Wikipedia‐ノート:ウィキペディアは辞書ではありません/過去ログ1

過去ログ1 過去ログ2

2003-12-30T06:27:49; 0null0さんの投稿時の版

genealogical or biographical dictionaries

というのは日本では何と呼ばれているんでしょうか? 人物事典という言葉がありますが、大抵はその人物の業績のことが書いてあるような気がします。(僕の誤解かも知れませんが。)

あと、最後の段落でexternal sourcesは、その人の活躍した業界、分野の外のメディア、というぐらいの意味だと思うのですが、少し自信がないです。

Tomos 23:19 2003年6月5日 (UTC)

genealogical or biographical dictionaries

家系事典、人名事典でしょうか。前者は、その一族の家紋、由来、縁戚などを調査するためのもので、国内ではあまり見かけないですね。

利用者:Mishika

とりあえずそのように変更してみました。どうもありがとうございます。Tomos 06:36 2003年6月6日 (UTC)

百科事典としての価値が無い思われる(辞典的な)記事を発見したのですが、何処へ報告すれば良いでしょうか?

a perfect fool 17:23 2003年12月22日 (UTC)

サッカーのポジションの解説をする記事にするとかでどうでしょうか?Tomos 14:10 2003年12月27日 (UTC)

これも現在は辞書的な記述に思えます。こういう記事を見つけたら、報告する場所があっても良い気がしますが、どう思われますか?Tsk 22:09 2003年12月29日 (PST)

加筆すべきだ、というのであればWikipedia:書きかけの記事の探し方、直し方を使えば良いのではないでしょうか?tanuki_Z 22:25 2003年12月29日 (PST)
Tskさんへ、書かれたものの一部は「曖昧さ回避」に近いものが含まれています。ですから、現状ではそれらは残した方がよいと思います。0null0 22:27 2003年12月29日 (PST)

tanuki_Zさん、0null0さん、ありがとうございます。単に削除するわけではなく、Tomosさんのように発展させる方向を提案したり、曖昧さ回避にしたり、最悪削除をする(日本語版ではないかもしれませんが)という検討をする場所があると良いと思ったのですが……。
とりあえず、ここに報告して様子をみることにします。加筆するべきならWikipedia:書きかけの記事の探し方、直し方へ移動しましょうか。Tsk 10:08 2003年12月31日 (UTC)

確かに個人的にどうしようかと思って抱えているより、多くの人の意見を募る方がいいでしょうし、そういう場はあってもいい気がしますね。tanuki_Z 10:18 2003年12月31日 (UTC)

字引的な記事

category:字引記事が作成されましたので、今後、字引的な記事を見つけられた場合は、主にそちらで対処して下さい。また、記事の内容に応じて加筆依頼統合依頼整理依頼修正依頼プロジェクト間の移動などへも振り分けて下さい。


上記のリストは長期間放置されている模様ですが、字引的状態を脱しているものもあり、各種の依頼系ページ等への移行などメンテ等されるべきと思われます。--Willpo 2005年7月8日 (金) 16:52 (UTC)

そうですね。このリスト自体はそもそも字引テンプレートができる前に創られたのじゃないでしょうか。そして、書き加えられたものはおっしゃるとおりですし、いまだに字引なものはTranswikiして辞典として磨きをかければいいのじゃないかと思います。--Aphaia 2005年8月12日 (金) 22:31 (UTC)
統合依頼category:字引記事への移項等、整理しました。--Kstigarbha 2005年8月12日 (金) 22:59 (UTC)

曖昧さ回避が字引的である場合は

曖昧さ回避が字引的である場合の説明が不足していると思うのですがどうですか?その場合下手に字引的でなくすのも誤解を招くとおもうのですが。--Onyx 2008年11月21日 (金) 17:17 (UTC)

いつまでも草案にしておかずに公式な方針にするなりやめにするなりしてはいかがですか

長く放置されている草案を見つけたように思います。タイトルでいいたいことはほぼ終わっています。この表現では提案にならないので、提案としては「公式な方針」にすることを提案します。Suzukitaro 2009年11月18日 (水) 15:41 (UTC)

ほとんど関心をもたれていないここの現状を見ると「公式な方針」にするよりも,template:私論を添付してCategory:ウィキペディアの私論に分類するほうがよいと思います。提案を変更します。Suzukitaro 2009年11月28日 (土) 13:08 (UTC)
提案を実行しました。中途半端な状態で忘れられてしまっているのだと思います。「公式な方針」にすることに反対しているわけではないので,そのほうがよいと思われる方はどうぞご提案ください。Suzukitaro 2010年1月3日 (日) 01:53 (UTC)
提案に気がつくのが遅れました。この文書は事実上ルールとして運用されている上、公式な方針であるWP:NOTの補完的文書であって同様に公式な方針として運用してよいでしょうし、英語版でも公式な方針とされていますので、「公式な方針」でいいのではないでしょうか。--Kurz 2010年2月6日 (土) 10:17 (UTC)
私は私論のままでもよいと思います。ですがガイドラインとするならば、「考慮すべきガイドライン」で良いのではないかと。
また、ガイドラインもしくは公式な方針にするにしろ、このページでだけ議論するというのは、不適切なので議論告知+お知らせにも載せるべきかと。--春日椿 2010年2月6日 (土) 14:56 (UTC)
ご意見はわかりましたが、理由が書かれておらず判断の材料にしにくいので、理由も書いていただけると助かります。あと、議論告知が必要なのは確かですが、それは私論への移行の際も同様だったでしょう。とりあえず草案に戻したほうがよさそうですね。--Kurz 2010年2月8日 (月) 10:33 (UTC)
いいえ、それは必要ないと思います。私が別の場所への告知が必要だと申し上げたのは、利用者への影響があるからです。通常、草案と私論の間の位置づけに大きな差はありません(草案の場合は、ガイドライン化の前に試験運用が行われるれる場合もありますが)。どちらもルールとしての拘束力はありません。一方、ガイドライン化は、「守ることを利用者が合意した指針」と扱うことになり、拘束力が発生しますます。草案段階では興味のない人も、ガイドライン化するなら意見があるといわれるかもしれません。
私には、この文章は作成途中もしくは方針化する気のない案件のように見えます。それは作られてから長い間、ほとんど放置されているに等しい状態であったからです。「ウィキペディアは辞書ではありません」の一部を補う文章としての位置づけがあるとは言え、この文章自体に意味がなければ公式な方針とするのには相応しくありません。私は、今の内容だけなら、WP:NOTに記述を移動して内容を少し厚くするだけの方が良いと思います。--春日椿 2010年2月8日 (月) 15:27 (UTC)

曖昧さ回避が字引的である場合は(2)

曖昧さ回避が字引的である場合は、例外とすべきであると考えますが如何ですか?問題が内容であれば、本文を書き換えたいのですが?--Onyx 2010年2月25日 (木) 23:13 (UTC)

Wikipedia:曖昧さ回避#曖昧さ回避ページを辞書にしないで言うような誤解がつきものなので、提案のような内容を書くとかえって誤解されやすくなってまずいんじゃないでしょうか。--Kurz 2010年2月26日 (金) 03:32 (UTC)
恣意的なリダイレクトを相対化して、特定の語の健全性を確保しようとする試みは、ウィキペディアの充実にとって重要だと思われますが、参考文献を尊重した曖昧さ回避が字引的として問題視される場合があり、困っています。--Onyx 2010年3月17日 (水) 22:47 (UTC)

Template:字引

本文書は私論にとどめる旨の合意がなされているため、Template:字引のリンク先を本文書からWP:NOTDICDEFに修正しました。今後は「ウィキペディアは辞書ではありません」を参照していただきましょう。--伏儀会話2012年11月6日 (火) 12:08 (UTC)

先方への配慮

どうも内容がWikipedia日本語版の都合ばかりが強調されていると思ったので、Wiktionary日本語版からの視点も取り入れてみました。--Charidri会話2013年5月22日 (水) 10:09 (UTC)

改名提案2014年7月

現在の、Wikipedia:ウィキペディアは字引ではないから、

英語版では、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは辞書ではありませんの主たる本記事名なので、英語の表題はWikipedia is not a dictionaryでかぶっています。

Wikipedia:記事名の付け方#正式名称としても字引よりは辞書かと思われますので。異論がなければ1週間後に改名します。--タバコはマーダー会話2014年7月24日 (木) 12:42 (UTC)

改名しました。--タバコはマーダー会話2014年7月31日 (木) 22:14 (UTC)

方針・ガイドラインとして提案中の復活

方針かガイドラインか取り決めるため{{proposed}} を貼りなおします。ご意見をどうぞ。
意見がまとまらないようなら、長引かせず、とりあえず「ガイドライン」に引き上げましょう。

(概要)五本の柱のうちの基本方針「ウィキペディアは百科事典です(ウィキペディアは何ではないか)」の「内容」に「ウィキペディアは辞書ではありません」に直結する。そちらの文書ではという項がもうけられており「方針」であるのが明らかなのに、子記事である「Wikipedia:ウィキペディアは辞書ではありません」が2ランクも下げられて「私論」に落とされているのは不自然。

(背景) もともと「方針・ガイドラインとして提案中」を示す {{proposed}} タグが張られていたが、あるユーザが、合意形成できたとして「私論」タグに置き換えた(版番27509075と版番29810311の差分)。--Kiyoweap会話) 2015年4月21日 (火) 20:18 (UTC) ユーザ名差し控えのための改稿 Kiyoweap会話) 2015年4月24日 (金) 00:53 (UTC)「直結」の語弊を削除--Kiyoweap会話) 2015年4月24日 (金) 05:02 (UTC)差分の誤リンク訂正--Kiyoweap会話2015年4月28日 (火) 03:19 (UTC)

  賛成 (方針) 善意で辞書的な記事(2義以上を1ページ)を作成してしまうことは、新規ユーザでなくとも犯すことがあり、私もあります。
単発ミスで犯したユーザを断罪するわけではありません。
ですが、忠告を再三受けても辞書的スタブ記事の作成する人に対しては、効力・警告力をもたせたいと思います。
また、辞書的⇒百科事典記事への移行(「記事分割の提案」などの手法で有効性の議論をつくした後)にも、「私論」では応じないと言い張るユーザもいるでしょう。--Kiyoweap会話2015年4月21日 (火) 20:40 (UTC)ユーザ名秘匿のための改稿 --Kiyoweap 2015年4月23日 (木) 23:20 (UTC)
  反対   条件付反対 Wikipediaが辞書ではないことはWikipedia:ウィキペディアは何ではないかにおいて既に方針化されています。本件はWikipedia‐ノート:編集合戦#これはガイドライン?公的な方針?と同じようなケースではないでしょうか? 本文書はWikipedia:方針とガイドライン#位置づけの説明で言うところの、「利用の手引きやヘルプ」のようなものであり、本来は方針/ガイドライン/私論という格付けの範囲に無い文書だったように思われます。Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかの詳細な補助説明が目的の文書として(同方針では{{Main}}ではなく{{See also}}で本文書が参照されている点にも注意)、同方針に誘導することが本題だと思います。要するに本文書は、方針に肉付けされた諸々の部分に「私論」のレッテルが貼られていることが混乱の元なのであって、いっそガイドラインや方針に格上げする必要が無いものと考えます。この手の補助文書すべてに対して方針・ガイドライン化を考えていてはきりがないですし、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかから独立させるだけの特段の理由が無ければ、上位の方針に集約させれば良いだけではないでしょうか? とにかく私論のレッテルだけは速やかに解消すべきです。--Gwano会話) 2015年4月22日 (水) 00:37 (UTC) 票を変更。--Gwano会話2015年5月2日 (土) 14:54 (UTC)
  返答 幾つか傍題を会話にて反論させていただきました。--Kiyoweap会話2015年4月24日 (金) 10:07 (UTC)
  コメント 返答の前にちょっと本題から逸れますけど、もしかして削除依頼のような投票主体のページと混同されていませんか? それらは込み入った議論に発展すると票が分かりにくくなりますので、投票済みの者による記述量の多いコメントがノートに隔離される場合があります。しかし本件のような個別のページでのノートでの提案では議論こそ重要で、込み入った議論になっても別ページに分散させないのが普通です。議論が追いにくくなって一括した議論ができませんし、私としてもどちらに返答して良いものか分かりません。今回のご返答は内容的に進行中の本議論に対する普通の返答と思われ、わざわざ案内を入れたうえで個人のページで展開を続けるような内容では無いように見えます。私としてはこちらに転記したうえで返答したいと思っておりますが、念のため、利用者会話ページに隔離すべき特段の理由があるのであればご説明いただけますでしょうか? --Gwano会話2015年4月24日 (金) 12:28 (UTC)
  コメント私は削除依頼はあまり関わりませんので、そちらが投票主体だという話にはうといのですが、投票は議論の代用とはならないのつもりでいます。まあ、説明いたしますと、本来は賛成(方針)・賛成(ガイドライン)・反対の3パターンでの議論というかたちを予期していました。ところが私の想定外で2パターン加わったので、まずA, B, C, D, E 案解決策をだそうと思い、逐一の議論はそこにあまり交錯させたくなくなったので、一時保留にしました。結局、考えが変節し、A, B, C, D, E 案ではなく、下方のコメント投稿のようになりました。
まあ、あまりきれいごとばかりはいえませんで、一部はGwanoさんに言われっぱなしにできないで反論したくもあり、そちらのトークに流している面もあり、いささか弁明しますと、参加者としての私は、さっさと「方針」から落として「ガイドライン」でも妥協して楽になりたいところですが、提案者としましては、いまだみえない新たな参加者が現れた時にすでに「方針」のチョイスを捨ててしまっているのもなんですから建前において討論はしている面がある。ですが現在の流れであくまで「方針」にこだわるのが焦点と思わないので「傍題」と称して流しています。といったところですかね。
しかし、解決策につながりそうな、特定のポイントがあれば、こちらのスレに差し戻して頂いてもちろん構いませんが。--Kiyoweap会話2015年4月24日 (金) 14:18 (UTC)
会話ページでご自身のお考えをあれだけ述べておいて、それが解決策に繋がらないとお考えなのであれば、とりあえずこちらで返答することにします。とは言え、何が解決に繋がるかは分かりませんので、今後引用の数が増えそうならば転記したいと思います。--Gwano会話2015年4月25日 (土) 14:59 (UTC)
会話ページのほうはあとでゆっくりお返事しようと思っていたのですが、よく見ますと元の議論が直接参照できない場所で意見が述べられていることにより、ぱっと見の第三者視点において誤解を招く懸念が生じています。やはりどう考えても個人の会話として行う内容としては無理がありますし、仕方ないので以下に全文転記させていただくことにしました。私としてはできる限り善意に解釈したいと思っているのですが、結局的に関連議論を分散させただけに過ぎず、審議妨害(遅延行為)と受け取られかねない心配も感じます。--Gwano会話2015年4月27日 (月) 12:01 (UTC)

Wikipedia‐ノート:ウィキペディアは辞書ではありません/過去ログ1#方針・ガイドラインとして提案中の復活で挙げられた幾つかのポイントに、こちらで反論させていただきます。

Gwanoさんのいわんとしていることは、大体わかると思いますが。たぶん、ひとつには「方針の実践編」は「方針」と呼びたくない、あたりでしょう。語感的には、そうかもしれませんが、これは既成事実に逆らいすぎでは。じっさいは「方針の実践編」も「方針」になっていますよね、日本語版をふくめて。そんなわけですから、私がストレートにいうところの「方針の実践編」を、わざわざ「方針に肉付けされた諸々の部分」と言い回しされるのや、「骨子の」部分は「上位の方針に集約させれば」などのご提案するのも、その語感を大事にしたいがために、相当無理しておられるとしか思えません。

本文書「Wikipedia:ウィキペディアは辞書ではありません」は、Akatsuki444さんが仰いますように英語版ではポリシーとして確立しておりますが、日本語版でも「方針・ガイドの草案」としての長い経歴があります。たしかに、記事ノートには過去スレがないのが実情ですが、記事の履歴をご覧になればおわかりのように、2005年あたりの段階以降「方針かガイドラインの草案」タグが記事トップにつけられていました。そのまま膠着状態だったことが長期にわたっています。ですから、「方針・ガイド」の「格付けの範囲に無い」とおっしゃっているのは不当であると反論します。

「{{See also}}(「~も参照」)で紹介されている」ということに、さしたる意味はないでしょう。たまたまですが、下の「#独自研究」は方針になっても「~も参照」のままですし。--Kiyoweap会話2015年4月24日 (金) 09:58 (UTC)


ええと、ウィキペディア文書の位置付け(格付けとは限らない)は変わることがあります。「格付けの範囲に無い」発言について、過去に格付けが無かったという事実に対し、その後しばらくは草案の位置付けだったからといって、過去にさかのぼって当時の位置付けが変わるわけではありませんよね。私は「本来は~」と前置きしたうえで、"過去形で"述べていますので嘘は言っていないはずです。しかし会話ページではそのことを説明していないので、まるで私が草案だった時期がないという虚偽を言ったかのような語弊が生じているのですよ。実際のところ(1)もともと「方針/ガイドライン/私論という表明の無かった文書」、恐らく補助説明のたぐいが、(2)2005年に「方針がガイドラインの草案」として"提案"され、その後否決されて(3)「私論」に分類されたという話ですよね。今回の議論内容は、言ってみれば現在(3)に位置付けられている文書を過去の位置付けに戻すという提案でしょうから、(1)に戻すか(2)に戻すかの違いでしかありません。片方だけが不当というのは個人のご意見なわけですから、議論の場(こちら)にこそ向いた内容かと思うのです。
なお「記事ノートには過去スレがない」というのは、ノートに本文書誕生時の経緯が書かれていないことを言っておられるのでしょうか? 本文の履歴を見る限りはもともと英語版から導入した文書(無言コピペだったようですがGFDL的に大丈夫なんでしょうか?)を訳していったものがベースのようですが、当時は英語版にも格付けテンプレートは無かったようですので、日本語版作成時の位置付けの意向についてはっきりしたことは読み取れませんでした。--Gwano会話2015年4月27日 (月) 12:01 (UTC)
  コメント「白紙に戻す」案の反論です。タグされていた以前の「本来」に戻せというのは、一種の正論でしょう。ですがそれは草案に担当者がいて引き継がれて等理想的に管理においてしょう。
現実は、Category:草案からも抹消されるなど、棚上げ・倉入りの閲覧状態に変える、という弊害があります。なので雑でも「草案中」のタグ据え置くのに意味があります。
「方針・ガイドライン提案中」が長期間に据え置かれてもよいというのは許容事実でしょう。実際にそのままのものがいくつもあります。外せとクレームが多々ありますでしょうか。(ブロックさんのノートに1, 2名からも、「草案中」ものを安易に「看板を掛けかえ」るなというクレームが意見されていますし、WT:3RRも参照)。つまり私「個人」以外にも「まま」の方でよいとい意見が介在するのです。
白紙に据え置かれた「編集合戦」の対抗例がありますが、あなたが直接関わって結果を左右したものですよね。
「過去スレがない」というのは、タグが貼られて公式化の提案がされた、という宣言をした節が本ノートに見当たらないことです。
GFDL云々は別経路攻撃に思えますが、利用者:Iwai.masaharu さんにでも伺ってみますかね。--Kiyoweap会話2015年4月29日 (水) 06:49 (UTC)
すみません。ウィキペディアは戦いの場ではありませんので「攻撃」などという意図は全くございません。もし私の発言のどこかにそのように感じられるほどの表現があったのだとしたら、失礼いたしました。このような誤解を避けるために、おっしゃられたようなWikipedia:善意に取るというものがあると思うのですが、いかがでしょうか。GFDLについてはウィキペディアで最も重要な部分であるので言及せざるをえなかったのです。ただしその後、タバコはマーダー氏のご指摘により、2014年8月1日に全面的に翻訳しなおされていることが示されましたので、少なくとも現在の版には影響しないと思われますから、ひとまずお気になさる必要はないと思います。
また、テンプレート関連についてはいくつか言葉が足りなかったようで、誤解を与えてしまいましたことをお詫びします。
まず、私の立場がテンプレートを剥がすものと解釈なされているようですが、解説テンプレートについては存在を把握していなかっただけであり、無いよりはあったほうが良いと思っています。また、こちらの記述を借りれば、Wikipediaで言う「白紙化」とは基本的に「全テキストの除去」を指します。ここで意図されているような「以前の状態に戻すような編集」は(Wikipediaでは)白紙化とは表現いたしません。ましてや、今回の場合はテンプレートの有無もしくは変更が主題であり、必ずしも内容を巻き戻す話でもありません。Wikipedia用語ではない通常の日本語表現として見ても、大袈裟かと思います。
Wikipedia‐ノート:編集合戦#これはガイドライン?公的な方針?についての経緯も、誤解の可能性がある表現が見られます。私はWikipedia:編集合戦の文書については、草案テンプレートの付け外しはおろか、一切の編集を行っていません(更新履歴を見れば明らかですが)。件の議論は本件のような話ではなく、最初から解説テンプレートや草案テンプレートが付いておりません。私が関わった部分は、この文書を{{Wikipediaの方針とガイドライン}}に載せるかどうかの話でしかありません。さらに言えば、私が行わなくても他の方がそうしています[1]。このテンプレートはそもそも日本語版での議論なしに勝手に方針・ガイドラインとして英語版の基準を持ち込んだという問題のあるテンプレートだったと考えております。
また、下の重陽様に対する発言の中で「本文書が「合意形成」にかなう「ルール」に関する文書だと認めてらっしゃるのに、それでもなかなか「ガイドライン」だと認定したがらない。その理由が私には不透明です。」というご発言もあり、これらを考えると、どうもKiyoweap様との見解の相違が見えてきた気がします。
もしかしたらですが、Kiyoweap様は英語版の方針・ガイドラインであれば、もしくは方針から呼び出される下位文書であれば、日本語版での方針化は容易か、敷居が低いものとお考えなのではないでしょうか? もちろん英語版で方針であれば有望とは言えるかもしれませんが、私はそれでも、かなり敷居の高いものと認識しているのです。Wikipediaの方針は各国語版で異なるものです。さらに、方針とは頻繁に変更するものではなく、変更するには慎重で込み入った議論を経る必要があるのです。ガイドラインであれば現実的な敷居ではありますが、それでも他の日本語版方針と比べて矛盾は無いか考える必要はありますし、それなりに慎重な議論が必要なものです。そのため、提案自体がかなりの覚悟を持って、具体的な論点を用意して(「例えばWP:NOTに無い記述のどれがどのような理由で方針に欲しい点なのか」)から行う必要があると考えているのです。今回の提案では、それが見えてこなくてただ提案しただけのように感じられましたので、本能的に反対票を入れたものです。なお「「草案中」ものを安易に「看板を掛けかえ」るなというクレーム」については「勝手に」の部分が問題で、除去のための充分な議論が無かったためと思います。
しかしその後、タバコはマーダー氏の参加によって本格的な議論が展開されつつあるように思います。今の状態であれば、提案テンプレートを付けること自体には反対しません。この意味では、123.220.9.32様のおっしゃるように、提案と解説の両方のテンプレートをとりあえず付けてよいと思います。先にも言いましたように、文書の扱いは流動的ですから、解説と位置付けることが将来のガイドライン化を否定するものではないと考えるからです。解説をベースにした提案があっても良いでしょう。
提案中という状態の効力につきましては、人それぞれで認識の異なる部分かと思います。提案中を格分けの一種として考えるべきかどうかは、本議論に限るものではありませんから、井戸端などで意見を求めるほうが良いかもしれません。探して見ると、Wikipedia‐ノート:方針とガイドライン#草案段階のガイドラインの位置づけの明確化あたりでで関連議論があったようですね。--Gwano会話2015年4月30日 (木) 14:59 (UTC)
茶々入れ失礼。{{反対|r}}ではなく{{反対r}}ではないかと………--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
ご指摘ありがとうございます。返答の本文から離れたところだったためにプレビューで見落としていたもので、他意はありません。ただ、よく見ると反対票を取り下げるには気になる部分がありますので条件付反対に変えさせていただきました。
WP:NOTから独立させるだけ特段の理由」については議論の推移を見守りたいので{{proposed}}を張りたいという点には(議論が続いているうちは)反対しません。ただ重箱かもしれませんが、意見がまとならなければとりあえずガイドラインにする、という部分も提案の一部だとすれば、さすがに無理があります。充分な議論が尽くされるならガイドライン化に反対するつもりは無くても、ガイドライン化ほどの重要な提案が、意見がまとまらない場合に「とりあえず」で採択してよいものなのでしょうか? それほどの差し迫った(かつWP:NOTでは足りない)問題があれば別ですが、そのような文言があっては反対票を取り下げようと思ってもなかなか取り下げることができません。 --Gwano会話2015年5月2日 (土) 14:54 (UTC)
  反対 井戸端から来たのですが、これは良く言ってもガイドラインであり明らかに方針ではないと考えます。それに対して「~~は「方針」であってしかるべきなのものです。」と公言するような人が提案していることに強い危惧を覚えます。
Wikipediaは「百科事典という概念を再定義」しかねない気狂い染みたプロジェクトだと私は思っているので、本文書はその未来を「既存の百科事典の概念から逸脱しない」ように制限するものだと考えます。当然、方針などではあり得ず、現代という、未だ「辞書と百科事典(と、その他の紙製の何か)とを区別しなければならない事情を作り出している紙」の影響が色濃い時代にのみ有意な一時的なガイドラインでしかないはずです。これを方針とすることは即ちWikipedia自身により「百科事典の定義」することであり即ちWikipedia自身に定義という束縛を与えることです。そしてそれはイコール「新たなる百科事典の概念」が生まれる可能性を阻害する試みです。
井戸端に於ける発案者の発言内容は私の見る限り噴飯ものであり、これ以上書くとまた言葉遣いがどうの礼節をもってこうの長いからそうのと言われることが目に見えているので詳しくは書きません。ので憤懣遣る方無い思いです。
本文書は良く言ってもガイドラインであり、多分に私論であるべき文書です。私論にしておくには惜しい程に良く書かれていることは認めます。初心者にとって理解の助けとなる良い手引きであることを鑑みれば、十五歩ぐらい譲ってガイドラインとして認めた方が良いかも知れないとは思います。ですが方針としては認められません。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年4月22日 (水) 11:57 (UTC)
GwanoさんとMaddestmagicianさんのご意見を考慮すれば、{{Infopage}}を貼ってCategory:ウィキペディアの解説に分類するのが一番いいように思いました。本文書は方針であるWikipedia:ウィキペディアは何ではないかを補足する文書であり、内容自体はウィキペディアにおいて広く共有されている合意事項であるという点は全員が認めるところでしょう。私論のままでは問題だけどガイドラインや方針にしてしまうのも問題があるような、この文書のような立ち位置の文書に最適な分類かと思います。--重陽会話2015年4月22日 (水) 22:33 (UTC)
  コメント個人的には、コンセンサスが得られるのならどのような形になってもよいのですが、世界最狂の魔法使いCray-Gさんの意見に1つだけ。現在のこの文書は英語版の方針であるen:Wikipedia:Wikipedia is not a dictionaryの翻訳を元にしてますよね。「方針とは認められません」と言うほどでしょうか。--Akatsuki444会話2015年4月23日 (木) 14:04 (UTC)
◆「言うほど」だと私は考えています。
十五歩(現実問題として十五歩も下がったら5~10メートル離れることになり、対話は容易ではなくなります)ぐらい譲ってもガイドラインまでです。ですがそれとて「初心者にとって理解の助けとなる良い手引きである」からに過ぎません。日本語版以外の全ての言語の版で方針になっていたとしても、ジミー・ウェールズが「方針である方が適切だ」と主張(「方針とせよ」と言ったのではなく)していたとしても、それ等は私の考えの根拠を否定するものではありません。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年4月24日 (金) 11:28 (UTC)

