・クラブチームと対外試合を年に30戦程度実施することを前提に、若手選手の実戦経験を増やす目的で球団内に「育成チーム」を編成した。

公式戦では、茂木栄五郎を開幕から内野のレギュラーに抜擢するなど、新人選手を積極的に起用した。ドラフト1巡目入団のオコエ瑠偉は、高卒新人野手では球団史上初の開幕一軍入りを果たすと、セ・パ交流戦期間中から正中堅手に定着。正捕手の嶋が故障で戦線を離れた5月下旬からは、ドラフト6巡目入団の足立祐一にスタメンマスクを託した。その一方で、新外国人のゴームズは18試合で打率1割台・本塁打1本にとどまり4月22日に一軍登録を抹消され帰国・退団したほか[98]、パ・リーグ最年長選手だったレイも成績不振を理由に退団。オープン戦の序盤に負傷したアマダーは、5月下旬に公式戦デビューを果たしたものの、以降も再三にわたって故障で戦列を離れた。さらに、今江・銀次・松井稼頭央などの主力打者も、故障や打撃不振などで一軍と二軍を往復。このため7月には、球団史上初めてのキューバ出身選手としてフェリックス・ペレスシアトル・マリナーズ時代にイチローとチームメイトだったカルロス・ペゲーロ(いずれも左打ちの外野手)を相次いで獲得した。

序盤に一時首位に立つも、その後順位は急降下し4位に沈む。交流戦では11勝7敗の4位と健闘したが、リーグ戦の再開後は、ソフトバンク・日本ハム・ロッテの後塵を拝する状況が続いた。終盤には順位で西武にも抜かれ、5位に転落。9月29日のオリックス戦に勝利したことでオリックスの最下位が確定したため、チームは3年振りに最下位を脱出し[99]、5位でシーズンを終えた。西武に対しては、球団史上初めて、シーズンの勝ち越しを果たした。

球団創設時から楽天に所属している最後の現役選手であった近鉄出身の牧田明久や、2007年の大学・社会人ドラフト会議1巡目指名で入団した長谷部康平、後藤、栗原、川本、山内などが現役を引退した。シーズン終了後には、リズ、ブリガム、ペレスが相次いで退団したほか、前年の故障からセットアッパーとして復活したミコライオとの残留交渉が不調に終わった(後に退団)。

2017年

チームスローガンは、「Smart & Spirit 2017 東北・夢・再び」。

前年10月31日付で楽天が宮城球場の命名権に関する3年契約を締結したことに伴って、1月1日付で本拠地の呼称を「Koboパーク宮城」に変更した。

外国人選手については、ウィーラー・アマダー・ペゲーロが揃って残留する一方で、新たにフランク・ハーマン投手と契約。レギュラーシーズン中の6月には、BCリーグ富山サンダーバーズからジョシュ・コラレス投手を獲得した。日本人選手では、西武からFA権の行使を宣言していた仙台市出身の岸孝之投手や、ソフトバンクからのコーチ就任要請を固辞して退団した青森県出身の細川亨捕手と契約。ドラフト会議では、1巡目の藤平尚真をはじめ、支配下登録選手としての指名を経て入団した10人中9人を投手が占めた。さらに、一軍を経験していなかった柿澤貴裕外野手との交換トレードで、巨人から小山雄輝投手が移籍。春季キャンプ中には、前年10月にDeNAから戦力外通告を受けていた元・巨人の久保裕也投手を、入団テスト経由で獲得している。

その一方で、レギュラーシーズンの開始前に催された2017 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)には、則本と松井裕樹が日本代表、アマダーがメキシコ代表として出場。当初は嶋も日本代表に選ばれていたが、春季キャンプから右ふくらはぎの張りで調整が遅れたため、本大会の直前に出場を辞退した。さらに則本は、WBC出場の影響で、入団以来初めて開幕投手を外れた。

公式戦では、ウィーラー・アマダー・ペゲーロを同時にスタメンへ起用することを前提に、1番に茂木・2番にペゲーロ・5番に銀次を据えた攻撃型の打線でスタート。開幕投手には岸が内定していたが、開幕直前にインフルエンザB型へ感染したため、対戦相手であるオリックスとの相性の良い美馬が初めて起用された。また、新人投手の森原康平高梨雄平菅原秀が、中継ぎ要員として揃って開幕一軍入りを果たした。このような状況で開幕を迎えたにもかかわらず、開幕戦からの4連勝でスタートダッシュに成功。パ・リーグの首位に立つと、4月を16勝5敗の勝率.761、5月を16勝7敗の勝率.696で終えた。この間には3連敗が1度もなかった。さらに則本は、4月19日の西武戦から8試合連続で2桁奪三振(NPB新記録および世界プロ野球タイ記録)を達成。 則本と共に先発陣を構成する美馬・岸や、クローザーの松井裕樹も好調で、ハーマンと共にセットアッパーを務める福山は開幕戦から36登板試合連続で自責点を0に凌いだ。

5月以降は、ソフトバンクとリーグ戦で首位争いを展開。交流戦では、ソフトバンクが優勝したものの、3連敗を2度経験しながら10勝8敗の5位で終了した。6月28日には、はるか夢球場(弘前市運動公園野球場)でオリックス戦を開催。球団創設13年目にして、球団の主催による青森県内での一軍公式戦が初めて実現するとともに、地方球場に強い辛島が先発で白星を飾った。この試合によって日程上は東北全6県での開催が実現したが、4月13日に福島県のヨーク開成山スタジアムで予定されていた西武戦が降雨で中止になったため、実公式での全県開催は2018年以降に持ち越された。結局、6月の通算成績は、12勝9敗1分の勝率.571であった。

7月には、2日にソフトバンクに敗れたことで、ソフトバンクとのゲーム差が−0.5ゲーム差となり、前年のソフトバンクに続き、2位とのゲーム差がマイナスでの首位となる事象が発生した[100]。7月7日にシーズン初めてソフトバンクに首位を明け渡すが、2日後には首位に再浮上。前半戦最後のカードであったソフトバンクとの首位攻防2連戦で2連勝したため、4年振りに前半戦を首位で折り返した。その一方で、交流戦の終盤から、主力選手に故障者が続出。茂木・藤田一也・ペゲーロ・岡島・松井裕樹・今江が、相次いで戦線を離脱した。NPBレギュラーシーズン中のトレード期限が迫っていた7月下旬には、このような事情を背景に、2015年までロッテの主力打者だった巨人のルイス・クルーズ内野手を金銭トレードで獲得。獲得当日(26日)のソフトバンク戦から、茂木が遊撃の守備、ペゲーロが一軍に復帰する8月上旬まで一軍の公式戦に出場した。さらに、この試合で、則本が入団1年目から5年連続のシーズン2桁勝利を達成。チームも、4連勝と6連勝を1回ずつ経験した影響で、7月を13勝7敗の勝率.650で終えた。

8月には、2日に再び首位から陥落すると、投打の歯車が噛み合わないまま急失速。前述した故障者のうち、今江以外の選手が相次いで一軍に復帰しても、この傾向に歯止めが掛からなくなった。一時期にはパ・リーグでは35年ぶりとなるマイナス1ゲーム差での首位にもなったが[101]、ソフトバンクや3位・西武との3連戦が組まれていた8月第3週から第5週までの間には、通算15試合で1勝13敗1分と大きく負け越し。首位ソフトバンクとの差が10ゲームにまで広がったばかりか、31日の西武戦で敗れたため、シーズンで初めて3位に転落した。結局、8月の通算成績は7勝18敗1分で、シーズン初の月間負け越しを記録した。さらに、8月23日のロッテ戦から9月3日のソフトバンク戦まで、球団初年度以来12年振りの公式戦10連敗を記録。9月2日の対ソフトバンク戦で敗れたことによって自力優勝の可能性が消滅したほか、本拠地での主催試合でも、8月18日のソフトバンク戦から9月9日のオリックス戦まで10連敗を喫した。この間には、前述した攻撃型打線の組み替えを繰り返す一方で、春季キャンプ中の故障で出遅れていたオコエがスタメンに再び定着するほど好調。高卒新人の藤平も、チームが6連敗中だった8月22日のロッテ戦で一軍初勝利を果たすと、チームの10連敗で迎えた9月5日の日本ハム戦でも先発勝利を記録した。さらに、ウィーラー・ペゲーロ・アマダーが9月中旬までに相次いで20本以上の本塁打を放ったため、「同一球団に在籍する3人の外国人選手が同一シーズンでいずれも20本以上の本塁打」というNPB一軍公式戦史上初の記録を樹立。投手陣では、則本と美馬が2桁勝利を達成した[102]一方で、岸は防御率2.76ながら7連敗(8勝10敗)でレギュラーシーズンを終えた。

9月16日にソフトバンクの優勝が決定したのち、9月24日に3位以上が確定した[103]。しかし、2位に返り咲けないまま、10月4日の対ロッテ戦を延長12回引き分けで終了し3位が確定した。なお、楽天はレギュラーシーズンを3位で終えたことがこれまでになかったため、今シーズンが球団初の最終順位3位であった[104]

ポストシーズンでは、西武とのクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ(メットライフドーム)第1戦でレギュラーシーズン中の対戦で8戦全敗だった菊池雄星を相手に0 - 10の大差で完封負けを喫した。しかし、第2戦で岸が白星を挙げると、第3戦にも勝利したことによってパ・リーグの優勝チームとして臨んだ2013年以来4年振り(勝ち上がりは2009年以来)にCSファイナルステージへ進出した。パ・リーグが2007年から導入しているCS制度で、ファーストステージの第1戦に敗れたチームがファイナルステージへ進出できた事例は、この年の楽天が初めてである。ソフトバンクとのファイナルステージでは第1戦と第2戦で2連勝したのち則本・岸・美馬を先発に立てた第3戦以降の試合で3連敗しCS敗退。

