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阪神7801・7901形電車(はんしん7801・7901がたでんしゃ)は阪神電気鉄道が所有していた優等列車用の電車である。特急・急行運用が主体だったため、急行形車両に分類されることがある。

阪神7801・7901形電車
阪神電気鉄道7816.JPG
1次車7816(1989年・尼崎駅
基本情報
運用者 阪神電気鉄道
製造所 川崎車輛汽車製造武庫川車両工業
製造年 1963年 - 1971年
製造数 90両(新造89両、改造編入1両)
引退 2008年
主要諸元
編成 4両編成(2両×2ユニット)
軌間 1,435 mm (標準軌
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高運転速度 106 km/h
設計最高速度 110 km/h
起動加速度 2.0 km/h/s
車両定員 7801形140名 7901形150名
自重 35.0t(7801形) 30.0t(7901形)
※7835 - 7839のみ36.0t
全長 18,880 mm
(7922のみ19,100 mm)
全幅 2,800 mm
全高 4,106 - 4,163 mm
車体 普通鋼
台車 住友金属工業製FS341(7801形)・341T(7901形) 
主電動機 東洋電機製造製TDK814-1C
TDK814/3-C2 (7840 - 7850)
主電動機出力 110kW/300V×4
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式
歯車比 74:13 (5.69)
制御方式 電動カム軸式抵抗制御
制御装置 三菱電機製 ABFM-114-15-MA, MB, MC
制動装置 HSC電磁直通ブレーキ
保安装置 阪神・山陽・阪急形ATS
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本項では、本形式と性能や仕様が同じ派生形式の7861・7961形電車および3521形電車についても記述する。

開発の経緯編集

1954年登場の特急用3011形を筆頭に大型車の導入を進めていた阪神では、1963年2月のダイヤ改正本線普通ラッシュ時に一部残っていた1101系各形式の運用を大型車の「ジェットカー」各形式で全面的に置き換え、特急急行用も急行用の3301・3501形3601・3701形の増備により、昼間時の特急・急行を大型車のみで運用可能となった。しかし、ラッシュ時間帯には大型車が不足し、小型車が併用されていた[1][2]。また、阪神本線1968年神戸高速鉄道開通と山陽電気鉄道本線との直通乗り入れが予定されており、それに先立って架線電圧も従来の直流600Vから直流1,500Vに昇圧することが決定していた。

小型車の代替とラッシュ時の大量輸送に対応し、輸送力増強や合理化を図る目的で、既存の3601・3701形を基本としつつ発電ブレーキを省略するなど大幅に簡素化する形で設計・製造されたのが、本形式である。形式は3601・3701形に続けて3801・3901形となるところを、電気ブレーキの省略を理由に7000番台となっている。

先行形式である3601・3701形の編成と同様のMT比1:1であるが、2両編成での運転を前提とした3601・3701形とは異なり、7801形と7901形でMc - Tの2両1ユニットを組成した。7901形は阪神初の付随車である[1]

なお、阪神社内では他の急行系車両がExpressの頭文字から「E車」と呼ばれるのとは異なり、本形式のことを「R車」と呼ぶが、これはRushの頭文字であるRからとったものである。このことから、本形式の開発時における阪神本線の逼迫した輸送事情をうかがうことができる[3]

概要編集

従来運用されていた急行系小型車の置き換えと輸送力増強のため、1963年から1971年にかけて以下の各形式が川崎車輛(現・川崎重工業車両カンパニー)、汽車製造武庫川車両工業の3社によって製造された。

  • 7801形7801 - 7850(7841・7843・7845・7847・7849は欠番)
  • 7901形7901 - 7921・7923 - 7950(7941・7943・7945・7947・7949は欠番)

