メインメニューを開く

隠戸(おんど)は、大日本帝国海軍特務艦で、隠戸型給油艦1番艦。艦名は広島県呉市の「音戸瀬戸」にちなんで名づけられた[15]。「隠戸」は「音戸」の別表記であり、「隠渡」とも書かれた[15]

隠戸
Ondo.JPG
基本情報
建造所 川崎造船所[1]
運用者  大日本帝国海軍
艦種 運送艦[2](給油艦[3])
級名 隠戸型[4]
母港 1925年時 呉[3]
艦歴
計画 大正10年度[5](大正12年度艦艇補充計画[注釈 1])
起工 1922年3月15日[1][6]
進水 1922年10月21日[1][7]
竣工 1923年3月12日[1]
最期 1944年11月13日沈没
除籍 1944年12月20日[8]
要目(主に1925年)
軽荷排水量 7,500トン[3]
基準排水量 公表値 14,050トン[1]
常備排水量 公表値 15,400トン[1][注釈 2]
満載排水量 17,310トン[9][注釈 3]
総トン数 7,630.25総トン[3]
全長 470 ft 9 in (143.48 m)[3]
垂線間長 455 ft 0 in (138.68 m)[3]
最大幅 58 ft 2+3/4 in (17.75 m)[3]
吃水 軽荷平均 13 ft 8+1/2 in (4.18 m)[10]
満載平均 26 ft 6 in (8.08 m)[11]
または 26 ft 6+9/32 in (8.08 m)[9]
ボイラー ロ号艦本式水管缶(混焼)4基[3]
主機 3段膨張式蒸気機関 1基[3]
推進 1軸[3]
出力 5,966馬力[3][注釈 2]
速力 公表値 12ノット[1]
13.7ノット[3][注釈 2]
経済速力 6ノット[3]
燃料 重油 2,370トン[3]
石炭満載 1,736トン + 庫外205トン[3][注釈 2]
航続距離 42,976カイリ / 6ノット[3]
19,100カイリ / 13.7ノット[3]
乗員 竣工時定員 157名[12]
1928年公表値 160名[1]
搭載能力 重油 8,576トン[3]
缶水 168トン、雑用清水728トン、飲水302トン[3]
獣肉、魚肉、野菜、氷の各冷蔵庫[3]
兵装 50口径三年式14cm砲 単装2門[3][13]
40口径三年式8cm単装高角砲 2門[13][注釈 4]
(竣工時に砲は装備していない[14])
搭載艇 内火艇1隻、カッター2隻、通船1隻[3]
その他 2トン・デリック4本[3]
便乗者寝台 3床[3]
トンは全て英トン
計画、公表値は隠戸型給油艦の要目も参照
テンプレートを表示

艦歴編集

大正12年度艦艇補充計画により、川崎造船所で大正12年3月12日に竣工し、呉鎮守府籍となる[16]。竣工後、石油輸送に従事する。1925年(大正14年)12月に第一予備艦となって兵装等を還納後[17]1926年(大正15年)2月から1927年(昭和2年)3月までは第四予備艦となり乗員が配置されなかったが[18]、昭和2年4月に再就役の後は再び、北アメリカ方面[19]タラカン[20]などからの石油輸送に任じる。1928年(昭和3年)12月4日の御大礼特別観艦式では「間宮」などとともに拝観者搭乗艦に指定された[21]

1941年(昭和16年)10月15日付で第六艦隊清水光美中将・海軍兵学校36期)付属となり[22]、補給部隊に属する[23]。日本本土とクェゼリン環礁間での輸送任務に従事し[22]1943年(昭和18年)に入ってからは昭南(シンガポール)パレンバンミリから日本本土およびトラック諸島パラオ方面への石油輸送に従事した[24]。11月15日、単独で2513船団を編成して[25]駆逐艦早苗」護衛の下にパラオを出港しバリクパパンに向かう。3日後の11月18日夜、北緯04度52分 東経122度07分 / 北緯4.867度 東経122.117度 / 4.867; 122.117[26]セレベス海を航行中にアメリカ潜水艦ブルーフィッシュ (USS Bluefish, SS-222) の攻撃を受け中破し、護衛の「早苗」は沈没して船団は消滅した[27]。曳航されてマニラに入港し修理が行われたが、1944年(昭和19年)11月13日にマニラ湾でアメリカ第38任務部隊ジョン・S・マケイン・シニア中将)の艦載機による空襲を受け沈没した。12月20日に除籍。