所属選手・監督・コーチ編集

チーム成績・記録編集

 
2005年以降の順位の変遷
  • 日本シリーズ優勝:1回(2013年)
  • リーグ優勝:1回(2013年)
  • クライマックスシリーズ優勝:1回(2013年)
  • 最下位:5回(2005 - 2006年、2010年、2014 - 2015年)
  • Aクラス:3回(2009年、2013年、2017年)
  • Bクラス:10回(2005 - 2008年、2010 - 2012年、2014年 - 2016年)
  • 連続Aクラス入り最長記録:1年(2009年、2013年、2017年)
  • 連続Bクラス最長記録:4年(2005 - 2008年)
  • 最多勝利:82勝(2013年)
  • 最多敗戦:97敗(2005年)
  • 最多引分:10分(2012年)
  • 最高勝率:.582(2013年)
  • 最低勝率:.281(2005年)
  • 最多得点:628(2013年)
  • 最少得点:432(2011年)
  • 最多失点:812(2005年)
  • 最少失点:464(2011年)
  • 最多本塁打:135本(2017年)
  • 最少本塁打:52本(2012年)
  • 最多盗塁:130盗塁(2011年)
  • 最少盗塁:41盗塁(2005年)
  • 最多失策:106失策(2007年)
  • 最少失策:62失策(2009年)
  • 最高打率:.272(2008年)
  • 最低打率:.241(2015年)
  • 最高防御率:2.85(2011年)
  • 最低防御率:5.67(2005年)
  • 最多併殺打:144併殺打(2007年・日本プロ野球記録)
  • 初試合・初勝利:2005年3月26日・千葉マリンスタジアム(対ロッテに3-1)
  • 初敗戦:2005年3月27日・千葉マリンスタジアム(2試合目、対ロッテに0-26、26点差での完封は日本プロ野球タイ記録)
  • 初引分:2005年7月10日・フルキャストスタジアム宮城(83試合目、対ロッテに4-4)
  • 最大連勝:7(2008年3月26日・対オリックス - 4月3日・対ロッテ、2011年8月20日・対ソフトバンク - 8月27日・対ソフトバンク、2013年7月26日・対ロッテ - 2013年8月4日・対日本ハム)
  • 最大連敗:11(2005年4月15日・対日本ハム - 4月27日・対オリックス、2005年8月9日・対オリックス - 8月23日・対オリックス)
  • 1試合最多得点:19(2015年7月22日・対日本ハム)
  • 1試合最多失点:26(2005年3月27日・対ロッテ)
  • 1試合最多安打:24(2014年4月12日・対ロッテ)
  • 1イニング最多得点:10(2005年4月13日・対ソフトバンク・3回裏、2005年9月2日・対オリックス・6回裏)
  • 1イニング最多失点:11(2005年3月27日・対ロッテ・2回裏、2008年7月22日・対西武・2回裏)
  • 最多貯金:31(2017年7月26日・対ソフトバンク)
  • 最多借金:59(2005年9月28日・対ソフトバンク)
  • 1試合最多本塁打:6本(2010年6月6日・対巨人・中村紀洋8、9号、山崎武司13号、高須洋介2号、嶋基宏3号、ランディ・ルイーズ2号)
  • 1イニング二塁打:7本(2013年8月4日・対日本ハム・5回表、プロ野球記録)

タイトル獲得者編集

総合編集

最優秀選手(MVP)
最優秀新人(新人王)
ベストナイン
ゴールデングラブ賞
  • 2010年 - 嶋基宏(捕)
  • 2011年 - 田中将大(投)
  • 2012年 - 田中将大(投)
  • 2013年 - 田中将大(投)、嶋基宏(捕)、藤田一也(二)
  • 2014年 - 藤田一也(二)
  • 2016年 - 藤田一也(二)
  • 2017年 - 銀次(一)

ポストシーズン編集

クライマックスシリーズMVP
  • 2013年 - 田中将大
日本シリーズMVP
  • 2013年 - 美馬学

打撃部門編集

首位打者
  • リック・ショート(2008年)
  • 鉄平(2009年)
最多本塁打
  • 山崎武司(2007年)
最多打点
  • 山崎武司(2007年)
最多盗塁

投手部門編集

最多勝利
  • 岩隈久志(2008年)
  • 田中将大(2011年、2013年)
最優秀防御率
  • 岩隈久志(2008年)
  • 田中将大(2011年、2013年)
最高勝率
  • 田中将大(2013年)
最優秀投手
  • 岩隈久志(2008年)
  • 田中将大(2011年)
最多奪三振
  • 田中将大(2012年)
  • 則本昂大(2014年-2016年)
沢村賞
  • 岩隈久志(2008年)
  • 田中将大(2011年、2013年)

年度別獲得者編集

()内は獲得タイトル
M→最優秀選手、新→新人王、ベ→ベストナイン、ゴ→ゴールデングラブ賞、首→首位打者、本→最多本塁打、打→最多打点、盗→最多盗塁、勝→最多勝利、防→最優秀防御率、投→最優秀投手、三→最多奪三振、沢→沢村賞
  • 2006年 - ホセ・フェルナンデス(ベ)
  • 2007年 - 山崎武司(ベ/本/打)、田中将大(新)
  • 2008年 - 岩隈久志(M/ベ/勝/防/投/沢)、リック・ショート(ベ/首)
  • 2009年 - 鉄平(ベ/首)
  • 2010年 - 嶋基宏(ベ/ゴ)
  • 2011年 - 田中将大(ベ/ゴ/勝/防/投/沢)
  • 2012年 - 田中将大(三/ゴ)、聖澤諒(盗)
  • 2013年 - 田中将大(M/ベ/ゴ/勝/防/投/沢)、嶋基宏(ベ/ゴ)、藤田一也(ベ/ゴ)、ケーシー・マギー(ベ)、則本昂大(新)
  • 2014年 - 則本昂大(三)、藤田一也(ベ/ゴ)、銀次(ベ)
  • 2015年 - 則本昂大(三)

永久欠番編集

  • 10:ファン
サブメンバーの一人としてチームを盛り上げてほしいという思いを込めた、ファンのための背番号。スターティングメンバーの9人に次ぐ番号であることにちなむ。
球団創設時からの永久欠番であるので、背番号「10」をつけていた選手・監督・コーチは過去にも誰一人存在しない。
この10の永久欠番化は、千葉ロッテマリーンズが、一軍登録25人に次ぐ26番目、支配下選手登録者の一人という意味を込めて26をファンのための準永久欠番としたのを参考にしたとのこと。
ちなみに、球団マスコットの「クラッチ」がイーグルス・ファンの1人として背番号10を着用している。

歴代監督編集

年度 監督 順位 試合 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差 打率 防御率 本塁打
2005 田尾安志 6 136 38 97 1 .281 -51.5▲51.5 .255 5.67 88
2006 野村克也 6 136 47 85 4 .356 -33.0▲33.0 .258 4.30 67
2007 4 144 67 75 2 .472 -13.5▲13.5 .262 4.31 111
2008 5 144 65 76 3 .461 -11.5▲11.5 .272 3.89 94
2009 2 144 77 66 1 .538 -05.505.5 .267 4.01 108
2010 M.ブラウン 6 144 62 79 3 .440 -15.0▲15.0 .265 3.98 95
2011 星野仙一 5 144 66 71 7 .482 -23.5▲23.5 .245 2.85 53
2012 4 144 67 67 10 .500 -07.507.5 .252 2.99 52
2013 1 144 82 59 3 .582 +07.507.5 .267 3.51 97
2014 6 144 64 80 0 .444 -17.0▲17.0 .255 3.97 78
2015 大久保博元 6 143 57 83 3 .407 -33.5▲33.5 .241 3.82 85
2016 梨田昌孝 5 143 62 78 3 .443 -25.0▲25.0 .257 4.11 101
2017 3 143 77 63 3 .550 -15.5▲15.5 .254 3.33 135
※ ▲:2005・2006年はレギュラーシーズン首位球団、2007年以降はリーグ優勝球団とのゲーム差
※ △:リーグ2位球団とのゲーム差
※ 順位における太字1は日本一
※ 2014年シーズンは開幕-5月25日までは星野監督、5月26日-7月2日は佐藤義則監督代行(24戦10勝14敗)、7月3日-7月24日は大久保博元監督代行(16戦7勝9敗)、7月25日-シーズン終了までは星野監督が指揮。
25
50
75
100
125
150
2005
2010
2015
  •   勝利
  •   引分
  •   敗戦

名誉監督編集

2012年まで在任。現在、プロ野球界で名誉監督の称号を贈られたのは全球団で野村克也読売ジャイアンツ終身名誉監督の長嶋茂雄のみである。

ユニフォームの変遷編集

親会社・楽天のイメージカラーであり、イーグルスのチームカラーでもあるクリムゾン・レッド(えんじ色)を基調としている。肩・脇腹に2本の細ライン、パンツに1本の細ラインが入っている。帽子は、えんじ色をベースに白文字の「E」。2011年からは株式会社デサントとオフィシャルプラチナスポンサー契約を締結し、ユニフォームなどのウェアを提供していた。胸に、スポンサー・アイリスオーヤマのワッペンが付く。2014年シーズンのサプライヤーはマジェスティック・アスレティック