さらに7901形7922が3011形余剰車から改造編入され、合計90両が在籍した。

製造時期によって車体形状が大きく異なるほか、2両編成での運用や1両単位での増結用として、本形式と性能や仕様の共通する派生形式が製造されている。

車体編集

3601・3701形のそれを踏襲する、ノーシル・ノーヘッダーの19m級全金属製車体を採用する。

1963年から1971年まで増備された7801・7901形では、外観では概ね3タイプに分けられる。初期車の34編成68両は経済設計による切妻・片開き扉で、昇圧後に増備された5編成10両は折妻型の両開き扉で通風装置にラインデリアを採用、最終増備車の6編成12両は7001・7101形と同様のスタイルを持つ新製冷房車となっている[4]

初期車編集

 
初期車の7916(尼崎駅)

短期間での大量増備のため車体設計を簡素化したグループで、1963年から1968年にかけて製造された。

車体は切妻構造となり、裾部の丸みも省略された[4]貫通幌および雨樋は外部に露出しているが、雨樋の位置を高くした張り上げ屋根構造は踏襲されている。屋根半径は中央部が5,000mm、肩部が300mmである[5]

側面窓は上段下降・下段上昇式となり、日除けもカーテン式となった[6]。また、客用扉は片開き扉であるが、戸袋窓がHゴム支持の1枚窓に変更されている。

内装も各部が簡素化され、荷物棚はパイプ製のものをやめて網棚とし、蛍光灯は灯数を削減するために灯具カバーを省略し、片側6灯×左右2列の12灯を配置している。座席はロングシートであるが、運転台直後には座席および荷物棚を設けずに立席スペースとした。

通風器は従来の箱型から通風能力最優先のグローブ型に変更された。

3011形編入車編集

 
3011形3021より編入の7922

1965年5月に就役した7922は、3011形が3561・3061形に改造された際の編成組み替えで余剰となった3021の改造編入車である[7]。このため、他の7901形とは車体形状が大きく異なる。

軽量車体の3扉化による車体強度への不安視から、窓配置は扉間の窓数が基本的に2個単位となり、その窓の周りに鋼板を貼ることで車体強度を向上した[8]。車体裾には丸みがあり、車体長も他の7901形の18,880mmに対して19,100mmと若干長い。通風器は他の7901形同様グローブ式となった[8]

台車は他の7901形と同様、小型車より流用のボールドウィン台車を装着した[8]。3021時代に装着していた住友金属工業製FS-202は、東芝製TT-6を装着していた旧3041Fの機器統一用に供出した。

ラインデリア車編集

 
ラインデリア車の7838

昇圧後の1969年より投入された7835・7935以降のグループは、ラインデリアを搭載した両開き扉車となった[9]

車体の設計が大幅に変更され、普通系5261形に類似した窓配置となり、客用扉が幅1,400mmの両開き扉となった[10]。側窓は扉間が3枚1組、車端部連結面寄りを2枚1組とした組み立て式のサッシによる上段上昇、下段固定2段窓に変更されている。通風装置としてラインデリアを搭載したため、屋根も低くなっている[11]

前面は再び3面折妻となり、貫通幌も収納式となった[10]。屋根半径は中央部が9,000mm、肩部が250mmとなり、車体裾部の丸みが復活している[12]。側面の客用扉の高さも1,850mmに戻り、車体の構体高さも2,591mmと低くなった[10]

運転台直後の座席と荷物棚も復活、さらに蛍光灯は増設の上でカバーが取り付けられ、荷物棚もパイプ製に戻されている。通風装置は扇風機に加え、天井に近畿日本鉄道と三菱電機が共同開発したラインデリアを搭載[13]、モニター屋根を載せた「ラインデリア車」となっている。屋根が従来より低く幕板部分が狭いため、後年追加された側面行先表示器は上部の張り出しが大きくなった。

1970年には新製冷房車の製造に移行したため、このグループの製造数は10両に留まった[9]

新製冷房車編集

 
新製冷房車の7846(1987年 西宮駅

1970年投入の7840以降のグループは、同時期に登場した阪神初の冷房車である7001・7101形と組み合わせて運用することを前提として、当初より冷房装置搭載として登場した。

