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風祭(かざまつり、かぜまつり)

  • 日本各地において、毎年二百十日前後に行われる嵐を鎮めるための祭り。二百十日は台風来襲の特異日のため、収穫前の農作物が被害に遭わないよう祈願することを目的とする。富山県富山市おわら風の盆等が代表例である。地方によっては屋根や竹竿の先等に風上に向けてを立てる「風切り鎌」の風習も見られる。「風祭り」とも書く。
  • 日本人のの一つ。江戸幕府旗本に名が見える。
  • 神奈川県小田原市にある地名。本項で解説する。

風祭
町丁字
風祭駅
風祭駅
風祭の位置(神奈川県内)
風祭
風祭
風祭の位置
北緯35度14分45.9秒 東経139度7分42.9秒 / 北緯35.246083度 東経139.128583度 / 35.246083; 139.128583
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
Flag of Odawara, Kanagawa.svg 小田原市
地域 大窪地域
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
250-0032
市外局番 0465
ナンバープレート 湘南


風祭(かざまつり)は神奈川県小田原市の地名。郵便番号250-0032。

目次

地理編集

小田原市の西部、早川北岸に位置する。板橋水之尾久野入生田、早川の流路を境に早川と接している。

河川編集

歴史編集

新編相模国風土記稿』にある早川庄谷津村の妙光院の寺伝によると、鎌倉時代の弘安3年(1280)に、時の執権・北条時宗に仕えた風祭光秀という人物は、風祭村に住み、日蓮に帰依して同寺の開基となった。風祭光秀の子孫はのちに風祭に隣接する水之尾に移り住み、大木氏を名乗ったとされている。

また『新編相模国風土記稿』の風祭村の項によると、15世紀後半に著された『回国雑記』に「風祭」の地名がみえ、また17世紀前半に成立したとみられる『甲陽軍鑑』や『北条記』にも「風祭」の地名がみえる。

また『寛政重修諸家譜』には、江戸幕府の幕臣として風祭氏がみえ、はじめ武田勝頼に仕え、のち北条氏直に仕えた平姓境氏が、後北条氏が滅亡した後、風祭村に住んで風祭氏を名乗ったとされている。

なお、忍術・忍者の解説書で、風祭の近くに「風間村」「風間谷」という地名があると書かれていることがあるが、そのような地名は存在しない。

交通編集

道路編集

古くは河川の早川に沿って東海道が通り、江戸から21里の一里塚が置かれた。現在は国道1号となり、並行してそのバイパス小田原箱根道路も通っている。共に西湘バイパス箱根口インターチェンジに接続する。なお、小田原厚木道路の風祭トンネルは風祭ではなく、隣接する板橋、水之尾地区や、荻窪地区を貫いている。

鉄道編集

国道1号に沿って箱根登山鉄道鉄道線が走り、地区内に風祭駅がある。駅周辺には蒲鉾を製造・販売する鈴廣の本社があり、その「かまぼこ博物館」が小田原市の「街かど博物館」に指定されている。

施設編集