  反対 私も井戸端から来ました。Wikipedia:五本の柱に直接リンクされていることが方針・ガイドライン化の根拠になるのなら、Wikipedia:議論が白熱しても冷静にWikipedia:論争のある記事も方針・ガイドライン化が必要という結論になってしまいます。「噴飯もの」とまでは言いませんが、根拠になっていないと思います。Wikipedia:議論が白熱しても冷静にはエチケット的な内容という理由で私論となりましたが、Wikipedia:論争のある記事は既存の文書をまとめただけという理由で私論になっています。この文書も「既存の文書をまとめただけ」「WP:NOTで十分」と私は考えており、私論で良いと思っています。ただ、{{Infopage}}とするのなら反対しません。--伏儀会話) 2015年4月23日 (木) 10:46 (UTC)訂正--伏儀会話2015年4月23日 (木) 10:51 (UTC)

  コメント 一部の方はなにか大きく勘違いされているようですが、何も私が当記事を「私論」ステータスから引き揚げようができまいが、効力は生きていますよ。なんならお試しになってもよろしいが、おおよそここの記述してあることに何度も抵触し何度も勧告無視するなら、管理者から永久ブロック等を食らいかねませんから。じっさい、当記事を「私論」にダウングレードさせたユーザが食らっています(確実な理由は明かされませんけどね)。そのことを踏まえて、ブロックされた方がつけた「私論」というラベルに惑わされて、「やってもいいんだ」と思わないように、きちんとしたタグ貼り換えを私は提唱しているのです。
user:Gwanoさんもある時点では「同方針に誘導することが本題だと思います」とおっしゃるのですから、何かそういうニーズは認めてらっしゃるように思えますが。私は「方針」にはこだわりませんが、せめて「ガイドライン」でないと、元々提案した「警告性」の意味が無いと思いますし、誘導性もありませんよね。 Gwano さんが挙げたWikipedia‐ノート:編集合戦#これはガイドライン?公的な方針?のように何もタグのない状態に引っぺがすのも、警告性もなく、誘導性もありません。また、重陽さんの{{Infopage}}案も然りで、「私論」と書かれるのとほぼ横ばいであり、「従わなくともいいんじゃないか」感は払しょくされないと思います。ですから、「私論」ははずしておき、当面としては次案として「方針かガイドラインの草案」タグを貼ったまま据えおくことが望ましいと思います。--Kiyoweap会話2015年4月24日 (金) 08:39 (UTC)
◆提案者は何か大きく勘違いをなされているようですが、私を含め反対者の中には誰一人として「本文書が効力を持つこと」に反対している者は居ません。反対者全員が「本文書が効力を持っている事実」を認めており、またそれが適切で且つ有用であると考えています。繰り返します。唯の一人も居ないのですよ。
なので「効力は生きていますよ」であるとか、況してや「なんならお試しになってもよろしいが」などと主張することは全くの無意味です。
僭越なる私見ではありますが、wikipediaを守る勇猛果敢なる衛士達には、その戦いを今後も長く続ける為に適度な休息が必要なのではないでしょうか。敵の戦術は単純です。衛士達を疲弊させ、脱落し数が減るのを待っているのです。どんなに強い戦士でも疲労には勝てません。どんなに凄い武器を持っていてもです。
例えば、英語版wikipediaでは本文書は方針とされていると聞きました。では英語版wikipediaには「本文書に抵触する者」が居ないのでしょうか? 彼等は駆逐されたのでしょうか? いいえ、そんなことは無いはずです。
方針であろうが私論であろうが、やる輩はやるのです。何故ならばやりたいからであり、そしてそれが実行可能だからです。彼等を完全に駆逐出来る武器は唯一つ、「以上の記述を完全に理解し同意した上で投稿する」ボタンを押しても記事の内容が変更されないようにすることです。なのにその武器は五本の柱に反しているのです。
wikipediaを守る為には戦い続けるしかありません。そして脱落せずに戦い続けるには、適度な休息が必要です。脱落せずに復帰し、再び戦い続ける為の休息が。
疲労が勘違いを誘発させたのであれば、それを敵の前で晒し討死する前に休息をとり、万全の状態で戦線に復帰してもらった方がwikipediaの発展の為になるのではないかと愚考します。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年4月24日 (金) 12:44 (UTC)
何だか場を和ませようと気を使わせてしまってすみませんが、それほどテンパってるわけではないです。これでも何度も修正して投稿してるんで、疲れはしますけど。
「お試しになってもよろしいが」と言ったのは挑発的ですが、真に受けてする人はいないでしょうから、当然レトリックです。無意味だとおっしゃるが、そうだとは思わない。世界最狂の魔法使いCray-Gさんなどの最初の投稿を見ても、はっきり言って、<効力はもたないものを、私が理不尽に持たせようとしている>、と言う風にとれました。ですから、内容をなめてかかればヤバい結果という怖い話筋で情報を伝えたつもりです。
しかし読まれているかもしれない新規ユーザを変にビビらせて編集意欲を委縮させるのももいけませんね。そういう方にはページの編集は大胆にがガイドラインです。さらに違反が故意でないこともあるので周りは善意に取る義務があり、礼儀を忘れないによれば他人のミスをなじってはならず、そのうえ新規参加者を苛めないでくださいとなっています。--Kiyoweap会話2015年4月24日 (金) 15:35 (UTC)
◆やはりご理解を戴けていないようです。
~~、と言う風にとれました。
そういう風に「とれてしまう」ような状態で提案していることを問題視しているのです。そのようなレトリックを「使ってしまう」ような状態であることが問題だと言っているのです。それは井戸端に記載されていた(そして私ことCray-Gの観点では今や隠蔽されてしまった)文言に既に顕われていたので私は強い危惧を覚えたのです。そしてそれが「(私ことCray-Gの観点では)隠蔽された」ことで危惧は確信に変わりました。
wikimediaプロジェクトはその全てに於いて共通して「中立的な観点に基づいた内容」を目指しています。その為には「誰でもが匿名で編集可能である」ことが必要であること、そしてその「偏った観点を持った誰でも」が全員で合意を形成すること、そしてその合意形成を妨げる二つの問題行動を禁止することで、実在し得ない「中立的な観点」などという戯けた妄想を実現すると規定しています。
即ち各員の観点が偏っていることは当然であり、それだけならば何等の非難を受けるべきものではありません。例えそれによって誰かが飯を噴こうが午後ティー噴こうがです。寧ろ逆に「我こそは斯様にも偏った観点を持つ者也。我とも合意を形成すべし」と名乗りを上げるべきところでしょう。私は井戸端でその名乗りを上げているのを見たからこそ此処へ来たのです。でなければ来なかったでしょうし、よしんば来たとしても「馬鹿言ってんじゃねーよバーカバーカ」を慇懃にした内容を書き捨ててそのまま興味を失い、当分見もしなかったことでしょう。
非難を受けるべきなのは観点が偏っていることではなく、合意を形成しようとしないことです。もっと厳密に言うと、合意を形成する為に必要(だと私ことCray-Gは思い込んでいる)な相互理解を行なおうとしないことであり、それを阻害する為の様々な行為を試みることです。それには「目的」の為に自らの観点を偽装することも含まれます。観点を偽装することは(他の観点の持ち主による)相互理解の為の努力を誤った方向へと導き、無駄な労力を費やさせ、「問題行為者が駄々をこねている」だけにしか見えないようにします。それは結果としてコミュニティーを消耗させることになります。そしてその時にはその問題行為者にとっても、他の多くの利用者が理不尽で不当な隠された目的の為に自分の意見を封殺しようとしているだけにしか見えないようになるのです。それは両者とwikipediaにとって不幸なことです。
もしも前段落最後の「他の多くの利用者が~~封殺しようとしている」のリンク先の文書を読んで(或いは読まずに)該文書がwikipediaで「効力を持っていない」と思うようであれば(思うはずだと私は既に確信しています)、Kiyoweap氏の言う「効力」と私ことCray-Gの言う「効力」との間には差異があることになります。私ことCray-Gは、wikipediaに於いて「Kiyoweap氏の言う効力」がある文書は五本の柱以外には無いという観点に立脚しています。つまり検証可能性でさえ、私ことCray-Gが立脚する観点に於いては「Kiyoweap氏の言う効力」を持っていないのです。それは通称「アップルパイ案件」と呼ばれていて、確か解説ページがあったはずなのですが記憶違いなのか探したけれど見付かりませんでした。
場を和ませようと気を使わせてしまって
真に受けて良いのでしょうかね?
したり顔で「モルダー、あなた疲れてるのよ(  ゚,_ゝ゚)ププッ」とか言われて言われた当人が和むはずがないので、かなりの重症と御見受け致します。
内容をなめてかかれば~~
先の投稿に於ける「警告性」だの「誘導性」だのとおっしゃっていた内容のことと考えます。既に述べた通り、方針であろうが私論であろうが「警告性だの誘導性だの」には大した影響を与えません。無論、不適切な編集をする者を「(Kiyoweap氏の言う)効力」によって「萎縮させる」為には、私論であるより方針である方が役立ちそうに思えます。ですがそれで実際に「萎縮する」者は、私論であっても萎縮するものです。
新規参加者を苛めないでくださいにある通り「根気を持って」接するべきでしょう。短気を起こして「こういう方針と決まってるんだ」と居丈高に言って萎縮させるのではなく。
効力はもたないものを、私が理不尽に持たせようと
前述の通り、方針にすることによって「(私ことCray-Gの言う)効力」は変化しませんし、また「(Kiyoweap氏の言う)効力」を持つことも無い(と少なくとも私は思っている)ので、私視点からはやはり無意味であることに変化はありません。
ですが、そうやって書いて戴いたことで理解出来たことがあります。即ちKiyoweap氏は現在、「本文書を方針にすること」と「なんならお試しに~~食らいかねません、と伝えること」とが同様の効果を生むように見える観点に立脚している、ということです。
相互理解が進みました。これにより論点が「本文書は方針であるのが適切か否か」ではなく、「『その効果』を生むことでwikipediaにどのような利益が齎されるのか」であることがわかります。私の立脚する観点に於いては、それによってもたらされる利益は「根気を持つ」必要が無くなる(=楽になる/その分の時間を他の有意義なことに使える/ディスクスペースの節約になる等)以外に思い付きません。なのでこのままでは私の反対の立場が変わることはありません。
ですがKiyoweap氏の考える「~~どのような利益が齎されるのか」を私が理解出来れば、そしてその利益が「この多分に私論であるべき文書を不適切にも方針とする」だけの価値が確かにあると私が認めるものであったならば、私は本文書を方針にすることに賛成の立場となることでしょう。現に私は「この多分に私論であるべき文書を不適切にもガイドラインとする」ことに対して、既に不本意であり抵抗はしますが賛意を示す用意があることを表明しています。それは「本文書がガイドラインであるべき」だからではなく、「その利益が『この多分に私論であるべき文書を不適切にもガイドラインとする』だけの価値が確かにある存在し得ると認める」からです。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年4月25日 (土) 08:19 (UTC)
Kiyoweap氏が私の会話ページへと議論を分散させようとしているのでちょっと応答が変になりますが。
それは私が抗議するに値します
であるならば、それは議論の場で宜しくお願い致します。私の会話ページでこっそりこそこそ脅迫するのではなく。
ウィキペディアンが行なわなければならないのは秘匿された外交ではなく、公開された議論です。
ウィキブレイクが必要な人間? 私は「貴殿にウィキブレイクが必要だ」などとは思っていませんよ。あれは表面上を取り繕ったものです。
ルールの悪用(これはガイドラインです)にある「悪用は、自分の主張を何とか通そうとするあまり行われることが多く、本人が意識せずに行っていることもあります」のだと考えます。が、(私の立脚する観点では)貴殿はさらに上を行っていて、私論(乃至は方針/ガイドラインへの格上げ(?)が試みられたが為されずコミュニティーから私論であるとして消極的追認を受けている文書)を「自分の主張を何とか通そうとするあまり」に方針/ガイドラインへの格上げ(?)を行なおうとしています。
それだけなら形式上は合法であり、私がとやかく言うことでもないのかも知れません。ですが「この何とか通そうとされている自分の主張」が、「合意形成の為の対話無しに(単に方針/ガイドラインを示すことで)相手を従わせる」こと以外に私には想像もつかないのです。そして、そうではないことを説明しようともしないどころか、質問を無視して自説を繰り返す、相手の会話ページに乗り込んで議論を分散させる、挙句の果ては私論タグを貼ったユーザーはブロックされるようなユーザーだった(←何処に書いてあったのか見付けられませんでした)だとか、何ならWP:NADに抵触する行動をしてみろだとか、対話により合意を形成しようとしているようには全く見えません。私にとっては、最初の井戸端の文面から予想出来たことがまさに予想通りだっただけのことです。
私は、この貴殿の態度を問題にしているのであり、態度を改めることを要求しています。善意に取れば、こういった態度は「度重なる荒らしとの戦いに疲れたウィキペディアン」が陥りがちな態度であることを知っているので、無いだろうとは思いましたが「度重なる荒らしとの戦いに疲れたウィキペディアン」向けに書きました。そうですかウィキブレイクが必要なほどには疲れていないんですか。疲れてもないのに「合意形成の為の対話無しに(単に方針/ガイドラインを示すことで)相手を従わせる」ことを望むのですか。
wikipediaを始めとするwikimediaプロジェクトでは、一貫して合意形成に基づく編集を行なうことになっています。合意形成には対話が必要です。そして観点の異なる者同士の対話には根気が必要です。それを最小限にするノウハウが議論です。相手の話を聞かずに自己の主張を繰り返すのは議論ではありません。自己の主張と相手の主張との差異を見付け、論点を整理する共同作業が議論です。
私は聞く耳を持っていますよ、貴殿の目的が「合意形成の為の対話無しに(単に方針/ガイドラインを示すことで)相手を従わせること以外の何なのか」を説明して下さい。或いは貴殿の目的が「合意形成の為の対話無しに(単に方針/ガイドラインを示すことで)相手を従わせること」であるのならば、それを行なわないことにより発生するはずの損害が「こういう方針と決まってるんだ」と言うことでどれだけ減ると見込まれるのかでも構いません、英語版wikipediaもそういう事情があったのだろうと思いますしね。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年4月27日 (月) 12:45 (UTC)
草案、私論、解説のそれぞれの立ち位置についてですが、私論から解説に変更しても「従わなくともいいんじゃないか」感が横ばいであり草案の方がいいというのは、それぞれの枠組みに対する認識にズレがあるように思います。各枠組みの立ち位置を踏まえて考えれば、草案のままで据え置くというのは私論のままと大差なく、むしろ解説にするほうが文書に対する拘束性は高くなりますよ。#いつまでも草案にしておかずに公式な方針にするなりやめにするなりしてはいかがですかでも、春日椿さんが「通常、草案と私論の間の位置づけに大きな差はありません」とおっしゃっていますね。
まず私論ですが、{{私論}}にありますように「一部のウィキペディアンが助言や意見を記したもの」にすぎません。考え方が広く共有されている物から少数意見まで含む玉石混交な枠組みであり、「従わなくともいいんじゃないか」感が強い枠組みである事は確かかと思います。一方で解説は、{{Infopage}}にあります通り「一般的な事実や共有されている合意事項」ですから、基本的には従うべきものであり「従わなくともいいんじゃないか」感はありません。ウィキペディアでは合意形成による意思決定が非常に重要視されますから、「共有されている合意事項」に従わないのであれば相当に合理的な理由を提示したり、その合意を変更するための新たな合意を形成するようなことが求められるのが通常で、一般的には従うことを求められる枠組みです。コミュニティ間で共有されている合意事項に対して、合理的な理由の提示なしに単に方針やガイドラインではないのだから従わないというようなことを主張しても、コミュニティに受け入れられることは通常ありません。さらに、草案はCategory:草案に「現時点ではまだ拘束力はありません。」とあります通り、実際の運用として慣例的に草案のまま一定の拘束力のある文書として参照されているものもありますが、基本的には拘束力を持たない「従わなくともいいんじゃないか」感の非常に強い枠組みであり、その点ではむしろ私論と同等です。草案はあくまでも「案」でしかないというのが基本的な草案の立ち位置であり、方針・ガイドライン化もしくは試験段階の草案に入らなければ拘束力は発生しないというのが原則です。草案のままで拘束力を持たせるような運用は本来の形ではなく、単に整備が行き届いてないが故の暫定的な運用でしかありません。草案はガイドラインと私論の中間に位置するような枠組みではないのです。そのような草案の立ち位置を考えれば、「草案のままで拘束力を持たせるような運用」をさせるために草案のまま据え置くことを前提に草案にカテゴライズするというのはあまりすべきではないのではないかと思います。--重陽会話2015年4月25日 (土) 02:35 (UTC)
  コメント「解説書」案の擁立の、よりつっこんだ根拠はわかりました。ですが説得性はありません。私だって、それなりの考えの上で結論を出しており、うかがった理論は懸念をはらう主張には至っていません。
重陽さんの試案は、なるほど草案よりも拘束性があるような感じを受けますし、その主張はお見事で巧みではあると評価させていただきます。しかし検証すれば、要である点は、いわば<記述上の不備>的なものであることが露わになってまいります。
解説書のタグ{{Infopage}}に「ルールや運営上の手続きについて」という文句が*残っている*のは訳出の不備、というと訳した方に酷ですが、早い時期で英語版でルールにタグするのも用例として許していた頃の名残です。その後は、ルールであれば「ガイドライン」以上に仕分けするように徹底していますから、それを反映してメッセージ訳出を更新したほうよいのです。その*不備*を直さず、逆にそれをついて本試案のような、いわば「規格外利用」しましょう、というのは邪道でしょう。
このタグは「( i )」マーク(commons:Ambox_notice.png)もついているわけですし、英語版も含めた現状通り、パッと見の通り、「情報」類の文書に使うのに徹底するべきですよ。不規則的に情報以外の文書にも使った場合、遭遇した利用者に「パッと見情報だけど下みると内容は規則みたいだし...方針か?...いや、でも方針やガイドラインでないって断ってあるぞ。そうか、ルールで... えーと合意とも書いてある、やっぱり拘束力あるのかなあ?」みたいな、思考経路をさせて、それで「拘束力」が明確じゃないですかなんて、言われてもね。ただただ混乱するだけでしょうに。
他にも「私論・ガイドライン・方針」なら階層が、せめてものはっきりしているメリットがあるのを、「解説」だとそのなかの位置関係が不明になるという、憂慮すべきデメリットがあります。比喩的に言うと「ガイドライン・方針」へ昇格の道を閉ざした永久左遷じゃないですか。
かように常識以外の使い方をおこなうとすると、ほかにも無理が出るはずです。--Kiyoweap会話2015年4月26日 (日) 12:56 (UTC)
私は各ページの説明文や他の方の発言などを引用した上でお話をさせていただいていますが、Kiyoweapさんのご意見はKiyoweapさんがそう考えているという以上の論拠が何一つ示されていないため、申し訳ないですけれどもそのご意見に賛同することが出来ません。少なくとも、現状、現実として各ページの説明文でそのような記載がされているのですから、それを記載されている通りに受け入れずに、ただの昔の名残だ、不備を利用した規格外利用だ、情報類の文書に使うのに徹底すべきだ、常識以外の使い方だ、無理が出るはずだ等と主張されても、それは単なる個人の感想でしかないのですよ。論拠も無く単なる思う思わないという次元で話を進めてしまえば、意見のすり合わせや合意のやりようがありませんから結論は決裂しかありません。Kiyoweapさんの主張は全て「私はそうは思いません」の一言で終わってしまうような話なのです。Kiyoweapさんは「うかがった理論は懸念をはらう主張には至っていません。」とおっしゃっていますが、根拠なく自分はそうは思わないということを一方的に述べられている現状を見れば、ご自身の意見と方向性を同じくする意見以外にはそもそも耳を傾けるおつもりが無いのではないかとすら感じてしまいます。実際はそのようなことは無いのだと思いますが、Kiyoweapさんのご発言からはそのように受け取られても仕方が無いのだとご理解いただければと思います。「私だって、それなりの考えの上で結論を出しており」とおっしゃられていますが、その「それなりの考え」を上手く伝えることが出来ていないのが、Kiyoweapさんのご意見に誰も賛同しないという現状に表れているのではないでしょうか。--重陽会話2015年4月26日 (日) 14:46 (UTC)
  コメント 「方針やガイドライン」候補な文書を、「方針やガイドラインではありません」と謳っている「解説書」として扱いたいというやり方を「規格外利用」と私が評したからって、いかほどのことでしょうか。
たしかに論調はいささか攻撃的に過ぎました。みなまで丁寧に説明していない部分もあります。
しかし、そもそも本議題は「方針かガイドライン」か決める、という動議なのを、まるでお忘れになっているかのようであり、「方針もガイドラインも」除外した案で、お二人が同調したからそれを延々やりましょうと言われても、私が納得いくはずもありません。
私からすれば、もうこれは動議からはずれた想定外の「お持込プラン」であり、お二人が改めて別題で立ててどこかで提議していただきたい話です。最低でも、RFC等告知場所に、<(報告)当初の議題は休止状態、「方針やガイドライン」でもない「解説書」として扱う案に脱線、新たに参加者求ム>とでも書き加えるべきです。
そちらプランに対して、私は不賛成という結論を出し、ひととおり私の根拠を述べた点で、こちらの意見を尊重して頂き、脱線議題は閉じるか、他のインプット待ちにして頂きたいと思います。
「不備」の根拠ですが、{{Infopage}}の元の英語版の文言は "norms and practices" とあり、これは通常は「ルール」とは訳せません。その不一致のことを指します。「訳ミス」かもしれませんが、可能性として「ルール」という詞が「名残」っていると(Deletion guidelineが有効例とされた版の削除からヒントを得)社交辞令しました。ほんとうに誤訳かどうかの究明は、この際別問題であり、訳者に非があろうがなかろうが不一致は不備です。
それから、どういう齟齬・混乱が生じるかです。「合意形成」がある「ルール」なればWP:POLICIESの定義上「ガイドライン」と推量できそうなもの(英語版だと断言できます)。ですから、{{infopage}}タグで「ルール」に関する「合意形成」文書だが「ガイドラインではない」と謳うのは、混乱をきたします。それを生じさせているのは誤訳である「ルール」のひとことで、その未訂正(未対処)は、不備と考えます。
それとも、合意形成が存在するルールであるが、多くの利用者に支持されている最善の方法ではないものとは、いかなるものか、明快に説明していただけるのでしょうか?
さらにいえば、お二方は、本文書が「合意形成」にかなう「ルール」に関する文書だと認めてらっしゃるのに、それでもなかなか「ガイドライン」だと認定したがらない。その理由が私には不透明です。
いや、何となくは伺いましたが、「方針」とかの文書は、ピュアな原則だけのものに徹し、「方針の実践文書」部分は原則を排して、「方針」ではない「解説書」を作り上げる、など、そんなのは本議題の範疇を越えた大改革であり、検証や編集作業もかなり予想され、「独自研究」等の前例に張りあう対立前例を作ろうという試みであり、それこそ「別議題」ではじめてもらいたい問題と考えます。
私だってお手本のように順序を追って説明はしてませんが、そちらにだって説明不足はあります。決裂なら決裂でしょうがない、見解の相違ではないですか。その責めを私が一手に責めを負うべきものでしょうか。私には「常識的」に解釈してほしい甘えや、シナリオの部分が少なからずありますが、お二人は逆に、明文化していればどんな端っきれでも額面通りに受ければよく、矛盾や無理があってもかまわないという、融通がきいてない部分が十二分にあるのです。(「端っきれ」というのは、他にも「カテゴリ」ごときの附記を金科玉条読みすることを言っています。)
「他の方の発言などを引用した」のに対し私がなんら示さないなどとおっしゃいますけれど、春日椿さんの「草案と私論に大差はない」という同調意見には言及するが、その前の「とりあえず草案に戻したほうがよさそうですね」という私寄りの Kurz さんの意見は黙殺しておりますのを、あえて指摘しなかったまでのことです。そんなところで甲乙つけようとするのも、おたがい単なる討論のポイントゲームになってませんかね。--Kiyoweap会話2015年4月27日 (月) 10:48 (UTC)
とりあえず1点、お二人ってどなたのことでしょう?一人は私のことでしょうが、もう一方がどなたのことをおっしゃっているのか良く分かりませんでした。私は別にどなたかと打ち合わせをしているわけでもなく単独で意見を述べさせていただいていますので、十把一絡げにご返答を頂きましても困ります。
私がこの節を見た際に既に反対意見が並んでいてこのままでは合意は到底無理そうだと感じたので、双方が妥協できそうな落としどころとして「解説」に分類することを提案させていただきました。「そもそも本議題は「方針かガイドライン」か決める、という動議」であることは忘れてはいませんし、もっと言えば「方針かガイドラインかを決めたい」理由は「この文書に効力・警告力を持たせたい」からであって、「「私論」では応じないと言い張るユーザもいる」からですよね。私は、方針・ガイドライン化という手段をとらなくてもその目的は達成できると言っているのです。ですから、解説化という第三の案は本筋から外れた脱線ではなく、本議題の根本的な目的を達成するための方法の一つであり本論としてお話させていただいています。別にKiyoweapさんの動議をないがしろにしているわけではなく、むしろその動議の目的を尊重するからこそこのような意見を提示しているのです。動議提案者としての立場をなおざりにされたように感じられてしまったのかもしれませんが、そのようなわけではないことをまずはご理解いただきたく思います。それをお持込プランだから別題でやってくれとおっしゃるのは構いませんが、方針もしくはガイドライン化に対しては相当な反対意見がありKiyoweapさんが反対意見の方々を納得させることができそうな様子はありませんし、妥協できる範囲で落とし所を考えないと、賛成派と反対派のどちらかが根負けするまで延々とやりあう羽目になりそうだと懸念していますので、妥協案で納得していただくべく説明をさせていただいているわけです。ひとまず、話の根本の部分の相互理解をいたしたく、論点を絞ってご返答させていただきました。--重陽会話2015年4月27日 (月) 12:59 (UTC)
重陽さんが、これを「妥協案・落としどころ」として出していることは、はなっから了解しています。それを「警告性」も含めソリューションとして検討はしました、結論としてはうまい解決法ではない、と再三申し上げています。
「お持込プラン」とは言え、すでに前例あり問題なしなら、前例と同じく本例に適用する是非を問うに移れます。しかし前例がないこと(「規格外利用」)ですと、諸問題をまずツブすことから、しなくてはならないので、そこが過剰なこと。また、初例をよりによって基本方針の子供でおこなうのは妥当でない。ですから、ツブしきれていない点を叩き直すのは別スレを立てるのが筋、と言っています。
早すぎる段階で、「妥協案」云々に移行したとも思っています。反対意見が並んでいるとおっしゃいますが、「私論」と一、二名は、それこそ「思う」と述べただけの意見の域を出た議論はなにも出ていません。
また、これはふつうの記事で私が執筆や翻訳に関わった編集合戦に関してコメント依頼した性質のものでは、まったくないのです。ですから、私が一「賛成派」として発言した「警告性」を根本問題とし、そのソリューションを模索しようというのは、通常記事ならそうですが、ここではズレていると思います。
そもそも「方針・ガイドライン」のいずれかに賛成かと調査票をとったのは、私はコミュニティーのなかでどのあたりで合意形成されているあなた方は思っていらっしゃるか、を問うているのであって、各個が<コミュニティーの意向はどうあれ自分の意向が当らなければ賛成はできない>というスタンスをとるためのものではありません。--Kiyoweap会話2015年5月2日 (土) 21:38 (UTC)