  • 2009年の左袖に、球団創立5周年を記念して「5th Anniversary」のロゴマークをデザインしたワッペンが付いた。
  • 2011年の右袖に、東北地方太平洋沖地震東日本大震災)犠牲者追悼の意を込め、黒の1ライン(喪章)が入り、「がんばろう東北」ワッペンが付く(「がんばろう東北」ワッペンは2012年も継続)。
  • 2012年シーズンのみ、ホーム、ビジターともにヘルメットがツヤありからツヤなしに変わった。

ホーム用編集

白地で、胸ロゴは鷲の翼章付き「EAGLES」。その上に小さく「RAKUTEN」の文字があり、胸ロゴ・背番号・胸番号・帽子マークにはえんじ色の文字に黄色の縁取りが施されている。

  • 2005年 - 2010年:シャドー・ストライプが広めの等間隔に入っていた。
  • 2011年 - :胸番号・背番号・背ネームの字体が前年からビジター用(後述)のユニフォームで採用されているものと同じとなった。さらに、東日本大震災の犠牲者に哀悼の意を込めて左袖に袖を一周するリング状の喪章、震災からの復興の願いを込めて左腕に「がんばろう東北」のワッペンを追加した(喪章は2011年のみ採用)。また、同年からはキャプテン制度導入に伴い、キャプテン選手[注釈 8]にはキャプテンマークとして、ユニフォームの右胸に「C(ホーム用は金色縁に赤、ビジター用は金色縁に白)」のワッペンが付いている。2014年、胸番号・背番号・背ネームの字体が再度変更された。

ビジター用編集

上着がクリムゾン・レッド、パンツが白(ホーム用と同タイプ)のツートンカラーを採用。

  • 2005年 - 2009年:胸ロゴは「RAKUTEN」で、立体的に見えるように胸ロゴに黄色のシャドーが入っていた。
  • 2010年 - :胸ロゴのデザインが「Rakuten」に変更され、黄色のシャドーは廃止、胸番号・背番号・背ネームの字体も変更した。コンセプトは「シンプル&スマート」[105]。2014年、胸番号・背番号・背ネームの字体を変更。

限定ユニフォーム編集

この他、期間限定での「3rd(または4th)ユニフォーム」が下記のとおり採用されている。

  • 2006年 - 2009年:交流戦期間のホーム開催試合のみ着用するサードユニフォームが登場。胸ロゴは左胸に帽子と同じ「E」マーク、胸番号が右胸につく。肩、脇腹にクリムゾン・レッドのラグランスリーブラインが入る。背番号、胸番号の書体は、かつて西鉄ライオンズが採用していた角文字が使われている。
  • 2007年:「ファンクラブデー」期間限定のファン投票によって選ばれたホーム用が初登場。交流戦用ユニフォームと同タイプであるが、胸に帽子と同じ「E」ロゴが大きく配置されている。胸番号は無し。背番号、選手名はカッパープレート・ゴシック体。肩、脇腹、背中にクリムゾン・レッドが施されている。
  • 2008年7月11日 - 13日の対千葉ロッテマリーンズ3連戦で2008年度版「ファンクラブデー」ユニフォームを着用。胸ロゴは左胸に「RAKUTEN EAGLES」のロゴが縦置きに配置、右胸の胸番号、背番号、選手名はカッパープレート・ゴシック体。肩、脇腹、背中にクリムゾン・レッドが施されている。
  • 2010年 - 2011年:夏休み期間限定のサードユニフォームが登場。フロント部分は白、脇(肩から両袖・わき腹にかけて)にはえんじ色のラグランデザインが使用され、胸に大きく「TOHOKU」の文字、その下に小さく「RAKUTEN」とある。右袖には帽子と同じ「E」マーク、左袖に「楽天」ロゴが入り、パンツは普段のホーム用をそのまま使用。東京ドーム以外での地方主催試合開催(いわゆる「東北シリーズ」で、郡山秋田岩手)、及び夏休み期間中のKスタ宮城での12試合を合わせた15試合で着用した[106]。2011年も同様に、地方2試合(秋田・岩手)・8月のKスタ宮城での12試合、計14試合にて着用。
  • 2011年:「球団創設7年目特別企画ユニフォーム」としてイーグル・レインボーを採用。「虹(夢の架け橋)」をコンセプトに胸下・両袖をクリムゾンレッドを含む7色の帯で構成しており、胸部は通常デザインとは異なる紺色の「Eagles」ロゴに加え左胸下に鷲のイラストが入る。パンツはクリムゾンレッド(後側のみ紺の縁取り)のラインが入り、腰部に背番号が入る。アンダーシャツは紺色。キャップも通常デザインではなく白抜きの紺色・ゴシック体の「E」となる。5月28・29日の対阪神2連戦ならびに6月11・12日の対中日2連戦(いずれもKスタ宮城)の交流戦計4試合で着用した[107]
    • 2011年7月1日からの対千葉ロッテマリーンズ3連戦では2011年度版「ファンクラブデー」ユニフォームを着用。胸には「E」の一文字ロゴ、肩と脇下には4色のラインが入る。また左袖には東北地方の地図が入ったファンクラブオリジナルエンブレムが入る(「がんばろう東北」ワッペン及び喪章は右肩に移動)。
  • 2012年6月29日からの対福岡ソフトバンクホークス3連戦で2012年度版「ファンクラブデー」ユニフォームを着用。普段はビジター用で使われるクリムゾンレッド生地に左胸に「E」の一文字ロゴマーク。右袖に「がんばろう東北」ワッペン、左袖には2012年ファンクラブの証である「ファンクラブワッペン(東北地方の地図が入ったファンクラブオリジナルエンブレム)」が付く。袖には犬鷲の羽ばたく翼と、「足」を生かした野球からイメージする「疾走感」も表現した白のラインが4本ずつ、両袖合わせて8本のラインをあしらい球団創設8年目であることを表現、同じく脇に4本のラインをあしらったキャップもオリジナルのものを使用。
  • 2012年7月27日 - 8月26日に行われた26試合(ホーム17試合・ビジター9試合)で、「イーグル・スター」ユニフォームを着用する。「イーグル・スター」は「星に願いを(WHEN YOU WISH UPON A STAR)」をテーマに作られた。アイボリー地にクリムゾンレッドのストライプ(楽天のユニホームにストライプが使われるのは、球団創立以来初)をあしらったデザインで、左袖には星を象ったロゴのワッペンが貼られていて、勝ち星を重ね優勝すること、そして東北の早期復興への願いがひとつの「星」に込められている。
  • 2013年7月26日 - 8月25日の期間中に福島県・岩手県・秋田県・山形県の地方球場で開催する1軍公式戦とKスタ宮城で開催する1軍公式戦、青森県などで開催する2軍公式戦の合計29試合で着用する企画ユニフォーム企画「TOHOKU GREEN(トーホク・グリーン)」を発表。「東北の緑が変わることなく、美しくあり続けることへの願い」をテーマに、ベースの色に「つね(常)に変わらない」という「常磐」の意味を持つ色「常盤色」を使ったデザインのユニフォームで東北の早期復興、美しき東北の自然の保全、そして東北楽天ゴールデンイーグルスが常勝チームになることへの願いをテーマに作られた。ユニホームは常盤色をベースに胸には「TOHOKU」、また、キャップも常盤色をベースにした。胸ロゴ・帽子ロゴ・背番号は赤縁に白。なお、ユニホーム下とアンダーシャツは通常のものを使用[108]
  • 2017年シーズンから黒を基調とした「BLACK EAGLES」を採用[109]

球団旗の変遷編集

  • 2005年 - :親会社のイメージカラーであり、球団のチームカラーでもあるクリムゾン・レッド(えんじ色)を地色に、中央に白文字のチームロゴ(左右両端の文字は鷲の翼をイメージした「EAGLES」、その上に小さく「RAKUTEN」)。

マスコット編集

クラッチ
東北楽天ゴールデンイーグルス マスコット #10
基本情報
国籍   日本
生年月日 2005年1月5日
選手情報
ポジション マスコット
プロ入り 2005年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
  • 東北楽天ゴールデンイーグルス(2005年 - 現在)
  • クラッチ
    • イヌワシをモチーフ。名前は一般公募され、英語のclutchに「ぎゅっとつかむ」「わしづかみ」という意味があり、また「勝負強い打者」を英語でクラッチヒッター(clutch hitter)と言うことから、「勝負強いチームになって、みんなの心をわしづかみにしてほしい」という願いを込めて決定された。また、イーグルス・ファンのための永久欠番である背番号10をイーグルス・ファンの1人として着用している。着ぐるみ登場当初は、帽子をかぶっていなかった。
  • クラッチーナ
    • 「クラッチを元に女の子らしい名前を」ということで球団側が名づけた。ピンク色の羽毛が特徴。
  • スイッチ
    • 2016年4月1日に契約という形で登場した。オウギワシをモチーフ。アメリカカリフォルニア州出身。観覧車のあるボールパーク(Koboパーク宮城)が日本に存在すると聞き付けて仙台にやって来た。陽気で明るい性格だが、スイッチが入ると別人格になるうわさがある[110]
  • Mr.カラスコ
    • 非公認マスコット。当該項目を参照。
  • 超特大ゴーヤ
    • 2009年の久米島キャンプの際に現地スポーツ団体(FC琉球沖縄プロレス)から贈呈されたマスコット。後にオリックスに移籍。詳しくは、当該項目を参照。
  • Baby-brown
    • 2010年、マーティ・ブラウンの監督就任を受け登場。どう見ても超特大ゴーヤの顔部分にブラウン監督の顔を模したお面(ただし造形はかなりリアルで、頭部ごと新造された可能性が高い)を貼りつけただけのようにしか見えないデザインのマスコット。ただし球団は「超特大ゴーヤとは何の関係もない」とコメントしている。公式サイトの記事[111]によると、久米島の海岸に打ち上げられていたところをたまたま居合わせた田中将大に助けられてそのまま球場までついてきたそうで、その様子が写真入りで紹介されている。そしてこのキャラを見たブラウン監督が気に入って「Baby-brown」と名づけ、自身の公認マスコットにしたとのこと。
  • ピーマン ボン ジョルノ .カンパニー
    • 未公認マスコット。当該項目を参照。
  • クロワシさん
    • 2017年、「BLACK EAGLES DAY」の創設に合わせて誕生した。「BLACK EAGLES DAY」実施日のみに登場する。鷲の被り物を被ったおじさんで、2017年6月11日(関東広域圏での放送日)に日本テレビ系列で放送された『ニノさん』の1コーナー「第二のふなっしーを探せ!しゃべるご当地キャラオーディション」に出演した[112]。背番号は「クロワシ」の語呂合わせで「9604」。

