DEVGRU(Development Group,正式名称はUnited States Naval Special Warfare Development Group)または海軍特殊戦開発グループは、アメリカ海軍特殊部隊であるNavy SEALsから独立した、対テロリスト特殊部隊である。

海軍特殊戦開発グループ
Naval Special Warfare Development Group.jpg
DEVGRUのパッチ
創設 1980年11月
所属政体 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
所属組織  アメリカ海軍
兵種/任務/特性 特殊部隊
所在地 バージニア州バージニアビーチ
愛称 DEVGRU,Seal Team6
上級単位 アメリカ海軍特殊戦コマンド
主な戦歴 トランスワールド航空847便テロ事件
グレナダ侵攻
アキレ・ラウロ号事件
パナマ侵攻
湾岸戦争
ソマリア内戦
アフガニスタン侵攻(2001)
イラク戦争
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概要編集

DEVGRUは元々1979年に発生したイランアメリカ大使館人質事件における人質救出作戦であるアメリカ陸軍の特殊部隊であるデルタフォース主導の「イーグル・クロー作戦」(1980年4月24日~同25日)における任務失敗を教訓として同年10月に海軍中佐であるリチャード・マルシンコにより便宜上、Seal Team6として発足した[1][2]。そして1987年に現在のDEVGRUに名称が変更された。(正確には1998年頃までSEAL TEAM6の名称を使用していた模様)本部についてはバージニア州ダムネックに所在する。

部隊管理上はアメリカ海軍特殊戦コマンドの直下におかれるが、作戦上はNavy SEALsと違い、デルタフォースと同じく統合特殊作戦コマンド(JSOC)の指揮を受ける[1]。DEVGRUは公式には、アメリカ海軍特殊戦コマンドで運用される陸・海および空挺における戦術と技術の試験・評価・開発を担うものとされており、アメリカ政府ではDEVGRUがJSOCの指揮下で実際の特殊作戦に従事していることを公式には認めていない。 しかしその任務内容は、対テロ、大量破壊兵器の拡散阻止、敵国内における高価値目標の奪還ないし暗殺であると推測されている[3]

チーム6発足の過程編集

 
Seal Team6の旧パッチ

1978年よりNavy SEALsのチーム1(西海岸)のエコー小隊、チーム2(東海岸)のMOB-6小隊が試験的に対テロユニットとして存在していた[4]イランアメリカ大使館人質事件での救出失敗に伴い、陸軍のデルタフォースが技能的にカバーしきれない船舶海上油田のテロに対応するためのユニットが必要となった[4]。そこで元チーム2の指揮官、リチャード・マルシンコに白羽の矢が立ち、チーム2MOB-6小隊主体に編成が始まった。

選定基準は実戦経験、体力や実射技能、言語能力などに及んだ。優秀な隊員たちを引き抜かれたチーム1とチーム2は当然快く思わず、しかも予算の限られた両海岸のチームに比べてチーム6は湯水のように予算を使っていたことからその後暫く確執を生むこととなる。

1年目の訓練は年間365日、休暇が半日2回のみといわれ、東海岸の拠点に留まらず国内数箇所を転々としていた。海上における船舶強襲、海上油田の制圧、高高度パラシュート降下、そして実射訓練等実戦さながらの訓練が続けられた。射撃訓練にかけては1日に数千発を射撃することもあり、9ミリ拳銃の弾薬の経費は1年間でアメリカ海兵隊全体を上回ったといわれる[5]。初期の頃CQB訓練中銃の誤射で1人が死亡、パラシュート降下訓練で1人が死亡している[6]。現役のSEALs隊員が選抜されるが、それでも選抜訓練で脱落していく者も多く、元DEVGRUのハワード・E・ワーズディンによれば6カ月の訓練期間中で30人中4、5人が脱落したとされる[6]