窓配置は2次車のそれを踏襲し、客用扉を1,400mm幅の両開き扉として客用窓を連窓構成とした。構体設計は、冷房車となったことから2次車を基本としつつラインデリア用風洞屋根を撤去し、構体の屋根深さを1次車並に戻して冷房用風洞を通すように変更したため、1・2次車とは大きく変貌しており、この設計は同時製造の7001・7101形だけでなく、同時期新造の5261形最終グループにも踏襲されている。

7001・7101形は日本初の実用電機子チョッパ制御器搭載車であり、本来は本形式と逆に制御車と中間電動車の2両で1ユニットを組む構成で計画されていた。だが、1970年当時の阪神本線の特急・急行の基本編成が5両編成であったことと、チョッパ制御器について試作要素が多かったこと、阪神初の冷房車であることなどから当初は神戸向き制御車を製造せず、7001・7101形3両の神戸寄りに従来同様抵抗制御器を搭載する新造冷房車2両を連結して運用することとなった。

しかも、7001・7101形は電機子チョッパ制御車であるが、その制御器は使用される半導体素子の耐圧や容量などの問題から主回路の設計簡素化を目的として電力回生ブレーキの実装が見送られ、力行のみとせざるを得なかった[14]。そのため、これに併結される車両についても発電ブレーキの使用はできず、これら増結車2両は発電ブレーキ搭載の車両ではなく7801・7901形と同様の主回路構成とすることとなった。

そのような経緯から、これらは名目上、主要機器の仕様が共通する7801・7901形の増備車とされ、さらに制御電動車 (Mc) はすべて神戸向きとして新造されたため、大阪向きユニットを示す奇数番号を欠番として付番されている。

主要機器編集

(1987年12月11日 山陽電鉄須磨浦公園駅 - 阪神本線芦屋駅間)

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電装品編集

主電動機は3601形と同様、定格出力110kWの直流直巻整流子式電動機で、1次・2次車は東洋電機製造製TDK-814-1Cを、3次車は改良品である東洋電機製造TDK-814/3-C2を7801形に4基搭載する。駆動装置は3601形を踏襲して中空軸平行カルダン駆動を採用し、歯数比は5.69 (74:13) である[15]

主制御器三菱電機製のABFM-114-15-MA電動カム軸抵抗制御器を7801形各車に搭載する。発電ブレーキ回路はない。3次車は改良型のABFM-114-15-MCを搭載する。

空気圧縮機 (CP) は7801形にDH-25-Dを搭載し、電動発電機 (MG) は7801形に12kVAのものを搭載する。

台車編集

台車は、7801形については設計当時の阪神急行系車両の標準台車であった、住友金属工業製FS-341軸ばね式金属ばね台車を装着する。

7901形は7922を含め、本形式で代替される小型車の851・861・881の各形式からボールドウィンタイプのBW-78-25-AA(ブレーキは両抱き式)を転用して装着している[4]。台車を供出した851・861・881形には、廃車になった801・831形が装着していたBW-78-25-AA台車を転用している[4]

2次車以降の7901形は、電動車に準じた形状の住友金属工業FS341Tを新製装着して竣工している。3次車では2次車と同じく住友金属工業FS341(7801形)およびFS341T(7901形)を装着するが、7001・7101形用と同様、台車枠が鋳鋼製ではなく鋼板プレス成形材を溶接したものに変更されている。

集電装置編集

パンタグラフは、初期車では7801形に菱枠形パンタグラフを2基搭載して竣工している。昇圧完了後の増備車である2次車以降は、7801形の連結面寄り1基のみ搭載で竣工した。

ブレーキ編集

ブレーキはHSC電磁直通ブレーキで、発電ブレーキは装備していない[1]

連結器編集

連結器は先頭部に阪神伝統のバンドン式密着連結器を、中間部には棒連結器を採用している[16]

冷房装置編集

新製冷房車に搭載した冷房装置は、日本国有鉄道(国鉄)AU13類似のMAU-13形分散式ユニットクーラーが採用され、これを7801形は6基、7901形は7基搭載する。この冷房装置搭載において、屋根上投影面積の大きな従来の菱枠パンタグラフは搭載が困難となり、そのため集電装置は投影面積の小さな下枠交差式パンタグラフに変更されている。