主な歴代の球団歌・応援歌編集

公式球団歌編集

  • 羽ばたけ楽天イーグルス(作詞:藤巻浩・勝山聡・井岡美里、作曲:藤巻浩、歌:狗鷲合唱団)
    軍歌調であるが、サンバMIXバージョンも存在する。7回攻撃前に流れている。
  • Dangerous Fight!(作詞・作曲:藤巻浩、歌:TOMMY)
    合体ロボットアニメの主題歌系ロック調。

公式応援歌編集

  • THE マンパワー!!!(作詞・作曲:つんく♂シャ乱Q)、歌:モーニング娘。
    2005年4月1日に行われた主催ゲームかつ本拠地の開幕戦である対西武戦と同年5月8日に行われた対巨人戦ではフルキャストスタジアム宮城で披露され、スカイ・Aサテライトスタジアム」の中継のエンディングや、東北ANN各局ネット「黄金鷲団」のオープニング・エンディングでも使用されている。
    イーグルスのオーナーである三木谷の個人資産管理会社が所有する(楽天グループではない)ヴィッセル神戸Jリーグ)が2004年の本拠地開幕戦に松浦亜弥をゲストに呼んだことがハロー!プロジェクトとのつながり、さらにこの曲の誕生につながった。
  • LET'S GO 楽天イーグルス(作詞・作曲:つんく♂、歌:DEF.DIVAと楽天イーグルス応援隊)
    ハロー!プロジェクトによる公式応援歌第2弾。コーラスでつんく・カントリー娘。メロン記念日が参加。前作「THE マンパワー!!!」に球団関連の歌詞がなかったためにファンの間で定着しなかった反省から、「楽天」「楽天イーグルス」「東北楽天ゴールデンイーグルス」といった球団名が曲の中に合計30回登場する。CDは2006年3月25日にWEB販売の楽天イーグルスオフィシャルショップ限定で発売され、3月28日のホーム開幕戦(対オリックス戦)で披露された。また前作に引き続きスカイ・A「sky・A STADIUM LIVE RAKUTEN わしづかみ」(「サテライトスタジアム」から番組名変更)のエンディングテーマソングとして使用されている。
    前作から引き続き参加しているのは前作でモーニング娘。のメンバー、今作でDEF.DIVAのメンバーとして参加している石川梨華のみである。
  • ダイスキ楽天イーグルス(作詞・作曲:つんく♂、歌:GAM
    ハロー!プロジェクトによる公式応援歌第3弾。CDは2007年3月24日にWEB販売の楽天イーグルスオフィシャルショップ限定で発売され、4月1日のホーム開幕戦(対オリックス・バファローズ戦)で披露された。この曲もスカイ・A sports+「sky・A STADIUM LIVE RAKUTEN わしづかみ」のエンディングテーマソングとして使われている。
    GAMは松浦亜弥藤本美貴のユニットだが、松浦は2年連続、また藤本は2年ぶりで、ともに2回目の応援歌担当となる。
  • 越えろ!楽天イーグルス(作詞・作曲:つんく♂、歌:℃-ute
    ハロー!プロジェクトによる公式応援歌第4弾。2008年3月20日発売。仙台駅構内・楽天イーグルスオフィシャルストア、Hello!Projectオフィシャルショップのみで発売。PVに、岩隈・山崎ら楽天所属選手(当時)が出演。
    なお、PVは前述の選手登場のバージョンのほか、℃-uteメンバーのみ出演のバージョンのものも存在する。
    球場での披露に関しては3月29日のホーム開幕戦のみ。
  • 紅の翼(歌:堀内孝雄
    つんく♂と同じアップフロントグループの堀内孝雄が歌う公式応援歌第5弾。
  • 情熱ヴィクトリー(歌:杉田二郎ばんばひろふみ
    コーラスは矢口真里辻希美里田まいの3人が担当。
  • 紅の翼 2011 〜さあ行こう戦いの舞台へ〜(作詞:庄司哲洋、作曲・歌:堀内孝雄
    「紅の翼」が制作された2009年は球団創設5年目の節目の年でクライマックスシリーズ進出を果たした記念すべきシーズンであった。このシーズンを越えるべく制作された公式応援歌である。

公認応援歌編集

  • 荒鷲のうた(作詞・作曲:石橋凌、歌:ARB
  • 東北楽天! おらほの! イーグルス(作詞:さくま詩穂里、作曲:斉藤常雄、歌:鴻巣巧一)
  • 黄金のつばさ(作詞:白津守康、作曲:餅雅彦、歌:板橋修)
    地元・仙台市の歓楽街国分町にある代表的な2つの飲食店街の合同組織「虎屋横丁稲荷小路親交会(通称:稲虎応援団)」が制作した。
  • Dream of EAGLES〜夢をかなえて(作詞・本間秋彦、作曲・坂本サトル、歌:サトル&アッキー)
    「サトル&アッキー」はDate fmの番組「AIRJAM」から誕生した、坂本サトルと本間秋彦のユニット。
  • 楽天イーグルスGO! GO! GO! GO! (作詞・作曲:佐々木朋義、歌:奥山えいじ、DJ:ワッキー貝山
    毎年、みちのくYOSAKOIまつりで踊られる。

公認イメージソング編集

その他編集

主催ゲーム開催球場編集

本拠地編集

新規参入時から現在まで、宮城県が所有する宮城球場(仙台市宮城野区宮城野原公園総合運動場内)を本拠地球場とし、楽天野球団が都市公園法第5条第1項の許可(管理許可)を受けて運営している[113]。ただし、3年毎に命名権の公募がなされ、権利を取得した企業が命名する愛称が「宮城球場」より優先して用いられている。

命名権による「宮城球場」の愛称
シーズン 取得企業 契約料(税抜) 愛称 主な略記
2005年 - 2007年 フルキャスト 2億0000万円/年 フルキャストスタジアム宮城 フルスタ宮城
2008年 - 2010年 日本製紙 2億5000万円/年 クリネックススタジアム宮城 Kスタ宮城
2011年 - 2013年 2億0000万円/年 日本製紙クリネックススタジアム宮城
2014年 - 2016年 楽天 2億0100万円/年 楽天Koboスタジアム宮城 コボスタ宮城
Koboスタ宮城(2016年)
2017年 - 2019年 Koboパーク宮城 Koboパーク

地方開催編集

収容人員と観客動員数編集

本拠地球場である宮城球場の収容人員、および、レギュラーシーズンの主催試合の宮城球場以外も含んだ観客動員数と1試合平均観客数は以下の通り。パ・リーグでのレギュラーシーズンの順位も付記。この統計では観客数に加えられないポストシーズンがあった年は特記。

宮城球場の収容人員と主催試合の観客動員数[114][115][116][117]
試合数 観客動員 1試合平均 宮城球場の収容人員 順位 PS
2005年 68試合 977,104人 14,369人 20,000人 6位
2006年 951,723人 13,996人 23,000人 6位
2007年 72試合 1,117,369人 15,519人 4位
2008年 1,149,061人 15,959人 22,187人 5位
2009年 1,203,169人 16,711人 22,098人 2位 CS
2010年 1,141,640人 15,856人 23,026人 6位
2011年 1,168,188人 16,225人 5位
2012年 1,177,793人 16,358人 4位
2013年 1,281,087人 17,793人 01月00 ~】 23,451人
04月00 ~】 23,466人
09月00 ~】 25,651人
【10月03日~】 25,868人
【10月17日~】 26,695人
【10月26日~】 28,120人
1位 CSJS
2014年 1,450,233人 20,142人 04月01日~】 25,717人
08月30日~】 28,736人
6位
2015年 71試合 1,524,149人 21,467人 28,451人 6位
2016年 72試合 1,620,961人 22,513人 30,508人 5位
2017年 71試合 1,770,108人 24,931人 3位 CS
収容人員と観客動員数の変化

                     宮城球場の収容人員(人)… 各シーズン開幕当初(2005年以前は28,000人)                      主催試合の1試合平均観客動員数(人/試合)[114]

 

場内アナウンス編集

  • Koboパーク宮城開催のホームゲームで選手を紹介する場内アナウンス(「スタジアムDJ」と呼ばれる)は球団創設1年目の2005年から取り入れている。
    • 男女混声形式を採用しており、基本的にホーム側は男性、ビジター側は女性が担当している。
      • 男声アナウンスは過去に古田優児(フリーアナウンサー)が担当した。現在は千葉マサト(フリーアナウンサー)が担当している。
      • 女声アナウンスは過去に岩手佳代子(フリーアナウンサー)、高野志津(フリーアナウンサー)、山口祐佳(中日ドラゴンズのチアリーダーチーム「チア・ドラゴンズ」の元メンバー)らが担当した。2012年からは紺野陽子(フリーアナウンサー)が担当したが2013年シーズンをもって退任した[118]。2013年は二人体制となり、担当は試合ごとに変わる体制をとった。なお、2013年に新たに加わったアナウンサーの氏名は公表されておらず、2014年も引き続き担当。
    • 2010年に男女混成形式の場内アナウンスが一旦は廃止。この年は男声アナウンスの古田がホーム、ビジター双方を務めた。また、非公式であるがオリックス戦では堀江良信が1回から3回のみ担当していた。
  • 男性の場内アナウンスといえば京セラドームほっともっとフィールドで開催されるオリックス主催ゲームが先駆けであるが、選手の紹介方法については大阪D・神戸がメジャーリーグを手本としてポジションや打順を英語でアナウンスするのに対し、男性の場内アナウンスを使用しているのにかかわらずポジションや打順は日本語のままである。
  • 2013年からの楽天イーグルスの選手コールでは、「打順、ポジション、背番号、選手名」の順であり、メジャーリーグにおけるコールと同じ順である。

Koboパーク宮城 歴代場内アナウンス編集

期間 男声 女声
2005年 - 2007年 古田優児 岩手佳代子高野志津
2008年 岩手佳代子
2009年 - 2011年 山口祐佳[注釈 9]
2012年 紺野陽子
2013年 千葉正人[注釈 10] 紺野陽子
2014年 - ?