移動に防弾武装を施したベンツ、車1台分の値段がするチタン合金のフック、ドレーゲル社製の閉鎖式循環呼吸器など当時の最新鋭装備と最高の戦闘技術を持った集団になった。

入隊資格編集

  • SEALs隊員であること
  • SEALsに5年以上勤務していること(原則。ハワード・E・ワーズディンはSEALsに2年半の在籍年数で選抜試験を受けている)[7]

歴代司令官編集

職名 在任期間 氏名 階級
司令官 1980年~1983年 Richard Marcinko 中佐
司令官 1983年~1986年 Robert A. Gormly 中佐
司令官 1986年~1988年 Thomas E. Murphy 中佐
司令官 1988年~1990年 Richard T.P. Woolard 大佐
司令官 1990年~1992年 Ronald E. Yeaw 大佐
司令官 1992年~1994年 Thomas G. Moser 大佐
司令官 1994年~1997年 Eric T. Olson 大佐
司令官 1997年~1999年 Albert M. Calland III 大佐
司令官 1999年~2001年 ??? 大佐
司令官 2001年~2003年 Joseph D. Kernan 大佐
司令官 2003年~2006年 Edward G. Winters III 大佐
司令官 2006年~2008年 Scott P. Moore 大佐
司令官 2008年~2010年 Brian L. Losey 大佐
司令官 2010年~2012年 ??? 大佐
司令官 2012年~2014年 ??? 大佐

主な参加作戦編集

 
ハーミド・カルザイ大統領を護衛するDEVGRU隊員
「確固たる支援任務」
「自由の番人作戦」
  • 2015年〜現在 中近東・アフリカ
ISIL掃討」
  • 2020年10月 - ナイジェリアにおける米国人フィリップ・ウォルトン救出作戦に成功。

登場作品編集

映画編集

ザ・ロック
武装勢力に占拠されたアルカトラズ島人質救出に向かう特殊部隊として登場する。元DEVGRUのデニス・チョーカーが出演している。また、アドバイザーとしてDEVGRU初代指揮官のリチャード・マルシンコも参加している。
ゼロ・ダーク・サーティ
ウサーマ・ビン・ラーディン殺害作戦の裏側を描いた映画作品。

ゲーム編集

コール オブ デューティ ブラックオプス2
主人公のデイビッド・メイソンが所属。
スプリンターセル ブラックリスト
謎のテロリスト集団「エンジニア」によるグアムの米空軍基地強襲を受け、主人公、サム率いるフォース・エシュロンと協働する。イラク、ミラワの「エンジニア」の基地と目される複数の施設を数チームで同時に襲撃するも、襲撃を予期していたエンジニア側の罠にかかり、全滅する。
メダル・オブ・オナー ウォーファイター
実際のオペレーターの体験を元にした脚本によるゲーム作品。Navy SEALsとDEVGRU隊員で構成されたタスクフォースの活躍を描く。