  コメント 私は必ずしも本文書を方針と呼びたくないとまで意思決定しているわけではありません(←多少会話ページの内容にも触れています)。英語版では既に方針とのことですが、無条件で日本語版の方針に導入できるわけではありませんよね。各国版で事情は異なるのですから、日本語版でも独自に議論する必要があります。これまで長い間「膠着状態」だった経緯もあって合意が得られる実現性に疑問があることだけは分かるので、私としては現実的な解決策を主張したまでです。もし方針化の合意が得られるのであれば特に反対するものではありません。草案のテンプレートを付けたいと言われれば、方針化の議論を開始したいのかと思われるのが普通です。だとすればそれを開始する提案者はKiyoweap様であるわけです。私としてはWP:NOT#ウィキペディアは辞書ではありませんには無くて本文書にある内容のうち、具体的にどの内容が方針として不足しているかを説明していただけるものと予想していたのですが、今回はそこまでするわけではないということでよろしいでしょうか。

Kiyoweap様は方針・ガイドラインとしての警告性の必要性ばかりをずいぶん強調しておられるようですが、その目的であれば最初から方針であるWP:NOT#ウィキペディアは辞書ではありませんを示し、必要に応じて本文書と併用すれば済む話ではないかと思います。WP:NOTから本文書がsee alsoされているのですから、補助文書として捉えても、充分な警告性は感じられると思います。おっしゃるような草案状態でも、方針から参照される形であれば多少の警告性は感じられるかもしれませんが、それでも草案に従う気になるかは人にもよるでしょう。「誘導が本題」というのはWP:NOTの存在を知らずに本文書に先にたどり着いたような場合の話です。そのようなときは草案のままだと説得力に欠けますし、疑念が先行して参照元を確認する気が起きないかもしれません。補助説明であれば「方針やガイドラインそのものではありません」とは言え、疑念は少ないと思います。--Gwano会話2015年4月25日 (土) 14:59 (UTC)

  コメント このページの立ち位置は、取りあえずは(つまり暫定的に)「解説」でいいと思います。実際、現状は「方針」から振られて、その内容をより細かく解説しているわけで、現状と齟齬が有りません。また、このページの効力についてですが、「方針」から大々的に「参照」と振られているわけで、このページの内容を「無視」することは、(すべての議論において)できません。その上で、引き続き「方針・ガイドラインへ提案中」にしておき、議論を継続させることにも反対しません(個人的には、このページの内容はガイドラインだと思います)。とにかく、現状で肩書のないこのページに「解説」という肩書をあたえ、「方針」とガッチリ紐づけるのに反対する理由はないと思われます。--123.220.9.32 2015年4月27日 (月) 03:51 (UTC)

◆このままだと雪玉になりかねないと思い、論点の整理を試みます。異論があれば遠慮なく訂正を願います。投票ではないのでIPユーザーも入れてあります。

  賛成 Kiyoweap(提案者票)
方針であるWP:!に「ウィキペディアは辞書ではありません」とあるので、その内容であるWP:NADも方針であってしかるべき。
私論タグを貼ったユーザーは既にブロックされている。(←何処に書いてあったのか見付けられませんでした)
方針ではなくともせめて「ガイドライン」とタグしないと警告用として機能しない。
解説やタグ無しでは警告性や誘導性が無い。
拘束性が必要である。
本件提案は方針にするかガイドラインにするかの二択であり、意見がまとまらなかったらガイドラインにすることになっている(と最初に宣言してある)ので、それ以外の解説にする等の案は不要。解説にしたいのなら別途議題(提案)を立ち上げてそっちで話をするべき。
  コメント重陽
私論であるのは問題であるが、反対者の意見を鑑みるにガイドラインや方針にしてしまうのも問題があるのかも知れない。
解説に分類するのが無難ではないか。
  コメントAkatsuki444
英語版では方針であることから、方針であるのが不適切だとは思わない。
コンセンサスが得られるのならどのような形になってもよい。
  コメント123.220.9.32
ガイドラインが適切。
暫定的に解説とするのはどうか。
  反対 Gwano
「利用の手引きやヘルプ」のようなものであり、本来は方針/ガイドライン/私論という格付けの範囲に無い文書である。
私論であるのは問題であり剥がすべきである。
賛成者に対しては、本文書の中にありWP:!に無いどの内容が問題となっているのかを説明して欲しい。
  反対 世界最狂の魔法使いCray-G
多分に私論であり、良く言ってもガイドラインであり明らかに方針ではない。
初心者にとって理解の助けとなる良い手引きであるので、十五歩ぐらい譲ってガイドラインなら認め得る。
賛成者に対しては、本文書を方針とすることに「方針を盾に事実上の対話拒否」を可能とする以外のどんな利益があるのか、乃至は方針としないことで「方針を盾に事実上の対話拒否」を認められる程の損害が出ているのかを説明して欲しい。
  反対 伏儀
WP:5に直接リンクされているだけでは方針・ガイドライン化の根拠として薄い。
私論であると考えるが、解説にするのであれば反対しない。

主な論点としては、

本文書は方針/ガイドライン/解説/私論のいづれであるのが適切か
(方針)WP:NOTの「内容」であることから明らかに方針であるから
(方針)(消極的)英語版では方針となっているから
(ガイドライン)私見による
(ガイドライン)(消極的)初心者にとって理解の助けとなる良い手引きであるから
(解説)それが無難そうだから
(解説)(消極的)反対しない
(私論)私見による
(私論)既存の文書をまとめただけだから
(私論)WP:NOTで充分だから
本文書にあり現状の方針に無い内容は何か
(意見無し)
本文書を方針とすることに「方針を盾に事実上の対話拒否」以外のどんな理由があるのか、乃至は「~~対話拒否」を正当化出来るだけの根拠があるのか
(意見無し)

他、説得が試みられています。

方針やガイドラインでは問題が多そうなので解説にするというのではどうか
(拒否)方針/ガイドラインにあるメリットが無い上に、方針/ガイドラインへの昇格の道を閉ざした永久左遷であるから。
(拒否)本件提案の議論は本文書を「方針にするかガイドラインにするか」の議論であり、解説にするのは本件提案の議論から外れた議論であるから。

以上、現時点での論点の整理を試みました。不充分な点や異論があれば遠慮なく訂正を願います。 --世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年4月27日 (月) 12:45 (UTC)