応援スタイル編集

  • 本拠地・楽天Koboスタジアム宮城(コボスタ宮城)ではトランペットや笛の使用は禁止されており、NPBから許可を受けた私設応援団のみ太鼓の使用が可能(但し、使用できる太鼓の大きさも制限されており、各団体1個のみしか使用できない。楽天のみならず、他球団の応援団に対しても同様)。なお、コボスタ宮城以外の球場ではトランペットや笛を使用した応援を行っている。
  • 楽天攻撃時の選手の打席では他球団で行っている「かっとばせ」コールの代わりに「ドドドド○○!ドドドド○○!ォォォォオオオオ○○!」(○は選手名。ォォォォオオオオはせり上がるように語尾上がり調で)とコールする「4・4・8拍子」東北楽天ゴールデンイーグルスの応援団である「全国荒鷲連合会(総本部・北海道荒鷲会・東北荒鷲会・関東荒鷲会・関西荒鷲会・九州荒鷲会)」が発案した独自の応援方法)という応援スタイルが確立されている。ただし、一部の選手については「4・4・8拍子」とは別の応援スタイルを取っている者も存在する(聖澤諒、外国人選手など)。
  • 初回攻撃開始時は"オープニングテーマ"(原曲:さとう宗幸の「青葉城恋唄」)を歌う。
  • 選手別応援歌は基本的に私設応援団「全国荒鷲連合会(北海道荒鷲会・東北荒鷲会・関東荒鷲会・関西荒鷲会・九州荒鷲会)」(以下「全鷲連」)で作った個別応援歌を使用しているが、個別応援歌が作られていない選手も少なくなく、その選手には共通の汎用テーマを使用している。なお、汎用テーマは4種類(30歳未満選手用、30歳以上選手用、外国人選手用、投手用)用意されている。
  • 得点のチャンス時に歌われる"チャンステーマ"は仙台市内にある遊園地「八木山ベニーランド」のテーマ曲が使われている。ちなみに、このテーマは元々、地元の仙台二高の野球応援のチャンステーマとして使われていた。その後、"チャンステーマ2"(原曲:山形のローカルヒーロー「大鍋宣隊イモニレンジャー」のテーマ)と称する新しいチャンステーマも用意され、先のチャンステーマと並行して使用されている。この他、九州地区、北海道地区、関東地区、関西地区、ならびに東北地区専用のチャンステーマも存在する。
  • 7回の攻撃開始前には球団歌「羽ばたけ楽天イーグルス」の演奏終了に合わせ赤のジェット風船を飛ばしている。また、楽天が勝利した際は白い風船を飛ばしている(「白星」の意味)。
  • ホームゲームでの勝利時、監督・コーチ・選手一同がグラウンドに整列し挨拶を行っているが、その挨拶終了後、引き続き選手数名が外野スタンド前に走り、スタンドのファンと一緒に「万歳三唱」を行っている(どの選手が参加するかは日によって異なる)。また、万歳三唱の直後にバックスクリーン後方から花火を打ち上げる。

スポンサー編集

  • ヘルメット
  • キャップ
  • 左袖
  • パンツ
    • MJQウェディング(2006 - 2007年)
    • エイブル(2008 - 2009年)
    • 楽天Edy(旧:ビットワレット)(表記:Edy〈2010 - 2011年〉→楽天Edy〈2012年〉)
    • 楽天Kobo(2013年 - 2014年)
    • 楽天生命保険(表記:楽天生命<2015年>→®LIFE<2016年 - >)
  • 左胸
  • ベンチシート、応援用ビッグユニフォームなど
  • その他
    • 宮城球場におけるイーグルス主管試合(一部を除く)において、スポンサー協賛デーの試合を設けている。球団のオフィシャルスポンサー・サプライヤーとなっている企業・団体が特設ブースを設けるほか、観戦者に対して協賛企業・団体のグッズプレゼントが行われる。また試合によってはトークショーなどもある。

試合中継放送編集

楽天では初代球団オーナー・三木谷の方針により収益を安定させるため、基本的に中継映像の制作部分までに関する権利を球団側で留保していた。2008年からは制作著作の権利までを球団側が所持。

従来型の放送局での中継には一定の制約がある。この手法は、北海道に移転した日本ハムの例に倣ったものとされる。

インターネットテレビ編集

  • パ・リーグTV(前身となるヤフー動画への導入は2007年から)
  • ニコニコ動画
    • 2009年8月11日に「楽天イーグルスチャンネル」を開設。プロ野球シーズン中は主催試合のハイライト・試合後の監督の会見・勝利試合のヒーローインタビュー、オフシーズンには新入団選手の会見・キャンプのハイライトなどの動画を無料で随時公開している。
    • プロ野球シーズン中には、上記の動画の公開に加えて、ニコニコ生放送内の特設ページで主催試合の放送権を有するCS放送局制作の公式戦中継映像・実況のインターネット向け同時配信を実施(日本国内限定・クライマックスシリーズへ進出した場合には宮城球場での開催試合も対象に追加)。2009年には、クライマックスシリーズを含めたホーム・ビジター18試合で、sky・A sports+制作の中継を同時に配信した。CSにおける主催試合の放送権がJ SPORTS(2012年・2015年-)→ 日テレプラス(2013年-2014年)へ移行しても同時配信を継続。2013年には、(クリネックススタジアム宮城以外の開催分を含む)主催公式戦全72試合に加えて、クライマックスシリーズ・ファイナルステージ全試合の中継も配信した。
    • ニコニコ生放送では月額制の「プレミアム会員」を優先する視聴基準を設けているため、無料の「一般会員」として前述の中継を視聴する場合には、配信中でも視聴ユーザーの総数が収容人数を超えた時点で自動的に視聴できなくなる(いわゆる「生放送からの追い出し」)。さらに、「入場」(配信用ページへのアクセス開始)時間の早い順に会員の視聴権を割り当てているため、入場時間や当該ページへのアクセス状況によっては中継を視聴できないこともある。
  • Rakuten TV(旧楽天SHOWTIME・2014年から)
    • マルチデバイス対応の動画配信サービス。公式戦ホームゲーム全試合中継。楽天会員でなくても無料視聴可能。
  • スポナビライブ
  • At Eagles
    • AndroidとiOSスマートフォンアプリ。ホームゲームのライブ中継、コミュニティFM局「Rakuten.FM TOHOKU」のネット配信、球団の最新情報等のコンテンツを配信。
  • 楽天イーグルスTV(2006-2007年、宮城球場で行われるホームゲーム全69試合を動画生中継した。2005年は人数限定の有料放送)

インターネットラジオ編集

  • 楽天イーグルスラジオ「EAGLESTATION」
    • 2013年9月13日のオリックス戦以降の主催試合(宮城球場開催分)では、Jストリームのライブ配信インフラを活用しながら、「楽天イーグルス実況中継」(球団の自主制作による同球場での主催試合実況中継)をTuneIn Radioで試験的に実施。10月2日にTuneIn Radio内へ「EAGLESTATION」を開設したことを機に、日本で初めて、プロスポーツ球団の自主制作による公式戦の実況中継を本格的に開始した[119]
    • 中継音源の聴取は無料で、スポンサーを付けていないため、イニングの間にはCMを挿入しない。ただし、配信時間は試合開始の直前から終了(楽天が勝利した場合にはヒーローインタビュー)直後までに限定。それ以外の時間帯には「SIGN OFF」扱いで配信を完全に休止するため、ダイジェストを含めて、過去の中継音源をオンデマンド形式で聴取することも不可能である。
    • 2013年の中継では、解説者を配置せず、球団のイベント関係者(中継上の名義は「しゃべれる裏方“いしち”」)が実況と進行を兼務。「EAGLESTATION」の運用開始後は、10月3日のロッテ戦を皮切りに、主催公式戦6試合とクライマックスシリーズ・ファイナルステージの全試合(いずれも同球場開催分)を中継した。なお、公式戦期間中は宮城球場の内野スタンド上段に実況ブースを設けていたが、クライマックスシリーズではグラウンド付近の一塁側内野席へ中継機材を移動。中継日によっては、球団関係者やゴールデンエンジェルスのメンバー(当日の総合MC担当)などをゲストに招くこともあった。
    • 2014年には、公式戦初の主催試合(4月1日のオリックス戦)を皮切りに、コボスタ宮城で主催する公式戦全67試合を中継。前年から続く日本語版に「英語チャンネル(English Channel)」を加えたうえで、日英2か国語による同時配信を実施した。また、日本語版の中継では、実況と進行を兼務するMCが日替わりで出演。前年担当の「いしち」に加えて、平方恭子スカイ・Aでの東北楽天主催試合中継初代リポーター)、地元・仙台を拠点に活動するお笑い集団ティーライズのメンバーなどがMCを務めた[120]。また、ビジターゲームの一部試合の中継を開始。
    • 2015年には、インターネットラジオ配信プラットフォーム「Rakuten.FM」でも配信を開始。
    • 2015年8月8日をもって、「EAGLESTATION」としては終了。日本語版は翌日より、コミュニティFM局「Rakuten.FM TOHOKU」のサイマル放送のネットラジオとしてリニューアルし、試合中継は「EAGLE BASEBALL GAME SHOW」として一番組扱いで継続している。英語チャンネルは、「Rakuten.FM TOHOKU(English)」に改称し引き続き試合中継のみのネットラジオ単独放送として継続。