SEALチーム6/DEVGRUの著名人編集

  • Richard Marcinko:退役海軍中佐。SEALチーム6創設者にして初代司令官(1980年~1983年)。SEALチーム6を離れた後は、海軍のテロ対策能力をテストする海軍保安調整チームRED CELLを指揮し、1989年に退役。
  • Eric T. Olson:退役海軍大将。SEAL出身者として初めて海軍大将にまで昇り詰めた人物で、2007年7月から2011年8月までの4年間、U.S.SOCOMの8代目司令官を務めた。1993年当時、JSOCの作戦部長(中佐)としてソマリアでのOperation GOTHIC SERPENTに参加し、シルバー・スターを受章。1994年~1997年の間、DEVGRU司令官を務めた。
  • Dennis C. Chalker:退役海軍最先任上級兵曹。SEALチーム6創設メンバーの一人で、1983年のOperation URGENT FURYでは現地の英総督救出任務に従事。SEALチーム6を離れた後はRED CELLでも勤務。最後は海軍特殊戦センター(SEAL隊員への登竜門であるBUD/S課程などを運営)の最先任上級兵曹を務め、1997年に退役。退役後は特殊作戦インストラクターとしてFBI-HRT(連邦捜査局人質救出チーム)や警察SWATチームなどへの指導、アクション映画への特殊部隊員役としての出演を行っている他、自身の回顧録である"One Perfect OP: Navy SEAL Special Warfare Teams"を出版している。
  • Howard E. Wasdin:退役海軍一等兵曹。ソマリアでのOperation GOTHIC SERPENTに参加し、シルバー・スターおよびパープルハート章(足に被弾)を受章。退役後は特殊作戦インストラクターなどを務め、筋肉番付ケイン・コスギ修行シリーズでケインがSWAT訓練に参加した際は訓練教官として登場。「極秘特殊部隊シール・チーム・シックス」(原題:SEAL TEAM SIX)の著者である。
  • Albert M. Calland III:退役海軍中将。1997年~1999年の間、DEVGRU司令官を務める。その他、SEALチーム1司令官、SOCCENT(中央特殊作戦コマンド)司令官、U.S.NAVSPECWARCOM司令官、CIAの軍事支援担当中央情報副長官などを歴任し、2007年に退役。
  • Joseph D. Kernan:海軍中将。2001年~2003年の間、DEVGRU司令官を務める。2009年から国防総省国防長官付き上級軍事補佐官を務めた後、2011年5月から南方軍軍事分野担当副司令官に在任中。その他、SEALチーム2司令官、U.S.NAVSPECWARCOM司令官、第4艦隊司令官などを歴任。
  • Edward G. Winters III:海軍少将。2003年~2006年の間、DEVGRU司令官を務める。2009年現在、U.S.NAVSPECWARCOM司令官に在任中。その他、SEALチーム4司令官や在イラク多国籍軍のイラク国家対テロ戦力移行チーム司令官などを歴任。
  • William H. McRaven:海軍大将。SEALチーム6創成期に小隊長を務める。その後、SEALチーム3司令官、NSWG-1(海軍特殊戦グループ1)司令官、NSCテロ対策オフィスの海軍戦略・国防問題部長、JSOCの作戦担当副司令官、SOCEUR(欧州特殊作戦コマンド)司令官、JSOC司令官(海軍将官としては初)などを歴任。2011年8月、オルソン大将の後任となる9代目SOCOM司令官に就任し、併せてSEAL出身者としては同大将に次ぐ2人目となる海軍大将に昇任した。
  • Robert S. Harward, Jr.:海軍中将。SEALチーム6では強襲小隊長や作戦将校を務める。その後、SEALチーム3司令官、NSWG-1司令官、NSCの海軍戦略・国防問題部長、JSOCの作戦担当副司令官などを歴任。2009年現在、U.S.JFCOMの副司令官を務めている。
  • Joseph Maguire:海軍中将。DEVGRUの参謀長を務める。その後、SEALチーム2司令官、海軍特殊戦センター司令官、U.S.SOCOMの参謀長/指揮支援センター長と戦力構成・要求・資源・戦略評価センター長、U.S.NAVSPECWARCOM司令官などを歴任。2009年現在、国家対テロセンターの戦略運用計画立案担当副長官を務めている。
  • Neil C. Roberts:海軍一等兵曹。
2001年から始まったアフガニスタン侵攻の一部であるアナコンダ作戦中に戦死。没(33歳)。
アナコンダ作戦はアフガン東部山岳地帯に陣取るアルカイダ部隊に対する大規模攻勢として2002年に始まった。彼はその初期段階に参加したが、夜間侵入中のヘリコプターが敵からの攻撃を受けた影響で誤って地上へ落下してしまい、軽機関銃、拳銃手榴弾のみという限られた武装だけで孤軍奮闘した末に戦死した。彼は1989年のOperation JUST CAUSE以降、そしてアフガン侵攻で最初に亡くなったSEAL隊員である。
  • Aaron Carson Vaughn
1981年6月24日生。
テネシー州オビオン郡出身。
大学を中退後、海軍に入隊。
2004年にBUD/S後、SEALチーム1配属。
2010年にDEVGRUに転属。