  コメント 「解説」に(積極的に)反対されているのは1名(提案者氏)のみで、また「方針・ガイドライン化への提案」は中止すべきとする意見も無いので、ワタシIPの提案した「(暫定的に)解説へ。方針・ガイドライン化は引き続き提案継続」が最大公約数的な意見と思われます。--123.220.9.32 2015年4月28日 (火) 02:52 (UTC)
  賛成 タバコはマーダー
私が当記事の翻訳を試みた2014年7月24日直前の、当記事の2014年2月26日05:39版‎までは、おおよそ内容が私論でありましたから、私論だと解釈しておりました。{{proposed}}が剥がされて私論に格下げされていたという経緯は、調査不足で知りませんでした。この背景を見ますと、2014年半ばまでは私論の範疇を超えないものであったため、私論だと認識されていたのではないでしょうか。
しかしながら、英語版で方針となっている根拠を考えますと分かりやすいです。Wikipedia:方針とガイドライン#採用手順には、方針やガイドラインの多くは、基本原理Founding principlesに密接に関連するか、もしくは、編集上の混乱を解決するために発展したものとあります。原理の根拠の1つであるジンボによる原理の声明(en:User:Jimbo Wales/Statement of principles)の6番目において「ウィキペディアは百科事典である(Wikipedia is an encyclopedia.)」がありますから。まず、内容が百科事典ではなく辞書になってしまっているという編集上の混乱を解決するというだけでなく、創設者のジンボにより原理として声明されていますから、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかの一部分ではなく、独立した項目として英語版で方針となっているのも相応であると思われました。英語版では、Wikipedia:What Wikipedia is not#Wikipedia is not a dictionaryのMainとして存在しています。日本語版では、これまでが内容として私論であっためにSee alsoだったと考えるのが妥当でしょう。そのあたりを鑑み、重要な文書であるとして、英語版の水準に近づけるために翻訳を試みました。
Wikipediaは百科事典であるというプロジェクトの原理と目的と、辞書のようになってしまった場合にそれを解決するための文書の2つの目的を果たしますから、Wikipedia:方針とガイドライン#採用手順に合致しているかと思われます。--タバコはマーダー会話2015年4月28日 (火) 06:04 (UTC)
タバコはマーダー氏が提示した過去の版を見て愕然としました。それは確かに私が過去に見たものであり、その頃の印象が現在の私の評価(=多分に私論であり十五歩譲ってもガイドライン)に影響を与えているのではないかと危惧して改めて見直した程に品質に差があります。結果としては、十五歩がもう少し近くなったかも知れないけれど基本的には変化はありませんでしたが。
ただ現に向上のための執筆を行なった人物と議論を行なうことは只の議論とは異なり、(私のような無能さによりそれが出来ない)反対論者の意見を加味した加筆が為されることで合意が形成される可能性を(タバコはマーダー氏に負担を強いることになりますが)ついつい期待してしまいます。
さて、タバコはマーダー氏が既に英語版で方針となっている本文書の水準に近づける為に尽力した成果は大いにあったと思います。少なくとも私見に於いて「私論としか思えない」文書から「ガイドラインと認め得る」文書にまで品質が向上しています。ですが私としてはまだこれはWP:GUIDESにある「最善の方法(ベストプラクティス)」が限度でありWP:POLICIESにある「すべての利用者が従うべきものと考えられている基準」には満たないと考えます。つまり目安ではあっても基準ではない、という意味です。
私が本件提案に対し危惧することは二つあり、一つは本文書が方針となることにより「気に入らないスタブ」を差し戻す為の「方針を盾に事実上の対話拒否」が為されることです。もう一つは、まぁ、さほど重要ではないのかも知れませんが、wikipediaには紙製の百科事典と異なり「辞書としても機能する百科事典」となる可能性があるのではないかと考えていることです。
私自身には文案が全く思い付かないので全くの他力本願 (誤用)なのですが、もう少し「辞書的内容である、と断じるべき条件」を明確に出来ないものかと考えます。何と言いますか、ルールを悪用して「方針を盾に事実上の対話拒否」を試みる輩を防げそうな内容になれば、方針でも反対意見は少なくなると言いますか、歩み寄りの方向性が出ると思うのです。何か案や意見があればお聞かせ戴ければと思います。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年4月28日 (火) 11:15 (UTC)
  コメントタバコはマーダー
  • スタブを差し戻すための盾とならないかという危惧。スタブは許容されていますし、当記事の内容と矛盾しません。
  • 辞書としても機能する百科事典の可能性を潰してしまうという危惧。ウィクショナリーとの根幹的なプロジェクトの分離に反しています。
  • もう少し辞書的な項目がなにかについて明確に出来ないかという危惧。Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは辞書ではありませんが十分ではないという懸念にもつながるかと思われます。逆に本記事の必要性を支持しているとも解釈できます。私の編集以前からそのことは試みられウィクショナリーへの移動も運用されています。私が編集したことによって説明はさらに多くなっており不十分であるとも思われません。
  • ウィキペディアが紙製ではないという危惧。当記事にて既に、紙の制約を考えないように、紙製の百科事典と混同されてはよくないことへの説明がなされ、その危惧は払しょくされるものかかと思われます。当初からHTMLタグの編集を簡易化するウィキを冠しているので、ではなくハイパーテキストです。当記事はそれに矛盾しているのではなく、より分かりやすいように説明されています。
ここでの2009年11月~翌年2月の、#いつまでも草案にしておかずに公式な方針にするなりやめにするなりしてはいかがですかからも、おかしな流れではないと思われます。
  • Suzukitaro氏 方針への提案を実行:いつまでも草案にしておかず、方針にするかやめるかを決めよう。方針にすることへの反対ということではない。
  • Kurz氏 賛同:事実上ルールとして運用され、WP:NOTと同様に運用してよく、英語版でも方針であるため。
  • 春日椿氏 限定的反対:私論のままでよいが、ガイドラインとするのも可。WP:NOTを補完するが、当時の内容では作成途中のようであって方針とするのにはふさわしくない。
5年前ほど前に記事の内容の薄い状態で、このようにして方針への提案が行われています。プロジェクトの根幹の分離が認識されているからだと存じます。
Wikipedia:方針とガイドラインにもあるように、ウィキペディアの目的として百科事典を作り上げることが示されています。別に、ウィクショナリーが用意されて運用されており、辞書としてふさわしい項目が作成された場合には、そちらへ移動もされています。辞書のようなものはウィクショナリーへと移動するか百科事典となるように修正するという、プロジェクトの目的の違いや強固な合意、実際の効力を示していることを示す文書です。より分かりやすいようなガイダンスとしての方針やガイドラインへの提案を、再度行おうということだと思います。
懸念の大半は解消されるものだと思いますし、また、ウィキペディアに辞書機能を持たせたいので反対するという立場については、ウィキペディアの目的に反するので受け入れられにくいのではないでしょうか。--タバコはマーダー会話2015年4月28日 (火) 13:09 (UTC)
◆残念ながら払拭するには至りませんでした。
ここでの2009年11月~翌年2月の~~
私は別に「ウィキペディアは辞書ではありません」というタイトルを持つ文書は方針足り得ないと主張しているわけではありません。内容に問題があるから方針として認められない、と主張しているのです。タイトル自体に問題は全く無く、なのでプロジェクトの根幹の分離の認識やタイトル自体に関しては私を含めた全員が同意するだろうと予測します。問題は内容です。私の見解は春日椿氏の発言の強化版なのです。
可能性を潰して~~
辞書にせよ百科事典にせよ、厳密な客観的外延的定義は存在していません。辞書には「排他的に辞書」である構成要素と「百科事典的であるが辞書」である構成要素で出来ているのではないでしょうか。同様に百科事典も「排他的に百科事典」である構成要素と「辞書的であるが百科事典」である構成要素で出来ていると考えます。
現在我々人類は「排他的に辞書」と「排他的に百科事典」しか見たことが無いわけです。Wikipediaがいづれ「辞書としても機能する百科事典」となり、同時にWiktionaryも「百科事典としても機能する辞書」となる可能性があります。なので「根幹的なプロジェクトの分離に反して」いるのではないと考えています。ただ同時に、これが異質な観点であることも認識しているので、十五歩ぐらいは譲る用意があります。
紙製ではないという~~
此処だけ切り出されても困るのですが、紙製でなければ良い、と主張しているわけではありません。辞書も百科事典も「紙製のものが長い年月支配的に存在し、それに基づいて形成された概念」です。紙製ではない、と言うだけでは、紙製のものをウェブ上に複製してハイパーテキストにしただけのものを含みます。なので「それに矛盾していない」と言うだけ良いのであれば「ウィキペディアは『紙製のものをウェブ上に複製してハイパーテキストにした』百科事典です」と言うのも「それに矛盾していない」ことになります。
問題は「紙の制約を考えない」ことが「大量の情報がある方が良いよ/ハイパーテキストで便利だよ」程度のことから、「辞書と百科事典とを異なる概念とすることを強制してきた紙から解き放たれ、辞書の索引性と百科事典の情報量とを兼ね備えた新世代百科事典となる」までの何処に位置するのか、そして本文書は後者に近い位置を否定する内容なのではないか、という話です。残念ながらこの危惧に関しては一滴も払拭されていません。まぁ、異質な観点であり以って受け入れられ難いであろうことは認めます。
~~ウィキペディアは何ではないか~~が十分ではないという懸念にも
はい、その通りです。WP:NOTでは概要だけ観念だけの曖昧なものであり「辞書的な項目がなにかについて明確に」するには不充分だと私は考えています。だからこそ本文書が有用性を持つのであり、即ち必要性を支持しています。私は十五歩も譲ればガイドラインとしてなら認め得ると表明までしています。なおこの点に関しては、本件議論の中で寧ろWP:NOTで充分という意見もありました。その意見も、本文書の内容に依存しているものと推測します。
ですが残念ながら目安でしかなく、基準としては薄いと考えています。特にピーが如き「辞書的スタブ記事の作成する人に対しては、効力・警告力をもたせたい」であるとか「内容をなめてかかればヤバい結果という怖い話筋で情報を伝えた」であるとか言い出すような、本文書を対話して相互理解を行ない合意を形成すべき相手を脅迫する道具として使いたがっている人達にとって、使いものになる程度に具体的(←これがWP:NOTでは不満)であり且つ使い勝手の良い程度に曖昧(←私が危惧しているのはこれ)であると考えます。
スタブは許容されています
はい、その通りです。では辞書的内容とスタブの違いは何なのでしょうか。それが不明瞭であることで任意の(=気に入らない内容の)スタブを「辞書的である」と言えるなら(そしてそれに対して「方針とされている文書に基づいた反論」を行なえないのなら)、それは「スタブが許容されなくなる」ことを意味します。何しろ辞書的と言われるようなスタブ記事を作る善意の執筆者であるということは、スタブ記事にしなくて済むノウハウを知らないような不慣れな者であるので、イコール辞書的ではないと方針文書以外の何かに基づいて有意な反論を行なえるノウハウなどもっと持ち合わせているはずが無いわけですから。
なので「本文書が方針になっていない現時点」でスタブが許容されている事実は、「本文書が方針になったらスタブは許容されなくなる」という私の危惧を払拭しません。
私のこの危惧を払拭するには、「本文書を~~として使いたがっている人達」に対して初心者がそれに基づいて反論可能な(そしてそれが正当ならば件の人達も黙らざるを得なくなる)だけの内容が本文書に盛り込まれていることが要求されます。
私見になりますが、ガイドラインは「不慣れな初心者が自信を持って大胆な編集を行なえるようにする指針」として機能しなければなりません。それに対して方針は「熟練者(を含めた全員)の暴走を喰い止めるルール」として機能しなければなりません。それは具体的になればなるほど、その機能が重視されます。例えば、wikipedia至高にして絶対のルールである五本の柱の一つ「ウィキペディアは中立的な観点に基づきます」のみに基づいて熟練者の暴走を止めることがどれだけ難しいことかは誰もが認めるところであり、その為にWP:VやWP:CITEといったより具体的な方針が設けられているようにです。具体的になればなるほど、具体的な指摘が出来るようになります。その意味で本文書は、WP:NOTと比較して可能になる「具体的な指摘」が少ないと思います。本件提案の中で本文書は「既存の文書をまとめただけ」という意見もありましたが、これはそのことを指しているのだろうと思います。
これは本文書に存在価値が無いとかではなく、具体的で初心者が自分の書こうとしている記事が辞書的であるか否かを自己判断するには手頃な足掛かりとなる良い文書だと思っています。ガイドラインにする為に十五歩譲る気になるぐらいです。ただ方針としてはまだ不適切だと思います。そして本文書が係かる点を満足出来る内容になったなら、私も十五歩ぐらい譲れば方針と認められると考えるようになると思います。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年4月28日 (火) 17:58 (UTC)
  コメントタバコはマーダー
当初から、辞書としても機能する百科事典の可能性を潰してしまうので反対しているということは了解しました。ウィキペディアは百科事典であり、ウィクショナリーは辞書であるというプロジェクトの目的を持っている点が解せないということですね。
ねこネコへと重複した項目を統合するのではなく、辞書の索引性兼ね備えた百科事典を目指し、ウィクショナリーのようにねこを分離したいというようなお立場から反対されているということですね。紙製ではないということについては、また記事の量については、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは紙製の百科事典ではありませんがありますが、論点はそこではないようですね。
WP:NOTでは不足している部分である使いものになる程度の具体性と、使い勝手の良い程度の曖昧さが必要と考えてるということですね。以降に続きます。
スタブと辞書の違い、スタブが許容されなくなるのではという意見ですね。記事本文を把握せずにご意見されているように思えます。当初、記事本文をお読みにならずに半年以上前の版の印象に基づいて意見していらっしゃったようですが、辞書とスタブの違いに関する説明についてはそうした以前の版から試みられており、猿も木から落ちるのような慣用句は辞書にふさわしいとか、単に短い記事を辞書にふさわしいとしないとか諸注意が説明されていました。私はこれだけではまだ曖昧であるように思いましたので、ねこと猫のような具体例に加え、筆順が説明されているかといった評価可能な基準を追加しました。漠然性や曖昧さを減じて議論や反論を行うためには、このように評価可能な基準が必要なため、辞書の項目にはどういうものがあり、辞書の項目が何から構成されているかといった具体例を示しました。対して、辞書と短い記事を区別するためには、WP:NOTと比較して具体的な指摘が少ないとのご意見をお持ちです。
また逆に、Wikipedia:方針とガイドライン#格下げなどは考慮されていらっしゃいますでしょうか。何が足りていないのかといった具体的には指摘がないのでわかりませんが、おそらく完全な説明がなされた理想状態の説明は、ウィキペディアでは格下げされるおそれも出てきます。
記事内容を詳しく読まれていらっしゃらない印象を受けますので、お読みになった上で、どの点をどのように改善すればどういう方向へ変化するのかという、評価可能な意見交換へと進展させていただければと思います。--タバコはマーダー会話2015年4月29日 (水) 00:08 (UTC)
~~というプロジェクトの目的を持っている点が解せないということですね
いいえ、違います。
~~というようなお立場から反対されているということですね
いいえ、違います。
WP:NOTでは不足して~~が必要と考えてるということですね
いいえ、違います。
現在の内容は「~~が必要」な輩にとって魅力的な状態であるので、現在の内容のままでは方針とは認められない、と主張しています。
スタブが許容されなくなるのではという意見ですね
はい、そうです。
私はこれだけではまだ曖昧であるように思いましたので~~
「私論以外の何物でもない」内容だったものが、タバコはマーダー氏の追記により具体性を持ったことで「(十五歩ぐらい譲れば)ガイドラインとして認めても良い」内容となりました。
ですが方針と認められる程では無い、と主張しています。
具体的な指摘が少ないとのご意見を~~
具体的な指摘が「増えています」が、それでもまだ「方針にするにしては不足している」と主張しています。
格下げされるおそれも~~
私自身はそもそもが「多分に私論である」と主張してるので、格下げどころか最初から方針にもガイドラインにもする必要は無いと考えています。これは合意形成の為の議論なので「多分に私論である」とか繰り返し続ける意味はありません。前向きに議論を進めようとしているだけです。
ですので、格下げされることを考慮する必要があるのは私ではありません。
どの点をどのように改善すればどういう方向へ~~
んー、それが明確にわかっているならば私自身が加筆すれば済む話なので「具体的」な話になってしまうのですが………
以下に、wikipediaに現存する五項目ほどの初版を例に挙げます。下記五項目の中には一項目だけ、現在では字引テンプレートが無い項目が含まれています。本文書の現在の内容では、下記五項目の初版だけを見て「その一項目」がどれかを判断することが出来ないと私は主張しています。
  1. 「意地悪」の初版
  2. 「敵」の初版
  3. 「左右」の初版
  4. 「落盤」の初版
  5. 「お転婆」の初版
で、これ等の項目に対して「効力・警告力をもたせた」「「拘束力」が明確」な文書(即ち方針)を求めている輩がもしも居たとして、件の輩が上記の全ての項目に対して「辞書的である」と主張した場合に、タバコはマーダー氏は本文書の内容からどう抗弁したら上記五項目の中にある現在では百科事典に相応しい内容となっている当時はまだ「スタブ」だった記事を「辞書的ではないスタブである」と件の輩に理解させることが出来るとお考えなのでしょうか。
それが不可能な程に具体性が不足しているので、私は方針とすることに反対しています。そして同時に、ガイドラインに出来る程度には具体性を(タバコはマーダー氏の加筆によって現在では)具備していると考えています。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年4月30日 (木) 12:57 (UTC)
  コメントタバコはマーダー
ええ、つまり、少なくとも方針ではないがガイドラインにしても良いというお考えであれば、方針あるいはガイドラインの草案であることを示す{{proposed}}のテンプレートを使うという提案には、賛成という方向へ変わったことを表明していただけると幸いです。とりあえずはその部分ですね。
これまでもほとんど意見の表明が多いです。賛成にしろ反対にしろ、その根拠が、ウィキペディアに辞書の機能をもたせたいがためにということであれば、既に公式な方針であるWikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは辞書ではありませんに反しますね。
あるいは、ウィキペディアに辞書の索引性をもたせたいという、それがどういうことであるかは「いいえ」との返答しかないので明らかではありません。もし、「ねこ」と猫を分離したいとお考えであれば、上記の方針に加えて、Wikipedia:記事名の付け方のガイドラインでは、略称、別名、別表記は正式な名称にリダイレクトするとありますから、いろいろと反してきます。合意されていない方向への意見となってくるわけです。その場合に、修正が必要なのは、記事ではなく、反対論の理由ではないでしょうか。
当初は辞書的だった記事が、百科事典のように修正されたのであれば、それは途中から百科事典のような書き方へと修正されたわけですから、辞書的ではないスタブであるとは当初から判別できませんし、する必要はありません。当初の状態では、ただ辞書のようになっているので、修正や移動を検討するということです。スタブテンプレートや、書きかけテンプレートのように、はっきりと境界線が引けないようなものがありますが、そういうものだと思います。もしそれを、はっきりと明確に選り分けるような指標がなければいけないとお考えであれば、不可能な理想から不十分と述べており、またWikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは規則主義ではありませんの方針に反してきますので、不十分であると掲げる根拠としての理想を修正する必要がありかもしれません。
意見の表面だけでなく、意見交換が可能な形へと、理由を評価可能な方向へ噛み砕いて説明いただきたいという点はお願いしたいです。また{{proposed}}を用いることには賛成できると変化したのであれば、それを表明してくださればこの節での意見交換が進展してくるのではないかと思われます。--タバコはマーダー会話2015年4月30日 (木) 14:46 (UTC)
反対論の理由ではないでしょうか。
其処に問題があることは認めています。それが如何なる問題かと言うと、「辞書の具備する検索性を併せ持った百科事典」が如何なるものかを客観的に定義することが私に出来ておらず、以ってそれの存在可能性すら想像出来ない観点を持つ人に理解してもらうことが出来ていないという問題です。故にガイドラインであれば十五歩ほど譲り得ると表明しています。
もしも(あまり無さそうだとは思っていますが)それを理解したいと希望しているのであれば
例えば、消失訂正という概念があります。これは誤り検出訂正にリダイレクトされています。実体(モノ)としては、消失訂正は誤り検出であり、誤り検出の特殊な利用法の一つに過ぎません。なので、それが誤り検出訂正に統合されていることはさほど誤った措置ではありません。ですがこれは(イエス・キリストナザレのイエスのような、或いはヒト人間のような)異なる概念です。私のような専門家で、それを知っている人間にとってはどうということのないことですが、誤り訂正を既に知っていた人が消失訂正というものを知って調べに来たら「いや誤り訂正ではなく消失訂正を調べたいんだけどな」と困惑することでしょう。実例としては古い話になりますが、LHA圧縮ファイルでは改竄防止にCRCが使われていたのですが、このCRCは誤り検出符号であり誤り訂正には使えません。つまり電話代と長い時間を掛けてダウンロードした圧縮ファイルに誤りが検出されたら、もう一度電話代と長い時間を掛けてダウンロードし直さなければならなかったのです。そんな中で「CRCでも消失訂正とかいう誤り訂正をする方法があるそうだ。LHA圧縮ファイルに感染するウィルスはそれを利用しているらしい」と噂が流れます。これだ! とばかりに調べ始めた人にとって、wikipediaはかなり役に立たないことでしょう。載ってもいないwiktionaryはもっと役に立ちません。では、百科事典はこういった人達の役に立ってはならないのでしょうか?
私はそうは思いません。そりゃもちろん、紙製の百科事典であれば限られた紙面にもっと優先して載せるべきことが沢山あるでしょうから、「こういった人達の役に立つ」べきではありません。ですがwikipediaは紙製の百科事典ではないので、ほんの一行「消失訂正は誤り検出の利用法の一つ、詳しくは誤り検出訂正を参照」という頁があったところで百科事典としての価値を貶めることはありません。なのに利便性が大幅に向上します。また消失訂正は誤り訂正が及ばない分野(例えばハードディスクの信頼性向上技術)で応用されていますので、スタブとして加筆されることも期待出来ます。さらに言うなら、リダイレクトのオプションか何かで、リダイレクトした時にこういった一行を表示する機能(リダイレクト元によって適切な表示が出来るので、現状の曖昧さ回避的なものとは異なる)があれば(スタブとして成長する可能性は低減するでしょうが)もっと利便性が上がることでしょう。これも紙製の百科事典には不可能なことですが、紙製ではないwikipediaには可能なことです。百科事典にそのような利便性があると不適切である理由が私には(そんな百科事典なんて見たことも聞いたことも無い、という以外には)想像も出来ません。
不十分であると掲げる根拠としての理想を修正する必要がありかもしれません。
理想では無く、単に不充分であり以って無意味なだけです。ぶっちゃけ無意味なので、それだけなら「どうでもいいこと」であり方針だろうが何だろうが私には何の影響もありません。ですが、まさにタバコはマーダー氏が挙げた方針に関して未だ無理解な初心者に対し該方針に反した利用をしようと画策している者が居るので、不充分であることは問題だと考えています。
辞書的ではないスタブであるとは当初から判別できませんし、する必要はありません。
私は「(方針にするのであれば)する必要がある」と主張しています。理由は既に述べました。理由自体への反論は全く無いと言いますか、現在のところ単に無視されています。
それを判別しないのであれば既に方針(WP:NOT)になっていますので、本文書を方針にすることは無意味です。無意味でないとお考えのようであれば、本文書を方針としない場合に出来ない「」が本文書を方針とすることで出来るようになるのでしょうか。
私の考えでは、本文書を方針としない場合には出来ない「辞書的項目とスタブ項目との区別」が、本文書を方針とすることで出来るようになること、そしてそれにより「速やかなる辞書的項目の抹消」と「性急なスタブ項目の抹消の阻止」が出来るようになることを期待します。ですが本文書の内容ではそれが出来ません。そして出来ないにも関わらず、「この方針のこれこれに記載されている条件に反している」と不慣れな初心者を威嚇する為に用いる文言を増やします。
ガイドラインの草案である~~ことを表明していただけると幸いです。
表明しません。何故ならば全く変わっておらずガイドラインとしてすら反対の方向であるからです。
不可能な理想から不十分と述べており
此処が重要なところだと思うので明確にしますが、タバコはマーダー氏がこれを「不可能な理想」と表現したことを以って「不可能である」と主張しているものと判断します。間違いがあるようであればその旨ご指摘を願います。
さて、もしも「本文書が草案である」のならば、即ち本文書は「草案」であり、草案とは以下の三つの内のいづれかの状態です。
  1. 充分な完成度があり、後は合意を確認するだけの状態
  2. 加筆修正を必要としており、それが為されれば合意を取り付けられる未完成の状態
  3. 根本的な瑕疵があり、書き直しレベルの加筆修正を行なわなければ合意を取り付ける見込みがない状態
現状で本文書は(少なくとも私が方針として認めるには)2.の状態であると認めます。故に私は加筆修正案が得られないものかとこうして前向きに対話を行なっています。
然るに対話相手であるタバコはマーダー氏は、これに適切な加筆修正を行なうことは不可能であると主張しています。即ちこの対話に於いては、タバコはマーダー氏の主張は「私ことCray-Gが方針として認め得る余地は無い」と私に対して説き伏せていることになります。言い換えると『本文書は1.の状態に至ることが決して有り得ないことが確定している』とタバコはマーダー氏は主張していることになります。常識的に考えて、それはもはや「草案」ではありません。どう見ても「棄却された草案」です。
にも関わらず「方針にしましょう、駄目ならガイドラインにしましょう、それでも駄目ならせめて草案にしましょう、そうすれば「効力・警告力をもたせた」「「拘束力」が明確」な文書になります」という者が居るので強硬に反対しています。
翻って、ではガイドラインとしてはどうかと考えると、私の主張は「初心者にとって良い手引きとなることから、本文書は十五歩ぐらい譲ればガイドラインとしてなら認め得る内容である」と主張しています。即ち初心者にとって良い手引きであることを認め、内容としては少々過激ではあるが必要性があるならばガイドラインとして認めても良い、と譲歩の姿勢を執っています。しかしながら、その「必要性」に関する話題は現在のところ賛成者各位から無視されているので、何も変化を起こしていません。なので譲歩する理由は無く、以って相変わらず反対のままです。
さらに視野を広げて、提案者の意に反して解説とする案が出ています。私は現在まで該案に対しては特に何も表明していませんでした。が、此処に「解説とする」のであれば特に反対意見が無いことを表明します。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
  コメントタバコはマーダー
そろそろ辞書機能を持つ百科事典など、諸々の独自演説は、Help:ノートページを参考に井戸端や自己のページにて行うようにお考えくださればとは思います。
1. 自身にて客観的に定義できない「あなたの空想する辞書の具備する検索性を併せ持った百科事典」、それがなんであるか説明できないものに本記事の内容が反していると思うということですね。
したがって、どのように本記事の内容を修正したらいいのか、といったことも説明できず、「辞書機能を持った百科事典」という説明以上の説明ができないので、本記事の内容のどの部分を修正する必要がないのかといったことも分からないというこではないでしょうか。またしかし、既にウィキペディアはプロジェクトとして百科事典です。つまり、議論不可能ですし、大きな合意に反するので却下する必要があるのではないでしょうか。「辞書機能を持った百科事典」というような方向へ修正する必要がないということです。
2. 速やかに辞書的項目の抹消とスタブ項目の保存が行える文書、という「あなたの理想的な水準にない」ので、不慣れな初心者を攻撃ないし威嚇するのではないか。
2A.速やかに辞書的項目の抹消とスタブ項目の保存が行える水準にする必要があるのではないか。
できないですし、そうする必要はないですね。後に百科事典的に修正された5記事を例示していることから、後にどのように修正されるかを立項時点で判断できるにならないのかという、無理難題を理由として反対しているということですよね。辞書のようになっているので百科事典のようにする必要があるという案内は、参考文献がないので独自研究とならないように内容を修正してくださいという案内と同じようなものですよね。案内は現時点での案内を行うだけです。もし速やかさを改善したいという提案でしたら、Wikipedia:プロジェクト間の移動などへと議論を移動してください。
2B.速やかに辞書とスタブを分類できれば、初心者が攻撃ないし威嚇されないのではないか。あるいは、不慣れな初心者を攻撃ないし威嚇するための材料が増える。
速やかに分類されることは、威嚇行動が起きないようにするための解決策ではないですね。Wikipedia:礼儀を忘れないWikipedia:新規参加者を苛めないでくださいのある通り、道具とその利用者の姿勢は異なります。攻撃ないし威嚇を抑制しているのはこちらの2つのようなものでして、本記事のノートページにて懸念することではないかと思われます。--タバコはマーダー会話2015年5月1日 (金) 15:08 (UTC)
そろそろ~~諸々の独自演説は
まんまと議論誘導に引っ掛かってしまいましたよ。私にとっても主要な論点ではないので横に置いておきましょうか。
本記事の内容が反していると思うということですね
違います。「反している」とか何とか云える水準にありません。
2.
その受け取り方が異なります。前半と後半とはそれぞれ互いに別の主張です。それは言うなればWP:SYNに相当します。
2A.
「そうする必要はない」との意見に関して、それが「ウィキペディアは辞書ではないという([[WP:NOT]に記載されている)文言によって示される方針」に対してであれば同意します。そしてそれは、本文書を方針にしていない現状で既に満たされていますので、本文書は方針として無意味であるという私の主張の根拠の一つです。
それが「ウィキペディアは辞書ではないという(WP:NOTに記載されている)文言に対応して設定される方針」に対してであれば反対します。「そう」である場合に限る必要はありませんが、既に方針として合意を得ている「ウィキペディアは辞書ではない」から直接に導き出される以外の「指示」や「制約」が存在しないのであれば、それは方針として無意味であり、無駄にWP:CREEP(←これは私論であり方針ではありません、そして本件提案と似たような提案がされていて似たような事態になっています)に反した行動になります。
なお無いとは思いますが、タバコはマーダー氏がこれに対してWP:CREEPが私論であることを根拠にした反論を行なった場合には、その行動こそが提案者ことKiyoweap氏の提案の根拠の一例となり、私に必要性が存在することを示す事例を少なくとも一件認識させることとなります。
辞書のようになっているので~~参考文献がないので~~と同じようなものですよね。
まるで違います。「参考文献がない」という指摘は検証可能性を根拠にしています。さらに「独自研究とならないように」という指示は独自研究は載せないを根拠にしています。いづれもより上位(?)の方針からは指摘出来ません。即ちWP:VやWP:NORが介在しなければ指摘も指示も出来ません。なのでWP:VやWP:NORが方針である必要性の例示です。
対して「辞書のようになっている」という指摘はWP:NOTを根拠にしています。さらに「百科事典のように」という指示はWP:5を根拠にしています。本文書は介在していません。いづれもより上位(?)の方針のみで指摘出来ます。即ち本文書が無くても指摘や指示が出来ます。なので本文書が方針である必要性の例示になっていません。
理解の為に例示すると、五本の柱に於ける中立的な観点(←これがウィキペディアは何ではないかに対応します)に対する検証可能性独自研究は載せない(←この二つが本文書に対応します)です。方針である中立的な観点を満たす為には、検証可能性も独自研究の排除も必須ではありませんが、wikipediaの目的(や恐らくは各種問題に対応する必要性)から、直接には導き出されることの無い記述を持つ「方針」となっています。そしてその「直接には~~無い記述」は主に二種類あり、一方は「べからず集」であり、他方は「何故そのべからず集が必要か」の説明です。
WP:NORに関しては、前者は「信頼できる資料に無い内容を載せるな/情報の合成をするな」であり、後者は「何故信頼できる資料に無い内容を載せる/情報の合成をするべきではないか」です。
WP:Vに関しては、前者は「検証不能な内容を載せるな」であり、後者は「何故検証不能な内容を載せるべきではないか」です。さらに「検証可能であれば何でも良い」を予防する為に様々な附則やガイドライン(例えば出典を明記する)へのリンクがあります。
そして方針ではないガイドラインであるところの出典を明記するを見てもやはり、WP:Vだけでは指摘出来ない情報を載せており、そして方針とは異なりべからず集は主体ではなく「どうするのが良いか」という指針を主体にしています。
私が主張しているのは、方針であれガイドラインであれ下記を満たしていないなら、無駄にWP:BUROに反することを助長することになる、ということです。
  1. 方針であれガイドラインであれ、より上位(?)の項目に載せるには不適切な程に詳細な存在理由。(これを満たさないなら、それはより上位(?)の項目に記載するべきである)
  2. 方針であるならば(恣意的な反駁が難しい)べからず集。
  3. ガイドラインであるならば(それに沿っているか否かを判断し易い)指針。
本文書は1.が無く(それはタイトルで既に言い終わっています)、そして2.が無いので方針として認められないと主張しています。
本文書は1.が無く、でも3.が(充分とは思えないが)あるのでその必要性があるのであればガイドラインとして認めることは出来るが、必要性が無いならば無駄にWP:BUROに反することを助長することになるので認められません。
なので充分な1.2.が加筆されたならば、方針として認めるようになるでしょう。その例示を試みたら、それは不可能であるとタバコはマーダー氏に反駁されました。なので他の加筆案が無いようであればそれは「(私ことCray-Gの観点からは)タバコはマーダー氏によって棄却された草案」であるので「草案」としては認められません。
同様に必要性があるのであれば、ガイドラインとして認めるようになるでしょう。ですが誰もその必要性に関して説明してくれませんので私は必要性が無いと考えています。なのでガイドラインとしては認められません。これは加筆によって解決する問題では無いので、やはり「草案」としては認められません。
2B.
その前後は繋がりません。なのでその後の(反論のつもりである)発言は無意味です。
私は「分類が出来るならば威嚇を許容出来る」と主張しています。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月2日 (土) 04:39 (UTC)