製造編集

初期車は1963年から1966年にかけて、川崎車輛、汽車製造および武庫川車両工業の各社にて合計67両が製造された。1965年製の7923より阪神の傍系企業である武庫川車両工業が製造に加わっており、翌1966年以降2002年の同社解散までは、5500系の一部と9000系を除く全車両が同社において製造されている。

7801形7822とペアを組む7922は新造されず、3011形の2両ユニット化で余剰となった3021を1965年5月24日付で電装解除の上、運転台撤去・中間車化改造を実施して編入された。

各社の製造担当と製造状況は以下の通り[17]

奇数車
← 梅田
元町 →
竣工 製造所
Mc1 T1
7801 7901 1963年7月23日 川崎車輛
7803 7903
7805 7905
7807 7907
7809 7909
7811 7911 1964年4月1日 川崎車輛
7813 7913 1964年6月3日 汽車製造
7815 7915 1964年8月1日 川崎車輛
7817 7917 1964年9月1日 川崎車輛
7819 7919
7821 7921
7823 1965年5月24日 川崎車輛
7923 武庫川車両工業
7825 1965年7月1日 川崎車輛
7925 武庫川車両工業
7827 7927 1965年10月18日 川崎車輛
7829 7929
7831 7931
7833 7933 1966年3月1日 武庫川車両工業
偶数車
← 梅田
元町 →
竣工 製造所
T2 Mc2
7902 7802 1963年7月23日 川崎車輛
7904 7804
7906 7806
7908 7808
7910 7810
7912 7812 1964年5月4日 汽車製造
7914 7814 1964年6月3日 汽車製造
7816 1964年7月7日 川崎車輛
7916 1964年7月17日
7918 7818 1964年7月17日 川崎車輛
7920 7820 1964年8月1日 川崎車輛
7822 1965年5月24日 川崎車輛
7922* 武庫川車両工業
7824 1965年5月24日 川崎車輛
7924 武庫川車両工業
7826 1965年6月15日 川崎車輛
7926 武庫川車両工業
7928 7828 1965年9月30日 武庫川車両工業
7930 7830 1965年10月18日 川崎車輛
7932 7832 1966年3月1日 武庫川車両工業
7934 7834 1966年5月21日 武庫川車両工業

2次車は1969年から1970年にかけて、神戸高速鉄道東西線および山陽電気鉄道本線須磨浦公園駅までの相互直通運転開始後の急行系車両の輸送力増強用として、武庫川車両工業において以下の10両が製造された[17]

奇数車
← 梅田
元町 →
竣工
Mc1 T1
7835 7935 1969年9月23日
7837 7937 1969年11月5日
7839 7939 1969年11月15日
偶数車
← 梅田
元町 →
竣工
T2 Mc2
7936 7836 1970年2月7日
7938 7838 1970年2月25日

新製冷房車は、1970年から1971年にかけて、武庫川車両工業にて以下の12両が製造された[17]

偶数車
← 梅田
元町 →
竣工
T2 Mc2
7940 7840 1970年4月1日
7942 7842 1970年12月26日
7944 7844 1971年1月13日
7946 7846 1971年2月15日
7948 7848 1971年3月16日
7950 7850 1971年4月1日

派生形式編集

本形式以外に基本設計が共通する派生形式が2種存在する。

7861・7961形編集

 
西九条駅停車中の7861F(2005年)

1967年の昇圧で従来2両編成の3601・3701形が4連固定編成となり、昇圧後も2両編成で運行可能な車両が必要となったため、7801・7901形をベースに1966年から1968年にかけて2連×8本16両が武庫川車両工業において製造された[17]

7861形が制御電動車(Mc)、7961形が制御付随車(Tc)であり、電動車は奇数車が大阪向き、偶数車が神戸向きとなっている[18]。1968年製の車両には、梅田向きに電動車のある編成が存在しない。

← 梅田
元町 →
竣工
Mc1 Tc1
7861 7961 1966年9月20日
7863 7963
← 梅田
元町 →
竣工
Tc2 Mc2
7962 7862 1966年10月4日
7964 7864 1968年7月1日
7966 7866
7968 7868 1968年8月20日
7970 7870 1968年9月28日
7972 7872 1968年11月25日