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(30歳)
  • Kevin A. Houston:海軍上等兵曹。
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(36歳)
  • Jason R. Workman:
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(32歳)。
  • Kraig M. Vickers
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(32歳)。
  • Jon T. Tumilson
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(35歳)。
  • Michael J. Strange
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(25歳)。
  • Heath M. Robinson
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(34歳)。
  • Robert J. Reeves
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(34歳)。
  • Thomas A. Ratzlaff
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(34歳)。
  • Nicholas H. Null
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(30歳)。
  • Stephen M. Mills
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(35歳)。
  • Matthew D. Mason
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(37歳)。
  • Jonas B. Kelsall
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(32歳)。
  • Louis Langlais
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(44歳)。
  • John W. Faas
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(31歳)。
  • John Douangdara
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(25歳)。
  • Christopher G. Campbell
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(36歳)。
  • Brian R. Bill
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(31歳)。
  • Darrik C. Benson
2011年8月6日 アフガニスタンのヴォルダク州で作戦中搭乗していたCH-47チヌークが撃墜され22人のSEALs隊員を含む30人の兵士とともに戦死。没(28歳)。
  • Brett D. Shadle:海軍一等兵曹
1982年3月17日生。
ペンシルバニア州ハリスバーグ出身。
2000年に米海軍に入隊。
2002年にBUD/S後、SEALs配属。
2007年にDEVGRUに転属。
2013年3月28日にアリゾナ州ツーソンでのパラシュート降下訓練中の事故で殉職。没(31歳)
  • William Blake Marston:一等兵曹。
マサチューセッツ州ノース・イーストンのストーンヒル大学卒業後に海軍へ入隊。その後、BUD/Sに挑戦し、SEALチーム4へ配属。不朽の自由作戦 (OEF: Operation Enduring Freedom) 支援の為、2 度に渡ってアフガニスタンに展開している。
2014年にDEVGRUに転属。
2015年1月10日にフロリダ州デランドでのパラシュート降下訓練中の事故で殉職。没(31歳)
  • Edward Byers*
オハイオ州トレド出身。
1979年8月4日生。
1998年に海軍入隊。
2002年にBUD/S後、様々なSEALチームで衛生下士官として8度の海外派兵を経験。その内、7 度は戦闘派兵であった。
2012年にアフガニスタンでおこなわれた、医師 ディリップ・ジョセフ氏救出作戦において、自己の犠牲を顧みず任務を超越した勇猛果敢な活躍が評価されて名誉勲章を受勲。
  • Nicolas D. Checque* :海軍一等兵曹。
2012年にアフガニスタンでおこなわれた、医師 ディリップ・ジョセフ氏救出作戦中に戦死。没(28歳)
  • Kyle Defoor
海軍特殊作戦スカウト/スナイパースクール( Naval Special Warfare Scout / Sniper School )の卒業生で20年以上軍務に就き、SEALチーム8、DEVGRUに所属し、中東地域やボスニアなどに派遣されていた。