こちらでの世界最狂の魔法使いCray-Gさんの言動について様々な問題があると考えました。この場で指摘しても泥沼化するだけのように思えますし、Wikipedia:コメント依頼/Maddestmagicianを提出させていただきましたのでお知らせします。--61.86.107.28 2015年5月2日 (土) 16:35 (UTC)

  反論 世界最狂の魔法使いCray-Gさんに置きましては、事実と異なることを前提での議論もほどほどにしていただきたい。
私が「辞書的スタブ記事」と言ったのは別名「サブスタブ」のことであり、その作成は原則許されてないことは、Wikipedia:スタブガイドラインに明文化されています。そちらを読んでみてください:
>「辞書的な定義程度しかないスタブを英語版の名称からサブスタブ (substub) と呼んでいる人もいます。」
>「サブスタブは新規作成しないようにしてください。」と書かれているでしょう。
公式文書にあるだけでなく、これは名実ともにルールでしょう。<本文書に「私論」タグを貼った利用者>は、「辞書的スタブ記事」をたびたび作成し5,6のユーザから警告を受けています。このことから多くのユーザ間で合意があることが実例でわかると思います。
また「コミュニティの既存の合意事項」であれば、それはたとえ「方針やガイドラインの文言」とされていなくてもウィキペディアがとるべき「行動規範」とされます、つまり拘束力はあります。WP:BURO方針に記述されていますのでご確認ください。
つまり、たとえ本記事WP:NADでは曖昧でも、合意事項と認識されていれば、注意も受けますし、リピーターでしたらブロックも受けかねませんよ、ということで「なめてかかればヤバい結果という怖い話」と言ったのであって、私がこれから「脅迫する道具」としての使用を強化したいからなどという邪推は余計ですし、中立性の方針の徹底を要求する「熟練者の暴走」がここでも再現されようとしている、などというのも過剰でしょう。--Kiyoweap会話2015年5月3日 (日) 07:23 (UTC)
言いたい内容はわかりますし、その内容そのものに文句を付けているわけではありません。邪推云々にせよ拘束力にせよ、私は否定したことはありませんよ。ただ、そのおっしゃるWP:STUBに十年以上前から「注意:このガイドラインは努力目標として提案中のものです。このガイドラインに沿っていないからといって、初心者をひどく扱わないでください。」と書かれている現実を認識していただきたい、という話です。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月4日 (月) 14:48 (UTC)
Cray-Gマジシャンさんが仰る「注意:このガイドラインは努力目標です..沿っていないからといって、初心者をひどく扱わない..」は、すでに「役立つスタブ」を作る努力に転向している利用者に対して、スタイルマニュアル(WP:MOS)的にボロが多少出ても噛みつく(WP:BITE)な、と言っているのです。サブスタブ作成するばかりから微塵とも向上する姿勢をみせない利用者を、いつまでも甘やかしておくための但し書きではないでしょう。
とかく初心者を案じ、サブスタブが育つまで見守ることにすべての正義があるかのごとくおっしゃいますが、そうではないでしょう。サブスタブには弊害がともない、それが認められるからこそWP:STUBが制定されているのでしょうに。例えば、まとまった完成度の新規記事を書きたい利用者がいても、次々とサブスタブや品質の悪いスタブに先取られたら、やる気がそがれる人もおるでしょう。そこいらも考慮すべきです。
初心者だろうと、WP:STUBを示して読んでいただけば、凡例もあるだけに、「役立つスタブ」vs.「辞書的スタブ(サブスタブ)」の違いはすぐに把握可能なはずです。ですから本草案の文言を<「役立つスタブ」と「辞書的スタブ(サブスタブ)」云々>と書き改め、詳しい定義についてはSTUB文章に誘導すれば事足りるはずです。
本文書に、<一発でサブスタブのすべてがわかる唱え呪文>のようなものを作ってやらなければ初心者に過酷すぎてすまない、などと、そこまで迎合しなければならない必要が理解不能です。
そういう一発定義があれば、初心者に楽ではある。確かにそうかもしれませんが、絵空事でしょう。user:タバコはマーダーさんからツッコミを受けておられますように、マジシャンさんじたい、その一発定義がどのようなものであるべきか具体的に説明できないとおっしゃるのですから。
1.「意地悪」の初版、2.、3.、4.、5. などは、サブスタブが立項されても、そのうち他人の親切によってより百科事典らしいスタブに加筆されていった例ですよね。そういう過程を否定はしません。しかしながら、誰かが最初にサブスタブを作った労が不可欠、だとか、サブスタブあったからこそ、うまいぐあいに成長しているという感は薄いですね。寄せ書き式に発生したものよりも、むしろ、最初から整っている程、よりうまく成長するとも考えられます。
「性急なスタブ項目の抹消の阻止」などは憂慮すべきでしょうか?現状ではスタブであるだけで「削除の方針」の俎上には載らないはずです。載るのは実質サブスタブな場合(中立性・特筆性などの問題でキープできない加筆しかない)などでは?--Kiyoweap会話2015年5月7日 (木) 12:11 (UTC)
◆Cray-Gです。はい、Kiyoweap氏の言いたいことは粗方伝わっているんですよ。でもね、論点が違うわけです。
サブスタブ作成するばかり~~甘やかしておくための但し書きではないでしょう
その通りです。ですがね、方針にしなかったからって「甘やかしておく」ってわけでもないんですよ。
私が本文書を方針にすることに反対している最大の理由は、
ということです。例えば初心者にとって厳しい壁の一つである特筆性ですが、これも「基準」が載っていないので方針ではなくガイドラインです。でも特筆性を理由にジャンジャン除去がされていて、ときおり巻き込まれた初心者が井戸端に泣きついてきます。
Kiyoweap氏は後の段落で必要が理解不能と言っていますが、方針に基準ですと書かれていてもなお、基準の必要性が理解不能なわけではないでしょう。私は初心者を甘やかせる為に基準が必要と言っているわけではないんですよ。基準が無いなら方針として認められないから基準が必要だと言っているのです。
とかく初心者を案じ~~
この文(段落ではなく)は認識が違いますね。ですがまぁ、単なる「~ような人」呼ばわりですから、別に構いません。
サブスタブには弊害が~~
この文に関しては強く同意しますよ。だからこそ雪玉になりそうだと思えばまとめを作ってみたり、今こうして前向き且つ熱心に議論に参加しているのですから。私自身はこの問題に悩まされていませんが、現に多くのウィキペディアンが日夜「戦って」いるわけですからね。
そこいらも考慮すべき
これは意見が違いますが、主要な論点ではないと考えます。一番乗りでなきゃ厭だと我儘言うのはどうか、とか、初心者ならともかくそんなこと言う香具師はおらんだろ、とか、初心者が「まとまった完成度の」とか言ってるとか危険な兆候だろ、とか思いますがね。いづれにせよそうでないにせよ、主要な論点ではないと考えます。
初心者だろうと~~の違いはすぐに把握可能なはずです
はい、良い「目安」だと思います。ですがそれは「目安」であって「基準」ではありません。だからこそ「もちろん、この役に立つスタブとサブスタブ以外にもスタブの分類があるでしょう。スタブについての議論は時々起こりますが、中身についての考察をきちんと行うようにしてください。スタブ善悪二元論では、議論がまとまることはありません。」と書かれているわけです。そして今この議論で私は「スタブ善悪二元論」を主張していません。そのことはご理解いただけていますでしょうか?(←この問いかけは悪意に解釈した方が伝わり易いんじゃないかと思います)
さて、此処でKiyoweap氏に訊いてみたいことがあります。氏の主張する「微塵とも向上する姿勢をみせない利用者」に対してこのWP:STUBを見せて説明したことがあるのでしょうか。ある場合には相手の反応は三通りが考えられ、それ等は「見せてもスタブであってサブスタブではないと主張した」、「そのことについては無視した」、「見せてサブスタブであることを認めた」です。この最後の「認めた」相手が居たとして、その相手はその後も「微塵とも向上する姿勢をみせない利用者」であり続けたでしょうか。
「あるのでしょうか」に対して「無い」と返答するならば、
私は「なら本文書を云々言う前にそれをするべきだと思います」と答えます。
あって且つ「認めた相手」が居なかった、乃至は「認めた相手」が居てもその相手が「~~利用者であり続けた」ならば、
私は「なら本文書にWP:STUBより優れた記述が無い限り、本文書を方針にしても何か変化があるとは思えません」と答えます。
あって且つ「認めた相手」が居て且つその相手が「~~利用者ではなくなった」ならば、
私は「ならWP:STUBで充分ですよね」と答えます。
で、私が問題にしているのは、この中の「なら本文書にWP:STUBより優れた記述が無い限り」です。あれば話が変わってくるのです。当然、あれば考えが変わり賛成する可能性があるわけであり、そのことは既に表明しています。
そういう一発定義があれば
あれば、ではありません。無いなら方針として認められません。せめて部分的な否定的定義の集合といった形で大多数を篩い落とせるようにでもなっていなければ譲歩のしようもありません。
むしろ、最初から整っている程
その通りなので、ガイドラインとしてなら譲歩の余地があると表明しています。
~~は憂慮すべきでしょうか?現状では~~
はい、「現状」では。
ですが本文書が(現在の中途半端な状態で)方針となれば、「載りもしないはずの俎上に載せる馬鹿」が涌いてきて、真面目なウィキペディアンの仕事を今以上にしかも無駄に増やすことを私は危惧しています。そしてこの「馬鹿」は大抵の場合、削除依頼を出す前に執筆者に対して「こういう方針と決まってるんだ」と本文書を根拠に「スタブ善悪二元論」を始めます。そしてそれでは、議論がまとまることはありませんので、最終的にブロック依頼だとか削除依頼だとかに発展することになるわけです。
載るのは実質サブスタブ~~
そうです。それ以外を載せようとされても、使いもしない無駄な俎板が増えるだけで意味が無いわけです。なのに数多くのウィキペディアンがそれの相手をする為に手を割かなきゃならないのです。その上本文書には「基準」が無いので、バッサリ切り捨てることも出来ず「長々と」手を割いて議論を行ない合意を形成する努力をしなければならないのです。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月7日 (木) 14:53 (UTC)

遅まきですが、ここでマジシャンさんが反論しているおつもりな一連の発言が、いかに理や誠意をつくした論議から程遠いかを解説しようと思います。
マジシャンさんの「認識が違う」は、単なる反対主張、曲解・誤解されている不平であり反論になっていません。加えて「単なる「~ような人」呼ばわり」は、私の言っているのが「個人攻撃」であるかのようにすげ替えて反論無用とする逃げ口上です。
サブスタブに弊害があることに「強く同意」言っておられますが、それを戒める文言はちっとも同意できない様子であり、同意していない言動はありありとみられますので、弊害対策する気があるとは信じられず、単なるリップサービスと取っています。
雪玉になりそうだと思えばまとめをとですが、まずガイドラインであるWP:STUBと同様のことを書いてある部分をガイドラインに値するなど「常識的なこと」なことをお認めにならないマジシャンさんが、再三において雪玉条項を挙げるのがはなはだ適性を欠いております。またマジシャンさんの手によるまとめは(下で明らかなように)、中立性・バイト節操性(可読性)における問題の方がはるかにその利に勝ります。
「目安」であって「基準」ではありませんなどとおっしゃるのは、マジシャンさんが再三において口にされる難癖です。基準は「JIS規格」のごとき精度がなくても「目安」といわれてしまう幅があっても、「基準」でありえるのであって、そんなことは、エチケット方針の例をとれば自明の理なはずです。ファジーな幅あってはならないとするマジシャンさんの要求は、とどのつまり<新参者にとってあれば嬉しい>例のユートピア的な<ごくごく短いけれど、唱えれば、すべてが即わかる呪文>の要求であり、絵空事にほかならないのです。私が理解できないのは、その絵空事をいつまでも「納得」しないの姿勢でいつまでも追及しようとするありかたです。
また、私は<よい新記事はメインページに掲載されるという奨励システム>があり、不十分なスタブ乱立はその妨害になることを挙げました。それを励みに作成している方がいる事実は尊重すべきです。マジシャンさんの一存で、一蹴したり、ましてやそういう方を「香具師」呼ばわりすることは言語道断です。
ここでマジシャンさんは、「微塵とも向上する姿勢をみせない利用者」をWP:STUBを見せて説明したことがあるのでしょうか?という逆質問に出ます。さんざん、こちらを「威嚇」に利用する人、他人のサブスタブを削除したがる人の、加担者よばわりしておいて、私が特にサブスタブの忠告や記事削除などに熱心でない表明をするとなると、すわ、今度はそれをしていないことをもって、議論をする資格が不十分なような言い方をなさる。誠意ある行動とは思えません。--Kiyoweap会話2015年5月23日 (土) 17:00 (UTC)