車体は1次車ベースで製造されたが、昇圧後の1968年に製造された7864F以降は車体に雨樋が埋め込まれ、屋根の曲率も変更された[18]。7864F以降は側扉の高さも1,900mmと高くなっている。車内も1966年に登場した7861F - 7863Fは1次車同様運転台直後に座席はなく、蛍光灯カバーも省略されていたが、7864F以降は運転台直後に座席を設置し、蛍光灯カバーも取り付けられた。

通風器はグローブ型で変わりはなく、パンタグラフも1966年に登場した7861F - 7863Fでは7861形に2基搭載し、昇圧後の1968年に登場した7864F以降では連結面に1基のみとなった。

台車は電動車が住友金属工業FS341[19]、制御車がFS341Tである[20]。主電動機は出力110kWのTDK-814-Cで、歯車比は74:13である[19]。制御器は1966年製の車両が他の7801形と同じ三菱電機ABFM-114-15-MAであるが、1968年製の車両は改良モデルであるABFM-114-15-MBとなった。

本形式は7801・7901形の増結車という性格が強いが、当時運行されていた西大阪特急に2両編成で運用されていたことがあるほか、後年本形式2両を3編成連ねた6両編成で本線特急に充当されたこともある。

3521形編集

1960年代から1970年代初頭にかけての阪神では、急行車の基本編成を5両編成としていたが、需要の少ない早朝・深夜などの時間帯に減車可能とするため、1966年から1969年にかけて、7801・7901形の増結車として片運転台の制御電動車のみ12両が武庫川車両工業において製造された[17]

車両番号は3501形の追番であるが、発電ブレーキは搭載していない[21]。奇数車は大阪向き、偶数車は神戸向きである。

← 梅田
竣工
Mc1
3521 1966年11月2日
3523 1966年12月1日
3525 1967年2月22日
3527 1969年3月13日
3529 1968年11月15日
3531 1969年4月30日
元町 →
竣工
Mc2
3522 1967年4月13日
3524 1967年5月8日
3526 1967年6月7日
3528 1968年11月15日
3530 1968年11月15日
3532 1969年7月11日

1966・1967年に製造された3521 - 3526は7801・7901形同様雨樋が外部露出しているが、1968・1969年に製造された3527 - 3532は雨樋が車体に埋め込まれ、断面も変更されている。内装も含めてこのあたりの変化は7861・7961形と同じである。

パンタグラフも昇圧前に登場した3521 - 3526は2基搭載したが、昇圧後に登場した3527 - 3532は運転台寄りに1基搭載した。

性能面では自車のみ賄う形となっており、主電動機は1時間定格出力60kWの東洋電機製造製TDK-818-Aを4基装備し、制御器は7861形同様、3521 - 3526の初期製造車がABFM-114-15-MAを搭載し、3527 - 3532の後期車がABFM-114-15-MBを搭載した。

改造工事編集

昇圧改造編集

1967年11月12日に全線の架線電圧を直流600Vから1,500Vに昇圧した。その際、パンタグラフを2基搭載していた7801形1次車および7861形、3521形の初期車は1基撤去することとなったが、運転台寄りのパンタグラフを撤去した7801形および7861形に対し、3521形は連結面寄りのパンタグラフを撤去した。

体質改善工事編集

小型車の置き換えが完了した1968年より、初期車の体質改善工事が開始された[21]。7901形のボールドウィン台車は新製のFS341T台車に交換され、1971年からは冷房化改造に合わせて運転台後部への座席の増設、室内灯カバーの設置などが行われている[21]

冷房化改造編集

これらの体質改善工事と並行して、7801・7901形の非冷房車と派生各形式の冷房改造が開始された。最初に冷房改造されたのは7861形で、1971年4月から8月にかけて全車冷房改造された。引き続いて同年11月からは7801・7901形1次車の冷房改造を開始、1972年9月からは3521形を併結した3両編成の冷房化も開始され、1974年11月に冷房改造された7922・7822を最後に冷房改造を完了した。