従来型放送編集

地上波テレビ:NHK・在仙民放各局がホームゲームを放送。
  • NHK地上波デジタル放送に関しては、サブチャンネルにて試合終了まで放送。大半は東北地方[注釈 12] で放送される。ただし、楽天球団制作映像優先の方針により、自局での映像制作には一定の制限があり、中継権を持たない試合の資料映像については、原則として楽天野球団制作からの配信を受ける。楽天Koboスタジアム宮城の左翼場外で「スマイルグリコパーク」(試合を観戦できる観覧車などを設置した遊園地)の営業を開始した2016年以降の全国向け中継(主に日曜日のデーゲーム中継)では、観覧車のゴンドラの窓からホーム方向を写した映像の生中継や、スタンドリポート専任のアナウンサーによるパーク・スタンド内からのリポートを随時挿入している。
  • 2009年のクライマックスシリーズ第1ステージ第1戦を放送(BS1でも放送されたが、実況・解説者は異なる)。番組編成は以下の通り
18:00 - 東北地方のデジタル総合2で放送(試合終了まで放送)
18:05 - BS1が飛び乗り(同上)
18:10 - NHK仙台放送局が飛び乗り( - 18:30で一旦飛び降り〈『てれまさむね』・『NHKニュース7』放送のため 19:30に飛び乗り〉)
19:30 - 仙台局以外の東北地方のNHKが飛び乗り( - 20:55で飛び降り〈ローカルニュース・『ニュースウオッチ9』放送のため〉)

全国ネット並びにポストシーズン製作実績

  • 2005年5月の交流試合・巨人戦2試合(TBS製作、TBCアナウンサーは楽天ベンチリポーターのみ)
  • 2009年のクライマックスパ第1ステージ第2戦(自社製作、RKBにもネットされた)
  • 2011年4月のKスタ開幕・オリックス戦(TBCは宮城ローカル、全国中継は横浜×巨人との二元中継でTBSのスタッフで放送された)

TBC製作分…解説:杉山賢人 実況:松尾武 ベンチリポーター:飯野雅人 スタンドリポーター:高以亜希子

TBS製作分…解説:佐々木主浩 ゲスト:松山英樹 実況:林正浩 ベンチリポーター:伊藤隆佑

  • 仙台放送:土曜デーゲームが多いが2005年・2006年・2009年は巨人戦を差し替えていた。解説は斉藤明雄高木豊達川光男田尾安志江本孟紀フジテレビ系列解説者が担当。2010年のオリックス戦では2009年まで楽天打撃コーチを担当した池山隆寛がベンチサイド解説を務めた。実況アナの変貌が目まぐるしく2005年は下田恒幸(現フリー)が3試合、佐藤拓雄が1試合実況を務め、2006年は浅見博幸が2試合を実況。金澤聡がリポーターを務めた後2007年から実況、板垣龍佑(現テレビ東京)がリポーターを務めた後2009年からは広瀬修一が担当。2006年の実況を務めた浅見がインタビュアーとして同局中継3年ぶりの登場を果たした(中継終了後にインタビューが行われた)。在仙局の中では中継製作に一番消極的である反面ビジター試合を積極的に中継。アナウンサー(主に金澤)をベンチリポーターとして派遣している。2007年からは毎年1試合のみの中継となっていたが2011年は4月と5月さらには7月に1試合ずつ中継された。

ポストシーズンの放送実績

  • 2009年のクライマックスパ第2ステージ、VS北海道日本ハムファイターズ・第3戦(北海道文化放送製作)
  • ミヤギテレビ:レギュラーシーズンは週末デーゲームのみ未だに差し替え中継の実施はない。解説者は2005年が日本テレビ中畑清水野雄仁が担当、2006年から2008年までは楽天OB初のミヤギテレビ専属解説者となった川尻哲郎と日本テレビの池谷公二郎。2009年4月の西武戦と9月の日本ハム戦を阿波野秀幸が務め10月のクライマックスシリーズを若菜嘉晴が務めた2010年は初代打撃コーチの駒田徳広笘篠賢治(苫篠は引き続き現在まで解説継続中)、2011年は佐野慈紀西崎幸広が担当。実況は伊藤拓とリポーターを担当している外賀幸一が2009年7月のオリックス戦を実況する予定(解説は前述の若菜)だったが試合開始直前に中止となり幻となったが2010年7月の日本ハム戦で野球実況デビューを果たした。さらには2010年4月の中継では加藤智也がリポーターを担当。伊藤・外賀・加藤の先輩・上司にあたる三雲茂晴も裏方(制作)として中継に参加している。2009年4月3日に札幌ドームで行われた日本ハム戦の中継を系列のSTVが行ったものの同局は巨人戦を優先し、4年間続いていた開幕中継をストップさせた。

ポストシーズンでの放送実績

  • 2009年のクライマックスパ第2ステージ・第1戦、第2戦(札幌テレビ製作の映像+仙台のスタジオで伊藤が実況)

音声差し替え中継

  • 2008年3月のソフトバンク戦(福岡放送製作映像&仙台のスタジオ 解説:川尻哲郎、実況:伊藤拓)

その他

  • 2005年5月の阪神戦(ホーム開催であったが系列のよみうりテレビが製作、MMTは伊藤を「派遣」する形で中継を行った)

解説:川藤幸三、実況:小澤昭博、リポーター:伊藤拓・尾山憲一、他球場情報:山本純也 ※2011年も阪神戦を中継したがMMTとよみうりテレビは別スタッフで中継した。

  • 東日本放送夏の高校野球県大会中継をしていることもあり実況アナは豊富で中継数も仙台放送やミヤギテレビよりも多い、土曜デーゲーム中心だが2005年・2006年・2010年は巨人戦を、2011年はゴールデンタイムの編成を差し替えた。ホームでの巨人戦中継では2008年(詳細後述)を除きテレビ朝日製作のため協力(2011年現在も続いている)にまわり同局のアナウンサーは楽天リポーターとして登場する(2009年まで)。解説はほとんどの試合、東北福祉大OBの大塚光二が務めている(巨人戦の場合はグランド解説にまわる)が2008年は元ABCプロ野球解説者の村上隆行が、2010年からはデニー友利が新加入した。2008年まではファン代表としてローカルタレント本間秋彦がゲスト出演。(本間が諸事情で来られない場合もゲストを配し、野崎靖博戸叶尚も中継に加わったこともある)。実況は熊谷博之岩崎心平松本龍が担当。Jリーグ・ベガルタ戦中継がメインの加川潤も2005年1試合を担当した。リポーターは各実況アナに加え2007年のみ吉岡伸悟も担当、2008年までは相手チームにもリポーターを配し系列局のアナウンサーが担当していた。2007年はCS放送sky・A sports+中継の実況も担当。2008年は6月の交流試合・巨人戦を自社製作で行う予定だったが当日、朝に起きた岩手・宮城内陸地震の影響で中止。中継を行った4試合全てが4時間超になり終了まで中継ができない現象が続いた、2011年は在仙局では史上初となるKスタ以外でのホームゲーム中継を甲子園で実施、系列ABCの協力を全面に受け阪神戦同様の放送ブースで中継を行った。2006年から3年続けて開幕戦のネット受けを行いすべての試合で熊谷がベンチリポーターで派遣されている。

全国ネット並びにポストシーズン製作実績

  • 2005年と2006年5月の交流試合・巨人戦1試合ずつ(テレビ朝日製作、熊谷が楽天リポーターで出演)
  • 2009年のクライマックスパ第2ステージ第4戦(現地乗り込み、北海道テレビ製作の映像+熊谷の楽天応援実況)
  • 2011年のオールスターゲーム第3戦(KHBアナウンサーの出演はなし)

音声差し替え中継

  • 2010年6月の阪神戦(ABC製作映像+仙台のスタジオ 解説:大塚光二 実況:岩崎心平 リポート:松本龍)
  • 2011年6月の阪神戦(2010年同様の対応 解説:大塚光二 実況:松本龍)

2005年シーズンのデーゲーム中継は隣県(特に2軍本拠の山形県や福島県、岩手県)、ソフトバンク戦においてはTBC製作をRKBで仙台放送製作をテレビ西日本で日本ハム戦においてはミヤギテレビ製作をSTVで放送されたこともある。 2010年以降のTBC木曜ナイターは全試合ではないものの青森、秋田を除く3県にもネットされた試合がある。