構成部分であるWP:STUBWP:MMガイドラインどまりなのだから、本文書を「方針」としてしまうと強化につながってしまうというのは道理でしょう。これは認めます。ですから本文書が方針でなくガイドラインでよいではないですか。それなら現在のWP:STUB違反がガイドライン違反であることは不変ですよね。そうではない、「載りもしないはずの俎上に載せる馬鹿が涌いて」くる状態が発生する、とおっしゃるシナリオは、いわゆる「話がみえません」というやつです。--Kiyoweap会話2015年5月8日 (金) 02:19 (UTC)
「WP:STUBで充分ですよね」→ではありません。辞書的なスタブが、さらに一義性に反するなどの辞書的なルールにもかぶさって抵触しているのならば、当ページで抵触しているほうが妥当な場合があります。本文書WP:NADが使える方が便利であり有効です。無効とするのはWP:BUROだと既に指摘させていただきました。
たしかに「スタブ善悪二元論」とかは不毛でしょう。その記事のコンテンツの議論を離れて一般論をたたかわせることですよね。しかし、その解決法は、その記事を立項した人なり、ウィキペディア記事として維持したい人なりが、批判をかわせる水準にまで加筆を進めていくのが、あるべきかたちであり、ベストな回避法ではないでしょうか?指摘された側が、説明責任や対処責任を、あくまで相手や他人に押し付けようとするから、そういうシチュエーションにつながるのでは?--Kiyoweap会話2015年5月8日 (金) 02:22 (UTC)
世界最狂の魔法使いCray-Gさんの文章が整理されていないため、理解しにくく長すぎます。既に8000バイト以上の書き込みが数回にわたっています。Wikipedia:ノートページのガイドラインには簡潔に書こうとあり、Wikipedia:論争の解決には議論が目的ではないとあり、以上2つには、意見には理由と証拠を示せとあります。イエス・ノーの投票を行っているのではないですし、理由と証拠をあまり示さず、また話の焦点を絞らず雑談したいのなら井戸端があります。
たとえば「基準が無い」という言葉を繰り返しているだけで、どう解釈したために基準がないと思ったのかとか、他の方針などと整合してこのように解釈したとか、そしてそのように解釈した証拠の提示が少なく、イエス・ノーに続いて感想や持論が多いのだと思います。理由や証拠を示して協力的に相手に理解しやすい分量に整理して合意の確認を行っているというよりは、雑談が大量に書き込まれている印象を持ちます。--タバコはマーダー会話2015年5月8日 (金) 12:12 (UTC)
◆Cray-Gです。以下の文はKiyoweap氏への返信です。タバコはマーダー氏に対しては、発言内容を既に上で私と対話している場所の私の投稿の後に移動して戴けると、前後の混乱なく返信がし易くて大変助かる旨をお伝え致します。なおこれまでの経験から、タバコはマーダー氏は発言を移動しないだろうと考えていることも申し添えておきます。そして私とKiyoweap氏との対話に割り込んで私とKiyoweap氏との対話に関係無い私への苦言を繰り返すのではないかと危惧していることも付記しておきます。
ですから~~でよいではないですか
その前段階が誤っているから、結論が御菓子くなるんです。「ガイドライン止まり」なのではなく「ガイドライン」なのです。方針とガイドラインは異なります。方針未満がガイドラインなのではありません。
いわゆる「話がみえません」というやつです
だと思います。私見ですが、本件提案の反対者全員はKiyoweap氏の主張に関して同じ思いを抱いています。つまりKiyoweap氏が主張する警告性だとか拘束力だとかに至る「話が見えない」のです。反対票を取り下げようとしたGwano氏でさえ「話が見えない」所為で「反対票を取り下げようと思ってもなかなか取り下げることができません」と言っています。
「話が見えない」のはお互い様なのです。だからこそ、こうして相互理解の為の議論を行なっているのです。
→ではありません
中途半端に抜き出されても対応に困るのですが……私の見解では、本文書と同じタイトルを持つ方針は存在するべきであり、それはスタブ、特筆性と共に方針(現在どれ一つとして方針になっていませんが)として三本の柱を(中立的な観点、検証可能性、独自研究を載せない、がそうであるように)形成し、wikipediaが目指す百科事典なるものを定義すべき存在だと考えています。
なのでWP:STUBと本文書とで分業することは当然だと考えています。互いに互いをリンクし合っているべきです。
サブスタブと辞書的スタブは異なります。サブスタブは字義の通り「スタブ以下」を意味していて、辞書的スタブは満足なスタブです。WP:STUBではスタブとサブスタブと全うな項目に関して基準を示し、本文書は辞書的に全うな項目と百科事典的に全うな項目に関して基準を示し、特筆性が雑多で全うな項目と有益で全うな項目とに関する基準を示すべきでしょう。
現在のところ、いづれに関しても基準が示されそうな気配すら窺えない状況ではありますが。
コンテンツの議論を離れて一般論を
然り。
しかし、その解決法は
如何にも。
あくまで相手や他人に押し付けようとするから
あー、残念ながら意見が一致したのも此処までのようです。
では問います。
指摘する側が「説明責任(方針/ガイドラインで決まってるんだよ違反なんだよ)や対処責任(立項すんな/てめーで責任取って削除依頼出しとけ)を、あくまで相手(=立項者)や他人(=方針/ガイドライン)に押し付け」ようとした場合には、そういうシチュエーションにつながることは無いとお考えなのでしょうか?
で、そうなった場合には指摘した側に大義名分(=方針に従っている+具体的な指摘をしている)があるので、指摘した側は反論に対して具体的な指摘と共に「方針に従わない気か!」と言うことで退けようとします。そりゃ反論側だってWP:BUROを指摘するでしょうが、大抵の場合は具体的な指摘なんぞ出来ませんから説得力を持ちません。彼等とて「wikipediaの為を思って」やっているのですから、荒らしのように「飽きたら辞める」ようなこともないし、何らかの目的を持っている人のように「目的が達成されそうもないから投げ出す」こともありません。wikipediaの為に引かずに戦うウィキペディアン同士の苛烈な同士討ちが始まることになるのです、右も左もわからないけど自分が仕出かしたことの所為で大変なことになってしまったことだけは理解出来ている初心者を間に挟んで。その初心者が荒らし予備軍なのか良質なウィキペディアンに育つ人材なのかとは関係無く。そんな目にあったら、まぁ、普通は来なくなりますよね、荒らし予備軍以外は。間に挟まれているのが荒らしや荒らし予備軍だとしても、同士討ちはwikipediaにとって損失です。
逆の場合はどうでしょうか。私論とは言え方針からリンクされている本文書を示されても無視して荒らし行動を繰り返し続けるなど良く言っても荒らし予備軍であり、つまりwikipediaの敵でしょう。ウィキペディアンがwikipediaの敵を相手取って戦うのは至極真っ当な行動です。間に挟まれる無垢な初心者も居ないわけですしね、遠慮は要らんと思いますよ。どうせ飽きるまでは来るんだし、飽きたら来なくなるんですから。そんな「良く言っても荒らし予備軍」に方針を突き付けたところで何かが変わるとは思えません。まぁ、「根拠に使われた長らく議論されていない草案タグを私論タグに貼り変えてからかう」などの新しい遊びを発明するかも知れませんが、精々その程度だと思います。
如何でしょう、これで私の方の「シナリオ」は見えてきましたでしょうか。恐らくお互いに最も重要な論点はこの「シナリオ」にあると思います。それが反対票を取り下げさせない恐怖であり、十五歩を譲らせない絶壁であり、飯を噴かせた愚言であり、「~ような人」呼ばわりさせた邪推です。互いに「シナリオ」を理解出来ればそれらは雲散霧消し、議論は次のステージに移るものと考えます。どんなステージかはまだわかりませんが。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月8日 (金) 13:18 (UTC)
前後の混乱が起こるような指摘ではなく、再び「方針とガイドラインは異なり、方針未満がガイドラインではない」のように主張のみの場合が多く、他者と相互理解を可能とするような理由や証拠の提示がなく、脱線した話題がこちらでも非常に長いということです。Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは演説台ではありませんにあるように、利用者ページ上で述べてそこへ内部リンクをしたり、方針等に反している者についてのとりとめのない空想を書き込むのであれば、せめて井戸端などで意見交換をしてはいかがでしょうかということです。--タバコはマーダー会話2015年5月10日 (日) 07:50 (UTC)
予想を書かれてなお予想通りの行動を取りますね。相互理解の為の議論や対話に直接関係無い私個人の一般的な行動に対する指摘ならば、私の会話ページや、この分節のトップに親切にも私の態度に関するコメント依頼をしてくれている方がいらっしゃいますので、そちらの方で指摘していただく方が適切なのではないかと思います。せめて移動をお願いした場所の方でしていただければと思います。或いは、タバコはマーダー氏がそれらの場所では指摘を行なおうとはせず「私と他者との対話の間に割り込む形」でしかその指摘を行なおうとしない理由(=私と他者との対話の間に割り込まなければならない理由)を説明していただければ、相互理解が進み私も変な邪推をしなくて済みますので、もう少し指摘に耳を傾けられるようになるでしょう。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月10日 (日) 11:41 (UTC)

◆またしても雪玉になりかねない状態になりましたので、論点の整理を試みます。異論があれば遠慮なく訂正を願います。

一度雪玉になると(同じ議論の繰り返しにしかならないだろうという偏見が形成されるので)再提案のハードルが上がりますし、雪玉になることは即ち「提案中」のタグが剥がされ再び提案前の状態に戻される=「私論」タグが貼られることになりますので、本件提案賛成者や明確な賛成ではないにせよ私論は不適切と考える立場からは不適切な状態になることになります。「私論は不適切」との意見をお持ちの方は積極的に論点整理の為の対話に参加して戴きたいと思います。そして新たに(乃至は単に仕切り直して)私論タグを剥がしてどうするのか(提案にするのかタグ無しにするのか等)の合意を形成するべきです。
また本件提案議論の継続や再提案のハードルを下げる為に、議論参加者が合意する纏めが作成出来たら(もしも出来たならその場合に限り)「小細工」を行なうことを提案します。この「小細工提案」に於ける小細工とは、本件提案文及び該纏めを除いた間にある議論(この小細工提案に関する議論を含む)部分を全部折り畳んでしまうことです。これは「(長く未整理な)議論の全部を読んでいないのに参加しても良いのだろうか」という心理障壁の除去を目的としています。これにより新たな議論参加者やそれによる新たな論点の出現、及びそれに伴い「それが同じ議論の繰り返しではない」ことが明らかである再提案が期待出来るものと考えます。
なお私こと小細工提案者は「私論」支持者なので、このまま雪玉になり「提案中」のタグが剥がされて「私論」タグに戻され、そして再提案が難しくなることは見解に沿った結果をもたらしますから、小細工提案に関する議論を紛糾させたり、纏めの生成を妨害したりする参加者を拒絶する気は全くありません。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月16日 (土) 06:25 (UTC)
纏め内容の意見異論訂正案や、小細工提案に対する意見異論はこの場所で対話を行ない、それに沿って纏めを直接更新し合意が形成されたら折り畳みの開始位置を前に移動するのが良いかなと思っています。ですがそうしろと命令しているわけではありませんし、発言場所は自由だと考えます。--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月16日 (土) 06:25 (UTC)
◆えー、Kiyoweap氏から早速変更がありました。「私ことCray-G一人だけが反対しているのにマーカーの内容を勝手に決定するとは横暴だ」と言いたいようですが、本当にそう言いたいのかどうかは言葉が足りなくてわかりません。--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月16日 (土) 07:25 (UTC)
◆とりあえず見ていることはわかったのでKiyoweap氏に二点お聞きします。
  1. 言いたい内容が「勝手に纏めを作るな(作る前に許可を取れ)」なのか「纏めを作るな(纏めを消せ)」なのか「マーカーに勝手に合意形成とか書くな(マーカーの内容を訂正しろ)」なのか、それ以外なのかがわかりません。
  2. 要約に「Maddestmagicianさん1に対し反論者が私とタバコはマーダーさんの2対1で進んでいる状態において、勝手にまとめたり合意形成の文句をつけないでください。」とありますが、私見では現状、賛成2反対1ではないと考えます。本当に賛成2反対1の状態であると考えているのでしょうか。
まぁ、答えは返ってこないだろうと思っていますが、とりあえず「マーカーの内容を訂正しろ」ということであれば訂正は受け入れるつもりでいる(自分でも今からこれを書いておくのはどうかと思っていた)ので。ただそれはイコールKiyoweap氏の(それも署名付きの)書き込みを単純抹消することになるので明確な同意を戴かないと出来ないわけで。あと、訂正内容は「ここまでの本件提案議論を以下のように纏めてみました。参加者の合意はまだ得られていません。」とし、(もしも合意が形成されたら)合意が得られた後で元に戻す方向で考えています。
返答が無ければ特に何もしませんので、お返事は不要です。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月16日 (土) 08:34 (UTC)


  却下勝手に合意形成の文句をつけないでください。横暴にすぎます。--Kiyoweap会話2015年5月16日 (土) 06:51 (UTC)

纏められる前の議論
  • 「小細工提案」は、現在のこの隠されている部分(この文を含む)を抹消し、この上の三行をKiyoweap氏による{{賛成}}投票の直前に移動する提案です。なお、以下の纏めは議論により改変していくことを前提としていますので、この後に発言が続くことは想定していません。が、もし続く発言があった場合には、その発言を(紛糾したまま)遺しておいて再提案を困難にする方が「私論」支持者としては都合が良いので放置しておこうかと考えています。
  賛成 Kiyoweap(提案者票)
方針であるWikipedia:ウィキペディアは何ではないかに「ウィキペディアは辞書ではありません」とあるので、その内容である本文書も方針であってしかるべき。
元々「提案中」タグが貼られていたのを、あるユーザが合意形成できたとして「私論」タグに置き換えた(版番27509075と版番29810311の差分)から。私論タグを貼ったユーザーは既にブロックされているから。(←発言者により除去
忠告を再三受けても辞書的スタブ記事の作成する人に対し効力・警告力をもたせたいから。方針ではなくともせめて「ガイドライン」とタグしないと警告用として機能しない。
解説やタグ無しでは警告性や誘導性が無い。況してや「私論」では、「私論」では応じないと言い張るユーザもいると考えられる為、拘束性が必要である。
本件提案は方針にするか否かであり、意見がまとまらなかったらガイドラインにすることになっている(と最初に宣言してある)ので、それ以外の解説にする等の案は不要。解説にしたいのなら別途議題(提案)を立ち上げてそっちで話をするべき。
  賛成 タバコはマーダー
かつては「私論」タグが貼られたが、当時とは内容が異なっており現在では「よくある疑問や編集時の混乱」を解決する内容でありWikipedia:方針とガイドライン#採用手順を満たすから。
  コメント重陽
私論であるのは問題であるが、反対者の意見を鑑みるにガイドラインや方針にしてしまうのも問題があるのかも知れない。
解説にするのが無難ではないか。
  コメントAkatsuki444
英語版では方針であることから、方針であるのが不適切だとは思わない。
コンセンサスが得られるのならどのような形になってもよい。
  コメント123.220.9.32
ガイドラインが適切。
暫定的に解説とするのはどうか。
  反対   条件付反対Gwano
「利用の手引きやヘルプ」のようなものであり、本来は方針/ガイドライン/私論という格付けの範囲に無い文書である。
私論であるのは問題であり剥がすべきである。
充分に議論が尽くされたならば方針でも構わないが、「とりあえず」でガイドラインにするのであれば反対。
賛成者に対しては、本文書の中にありWikipedia:ウィキペディアは何ではないかに無いどの内容が問題となっているのかを説明して欲しい。
  反対 世界最狂の魔法使いCray-G
多分に私論であり、良く言ってもガイドラインであり明らかに方針ではない。
初心者にとって理解の助けとなる良い手引きであるので、必要性があるならば十五歩ぐらい譲ってガイドラインなら認め得る。が、Wikipedia:方針とガイドライン#方針 (policy)に記載の「~~と考えられている基準です」の基準が記載されていないので、方針とは認められない。
忠告を再三受けても繰り返す輩は、本文書に警告性や誘導性、拘束性を付与したところでほとんどは繰り返すことを辞めないだろうから良い影響は限定的でありながら、初心者が「仕出かした」場合に方針の解釈をめぐって論争が起こると巻き込まれた初心者が参加を控えるなどの悪い影響が懸念される。
私論であると考えるが、解説にするのであれば反対しない。
賛成者に対しては、本文書を方針とすることに「方針を盾に事実上の対話拒否」を可能とする以外のどんな利益があるのか、乃至は方針としないことで「方針を盾に事実上の対話拒否」を認められる程のどんな損害が出ているのかを説明して欲しい。
  反対 伏儀
Wikipedia:五本の柱に直接リンクされているだけでは方針・ガイドライン化の根拠として薄い。
私論であると考えるが、解説にするのであれば反対しない。

主な論点としては、

本文書は方針/ガイドライン/解説/私論のいづれであるのが適切か
(方針)WP:NOTの「内容」であることから明らかに方針であるから
(方針)「よくある疑問や編集時の混乱」を解決する内容であり、Wikipedia:方針とガイドライン#採用手順を満たすから
(方針)(消極的)英語版では方針となっているから
(ガイドライン)本来は方針であると思うが、せめて「ガイドライン」とタグしないと警告用として機能しないから
(ガイドライン)私見による
(ガイドライン)(消極的)初心者にとって理解の助けとなる良い手引きであるので、必要性があるならば
(解説)それが無難そうだから
(解説)(消極的)反対しない
(私論)私見による
(私論)既存の文書をまとめただけだから
(私論)Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかで充分だから
本文書にあり現状の方針に無い内容は何か
(意見無し)
本文書を方針とすることに「方針を盾に事実上の対話拒否」以外のどんな理由があるのか、乃至は「~~対話拒否」を正当化出来るだけの根拠があるのか
(意見無し)

他、説得が試みられています。

方針やガイドラインでは問題が多そうなので解説にするというのではどうか
(拒否)方針/ガイドラインにあるメリットが無い上に、方針/ガイドラインへの昇格の道を閉ざした永久左遷であるから。
(拒否)本件提案の議論は本文書を「方針にするかガイドラインにするか」の議論であり、解説にするのは本件提案の議論から外れた議論であるから。
Wikipedia:ノートページのガイドラインでは、「方針に合致しないことがらを延々と議論し続けるのは推奨されない」ことや、「脱線しない」ことが説明され、「簡潔に書くのは、長いぐだぐだ発言は理解が難しくなり、無視されたり、分かってもらえなかったりする」からですね。ですから、「ごちゃまぜに書いたり、雑談に脱線したりしないように」書かれています。Help:ノートページには、分量が膨大になったら、議論の収束後に要点をまとめておくとあります。
辞書機能とか紙製という主張が異質な観点であると自覚しながら、長々議論し続けたために分量が膨大になるという事態を引き起こして、まとめなければならなくなったのでしょうか。そうするのではなく、Wikipedia:独自研究は載せないには「個人的な理論について議論することは、あまり歓迎されない」とあり、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは演説台ではありませんには、利用者ページにてやりましょうとあります。
そして、まとめにおいても、本人以外によるWikipedia:署名を用いて、そしてWikipedia:合意形成#合意は多数決ではありませんとあるのに、投票を結論としてしまっているのでしょうか。
世界最狂の魔法使いCray-G氏には、誤って他者の署名を用いた纏めなるものを一度除去していただきたいところです。その上で、2015年4月22日より続けている方針に合致しない事柄を取り下げたり、Wikipedia:ノートページのガイドラインWikipedia:論争の解決には主張だけでなく理由と証拠を示すように書かれていますし、自己の空想話や雑談に脱線しないように証拠などを示し、簡潔に議論を行っていただきたいところです。発言の位置とか、纏めをどうするかという脱線した話題ではなく、論点に集中していただいてもよろしいでしょうか。--タバコはマーダー会話2015年5月16日 (土) 15:44 (UTC)

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── 2度に渡って纏められてますが、マジシャンさん、ご都合よく情報操作なさっているご自覚がなさすぎませんか?異を唱えるなら訂正しろと仰いますが、<つっこみたくなるところだらけ>です。議論進行になりません。「方針を盾に事実上の対話拒否」なども既におおよそ回答済みですし、他の利用者から出た、いったん議論を離れている点を蒸し返すのも進行の妨げになります。タバコはマーダーさん同様、「纏めなるものを一度除去」ないし{{collapse}}して頂きたい意見です。

この期に及んで「私論」云々の継続は、ないでしょう
「条件付反対」なGwano さんも私論は剥がすべきとし「本格的な議論が展開されつつあるように思います.. 今の状態であれば、提案テンプレートを付けること自体には反対しません」と言及されています。

一方、「私論」の支持の方を挙げますと、1) スタブ未満のガイドライン違反・忠告を再三受けるも、乱立を改めず、本案を「私論」に降格させた S氏(§いつまでも草案に~節の提案者 )をはじめ、マジシャンさん。そして昨今ガイドライン(WP:MM - 統合)違反を私から指摘された(ノート:ヨーロッパの竜参照)上で来られたのが、伏儀さんです。三者三様でありますが、いずれも「ガイドライン」化されている内容すら、認めない・尊重しない行動内容が共通していると言っても、過言ではないでしょう。クレディビリティーは失われています。本草案についても、あくまで  反対 「私論」票を曲げないことで貫くことが予想される、なだけでしょう。ですから私論云々はさておくことが先に進む道です。方針・ガイドライン草案としての議論に移るべきと思います。

にあたりましては、本スレは、<「方針・ガイドライン」草案タグを貼った状態で継続>を結論としていったん締結し、本草案文章の功労者であるタバコはマーダーさん主導(タイミングも含め)で、公式化のスレッドを立てる方向で、いかがでしょうか?--Kiyoweap会話2015年5月17日 (日) 09:00 (UTC)