最後に残った2次車は1975年9月から12月にかけて冷房改造され、12月4日に竣工した7938 - 7838を最後に7801形と関係各形式の冷房改造が完了した。

改造内容は、各形式ともMAU-13H形分散式ユニットクーラーをM車は6台、T車は7台搭載、パンタグラフも同時に下枠交差式に交換されたほか、3521形のパンタグラフは連結面寄りに移設された。電動発電機 (MG) は70kVAのCLG-346を7901形および7961形に搭載したほか、3521形を併結する7801 - 7901から7812 - 7912までのユニットには110kVAのCLG-350-Mを搭載した。なお、最初に冷房改造を実施された7861形および7831 - 7931から7934 - 7834までの4ユニットはクーラーの取り付け位置が他の車両に比べて高くなっている。

表示幕設置編集

1977年から3521形も含めた1次車に行先表示器の取付改造を開始、1979年には2次車に、1981年には7861形、1983年には3次車に取り付けることで全車に行先表示器を装備した。屋根の低い2次車では、行先表示器が車体の肩部から飛び出している[10]

3000系への改造編集

 
3000系

1983年には7801 - 7901から7912 - 7812までと3521形全車の合計36両が1989年にかけて3000系に改造され、主電動機と制御器が、それぞれ複巻電動機と回生ブレーキ付き界磁チョッパ制御装置に換装された。

7861形との3両固定化編集

1986年には3301形の廃車に伴い5両編成を組むことができる車両が減少したことから、7861形のうち7870F・7872Fの2両編成2本について、7801・3521形の3000系への改造で生じた電装品を活用して制御車の電装改造を実施した。

車番は7970→7871, 7972→7873に改番、7831 - 7931 + 7870, 7871 + 7932 - 7832, 7833 - 7933 + 7872, 7873 + 7934 - 7834の3両編成4本に再編された。この際、7871・7873は前から2つ目の冷房機を撤去して下枠交差式のパンタグラフを搭載した。また、7931 - 7934に搭載していたMGを110kVAのものに換装している[5]

2000系への改造編集

 
2000系

3次車は、製造時期を同じくする7001・7101形とともに1990年秋から2000系への改造が開始された。編成は6両固定となり、制御装置も界磁添加励磁制御となった。改造は1993年1月に完了した。

7861形のワンマン化改造編集

2000年10月の武庫川線ワンマン運転開始に伴い、7861・7961形の3編成6両(7864・7866・7868編成)がワンマン化改造された[19]。改造工事は7890・7990形の1編成2両も含めて、2000年4月から7月にかけて施工された[22]

運転関係はワンマン切替スイッチ、ワンマン用扉スイッチ、扉切替スイッチ、自動放送装置、扉開閉予告ブザーを新設した[19]。車体関係では方向幕にワンマン用を追加、段違い式の転落防止幌の設置、車側灯のLED化を行った[19]車椅子スペースは7868に先行して設置されていたが、ワンマン化の際に7864・7866にも設置された[19]

床下は空気圧縮機の更新を行い、従来のDH-25LからC-2000L(LA)に換装された[23]

2006年より先頭連結器のバンドン式連結器から廻り子式密着連結器への交換が実施されたが、武庫川線ワンマン車は交換の対象外となった[22]。他車との連結必要時の対応のため、7861形の座席下に偏差アダプタを備えている[20]

運用編集

7801形1次車および7861形、3521形の初期車は、1963年から1967年までの4年間に合計78両が製造され、本線運用の急行系小型車を1965年までに置き換え、1967年には全旅客車両の大型化を達成した。1968年4月7日に神戸高速鉄道東西線を介して山陽電気鉄道本線須磨浦公園駅までの相互直通運転を開始した。

全車の冷房改造後は7801・7901形3次車を特に区分する必要がなくなり、冷房改造後の7861・7961形や7801・7901形の1・2次車が7001・7101形と編成を組んで運用されたこともあった。