特務艦長編集

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」に基づく。階級は就任時のもの。

艤装員長
  • (心得)吉田茂明 中佐:1922年11月1日[28] - 1922年12月1日
  • 吉田茂明 大佐:1922年12月1日[29] - 1923年3月12日[30]
特務艦長
  • 吉田茂明 大佐:1923年3月12日[30] - 10月20日[31]
  • (心得)津留雄三 中佐:1923年10月20日[31] - 1924年5月7日[32]
  • (心得)鹿野弘 中佐:1924年5月7日[32] - 不詳
  • 鹿野弘 大佐:不詳 - 1924年12月1日[33]
  • 鈴木義一 大佐:1924年12月1日 - 1925年4月1日
  • 瀬崎仁平 大佐:1925年4月1日 - 1925年12月1日
  • 鈴木勇 大佐:1925年12月1日[34] - 1926年2月20日[35]
  • 入江淵平 大佐:1927年3月1日[36] - 1927年10月15日[37]
  • 羽仁潔 大佐:1927年10月15日[37] - 1928年4月1日[38]
  • 真崎勝次 大佐:1928年4月1日 - 1928年12月4日
  • 野原伸治 中佐:1928年12月4日[39] - 1929年5月1日[40]
  • 吉田四郎 中佐:1929年5月1日[40] - 1930年2月5日[41]
  • 一色建之介 大佐:1930年2月5日[41] - 1930年12月10日[42]
  • 宍戸好信 大佐:1930年12月10日 - 1931年4月1日
  • 大川内傳七 大佐:1931年4月1日 - 1931年11月14日
  • 高木資雄 中佐:1931年11月14日[43] - 1932年2月25日[44]
  • 佐藤正四郎 大佐:1932年2月25日 - 1932年12月1日
  • 大橋五郎 中佐:1932年12月1日[45] - 1933年11月15日[46]
  • 大塚幹 中佐:1933年11月15日 - 1934年8月25日
  • 中村季雄 中佐:1934年8月25日[47] - 1935年2月15日[48]
  • 神山徳平 中佐:1935年2月15日[48] - 1935年10月25日[49]
  • 工藤久八 中佐:1935年10月25日 - 1936年2月15日
  • 鎌田道章 大佐:1936年2月15日 - 1936年11月2日
  • 小住徳三郎 大佐:1936年11月2日 - 1937年4月1日
  • 大杉守一 大佐:1937年4月1日 - 1937年11月15日
  • 庄司芳吉 中佐:1937年11月15日 - 1938年11月1日
  • 黒瀬浩 大佐:1938年11月1日 - 1939年11月15日
  • (兼)江口松郎 大佐:1940年11月15日 - 1940年12月20日[50]
  • 浦孝一 大佐:1940年12月20日[50] - 1941年2月24日[51]
  • 大藤正直 大佐:1941年2月24日[51] - 1941年11月1日[52]
  • 杉本道雄 大佐:1941年11月1日 - 1942年9月20日
  • 松良考行 大佐:1942年9月20日 - 1942年12月26日
  • 池内正行 大佐:1942年12月26日 - 1943年10月15日[要出典]
  • 辻田正一 大佐:1943年10月15日[要出典] -

公試成績編集

実施日 種類 排水量 回転数 出力 速力 場所 備考 出典
1923年1月27日 公試全力(1/5載貨) 約7,400英トン 89rpm 6,191馬力 15.739ノット 淡路沖 [53]
1923年2月1日 公試全力(満載) 約15,400英トン 87rpm 5,966馬力 13.770ノット 同上 [54]

脚注編集

注釈編集

  1. ^ #戦史叢書31海軍軍戦備1pp.320-323による
  2. ^ a b c d #戦史叢書31海軍軍戦備1付表第四その二「昭和十三年三月調艦艇要目等一覧表 その二 潜水艦、水雷艇、特務艦、特務艇、新造艦船」では排水量13,800、馬力5,500、速力15ノット、炭油庫容積(定量) 44(改行)1,372となっている。
  3. ^ #T14公文備考巻42/特務艦要目pp.5-18では、満載15,420トンとなっているが、艦船要目公表範囲の常備排水量(15,400トン)とほとんど変わらず、記載ミスの可能性もある。
  4. ^ #T14公文備考巻42/特務艦要目画像6では「四十口圣八年式髙角砲二」と間違えて記載している。