  コメント さすがに今の状態で一旦議論を仕切りなおしたいとおっしゃるのであれば、無理に結論を出すよりもご自身による「提案の(一旦)取り下げ」(もしくは「却下」)が妥当に思います。仕切り直しをするのに無理矢理合意を取り付ける必要はなく、古い提案は取り下げれば済む話です。ここで「結論として締結」と言われましてもKiyoweap様の議論提起に対する合意と取られかねないのですが、(少なくとも私は)恒久的もしくは長期の草案状態に賛同しているわけではないのに、そうであるかのような誤解を招くおそれがあります。Kiyoweap様に対して私はこれまで同じように「誤解を招く」と何度か指摘してきたわけですが、要するに私から見ればKiyoweap様の言動も「印象操作」に見えてしまうのですよ(考えの違う者同士が議論すれば意図的でなくてもそう感じることはありますので、特に表明するようなことではないとは思いますが、念のため)。元々の提案自体にも問題があり、どちらにしても今の提案では合意は難しそうに思われます。前述のように、結論が出ない場合にガイドライン化という物言いにも問題があるほか、草案状態が格の一種かどうかはここではなくWikipedia‐ノート:方針とガイドラインあたりで先にはっきりさせておく問題です。それまではあくまで公式化を目指す有意な議論を行う必要があります。しかしKiyoweap様は(例えばWP:NOTには無くて本文にあるどの内容が必要か、などの)具体的な内容に踏み込んだ議論をするおつもりがないということでしたので、おっしゃるようにタバコはマーダー様によってあらためて提案されなおされるほうが、解決への早道になるのではないかと思います。おっしゃるような「結論として締結」には同意できませんが、提案からやり直す必要性だけ同意させていただきます。もちろん、その場合はタバコはマーダー様にご負担を掛けることになりかねませんので、もしご本人のご都合に沿うのであれば、の話ですが。--Gwano会話2015年5月17日 (日) 12:32 (UTC)
先の私の投稿は、読み易いバイト数を配慮し要点に絞ってます。先を説明させてください。
...ですから、「具体的な内容に踏み込んだ議論」に移行するのであれば、Gwanoさんも、「草案」タグをつけることには同意されたということでしょう?
「具体的な内容に踏み込んだ議論」というのは、要するに草案の文章の詰めであり、WP:NOT 方針や WP:STUB、WP:MERGE ガイドライン(あるいは<合意事項>と認められるもの)とのスリ逢わせでしょう。
私からは、それを逐一を立てて公式ガイドラインの「改稿提案」の方式でやろうと思います。とりあえず「使用言語」の改稿、スタブ節「ウィキペディアの利用者の多くは、まだ内容がほとんどないスタブ記事の投稿が奨励されているということには合意しています。」の改稿などを立てます。
私見では、「方針」まで強めてしまうとあるいは支障がでそうなのは、「1義性」の部分ですが(「異なる物事が同じ表題となっている場合 (同綴異義語)」)と思いますが、重複の場合と異なり「べきです」対応となっていないことに注視すれば、よいでしょう。もう少し整理の上、これもスレを立てます。
分業的にガイドライン化を視野に据えた草案の改稿作業がおこなわれている、というかたちで「継続」ということを納得して頂けませんでしょうか?タバコはマーダーさんのご都合に合わせて、再提案を待つということで。でしたら、私のほうからは、「方針・ガイドライン提案」については、私が意図した議題内容とは異なる性質の論議にすり替わって協議が長引いた結果、云々、という断り書きの上で、取り下げを行います。--Kiyoweap会話2015年5月17日 (日) 21:48 (UTC)
もちろん具体的な議論を提起されるおつもりなのでしたら、提案者の交代を待たずとも(長期間放置されない限りは)草案状態が継続中であることに異はありません。しかし私が草案化に反対していないというよりは、下で伏儀さんのおっしゃるような感じだと思います。考えてみれば、もともと草案としての提案行為自体は合意を取り付けるものではなかった、ということで良いと思います。というか私としてはあくまで{{Infopage}}と考えているのであって、解説ページをベースに草案として提案するような形があっても構わないと思っているだけです。解説ページと位置付けることが方針・ガイドライン化を閉ざすものだとは思っていません。前述のように結論が出ないうちは{{Infopage}}と併記するのが良いというのが私の意見なのですが、まあ建設的な議論が行われている最中であれば{{Infopage}}の有無はそれほど重要ではありません(というか方針・ガイドライン化が実現すれば不要になりますので)。私も他の案件を抱えていますのですぐにはお返事できなかったり、なかなか議論に深入りできずにいますが、もうしばらく推移は見ていたいと思っています。--Gwano会話2015年5月18日 (月) 13:08 (UTC)
Cray-Gです。返信を何処に書けばいいのか良くわからないので此処に書きますね。
タバコはマーダー氏へ
辞書機能とか紙製という主張が異質な観点であると自覚しながら~~
違います。それはタバコはマーダー氏が私(の主張ではなく個人)に対する印象操作をする為に用いたい論点に過ぎず、タバコはマーダー氏の都合です。私は、私が本段落第一文のように主張する根拠と、私がその主張を取り下げ誤解であったと訂正する為にタバコはマーダー氏に出来ることを提示出来ます。が、長くなるので、「長いのは読まない」とか言われて発言を無かったこと扱いされて対話拒否する(←そうしないと印象操作に失敗するので)と「思い込んで」いるので、とりあえず今はまだ提示しないでおきます。だから読んでね?
~~投票を結論として
していません。議論が進展しなくなったので結論は出ません。纏めを試みただけです。纏めることに反対なのでしょうか? それとも纏めの内容に異議があるということとなのでしょうか?
論点に集中していただいても
こちらからもお願いしたいところです。言ってもいない内容に反論し、そうではないと説明されたら無視するのではなく。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月18日 (月) 02:16 (UTC)
Kiyoweap氏へ
<つっこみたくなるところだらけ>
是非ともつっこんで下さい。大歓迎です。それが議論です。纏めも作成出来ないぐらい紛糾していたとか、再提案のハードルがさらに上がります。
「方針・ガイドライン提案」については、私が意図した議題内容とは異なる性質の論議にすり替わって協議が長引いた結果、云々、という断り書きの上で
それが「何」にすり替わったのか聞きたいところですが、取り下げを止めることも出来ませんしね。
「方針を盾に事実上の対話拒否」なども既におおよそ回答済みですし
それに対して「関係無い回答」は戴きました。寧ろ私は、内容が「方針とするに相応しいもの」であれば「方針を盾に事実上の対話拒否」を(しぶしぶではありますが)許容するつもりです。しかし現在の内容は「方針とするに相応しいもの」ではないと考えています。そしてこの前提として「方針とする以上誰かが「方針を盾に事実上の対話拒否」を行なう」という現実があります。
他の利用者から出た、いったん議論を離れている点を
いいえ、賛成者各位から無視されているだけで「議論を離れて」はいません。未だに俎上に載っています。無かったことにしようとしないで下さい。
今の状態であれば、提案テンプレートを
その発言当時の状態であれば私も同意見でした。その後事態が動いて、発言当時の状態とは変わってしまっています。これについてはGwano氏も同意見のようですね。Gwano氏と私の意見の相違は「何とか議論を継続する(乃至速やかに再提案する)ことにより私論タグに戻さないようにする」と「私論タグに戻すしかない」の相違ですね。
私からは、それを逐一節を立てて公式ガイドラインの「改稿提案」の方式でやろうと思います
今はそれ以前の段階です。先に「草案」として認められる程度にまで内容を改善する必要があるでしょう。『ウィキペディアは辞書ではありません』というタイトルの方針があるべきであることはウィキペディアンの全員が同意するところだと私は考えます。問題は内容です。
分業的にガイドライン化を視野に据えた草案の改稿作業がおこなわれている、というかたちで「継続」ということを納得して頂けませんでしょうか?
せめて、例えば「解説にするのはどうかという案」などに関して議論が進んでいるなら、議論中ということで「提案中」タグが貼られている状態も許容範囲内かなと思うのですが、Kiyoweap氏が「そういう話は別の提案をしてやれ」と主張するので、その方向ですら議論は停止していますからね。
内容に関する説明に返答ぐらいはしていただかないことには無理があると思います。引き延ばしたいなら、本件議論の纏め作成の議論を(ぐだぐだと)続けるとか、「方針とするのに内容をどのように改善すれば良いのか」などの議論にこのまま有耶無耶に雪崩れ込むとかなら、「提案中」タグのままでも許容範囲内なんじゃないかな、と私は思います。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月18日 (月) 02:16 (UTC)
この場でノート:ヨーロッパの竜提案をやり玉に挙げられてびっくりしました。あちらのノートで返答しましたので、ご自身の反対意見の何が問題なのかもう一度よく考えた上で、こちらではなくあちらのノートでコメントしていただきたいです。残したい記述があるなら、できる限り配慮いたします。
「草案」張り替え提案についてですが、そもそも「私論」←→「草案」の付け替えは、合意どころか事前の提案すら不要です。「私論」「草案」事前の合意がなくても立項できますし、「方針」化を提案すること自体は特に妨げられません。なので、すぐ張り替えて「方針」化を提案なさればそれでよいと思います。
「方針」には「多くの利用者に支持されており、すべての利用者が従うべきだと考えられています。」とあるとおり、いかに多くの方の支持を得るかが合意形成のカギとなります。ただ、「方針」化のハードルは極めて高いのが実情です。過去に方針化に成功した文書とそうでない文書を比較すればおわかりになるかと思います。この文書はタバコはマーダー殿が精力的に改訂なされていますし、「私論」「草案」で埋もれるのは惜しいので、せめて{{Infopage}}として活用されるべきというのが私の意見です。
とはいえ、どうやら私はKiyoweap殿に不信感をもたれてしまったようですので、私の反対票は取り下げ、今後この議論には関わらないようにいたします。今後のご活躍をお祈りいたします。--伏儀会話2015年5月18日 (月) 11:59 (UTC)

  コメント 「プロジェクト:プロジェクト関連文書/リスト」を見て来ました。すでに大分話が進んでいるようで、全般的な進め方についてコメントしても意味がないのかもしれません。しかし、どうしても気になるので書かせていただきます。気になるのは、一度草案として廃案になった案を元にガイドライン化あるいは方針化をしようとしている点です。以前、Wikipedia‐ノート:独立記事作成の目安で書いたことですが、このようなルール作りでは「勢い」が必要です。言い方を変えると「推進者」です。リレー式に次々と推進者が現れればよいのですが、推進者が出てこないと、草案のままで長期間「放置」されることになります。そうすると、その間にどんどん加筆されて肥大化し、ますます合意が成立しにくくなってガイドライン化しずらくなるというのが私の感想です。少なくとも現在の案は一度草案としては廃案になり、長期間(たぶん5年以上)私論のままだったものですから、そのままで合意が成立するとは思えません。このような「勢いのない」案をてなおしするのではなく、現在の案の名称を2014年7月以前のWikipedia:ウィキペディアは字引ではないに戻して私論のままにしておき、議論の参加者みんなが合意できる範囲の小さな案を一から作り直すほうが早道だと思います。200z会話2015年7月21日 (火) 14:20 (UTC)

一度廃案になった件に関しては既にタバコはマーダー氏が指摘している通り、過去に提案され廃案となった当時の版とは、その後にタバコはマーダー氏によって為された加筆により現在の版は大きく改善されたものとなっています。このことからも「合意が成立しにくくなって」いる理由が「一度廃案になった」からではないことが伺えるものと考えます。実際、例えば{{Infopage}}であれば現在のところ反対はゼロであるなど、賛否両方とも本文書が有意な内容であることに異論は無い状態です。
少なくとも私の認識としては、現在議論が紛糾しているのは賛成者両名ともに「本件提案反対者は方針違反推奨者」といったような、或いは伏儀氏に対して「他所の議論で自身の提案に反対されたことに対する報復目的で反対している」といったような思い込みに支配された状態に陥り、例えばGwano氏に「(例えばWP:NOTには無くて本文にあるどの内容が必要か、などの)具体的な内容に踏み込んだ議論をするおつもりがない」と評価されるような、或いは私の簡単な質問に対して全く返答なく音沙汰無しになる(その割に私のブロック依頼には熱心に投稿している)等、とにかく相手の言うことを否定すること追い出すことが目的化してしまっていて、前向きな意見交換が出来ない状態に至っていることに依るものです。
もしかしたら其処まで至らせてしまった責任は反対者側(と言うか私)にもあるのかも知れませんが、いづれにせよ過去に廃案になったこと自体は全くの無関係です。
基本反対者側にも内容以外の点では本文書が方針となることに異論は無いわけで、必要なのは内容に関する議論であり、現状で賛成者側がそれを避けているから合意が成立する見込みが無い状態なのだと認識しています。なので200z氏の提案は何か認識が違うのではないかと考えます。また本文書を手直しして方針/ガイドライン化するのではなく、再作成をする方向性を模索するのであれば、それに先だって現在の本文書は一旦{{Infopage}}を貼って「私論」から「解説」に格上げ(?)しておくことを提案します。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年7月22日 (水) 06:32 (UTC)
世界最狂の魔法使いCray-Gさんが私200zの提案を認識が違うのと感じるのは、私が『「ウィキペディアは辞書ではありません」という名称のガイドラインまたは方針が必要だとしたら、現在の文章を完全に無視することも含めてどういう方法がよいか』という発想であるのに対して、世界最狂の魔法使いCray-Gさんは『現在の文章を前提として、その文章をどのような位置づけにするのがよいか』という発想で考えておられるからだと思います。出発点が違うので、話の流れが変わるのは仕方がないことだと思います。上に「ガイドラインまたは方針が必要だとしたら」と書きましたが、私自身は別に「ガイドラインまたは方針が必要だ」と思っているわけではありません。200z会話2015年7月22日 (水) 10:42 (UTC)
「解説化」({{Infopage}})に賛成します。200z会話2015年7月22日 (水) 10:42 (UTC)
どのような位置づけに
位置付けではなく内容を問題視しているのですよ。だから現在の文章を完全に無視したところで、同じ所で同じ意見の相違が現れる結果になるだけなのです。「方針にするなら内容の変更を要求する、今の内容のまま変更しないと言うのなら解説という位置付けであれば合意できる」という話なので、位置付けの話は妥協に過ぎません。それに対して本件方針化提案の賛成者であるKiyoweap氏とタバコはマーダー氏の両名共、変更も解説という位置付けも拒否しているので話が進んでいないのです。
「解説化」に賛成します。
有難う御座居ます。ですが現在のところ本件方針化提案の賛成者二名が「解説化」に反対していて、合意が成立する見通しが立って居ないのです。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年7月22日 (水) 11:06 (UTC)
新セクション#解説化を提案しますを作成しました。解説化についての続きの話はそちらでお願いします。200z会話2015年7月22日 (水) 11:29 (UTC)

WP:NOT(ウィキペディアは何ではないか)との関係

伏儀氏とGwano氏の共通項を明確化しておきます。世界最狂の魔法使いCray-G氏の1名を除き、反対とする意見は以下です。
伏儀氏は、ここはその発言の直後ですが、反対票を取り下げ議論に関わらない(意見-伏儀氏)ということです。 Gwano氏は、当初の反対(意見A)は、本格的な議論がなかっために条件反射的に反対していたので議論次第では反対しない(意見B)ということへと、議論展開を経て変化している。
Gwano氏の意見Bでは、WP:NOTからMainではなくSeealsoで参照されていることを理由に、WP:NOTの補助文書のように思う、ということです。 Gwano氏の新たに意見Cとして、WP:NOTから独立させるだけの理由があるか、WP:NOTでは足りないものは何か(意見C)、ということです。この部分については、意見-伏儀氏の、WP:NOTで十分と思う、という意見と重複していますから、伏儀氏が取り下げたとしても同様に議論されるでしょう。--タバコはマーダー会話2015年5月18日 (月) 16:04 (UTC)

WP:NOTが主であるという見解が違っているのではないかということも踏まえて、意見-タバAを挙げました。議論が思わぬ方向へ進展していったので、さらなる理由を挙げていくのが遅れてしまいました。

Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは独自の考えを発表する場ではありませんには、方針であるWikipedia:独自研究は載せないにリンクされていますし、Seealsoで参照されています。WP:NOTが存在するのでとか、Seealsoであるからというのであれば、独自研究は載せないは、このように参照されないのではないでしょうか。日本語版では本項目のWikipedia:ウィキペディアは辞書ではありませんが整備されていなかったために暫定的に、WP:NOTに要約されたものを用いていたと解釈するのが妥当なのではないかということです。
やはり執筆しようとして辞書のようにしてしまう方はそれなりに居ますし、辞書と百科事典の違いの具体例があれば、プロジェクトの目的としての百科事典のような方向へと修正しやすいですし、ウィクショナリーへの移動の検討なども踏まえていますので、要約的なWP:NOTの説明を詳しく展開しているのではないでしょうか。辞書のようにしないでほしいというだけでは分からない、辞書の構成要素だとか、辞書は何を収録し百科事典は何を収録するかの、具体例があるのでその修正の補助となるでしょう。展開された関係にあり同じ合意された事項なので、独自研究は載せないのようにかぶってきます。かぶっている部分があるということで、どちらかが排他的に合意されていないとして扱われるのではなく、どちらも合意される事項かと思います。--タバコはマーダー会話2015年5月18日 (月) 17:27 (UTC)

◆二件ありますが、同時に返答致します。それに先立ち、タバコはマーダー氏に誠意ある議論を行なう意思があることを私に示し、そして私がそれを認識したことを表明しておきます。
先ず伏儀氏の意見表明は、Kiyoweap氏から不信感を得たことで自身が誠意ある議論の障碍となることを懸念しての(=議論ではなく外交による)棄権表明であるので、「議論展開を経て変化」したわけではなく単に無意味な(非殴り合いという意味での)論争を避けただけであることを指摘しておきます。にも関わらずタバコはマーダー氏が伏儀氏の見解を却下するのではなく議論の俎上に残す意思を見せたことは、タバコはマーダー氏に誠意ある議論を行なう意思があると私に認識させたことを付記しておきます。
WP:NOTが主であるという見解が違っているのではないかということも踏まえて、意見-タバAを挙げました
その意見-タバAに対し私は既に「ですが私としてはまだこれはWP:GUIDESにある「最善の方法(ベストプラクティス)」が限度でありWP:POLICIESにある「すべての利用者が従うべきものと考えられている基準」には満たないと考えます。つまり目安ではあっても基準ではない、という意味です。」と「WP:NOTでは概要だけ観念だけの曖昧なものであり「辞書的な項目がなにかについて明確に」するには不充分~~残念ながら目安でしかなく、基準としては薄いと考えています」の二度ほど見解を返答しています。
それ以降はタバコはマーダー氏により「(私の観点では)不当に」異なる意味に書き換えられた私の言葉に対する反論をするばかり(←これにより私はタバコはマーダー氏に誠意ある議論を行なう意思が無いのではないかと疑念を持っていた)であった為、私から見ると議論は其処で停止しています。
~~が整備されていなかったために暫定的に~~と解釈するのが妥当なのではないか
はい、そしてそれが現在の内容であっても相変わらず「暫定的に~~」であると主張されています。少なくとも私は「最善の方法(ベストプラクティス)としても弱い」し以って当然に「基準にはなっていない」ことを根拠にそう主張しています。
どちらかが排他的に合意されていないとして扱われるのではなく、どちらも合意される事項かと思います
この段落は基本同意であり、この「合意される事項」であることは(私見では)全ての棄権者反対者も同意しているものと考えます。
問題はその「合意される事項」を一足飛びに(=論理の飛躍があるまま)「方針であると合意される事項」と主張するところから齟齬が生まれています。
この齟齬を解消する為の議論が必要です。「合意する」ことと「方針であると合意する」こととの間には違いがあります。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月19日 (火) 02:40 (UTC)
世界最狂の魔法使いCray-G氏におきましては、精力的にご参加なさっていただけることは喜ばしいことですが、議論の論点がどんどんずれていきますので、個別な節にしたほうがいいかと思います。
主要な反対意見として明確化した「WP:NOTで十分という論点」から、世界最狂の魔法使いCray-G氏の主張である「方針における基準ではない」という他者による了解性の弱い主張表明の繰り返しに陥っていますので、またこれが循環的にどんどんずれていく可能性があります。
これに関しては下に節をご用意いたしますので、論点を絞って、簡潔に議論を行うことにご協力いただければと思います。--タバコはマーダー会話2015年5月19日 (火) 08:25 (UTC)
協力は勿論行ないます。議論とは共同作業ですから。こちらからも協力をお願いします。論敵が同意している内容のみを繰り返し主張することをやめて欲しいのです。
本議論は「本文書を方針にする可否」の議論であって「本文書の削除の可否」ではありません。ですので「WP:NOTで十分という論点」は「本文書を方針にする可否」を論じる文脈中に存在していて且つ、「本文書が有意な情報を持たない」から「WP:NOTで十分」との主張がなされているのではありません。なので「本文書が有意な情報を持つ」と繰り返し主張することは無意味で無駄にノートページを長くしています。「本文書が有意な情報を持つ」ことは私ことCray-Gは勿論、棄権者反対者全員が同意しています。論敵が同意している内容のみを繰り返し主張することは論敵を混乱させ、議論を停滞させます。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月19日 (火) 10:22 (UTC)

他の論点の明確化

他の論点である世界最狂の魔法使いCray-G氏の主張については、私の印象として、文章を整理なさらずごちゃごちゃに書かれている印象を持っており、私に理解できていない部分があるかもしれませんが、当方で読み取れた部分をまとめます。

  • 私論であるべき、良くてガイドラインであり方針でない(意見-最狂A-4月22日)
    • 譲ってもガイドラインまであり、日本語版以外の全てで方針であっても、ジミー・ウェールズが方針である方が適切としても、これは否定されないでしょう (意思-最狂4月24日)
      • 再び見直すとガイドラインと認め得る品質だが、まだ満たない(意見-最狂B-4月28日)
        • ガイドラインにする為に十五歩譲る気になるぐらいだが、方針としてはまだ不適切であり、係かる点(たぶん辞書的項目とスタブをもっと具体的に判別できる)を満足出来るなら方針としてよい(意見-最狂C-4月28日)
          • 「辞書の具備する検索性を併せ持った百科事典」は自身でも定義できないという問題があるために、ガイドラインであれば譲り得る(意見-最狂D-5月1日)
          • 同時に、ガイドラインとしてすら反対の方向(意見-最狂D-5月1日)
            • 方針であるならばべからず集、ガイドラインであるならば判断し易い指針である必要がある(意見-最狂E-5月2日)
              • 方針にすることへの反対の最大の理由は、Wikipedia:方針とガイドライン#方針 にある基準が示されず、残念ながら目安である(意見-最狂F-5月7日)
  • 方針にすることでスタブを差し戻す方針の盾となり対話拒否が起きないか(意見-最狂B-4月28日)
  • 本文書が方針になったらスタブは許容されなくなるという危惧がある(意見-最狂C-4月28日)
    • 辞書的内容であるとする条件を明確にすれば、そのような対話拒否を回避できるのではないか(意見-最狂B-4月28日)
      • 具体的な指摘が足りない(意見-最狂C-4月28日)
        • どのような改善が必要かはわからない(意見-最狂D-4月30日)
        • 後に字引テンプレートがなくなった記事が混じった5例5記事を出し、字引テンプレートが貼られた時点でそれは単なるスタブだったと認識させることはできないのかとする意見(意見-最狂D-4月30日)
  • 初心者に対し該方針に反した利用をしようと画策している者がいるので不十分、辞書項目とスタブとが区別できるようになり、速やかな辞書項目の抹消と、スタブの抹消の阻止が出来るのがいい(意見-最狂D-5月1日)
    • 判別できないなら、WP:NOTだけでいい(意見-最狂D-5月1日)
      • 速やかに辞書項目とスタブが判別が出来るなら、威嚇を許容出来る(意見-最狂E-5月2日)
  • 以降の辞書を取り込みたいに続く(意見-最狂A-4月22日)
    • 辞書としても機能する百科事典の可能性があるが文案が全く思い付かない(意見-最狂B-4月28日)
      • 内容が問題なので方針として認められず、その問題とは紙から解き放たれ辞書としても機能する百科事典の可能性であり、これを異質な観点だと認識するので意見を譲る用意がある(意見-最狂C-4月28日)
        • 「辞書の具備する検索性を併せ持った百科事典」は自身でも定義できないという問題があるために、ガイドラインであれば譲り得る(意見-最狂D-5月1日)

次に、示されている反論を纏めます。--タバコはマーダー会話2015年5月19日 (火) 10:27 (UTC)

タバコはマーダー氏の偏った観点(私視点からは偏見)に基づいて纏められた私ことCray-Gの主張に、私が修正を加える前に反論するのは無駄であると同時に問題(←荒っぽい言葉を避けています)だと思います。修正を加えるまで待ってもらえませんかね? 返事を待ってから修正します。--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月19日 (火) 10:42 (UTC)
2015年4月22日11:57の16,946バイトから、2015年5月18日02:16の192,702バイトまでに、氏の増加分だけで半分以上の+92,659バイトも増加しており、単なる創作文なども随時紛れていますので、非常に労力をかけて読みましたが、理解に及ばず偏っている部分はあるかもしれません。また、要点として、方針やガイドラインとして、どのような理由で反対されているのかという部分に絞りましたので、省略された部分があるかもしれません。一旦それら要点に対して、どのような反論が既になされているのかといった点を整理しませんか。そうしない場合、また同様に論点がずれていくことを懸念します。--タバコはマーダー会話2015年5月19日 (火) 11:53 (UTC)
それらが「既に為されたものの単なる再掲でしかない」のならば、つまりタバコはマーダー氏は今後「再掲された内容を以って返答とする」ことは無い、と考えて良いのでしょうか? 即ち「再掲された内容がそのまま返答である」とタバコはマーダー氏が考えた場合には、「私の発言に対しタバコはマーダー氏の不理解がある」ことを認め「不理解を解消することを目的とした協力的な対話を行なう」と期待して宜しいのでしょうか?
期待出来るのであれば、この発言への返答無しに「それ」を投稿して戴いて構いません。私にとっても、タバコはマーダー氏が私の発言をどのように誤読(私の観点からは曲解)しているのかを知ることが出来、相互理解の為に有益だからです。
ですが期待出来ない、即ち「タバコはマーダー氏は私の発言への不理解があることを認めず、以って同じ返答を繰り返すのみ」なのであれば、タバコはマーダー氏がこれまで通りの(私の観点からは極めて不誠実な)対応を繰り返されることを意味しており、既に書いた通りそれは無駄であり議論の停滞を招くものであるので、議論の停滞の可能性を少しでも下げる為に私に唯一可能な「タバコはマーダー氏の反論の前に私が修正すること」を強く希望します。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月19日 (火) 12:25 (UTC)
簡潔な議論のために論点を明確にするとだけ言っております。また、次々に独自ルールを提唱し、それに沿っているならば~~私が認めたならば~~というのはやめていただきたいです。Wikipediaの方針等を証拠として挙げ、ルールを示してください--タバコはマーダー会話2015年5月19日 (火) 13:57 (UTC)
私の観点から見ると、タバコはマーダー氏は現在、無駄に文書量を増やし論点を不明瞭にしようとしています。誰も主張していない内容に対するタバコはマーダー氏の反論が、どのように論点を明確にするのでしょうか。
私はそれでも善意に受け取り、私の言葉が足りないが為に私の言わんとしていることが正常に伝わっていないだけなのであろうと推定し、結果としてタバコはマーダー氏がいつまでも同じ主張を繰り返すことを避けコミュニティを消耗させることの無いように、前記の通り譲歩をしました。しかしタバコはマーダー氏は私の精一杯の譲歩に対して、「Wikipediaの方針等を証拠として挙げ、ルールを示してください」とおっしゃいます。
以前に私はタバコはマーダー氏の次の行動を予想し、そしてタバコはマーダー氏がその通りに行動したことを指摘しています。今回もまた、今度こそは予想通りの行動をとらないで戴きたい旨を記しておくに留めて、誰も主張していない内容に対するタバコはマーダー氏の反論を見させていただくことにします。
どうぞ、誰も主張していない内容に対するタバコはマーダー氏の反論を投稿して下さって結構です。対話は(タバコはマーダー氏にそのつもりがあるのであれば)その後にしましょう。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月19日 (火) 14:56 (UTC)