1984年4月に武庫川線武庫川団地前駅まで延伸され、輸送力増強のため従来の3301形単行に代わり7861・7961形の2両編成での運転を開始した[19]。また、同年から車内更新工事を実施、荷物棚のパイプ棚への交換などを実施した。

2001年以降は本線の運用がなかったが、2006年に運用の都合で本線に短期間復帰し、6両編成で平日朝ラッシュの準急を中心に運用された[24]

2009年阪神なんば線の延伸開業に伴い、西大阪線運用も終了し、以降の営業運用は武庫川線のみとなった。

7801形は全廃となったが、7861形は武庫川線ワンマン運転対応の3編成が残り、阪神で最後の片開き扉を持つ形式となった[18]。武庫川線では7890・7990形とともに運用されている。

廃車編集

7801形の廃車は、初期急行系車両の淘汰が進行した1989年以降に開始された。8000系の増備に伴って、3000系に改造されなかった1次車が7813 - 7913のユニットを皮切りに、翌1990年には3011形の改造編入車である7922を組み込んだ7822のユニットが二番手として廃車され、その他のユニットの廃車も順次進められた。また、1993年までに急行・準急の5両編成運用が廃止されたことから、7870・7871・7872・7873およびユニットを組む7831 - 7931から7934 - 7834までが廃車された。

初期車として最後まで残存した7829-7929+7930-7830の2ユニット4両は、1995年に発生した阪神・淡路大震災による車両不足の影響で廃車が延期されていたが[5]9000系の投入により1996年3月27日付で廃車となった[25]。同じく震災の影響で延命された7861・7961形の7861編成も同日付で廃車となっている[25]

1998年4月から1999年1月にかけて5500系5511F・5513F・5515Fが増備されたことにより、1999年3月には旧ラインデリア車からも廃車が発生した[26]。廃車は7835-7935+7936-7836の4両で、同時期には5261形1次車や5311形5311 - 5312も廃車となっている。

1000系の運転開始に先駆けて、7837 - 7937の2両が2007年8月7日付で廃車となり[27]、残存するラインデリア車は2ユニット4両のみとなった[28]。7861形も一部が廃車となり[29]、7861Fの2両が2007年10月5日付で廃車となった[27]

1000系運転開始後の2008年には、7839 - 7939の2両が3月10日付で廃車となり[27]、ラインデリア車は7838Fを残すのみとなった[30]。同年7月には7801形最後の残存車であった7938 - 7838が廃車となり、7801・7901形は形式消滅した[31]

2008年11月には、7861形で唯一の非ワンマン車となっていた7863 - 7963が廃車となった。

編成表編集

2006年編集

1000系導入前、2006年4月1日現在[32]

← 梅田・西九条
元町 →
Mc1 T1 T2 Mc2
7837 7937 7938 7838
7839 7939
← 梅田・武庫川
元町・団地前
Mc1 Tc1
7861 7961
7863 7963
Tc2 Mc2
7964 7864
7966 7866
7968 7868

2017年編集

2017年4月1日時点では、7861形の3編成6両が在籍している[33]