BS
  • 2008年6月、交流戦2試合をBS朝日で放送。(当初は1日の広島戦を球団製作=スカイ・エーと同時、14日の巨人戦は東日本放送制作で宮城県向けローカル中継との同時放送を予定していたが、巨人戦中継予定当日が岩手・宮城内陸地震のため開催中止となり、予備日の16日の試合はKHBの放送枠の都合が付かなかったためこの試合も球団製作のものに変更された)
  • 同8月から日本BS放送(BS11)にて「BS11プロ野球・全国生中継」として中継に本格参入。同年度は終盤10試合を放送した。sky・A sports+と同様の球団制作中継。2009年からはタイトルを「プロ野球まるごと中継 熱闘!BS11ナイター」として20試合程度を放送した。
  • 2010年はタイトルを「熱闘!! 楽天戦 フル中継」と改題、中継数も30試合に増加。Kスタ宮城以外にも東京ドーム、岩手県営野球場、秋田こまちスタジアム、開成山野球場で行われる試合も放送されるようになった。なお2011年よりタイトルを「断然 パ・リーグ主義!!」と改題(QVCマリンフィールドのロッテ戦も中継されるため)。2012年は放送なし。
  • 2011年からはBS11に加え、TwellVでも「TwellV プロ野球中継」で放送(BS11は2011年度をもって終了)。2011年度は楽天主催試合を4試合中継。2012年度は楽天主催試合15試合を中継された。
CSケーブルテレビ
2008年度からは球団側が制作著作の権利を持ちマルチに映像制作している。
AMラジオ
コミュニティFM
  • Rakuten.FM TOHOKU宮城野区):「EAGLES BASEBALL GAME SHOW」(2015年8月より) 日本で初めて、プロスポーツ球団の自主運営によるコミュニティFM局として開局[124]し、楽天全試合の中継を実施。解説者は楽天ベースボールスクールのジュニアコーチが日替わりで担当。なお、ビジター試合の中継はオフチューブ形式で行われる[注釈 15]
    ※2006年まではFMじょんぱ(宮城野区、廃局)が「スタジアムFM」を展開していた。2007年からの一時期はFMいずみ泉区)が「イーグルスライブラジオ」を展開していた。
FM放送
  • NHK仙台放送局(東北地方全域) : 開幕戦のみ放送。NHKラジオ第1放送高校野球優先のうえ、実施期間のために放送ができず、FM放送を行っている。2005年 - 2007年の3年間はいずれも東北ブロックでの放送。2006年は対戦カードが日本ハムだったため、北海道でも放送された。

備考編集

  • 2013年11月24日に仙台市内で実施された優勝パレード(参照)では、上記の地元地上波民放4局とNHK仙台放送局が、以下の分担によって共同で生中継を実施した[125]
    • 東日本放送:スタート地点周辺の撮影・取材(キー局・テレビ朝日制作の全国ネット番組『報道ステーション SUNDAY』内での全国向け生中継に協力)
    • ミヤギテレビ:隊列の中の撮影(宮城ローカルで自社制作の特別番組を放送)
    • 東北放送:選手や関係者が乗り込んだバスへの同行撮影・取材(宮城ローカルで自社制作の特別番組を放送)
    • NHK仙台放送局:ヘリコプターによるパレードの空撮
    • 仙台放送:上記の各局が撮影した映像の編集・管理(宮城ローカルで自社制作の特別番組を放送)

応援番組編集

らくてんみやぎのエフエム編集

楽天野球団
RAKUTEN BASEBALL, INC.
愛称 Rakuten.FM TOHOKU
コールサイン JOZZ2BN-FM
周波数/送信出力 89.1 MHz/20 W
本社・所在地
〒993-0011
宮城県仙台市宮城野区宮城野2-11-6
設立日 2004年10月29日
開局日 2015年8月9日
演奏所 宮城野区宮城野2丁目11-6(Koboパーク宮城)
送信所 宮城野区榴岡5丁目11-1(仙台サンプラザ)
放送区域 仙台市宮城野区の一部
公式サイト http://www.rakuteneagles.jp/radio/

2015年8月9日に開局したコミュニティFM放送局[124]。愛称は「Rakuten.FM TOHOKU」(ラクテンドットエフエムトウホク)。

プロスポーツチームが直営する日本初のコミュニティ放送局となる[注釈 17]。放送区域は宮城野区の西部、Koboパーク宮城を中心とした区域で、区内のカバー世帯数は30.06%である。

なお、宮城野区には1999年から2007年まで、仙台市民放送(FMじょんぱ)がコミュニティFM放送を行っており、同一区内の局としては8年ぶりの復活という形となる。また同一市区内でコミュニティFM廃局後、新たに開局があったケースは、これまで廃局の周波数が割り当てられていたが、Rakuten.FM TOHOKUはFMじょんぱ(78.8MHz)から周波数が変更されており全国初のケースとなっている。

放送内容編集

番組は毎日午前1:00を基点とした1日24時間放送[注釈 18]。イーグルスのホームゲーム中継やチーム情報をはじめ、宮城野区の地域情報、観光番組、音楽番組で構成する。

インターネット放送はRakuten.FM TOHOKU公式サイト、スマートフォンアプリ「At Eagles」、TuneIn Radioにて配信されている。

キーワード編集

フレックス・プライス編集

2009年よりKスタ宮城で行われる楽天の主催試合において、対戦相手や曜日などに応じてチケットの価格を変える「フレックス・プライス」が導入されている。「フレックス・プライス」のようなチケットの価格変動制は、メジャーリーグでは複数の球団が採用しており、日本では東京ヤクルトスワローズ神宮球場での読売ジャイアンツ戦、阪神タイガース戦に限り一部席種を割高にしている例があるが、本格的な導入は楽天が初めてになる。

チケットの価格は5段階で設定されており、高い順から「プラチナ」、「クリムゾン」、「ゴールド」、「シルバー」、「バリュー」となっている[注釈 19]

席によっては、プラチナの価格がバリューの2倍以上になることもある[126]

平日デーゲーム開催編集

2007年4月3日(火) - 5日(木)、フルキャストスタジアム宮城で日本ハムとの3連戦をいずれもデーゲームで開催した。前年3月末のホーム開幕3連戦(28日からの対オリックス3連戦)をナイターで開催した際、冷え込みが激しく降雪も記録する事態があり、球団側は選手や観客の身の安全を考慮。比較的気温が高く温暖で、また春休みとあって学生ファンが多く詰め掛けられると見越し、本拠地開催では極めて異例の平日デーゲームを敢行することになった。3試合とも13時開始。テレビでもスカイ・Aスポーツプラス東北放送(宮城ローカル)で生中継された。3試合とも1万人超えの盛況となった。特に、3戦目においては期待の高卒新人投手・田中の本拠地初登板もあって、約1万8千人ものファンが球場に詰め掛けた。翌2008年も前年同様の事情で、4月1日(火) - 3日(木)の対ロッテ3連戦をデーゲームで開催。ここでも3試合全て観衆1万人を超えた。

2009年 から2011年は平日デーゲームは行われず。2009年はWBCのため開幕が遅く4月7日(火)がホーム開幕戦。2010年はホーム開幕戦が土曜日に設定されたため(他球場では前日の金曜にホーム開幕戦となるナイターが行われている)。2011年は当初3月29日(火) - 3月31日(木)の対ソフトバンク3連戦をデーゲームで開催する予定になっていたが、東日本大震災の影響による開幕日延期のため取り止めとなった[注釈 20]

2012年からは平日デーゲームが再開され、2013年以降も毎年4月初旬に平日デーゲームが2試合程度組まれるようになっている。2017年は宮城での開催に加え、郡山・ヨーク開成山スタジアムでも平日の薄暮デーゲーム開催が予定されていたが、雨天中止となっている他、夏季開催(7月27日・ソフトバンク戦)でも平日のデーゲーム開催を行った。 また、パ・リーグでは他にロッテ、日本ハム、西武も平日デーゲームを組むようになった。

ちなみに、本拠地での平日デーゲームはプロ野球初期の1930年代 - 1950年代(ほとんどの球場にナイター照明がなかった)は頻繁に行われたほか、1990年代までは消化試合プレーオフ(パ・リーグ)、日本シリーズでも行われていた。

イーグルス花火大会の開催に伴う薄暮デーゲーム開催

これとは別に、2015年5月21日(木)の日本ハム戦は「第1回楽天イーグルス花火大会[127]」を試合終了後に行う予定であるため、通常より2時間早い16時からの薄暮デーゲーム開催とした。

これは、近接の仙台市陸上競技場のトラックから約2000発を打ち上げる花火大会そのもののほか、イーグルスが翌22日からの西武戦の会場・西武プリンスドームへの試合終了後の直接移動が可能であるという点も含めた総合的な判断で薄暮デーゲーム開催とした。長時間の試合であっても、若干の規模縮小などが生じるものの花火大会を開催できるように配慮した時間設定をしたものだったが、試合が延長戦にもつれ、試合開始から5時間が経過した21時を過ぎても試合が続いてしまう状況となってしまった(結局延長12回・5時間37分もかかる大乱戦となり、試合終了が21時40分を過ぎてしまっていた)。そのため周辺の騒音や選手の翌日の試合会場への移動(特に楽天の選手はこの試合終了後に予定していた西武プリンスドームへの直接移動ができなくなった)などを考慮して、この日の花火大会とそれに付随したAUN J CLASSIC ORCHESTRAによる音楽ライブの開催を断念せざるを得なくなった。

なお花火大会の代替日程は5月21日時点では未定であったが、あるファンから「花火を見たかった」という声をかけられた球団職員は「代替開催ができるように検討していく」としている他、立花も「残念すぎる。今日(21日)のお客様方に何らかの形で対応できるように考えたい」と延期開催の可能性を示唆するコメントを残している[注釈 21]