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h #海軍制度沿革巻十一の2pp.1057-1087、昭和3年2月14日附内令第43号、艦船要目公表範囲。うちpp.1084-1085。
  2. ^ #海軍制度沿革8(1971)p.104『大正十一年九月十五日(達一六八) 特務艦類別等級別表中運送艦ノ欄「、早鞆」ノ次ニ「、隠戸」「、間宮」ヲ加フ』
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x #T14公文備考巻42/特務艦要目pp.5-18
  4. ^ #海軍制度沿革8(1971)p.105、大正15年11月29日(内令239)、特務艦類別等級別表ノ通定ム(別表省略)。
  5. ^ #海軍制度沿革8(1971)p.364『大正十一年二月十五日(達二二) 大正十年度軍備補充費ヲ以テ建造ニ著手スヘキ水雷母艦一隻及特務艦二隻ニ左ノ通命名ス 水雷母艦 長鯨 チャウゲイ 特務艦 隠戸 オンド 特務艦 間宮 マミヤ』
  6. ^ #T12公文備考21/特務艦隠戸、第4駆逐艦製造一件画像34、『大正十一年三月十五日午後〇時 分兵庫東出局發 午後三時 分海軍省著 發信者 (在神戸) 秋元監督官 受信者 艦政本部長 電報譯 穏戸及第四驅逐艦本日(三月十五日)川崎造舩所ニテ起工セリ。』
  7. ^ #T12公文備考21/特務艦隠戸、第4駆逐艦製造一件画像38、『大正十一年十月二十一日午前八-三〇 兵庫東出発 九-二五 海軍局着 呉鎮守府司令長官 海軍大臣 第四驅逐艦本日午前七時. 特務艦隠戸同七時二十分無事進水セリ』
  8. ^ #S19.9-12秘海軍公報号外/12月(3)画像42、マル秘海軍公報第4889号(昭和19年12月27日)『内令第一三七二號 呉鎮守府在籍 特務艦隠戸 右帝國特務艦籍ヨリ除カル 昭和十九年十二月二十日 海軍大臣』
  9. ^ a b #軍艦基本計画資料Sheet34
  10. ^ #T14公文備考巻42/特務艦要目画像6、前部13'-8.50"、後部13'-8.5"
  11. ^ #T14公文備考巻42/特務艦要目画像6、前部26'-6"、後部26'-6"
  12. ^ #海軍制度沿革巻10-1(1972)pp.658-659『大正十一年三月十四日(内令七七) 海軍定員令中左ノ通改正セラル 運送艦定員表其四ヲ附表ノ通改ム(附表略)』士官11人、特務士官2人、准士官3人、下士官26人、兵115人。同書p.665大正11年12月4日(内令441)運送艦定員表其四に「、早鞆」を追加、大正12年1月30日(内令18)「、鳴戸」を追加。同書p.666、大正12年3月12日(内令621)「、隠戸」を追加。
  13. ^ a b #戦史叢書31海軍軍戦備1付表第二その三「大正十二年三月調艦艇要目等一覧表 その三 潜水艦、水雷艇、特務艦」
  14. ^ 作成:阿部安雄「日本海軍補助艦艇要目表」#日本補助艦艇物語pp.388-391、補助艦艇要目表 VIII特務艦
  15. ^ a b 片桐, 578ページ
  16. ^ 『特務艦要目表』pp.6
  17. ^ 『特務艦隠戸北米行動報告』pp.35
  18. ^ 『特務艦隠戸北米行動報告』pp.7
  19. ^ 『特務艦隠戸北米方面行動ニ関スル件』pp.2
  20. ^ 『重油輸送量ニ関スル件』
  21. ^ 『大礼特別観艦式拝観者搭乗艦ニ関スル件』pp.2
  22. ^ a b 『日本の軍艦13』43ページ
  23. ^ 『第六艦隊戦時日誌』C08030020400, pp.9,12
  24. ^ 『日本の軍艦13』43,44ページ
  25. ^ 『第一海上護衛隊戦時日誌』pp.39
  26. ^ 「USS BLUEFISH, Part 1」p.92
  27. ^ 『第一海上護衛隊戦時日誌』pp.29,30,39
  28. ^ 『官報』第3077号、大正11年11月2日。
  29. ^ 『官報』第3102号、大正11年12月2日。
  30. ^ a b 『官報』第3184号、大正12年3月14日。
  31. ^ a b 『官報』第3350号、大正12年10月22日。
  32. ^ a b 『官報』第3510号、大正12年5月8日。
  33. ^ 『官報』第3684号、大正13年12月2日。
  34. ^ 『官報』第3982号、大正14年12月2日。
  35. ^ 『官報』第4046号、大正15年2月22日。
  36. ^ 『官報』第49号、昭和2年3月2日。
  37. ^ a b 『官報』第242号、昭和2年10月18日。
  38. ^ 『官報』第376号、昭和3年4月2日。
  39. ^ 『官報』第581号、昭和3年12月4日。
  40. ^ a b 『官報』第699号、昭和4年5月2日。
  41. ^ a b 『官報』第930号、昭和5年2月6日。
  42. ^ 『官報』第1187号、昭和5年12月11日。
  43. ^ 『官報』第1465号、昭和6年11月16日。
  44. ^ 『官報』第1545号、昭和7年2月26日。
  45. ^ 『官報』第1778号、昭和7年12月2日。
  46. ^ 『官報』第2064号、昭和8年11月16日。
  47. ^ 『官報』第2297号、昭和9年8月27日。
  48. ^ a b 『官報』第2435号、昭和10年2月16日。
  49. ^ 『官報』第2646号、昭和10年10月26日。
  50. ^ a b 海軍辞令公報(部内限)第573号 昭和15年12月21日』 アジア歴史資料センター Ref.C13072079900 
  51. ^ a b 海軍辞令公報(部内限)第596号 昭和16年2月24日』 アジア歴史資料センター Ref.C13072080400 
  52. ^ 海軍辞令公報(部内限)第739号 昭和16年11月1日』 アジア歴史資料センター Ref.C13072083000 
  53. ^ #T12公文備考22/諸公試(1)画像14
  54. ^ #T12公文備考22/諸公試(1)画像17