Tc2 Mc2
7964 7864
7966 7866
7968 7868

脚注編集

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  1. ^ a b c 飯島・小林・井上『私鉄の車両21 阪神電気鉄道』32頁
  2. ^ 急行系小型車は当時、851・861・881形52両や801・831形49両ほか100両前後が残存していた。
  3. ^ 本形式は「経済車」とも呼ばれることから、本形式を「E車」(Economy車)と呼び、他の急行系車両を「R車」(Rapid車)と呼ぶといったような訛伝が残っている。
  4. ^ a b c d 阪神電車鉄道同好会「私鉄車両めぐり (157) 阪神電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』1997年7月臨時増刊号、電気車研究会。185頁。
  5. ^ a b c レイルロード『サイドビュー阪神』11頁。
  6. ^ レイルロード『サイドビュー阪神』10頁。
  7. ^ 飯島・小林・井上『私鉄の車両21 阪神電気鉄道』36頁。
  8. ^ a b c 川島令三「阪神3011形とジェットカーの時代」『鉄道ピクトリアル』2017年12月臨時増刊号、電気車研究会。154頁。
  9. ^ a b 阪神電車鉄道同好会「私鉄車両めぐり (157) 阪神電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』1997年7月臨時増刊号、電気車研究会。182頁。
  10. ^ a b c d 阪神電車鉄道同好会「私鉄車両めぐり (157) 阪神電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』1997年7月臨時増刊号、電気車研究会。190頁。
  11. ^ レイルロード『サイドビュー阪神』28頁。
  12. ^ レイルロード『サイドビュー阪神』29頁。
  13. ^ このラインデリアの搭載に際しては、両社に特許料を支払っている。
  14. ^ これら2形式が7000番台の形式を与えられたのはこの事情による。
  15. ^ 飯島・小林・井上『私鉄の車両21 阪神電気鉄道』150-151頁。
  16. ^ 飯島・小林・井上『私鉄の車両21 阪神電気鉄道』161頁
  17. ^ a b c d e 飯島・小林・井上『私鉄の車両21 阪神電気鉄道』156-160頁
  18. ^ a b c 木下和弘「阪神電気鉄道 現有車両プロフィール2017」『鉄道ピクトリアル』2017年12月臨時増刊号、電気車研究会。231頁。
  19. ^ a b c d e f g 木下和弘「阪神電気鉄道 現有車両プロフィール2017」『鉄道ピクトリアル』2017年12月臨時増刊号、電気車研究会。232頁。
  20. ^ a b 木下和弘「阪神電気鉄道 現有車両プロフィール2017」『鉄道ピクトリアル』2017年12月臨時増刊号、電気車研究会。233頁。
  21. ^ a b c 阪神電車鉄道同好会「私鉄車両めぐり (157) 阪神電気鉄道」『鉄道ピクトリアル』1997年7月臨時増刊号、電気車研究会。186頁。
  22. ^ a b 小松克祥「車両総説」『鉄道ピクトリアル』2017年12月臨時増刊号、電気車研究会。42頁。
  23. ^ 木下和弘「阪神電気鉄道 現有車両プロフィール2017」『鉄道ピクトリアル』2017年12月臨時増刊号、電気車研究会。234頁。
  24. ^ R車6連が本線に復帰 まにあっく・阪神 2006年6月(ウェブアーカイブ)
  25. ^ a b レイルロード『サイドビュー阪神』126頁。
  26. ^ 旧ラインデリア車 廃車始まる まにあっく・阪神 1999年4月(ウェブアーカイブ)
  27. ^ a b c ジェー・アール・アール編『私鉄車両編成表 '08年版』2008年、174頁。
  28. ^ 旧ラインデリア車の一部が廃車に まにあっく・阪神 2007年9月(ウェブアーカイブ)
  29. ^ 7861形の一部も廃車 まにあっく・阪神2007年10月(ウェブアーカイブ)
  30. ^ 2203・7839が廃車 まにあっく・阪神2008年4月(ウェブアーカイブ)
  31. ^ 7801形全廃 まにあっく・阪神 2008年7月(ウェブアーカイブ
  32. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表 '06年版』2006年、130頁。
  33. ^ 鉄道ファン』2017年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2017 車両配置表」

参考文献編集

  • 鉄道ピクトリアル』各号、1975年2月臨時増刊号 (No.303) ・1997年7月臨時増刊号 (No.640) 「特集:阪神電気鉄道」 電気車研究会
  • 鉄道ダイヤ情報』1995年3月号 (No.131) 「特集:阪神電車の研究」 弘済出版社
  • 『サイドビュー阪神』 1996年 レイルロード
  • 『車両発達史シリーズ 7 阪神電気鉄道』 2002年、関西鉄道研究会
  • 飯島巌・小林庄三・井上広和『復刻版 私鉄の車両21 阪神電気鉄道』ネコ・パブリッシング、2002年。

関連項目編集

  • 西武601系電車西武701系電車 - 同時期にやはり経済性優先で製造された車両。付随車について在来の旧型車の台車を流用したという共通点がある。