この後、5月29日に、この第1回花火大会の「リベンジ」延期開催を、7月11日にデーゲーム(14時)開催で行う予定としているオリックス戦で改めて行うことを発表した。この日は3000発の花火を打ち上げる予定にしているが、今回は長時間開催や荒天時の対応もはっきりと明示しており、

  1. 試合中止、また試合終了時に強風や豪雨などにより開催できない場合、試合終了が20時を超えた場合は中止
  2. 11日の試合、ないしはイベント中止時は12日に延期することにするが、12日も開催中止であればイベント自体延期せず中止する
  3. 試合終了後から19時30分までイベントの開催を予定している(ただし、5月21日のゲストであるAUN J CLASSIC ORCHESTRAの出場については明示されていない)

と記載されている[128]。そして7月11日のデーゲーム終了後、無事に花火大会は開催され、試合を観戦した人など市民約15000人が集まった[129]

開幕戦薄暮デーゲーム

2016年開幕戦・ソフトバンク戦は、開幕戦のデーゲームとしては48年ぶりとなる薄暮デーゲーム[注釈 22]として16時から行われる。[130]これとは別に4月1日の西武戦も13時から実施され、またアウェーに出ての3月29・30日のロッテ戦(QVCマリン)も13時開始と、ナイター設備が整った近代において開幕当初の8試合がデーゲームという異例な日程となった(このほか4月12日の千葉ロッテ戦もデーゲームであったが、この時は残り2連戦はナイターだった)[131]

地方球場の命名権編集

地域密着を目指すという観点で、[要出典]イーグルスでは2軍の主本拠である利府町中央公園野球場(イーグルス利府球場)のほか、地方遠征(主に2軍)を開催する岩泉球場しらさわグリーンパーク湯沢市稲川野球場を初めとした東北地方16か所(2014年2月現在)の命名権を持っており、それぞれ「イーグルス○○球場」という名称を使用している。

これはイーグルスが2007年9月から取り組んでいる「フィールドサポートプログラム」という制度によるもので、東北地方各地の「野球競技を実施できる野球場」を対象として、球場を保有する地方自治体などと協議したうえで愛称を設定するが、通常の命名権のようなチーム名称・ロゴの使用のためのロイヤリティーは発生しない[132]

基本コンセプトを「地域と球団間における野球普及・促進に向けた協力活動」の一環[132]として実施しており、これらの野球場では2軍(イースタン・リーグ)公式戦の開催(硬式球が使用できる球場のみ)のほか、年1回以上「イーグルス野球塾」と題した少年野球教室の開催などを通して、地域の野球振興に寄与し、また地元でのイーグルスの応援を高揚させるという目的がある。

がんばろう東北編集

地震による甚大な被害を受けた東北地方の人々を励ますべく、1995年の阪神・淡路大震災時のオリックス・ブルーウェーブが用いた「がんばろうKOBE」にあやかって作られた言葉。2008年の岩手・宮城内陸地震と2011年の東北地方太平洋沖地震東日本大震災)において使用され、ユニホームの袖部分にもこのフレーズが描かれたワッペンが貼り付けられた[注釈 23]

個人に対するファーム主催試合の命名権販売編集

2014年には、個人を対象に、「FAN'Sデー」期間中(4月18日 - 20日)に楽天イーグルス利府球場で主催するイースタン・リーグ公式戦3試合の命名権を1試合3万円で販売[133]。3試合とも完売したため、当該カードの試合前には、命名の対象者による始球式などのセレモニーを実施した[134]。ちなみに、個人に対する球団主催公式戦の命名権販売は、NPBの球団では初めての試みである。

主なキャンプ地編集

ショップ編集

オフィシャルショップは「楽天イーグルスグッズショップ 」。店舗は以下の通り。

スタジアム店 チームショップ[135]
宮城県仙台市宮城野区宮城野2-11-6(楽天Koboスタジアム宮城内)
仙台駅東口店[135]
宮城県仙台市宮城野区榴岡4-1-8
エスパル仙台店[136]
宮城県仙台市青葉区中央1丁目1-1 エスパル仙台 東館1階

上記とは別に「藤崎青葉通り店」、「仙台駅店」、「盛岡店」も設けられていたが、閉店[137]

スポーツラウンジ「T.R.G.E.」編集

2014年の公式戦開幕日(3月28日)からは、球団直営のスポーツラウンジ「T.R.G.E.(TOHOKU RAKUTEN GOLDEN EAGLES OFFICIAL SPORTS LOUNGE)」を、仙台市の繁華街・国分町2丁目のエーラクフレンディアビルの1階にオープン[138]。東北楽天戦をはじめ、テレビのスポーツ中継を見られるスポーツバーで、アルコール飲料も有料で提供する[139]。2017年2月22日をもって営業を終了。[140]

関連書籍編集

その他編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ この時「イーグルス」の商標を先に取ったのは、参入時のライバル・ライブドアであった。
  2. ^ シーズン2度の11連敗以上は、1956年に12連敗を2度喫した高橋ユニオンズ以来、日本プロ野球史上2度目だった。
  3. ^ 球場に被害はなかったが、試合は関係者の安否確認のため8回で打ち切りとなっている[29]
  4. ^ 4月15日 - 17日・阪神甲子園球場、4月22日 - 24日・ほっともっとフィールド神戸
  5. ^ 阪神甲子園球場でのパ・リーグ球団の主催試合は史上初。
  6. ^ この年は10月にも受賞しており、年間3度はパ・リーグ初の記録[42]
  7. ^ シーズン連勝記録は継続扱いとなった。
  8. ^ 2011年は鉄平、2012年は松井稼頭央
  9. ^ 体調不良による休養期間あり。
  10. ^ ソニー仙台FCモンテディオ山形スタジアムDJ。
  11. ^ ベガルタ仙台の胸スポンサーにもなっている。
  12. ^ 必ずしも放送される全ての試合が東北6県で放送されるとは限らず、試合日によっては宮城県だけ、あるいはブロックネットでありながら編成の都合で一部県で放送されない(デジタルマルチ編成も)という試合もある。
  13. ^ 字幕はJ SPORTS側で用意したものを使った以外、基本的に球団製作のものを使用。ただし同時ネットで放送するTwellV・パ・リーグTVは従来通り球団製作の字幕を採用していた
  14. ^ ビジターの試合を放送するときは、その地域の放送局と同時に放送される。
  15. ^ 交流戦ビジター試合は1球ごとのリアルタイム中継ではなく、「EAGLES BASEBALL TALK SHOW」としてゲストを招いてのトークショーをメインとしながら、試合経過を随時速報で伝える内容であった。
  16. ^ 制作局である東日本放送の他に、青森朝日放送岩手朝日テレビ、秋田朝日放送、山形テレビ福島放送の6局ネットで放送。
  17. ^ 県域放送局では、広島東洋カープ広島エフエム放送の大株主(2015年3月31日現在筆頭株主)という事例がある。同社の初代社長は当時広島球団のオーナーだった松田耕平が務めた。耕平の没後も次男の松田弘が務めるなど、広島球団および球団の事実上のオーナーである松田家(自動車メーカー・マツダの創業家)との関係が深い。
  18. ^ 24時間放送は2015年10月10日より開始。開局時は6:00 - 翌1:00 の1日19時間放送であった。
  19. ^ クリムゾンは2013年より導入。2014年まではシルバーとバリューの間に「ブロンズ」が設定されていた
  20. ^ 楽天以外の関東の一部球団についても、平日のナイターをデーゲーム(薄暮開始含む)に移行したり、巨人・西武のように4月中の本拠地主管試合開催を断念した球団もある。
  21. ^ 坂本達洋 (2015年5月21日). “【楽天】「5時間37分」で踏んだり蹴ったり! 花火大会中止 & 移動できず”. スポーツ報知. http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20150521-OHT1T50264.html 2015年5月22日閲覧。 当記事の写真において、大型ビジョンに「21時を過ぎましたので花火大会は中止させていただきます」と表示された様子が写っている。
  22. ^ 前回は1968年4月6日・西鉄対近鉄戦(平和台球場・17時開始)。これ以外にも平日開催の開幕戦でのデーゲーム開催は、巨人と日本ハムが後楽園球場東京ドームを併用し、同時期に前年Aクラスで開幕主管権を得た時に頻繁に行われている
  23. ^ デザインは、ホーム用がえんじ色地に白枠、その中に白文字で。ビジター用は、白地にえんじ色の枠、その中にえんじ色の文字で「がんばろう東北(東と北の文字の間に帽子にも使われるEマーク)」。

出典編集

  1. ^ a b 宮城球場の施設命名権(ネーミングライツ)について(東北楽天ゴールデンイーグルス公式サイト 2016年10月31日)
  2. ^ スポーツ庁長官がコボパ視察 施設改革方向探る河北新報 2017年2月3日)
  3. ^ スト決行 2004, p. 124.
  4. ^ スト決行 2004, p. 126.
  5. ^ スト決行 2004, p. 170.
  6. ^ スト決行 2004, p. 178.
  7. ^ スト決行 2004, p. 181.
  8. ^ 楽天主義 2005, p. 45.
  9. ^ 楽天主義 2005, p. 46.
  10. ^ 楽天主義 2005, p. 49.
  11. ^ a b c d e f g h i j 毎日新聞2013年9月27日スポーツ面
  12. ^ a b c d e f 「記録の手帳」、『週刊ベースボール2013年10月14日、 32 - 35頁。
  13. ^ a b c d ニッカンスポーツ関西版5面
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  145. ^ 楽天 女子高校野球部を支援「ご指導をいただきながら日本一を目指したい」

関連項目編集

外部リンク編集