参考文献編集

  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • 『特務艦隠戸北米方面行動ニ関スル件』『重油輸送量ニ関スル件』(特務艦隠戸北米方面行動に関する件) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C04015639900
    • 特務艦隠戸『特務艦隠戸北米行動報告』(特務艦 隠戸 輸送報告(1)) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C04015665900
    • 『大礼特別観艦式拝観者搭乗艦ニ関スル件』(大礼特別観艦式拝観者搭乗艦に関する件) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C04016132300
    • 第六艦隊司令部『自昭和十七年一月一日至昭和十七年一月三十一日 第六艦隊戦時日誌』(昭和17年1月1日〜昭和17年5月31日 第6艦隊戦時日誌(1)) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C08030020400
    • 第一海上護衛隊司令部『自昭和十八年十一月一日至同十一月三十日 第一海上護衛隊戦時日誌』(昭和18年6月1日〜昭和18年11月30日 第1海上護衛隊戦時日誌(3)) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C08030139900
    • 『大正12年 公文備考 巻21 艦船/特務艦隠戸、第4駆逐艦製造一件』。Ref.C08050710900。
    • 『大正12年 公文備考 巻22 艦船/諸公試(1)』。Ref.C08050714500。
    • 軍務局第二課『大正14年 公文備考 巻42 艦船止/特務艦要目』。Ref.C08051419000。
    • 『昭和19年9月~12月 秘海軍公報 号外/12月(3)』。Ref.C12070498300。
  • SS-222, USS BLUEFISH, Part 1(issuuベータ版)
  • 『海軍制度沿革 巻八』明治百年史叢書 第180巻、海軍省/編、原書房、1971年10月(原著1941年)。
  • 『海軍制度沿革 巻十の1』明治百年史叢書 第182巻、海軍省/編、原書房、1972年4月(原著1940年)。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝 全八六〇余隻の栄光と悲劇』光人社、1993年、ISBN 4-7698-0386-9
  • 世界の艦船 増刊第47集 日本海軍特務艦船史』海人社、1997年3月号増刊
  • 福井静夫『日本補助艦艇物語』福井静夫著作集第10巻、光人社、1993年12月。ISBN 4-7698-0658-2
  • 『軍艦基本計画資料』福田啓二/編、今日の話題社、1989年5月。ISBN 4-87565-207-0
  • 防衛庁防衛研修所戦史室『海軍軍戦備<1> 昭和十六年十一月まで』戦史叢書第31巻、朝雲新聞社、1969年。
  • 雑誌「」編集部(編)『写真 日本の軍艦13 小艦艇 I 』光人社、1990年、ISBN 4-7698-0463-6
  • 『横須賀海軍工廠史(3)』明治百年史叢書 第331巻、横須賀海軍工廠/編、原書房、1983年8月(原著1935年)。ISBN 4-562-01380-X

同型艦編集

関連項目編集