2002年3月アフガニスタン東部の山岳地帯でタリバン掃討を目的に行われたアナコンダ作戦に参加し、青銅星章を受章している。
退役後は、「Defoor Proformance Shooting」を設立。
  • Pete Scobell:退役海軍中尉
1996年にBUD/S後、SEALチーム3に配属。
1999年に海軍兵学校に入校。
2008年にDEVGRUに転属。
イラクやアフガニスタンなどで計 6回の派兵を経験。2009年にはソマリア海域で発生した「マースク・アラバマ号」乗っ取り事件で人質となったフィリップス船長救出作戦に参加。(映画『キャプテン・フィリップス』を参照)。
歴戦の爆風による衝撃波で外傷性脳損傷を患う。
2012年に海軍を退役。
退役後、はプロスキーヤーに転身。
  • Dom Raso
  • Adam Lee Brown
アーカンソー州ホットスプリングス出身。
1998年に海軍入隊後、2001年にSEALs へ入隊。
2010年アフガニスタン東部のクナル州でおこなわれたタリバン幹部の捕獲又は殺害作戦中の戦闘により戦死。没(36歳)。
  • Kristin Beck:退役上級上等兵曹。
1997年のBUD/S後、SEALsチーム1、5、DEVGRUに所属。
7回の戦闘任務を含む13回の派兵を経験。
2011年に海軍を退役。
退役後、2013年に自叙伝「Warrior Princess: A U.S. Navy Seal's Journey to Coming Out Transgender」を出版。ホルモン療法を開始し、性別適合手術を受けトランスジェンダーであることをカミングアウトした。
改名前はChristopher T. Beck。、
現在はLGBT コミュニティの公民権活動家として精力的に活動を行っている。
  • William Ryan Owens:海軍上級上等兵曹。
1998年、海軍に入隊
1999〜2001年、海軍情報局で勤務。
2002年、BUD/S過程を修了し、チーム1に配属。
2007年、DEVGRU転属。
2017年1月28日イエメンでおこなわれたアルカイダ系テロ集団「AQAP」に対する夜間襲撃作戦において戦死。没(36歳)。
死後、2015年7月にソマリアで行われた作戦で、12人のチームを率いて400人のアルカイダ戦闘員と戦った功績により、死後銀星章を受勲している。
  • Kyle Milliken:上級上等兵曹。
2002年、海軍入隊。
2004年、DEVGRU配属。
2017年5月6日、ソマリア モガディシュの西 バリ近郊において、スンニ派過激組織「アル・シャバブ」掃討作戦中、待ち伏攻撃に遭い戦死。没(38歳)。
1996年に海軍入隊後、BUD/S参加。SEALチーム2に配属。
2004年にチーム4に転属。
2011年DEVGRUに転属。
2012年に海軍を退役。
退役後の2014年11月「Operation Neptune Spear(海神の槍作戦)」に参加し、ウサーマ・ビン・ラーディンを自らが射殺したこと発表。
2017年に「ジ・オペレーター (THE OPERATOR) - Firing the shots that killed Osama bin Laden. And my years as a SEAL Team Warrior -」を出版。
2015年3月にFOX Newsに軍事専門のコメンテーターとして参加している。
2016年4月8日に飲酒運転の容疑で逮捕され、685ドル(約74,000円)の保釈金を支払い、数時間後に釈放されている。
  • Cairo:軍用犬。
元DEVGRU所属のベルジアン・マリノア
2011年5月ウサーマ・ビン・ラーディン殺害を目的とした「Operation Neptune Spear(海神の槍作戦)」に参加。
その後退役。
2016年7月22日、米国動物愛護協会は、退役軍用犬* Cairoのケアに当たって必要となる、高額な獣医費を賄うことを目的とした全国的な募金活動を開設した。
長年の軍務を通じて、痛みを伴う怪我に苦しんできたカイロについて、ハンドラーを務めた人物は、「カイロの健康状態は急速に悪化している」「私は彼に適切なケアと彼に相応しい快適さを確実に提供してやりたい」と語っている。
募金キャンペーンでは 30 万ドル (=約 3,200 万円) を求めており、カイロの看病に必要な費用を超過した分については、他の軍用犬のケアに充てられるという。

参考文献編集

  • ハワード・E・ワーズディンスティーブン・テンプリン著、伏見威蕃訳『極秘特殊部隊 シール・チーム・シックス あるエリートスナイパーの告白』朝日新聞出版、2012年。ISBN 978-4-02-331105-3

脚注編集

  1. ^ a b 極秘 26頁
  2. ^ 極秘 137頁
  3. ^ U.S. Special Ops: America's elite forces in the 21st century, Fred J. Pushies, MBI Publishing Company, 2003.
  4. ^ a b 極秘 138頁
  5. ^ 極秘 6頁
  6. ^ a b 極秘 206頁
  7. ^ 極秘 199頁-201頁
  8. ^ 極秘 138頁-144頁
  9. ^ a b 極秘 144頁-145頁

関連項目編集