ご協力いただけまして助かります。とりあえず以下のように、認識され反論があります。

そして、まとめるとこの辺りだと思います。

このあたり論点を絞って、いくつか節を分化して個々に議論を行えば、議論が行いやすいのではないかと思います。現状では反対意見と称して、荒らしとウィキペディアンの戦いを描いた大量の創作文を投入したり、独自ルールを挙げ脱線した議論へと誘導したり、非常に益のないことになっているように感じます。論理的におかしいと理由を挙げたり、井戸端の議論を挙げ実際にこういった問題が生じているのでこう解決したほうがいいとか、他の方針やガイドラインを示してウィキペディアの合意に沿っているか、あるいはウィキペディア合意に反する独自思想なので採用できない、といった相互確認がスムーズに行えることを望みます。

修正が御座いましたら、ご指摘をお願いいたします。--タバコはマーダー会話2015年5月20日 (水) 11:32 (UTC)

Cray-Gです。
  • 主張1:そんな主張はしていない。(←タバコはマーダー氏による誤読である)
  • 主張2:情報の合成なので私の主張内容とやらが私の主張内容と異なる。(←私の主張内容とやらが何を意味しているのか私には理解が出来ないので反論が適切か否かもわからない)
  • 主張2:「威嚇を許容出来る」に対して「威嚇されるでしょう」は反論になっていない。(←その前の部分の「反論」に対して私からの同意と再反論があり、しかもそれが私の主要な主張内容であるのだが、その「私の主要な主張内容」はタバコはマーダー氏によって以後無視されている)
  • 主張3:然り、証拠を提示していない。(←実は簡単に書いたのだがタバコはマーダー氏によって無視されている。当然反論も無い。詳しく書くと恐ろしく長くなり且つ時間が掛かると予想されているので、また演説すんなとか言って無視するであろうことを考えると時期尚早かと考えている)
とりあえず、私視点から見るとタバコはマーダー氏による誤読や無視が多すぎます。
タバコはマーダー氏が行なった「タバコはマーダー氏視点の纏め」と同じように、私の方からも「私ことCray-G視点の纏め」を提示しても良いでしょうかね? もちろん、タバコはマーダー氏が提唱する独自ルールでそれはタバコはマーダー氏のみが持つ特権ということになっている可能性を鑑み、提示してはならないと言われることも想定しての質問なのですが。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月20日 (水) 15:08 (UTC)
恐れ入りますが非常に労力をかけて読んでいますが、氏がWikipedia:ノートページのガイドラインを考慮されていないためか、議論というよりは文章が整理されていない雑談めいているように思えるため、まずこのように認識されているとして論点を明確化しようということです。
既に投稿されている文章が何を意味していたのかを、逆側から、議論に必要な点に絞って明確化していただけることは非常にいいことだと思います。よろしくお願い致します。--タバコはマーダー会話2015年5月21日 (木) 13:32 (UTC)
ご快諾戴けたことを喜ばしく思います。段を改めて投稿させて戴きます。--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月22日 (金) 03:18 (UTC)

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── 私こと世界最狂の魔法使いCray-G視点での、「演説すんな/議論誘導かよ」までの議論の流れです。

  • この「流れ」を見ると恐らく、まるでタバコはマーダー氏が悪質な曲解をしているように見えることでしょう。ですがそれは単に、当時は(そして現在も)まだ相互理解が出来ていなかった為にタバコはマーダー氏が私の発言内容を誤解した所為であり、タバコはマーダー氏に悪意があったわけではありません。(と、信じています)
  • 逆にこの「流れ」はタバコはマーダー氏の視点から見ると、「私ことCray-Gが悪意を以って論点を省略し印象操作をしている」と見えているはずです。ですがそれは単に、当時(そして現在も)まだ相互理解が出来ていなかった為にタバコはマーダー氏が私の主張内容を誤解し私の主張内容とは異なる内容に対して反論したからであり、私ことCray-Gに悪意があるわけではありません。(と、本人は主張しています)

私ことCray-Gの希望は先ず、この誤解を解くことです。印象操作をしてタバコはマーダー氏を貶めることではありません。この偏った観点からの「流れ」をご覧戴くことで、タバコはマーダー氏の私ことCray-Gへの誤解を解く助けとなれば、と思います。

不用意に偏った観点からの纏めを見せて印象操作に繋がるのも厭なので、とりあえず折り畳んでおきます。偏った観点からの記載であることを充分に承知してからご覧下さい。
1.これを方針とすることは即ちWikipedia自身により「百科事典の定義」をすることであり、「新たなる百科事典の概念」が生まれる可能性を阻害する。 G 2015年4月22日 (水) 11:57 (UTC)
1.1.(さらに詳細な主張→4.3.)
2.本文書は多分に私論であるべきで、良く言ってもガイドラインであり、方針としては認められない。 G 2015年4月22日 (水) 11:57 (UTC)
2.1.英語版の方針の翻訳を元にしているが? Akatsuki444 2015年4月23日 (木) 14:04 (UTC)
2.1.1.英語版の方針の翻訳を元にしている事実は、方針として認めない根拠を否定しない。(=英語版では必要性があったのかも知れないが日本語版には無いと主張)G 2015年4月24日 (金) 12:45 (UTC)
2.2.貴方ことCray-Gの主張が、方針ではないがガイドラインにしても良いと変わったのであれば、草案とすることを認めるとの表明を希望する。タバ 2015年4月30日 (木) 14:46 (UTC)
2.2.1.表明しない。何故ならば全く変わっておらずガイドラインとしてすら反対だからである。そして必要性があるならば譲る(=賛成する)意思はあるので、私ことCray-Gは必要性を理解することを希望している。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
3.本文書は私論にしておくには惜しい程に良く書かれているので、初心者にとって理解の助けとなる良い手引きである。 G 2015年4月22日 (水) 11:57 (UTC)
4.かつては私論の範疇を超えないものであったが、現在ではWikipedia:方針とガイドライン#採用手順に合致している。タバ 2015年4月28日 (火) 06:04 (UTC)
4.1.まだ目安ではあっても基準ではない。G 2015年4月28日 (火) 11:15 (UTC)
4.2.もう少し基準(=「辞書的内容である」と断じるべき条件)を明確にする必要があると主張する。でなければ「気に入らないスタブ」を差し戻す為の「方針を盾に事実上の対話拒否」が為される懸念がある。G 2015年4月28日 (火) 11:15 (UTC)
4.2.1.スタブは許容されていて且つそれは当記事の内容と矛盾しない。故に「気に入らないスタブ」を差し戻すことは出来ない。タバ 2015年4月28日 (火) 13:09 (UTC)
4.2.1.1.前半は認める。が、後半は認めない。何故ならば、本文書を以ってしてもなお「辞書的内容とスタブの違いが不明瞭」であることから、「気に入らないスタブ」を本文書に基づき「辞書的内容である」と主張することで差し戻すことが出来るからである。G 2015年4月28日 (火) 17:58 (UTC)
4.2.1.1.1.貴方ことCray-Gは、スタブが許容されなくなると懸念している。タバ 2015年4月29日 (水) 00:08 (UTC)
4.2.1.1.1.1.その通り。G 2015年4月30日 (木) 12:57 (UTC)
4.2.1.1.2.貴方ことCray-Gは記事本文を読んでいない印象を与えている。どの点をどのように改善すればどういう方向へ変化するのかという、評価可能な意見交換へと進展することを希望する。タバ 2015年4月29日 (水) 00:08 (UTC)
4.2.1.1.2.1.具体例として、一項目以外は字引テンプレートを貼られている五項目の記事の初版を挙げた。そして現在の内容では初版から五項目のどれが辞書的スタブでどれが辞書的スタブではないかを判別出来ない(=基準が不明瞭である)ことを指摘した。またそれにより、五項目に含まれる任意の「気に入らないスタブ」記事に対して、それを「辞書的内容である」と主張された場合に、その主張に対して抵抗することは難しく差し戻されることを防げないと主張し、それを以って4.2.1.に於ける「気に入らないスタブを差し戻すことは出来ない」との主張の反例であることを主張。G 2015年4月30日 (木) 12:57 (UTC)
4.2.1.1.2.1.1.辞書的ではないスタブであると当初から判別する必要は無い。タバ 2015年4月30日 (木) 14:46 (UTC)
4.2.1.1.2.1.1.1.既に4.2.1.1.に於いて主張した理由に基づいて「必要がある」と主張している。貴方ことタバコはマーダーがそれへの反論どころか単に無視しているだけである。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
4.2.1.1.2.1.2.辞書的ではないスタブであると当初からはっきりと明確に選り分けるような指標とは不可能な理想であり、またそれはWikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは規則主義ではありませんの方針に反する。タバ 2015年4月30日 (木) 14:46 (UTC)
4.2.1.1.2.1.2.1.それが不可能であるならば、私ことCray-Gから見ると「私ことCray-Gが本文書を方針と認める可能性が無い、ことを貴方ことタバコはマーダーが保証する」と主張されていることになる。それはもはや私ことCray-Gから見ると方針どころか草案ですらなく「既に棄却された元草案」であるので、当然に草案テンプレを貼ることにすら同意しない。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
4.2.1.1.2.1.3.辞書的ではないスタブであると当初からはっきりと明確に選り分けるような指標が必要である(=現状では不充分である)と主張する根拠である理想を修正するべきである。タバ 2015年4月30日 (木) 14:46 (UTC)
4.2.1.1.2.1.3.1.それを「当初からはっきりと明確に選り分けるような指標」が無いのであれば、既に方針(WP:NOT)になっているので本文書を方針にすることは無意味である。そして無意味である(=wikipediaにとって利益が無い)上に、「当初からはっきりと明確に選り分ける」ことが出来ないにも関わらず「この方針のこれこれに記載されている条件に反している」と不慣れな初心者を威嚇することが可能となる弊害がある。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
4.2.1.1.2.1.3.1.1.貴方ことCray-Gは、貴方ことCray-Gが主張する「指標」が無いことから、不慣れな初心者を威嚇する虞がある、と主張している。タバ 2015年5月1日 (金) 15:08 (UTC)
4.2.1.1.2.1.3.1.1.1.いいえ、前半と後半は別個の主張である。それは特定の観点を推進する情報の合成である。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
4.2.1.1.2.1.3.1.2.本文書が「指標」を具備することは不可能であり不要である。無理難題を言うな。タバ 2015年5月1日 (金) 15:08 (UTC)
4.2.1.1.2.1.3.1.2.1.その通り、不可能であり不要である。それ故に本文書を方針とする「必要性は存在しない」と主張し且つ、必要性が無いのであれば方針とすることも不要であると主張している。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
4.2.1.1.2.1.3.1.3.本文書が「指標」を具備しようとも、威嚇を防ぐことは出来ないし、威嚇を防ぐことは本文書の役割ではない。タバ 2015年5月1日 (金) 15:08 (UTC)
4.2.1.1.2.1.3.1.3.1.その通り。しかしそれは特定の観点を推進する情報の合成の結果捏造された主張に対する反論なので意味を持たない。私ことCray-Gは「本文書が指標を具備するならば威嚇を許容する」と主張している。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
4.2.1.1.2.1.3.2.それを「当初からはっきりと明確に選り分けるような指標」が無いにも関わらず「本文書を方針とすることが無意味ではない」のであれば、本文書を方針としない場合に出来ない「何か」が本文書を方針とすることで出来るようになるはずである。それが何かを私ことCray-Gは知りたい。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
4.2.1.1.3.慣用句は辞書的とか、単に短い記事を辞書的としない等の諸注意があった上でさらに私ことタバコはマーダーがねこと猫のような具体例、筆順が説明されている等、辞書の項目にはどういうものがあり、辞書の項目が何から構成されているかといった具体例を加筆しているので不明瞭ではない。それに対して貴方ことCray-Gは具体例が少ないと主張している。タバ 2015年4月29日 (水) 00:08 (UTC)
4.2.1.1.3.1.確かに私論以外の何物でもないものがガイドラインとして認め得るものとなったことは認める。だが方針と認め得るほどではないと主張する。G 2015年4月30日 (木) 12:57 (UTC)
4.2.1.1.3.2.確かに具体例が増えていることは認める。だが方針と認め得るほどではないと主張する。G 2015年4月30日 (木) 12:57 (UTC)
4.2.1.1.4.過剰に完全な説明がなされた理想状態の説明は、ウィキペディアでは格下げされるおそれがある。タバ 2015年4月29日 (水) 00:08 (UTC)
4.2.1.1.4.1.私ことCray-Gは方針とすることに反対し私論維持を支持している。故に私ことCray-Gは、本文書が例え方針採用後に改めて私論まで格下げされようとも全く問題が無いと主張する。G 2015年4月30日 (木) 12:57 (UTC)
4.2.1.2.本文書に存在価値が無いと主張しているのではない。具体的で初心者が自分の書こうとしている記事が辞書的であるか否かを自己判断するには手頃な足掛かりとなる良い文書である。G 2015年4月28日 (火) 17:58 (UTC)
4.2.2.基準を明確にする必要があるとの主張はむしろ、本文書を方針にする必要性を認めていることである。タバ 2015年4月28日 (火) 13:09 (UTC)
4.2.2.1.その通り。内容の問題であるので、内容さえ良ければ寧ろ本文書を方針にすることを積極的に支持する。他棄権者反対者も同意見であると考える。G 2015年4月28日 (火) 17:58 (UTC)
4.2.3.私ことタバコはマーダーが加筆したことにより、「基準を明確にする必要」は満たされている。タバ 2015年4月28日 (火) 13:09 (UTC)
4.2.3.1.いいえ、内容が目安でしかなく、基準としては未だ曖昧であり、それ故に「対話して相互理解を行ない合意を形成すべき相手」を脅迫する道具としては使いものになる程度に具体的(←これがWP:NOTには無い)であり且つ使い勝手の良い程度に曖昧(←私が危惧しているのはこれ)であると主張している。G 2015年4月28日 (火) 17:58 (UTC)
4.2.3.1.1.貴方ことCray-Gは、「対話して相互理解を行ない合意を形成すべき相手」を脅迫する道具として使いものになる程度の具体性と、使い勝手の良い程度の曖昧さが本文書に必要であると主張している。タバ 2015年4月29日 (水) 00:08 (UTC)
4.2.3.1.1.1.いいえ、逆である。現在の本文書には「~~具体性~~曖昧さ」がある故に、方針として認められないと主張している。G 2015年4月30日 (木) 12:57 (UTC)
4.3.主要な論点ではないのだが、wikipediaには紙製の百科事典と異なり、新たな百科事典の概念を生みだす可能性があると考えている。例えば「辞書の索引性を具備した百科事典」のような。なのでそれを阻害しないような文案を求めている。G 2015年4月28日 (火) 11:15 (UTC)
4.3.1.貴方ことCray-Gは、ウィクショナリーとの根幹的なプロジェクトの分離に反するべきであると主張している。タバ 2015年4月28日 (火) 13:09 (UTC)
4.3.1.1.そんなことは主張していない。紙製ではない百科事典には紙製の百科事典には持ち得ない特徴を持ち得ると主張している。G 2015年4月28日 (火) 17:58 (UTC)
4.3.1.1.1.貴方ことCray-Gは、ウィクショナリーのように猫とねこを分離したいから反対している。タバ 2015年4月29日 (水) 00:08 (UTC)
4.3.1.1.1.1.いいえ。G 2015年4月30日 (木) 12:57 (UTC)
4.3.1.1.1.1.1.「いいえ」だけでは「ウィキペディアに辞書の索引性をもたせる」の意味が明らかではない。猫とねこを分離することはさらに多くの方針に反する。反対論の理由に問題があると考える。タバ 2015年4月30日 (木) 14:46 (UTC)
4.3.1.1.1.1.1.1.(まとめて回答→4.3.3.1.1.1.1.1.)
4.3.1.1.1.1.2.意見の表面だけでなく、意見交換が可能な形へと、理由を評価可能な方向へ噛み砕いて説明して欲しい。タバ 2015年4月30日 (木) 14:46 (UTC)
4.3.1.1.1.1.2.1.(まとめて回答→4.3.3.1.1.1.1.1.)
4.3.2.本文書はwikipediaが紙製の百科事典と異なることと矛盾するものではなく、むしろそれを支持し、よりわかり易く説明している文書である。タバ 2015年4月28日 (火) 13:09 (UTC)
4.3.2.1.そこだけ切り出されても困る。紙製でなければ何でも良いと主張しているのではない。G 2015年4月28日 (火) 17:58 (UTC)
4.3.2.1.1.貴方ことCray-Gが、ウィキペディアが紙製であるか否かを問題視しているのではないことは理解した。タバ 2015年4月29日 (水) 00:08 (UTC)
4.3.3.ウィクショナリーとの根幹的なプロジェクトの分離は、他の方針やガイドラインを鑑みても、五年前の内容が薄い状態での方針提案の状況を鑑みても、コミュニティーの合意が取れている。タバ 2015年4月28日 (火) 13:09 (UTC)
4.3.3.1.同意する。だが私ことCray-Gは「本文書のタイトル故に方針足り得ない」と主張しているのではなく、内容に問題があるから方針として認められないと主張している。G 2015年4月28日 (火) 17:58 (UTC)
4.3.3.1.1.貴方ことCray-Gは、ウィキペディアは百科事典でありウィクショナリーは辞書であるというプロジェクトの目的を持っている点が解せないと主張している。タバ 2015年4月29日 (水) 00:08 (UTC)
4.3.3.1.1.1.そんなことは言っていない。G 2015年4月30日 (木) 12:57 (UTC)
4.3.3.1.1.1.1.賛成にしろ反対にしろ、その根拠が、ウィキペディアに辞書の機能をもたせたいがためにということであれば、既に公式な方針であるWikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは辞書ではありませんに反する。タバ 2015年4月30日 (木) 14:46 (UTC)
4.3.3.1.1.1.1.1.「公式な方針に反する/意味が明らかではない/噛み砕いて説明して欲しい」とまで言うなら説明しましょう。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
4.3.3.1.1.1.1.1.1.演説すんなタバ 2015年5月1日 (金) 15:08 (UTC)
4.3.3.1.1.1.1.1.1.1.議論誘導かよ。別にいいけど。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)

なお、係かる誤解の発生原因の一つには勿論、私ことCray-Gによるタバコはマーダー氏への誤解が存在するはずです。そしてその一つにはタバコはマーダー氏の言葉が(私ことCray-G視点では)足りておらず、その足りない部分を「(本件提案者とタバコはマーダー氏との直接の対話や反対意見の表明が存在しなかったことから)本件提案に賛成しているタバコはマーダー氏は当然に本件提案者の主張の全てに賛同している」と私が暗黙に仮定された推測を当然にしたであろう事情や、短く纏める為(←あれでも短くしてあるのです)に省略略出来ると判断した部分が実は仮定が誤っていただけで省略してはならなかった部分だった事情等により、被害が拡大し結果としてタバコはマーダー氏に誤解をさせてしまったのかも知れません。つまり「お互い言葉が足りなかったのかな」と。と言うのは、#スタブ条項改稿案に於いて初めて本件提案者とタバコはマーダー氏との直接の対話が見られ、そこでのタバコはマーダー氏の主張内容を見る限りでは、本件提案者とタバコはマーダー氏との主張の間に根本的且つ深刻な隔たりがある可能性を感じたからです。その隔たりの有無や、それが何か、それの深刻さを判明させる議論もまた、互いの誤解を解き相互理解へと繋がる助けになるだろうと考えます。

次に私ことCray-Gが希望する二番目は、方針化議論では主要な論点が常に固定的な二点に集約される事実を御理解いただきたいということです。

方針化議論で常に集約される固定的な論点に関して

方針化議論では主要な論点が

  1. 内容が方針に相応しいか否か
  2. その内容を方針にする必要性があるか否か

の二点に集約されることと、そしてこれ等の二点が「同時に満たされなければならないわけではない」こととを理解して戴きたいということです。即ち「1.の相応しさ」が否定されても、「2.の必要性」が充分であれば「1.の相応しさ」がある程度満たされていなくても「譲る」ことになるのだということです。これは感覚的表現としては「1.の相応しさ」+「2.の必要性」<限界値である間は「譲らない」が「1.の相応しさ」+「2.の必要性」≧限界値となったら「譲る」と理解して戴いて構いません。例えば私であればその場合は「反対から棄権に変更」することになります。なのでタバコはマーダー氏の主張している通りそれは(「2.の必要性」が充分に高ければ)「不要」なのです。現在の方針の全てはそうやって合意が形成されて方針となりました。本文書もそうやって合意が形成されて方針となるはずです。

そして三番目には、前述の論点の話とも重なりますが、固定的な二点の一方のみを個別に論じようとすると議論が無駄に紛糾してしまうことを御理解いただきたいということです。

方針化議論を紛糾させる議論展開

前述の論点の話とも重なるのですが、タバコはマーダー氏自身が「不可能だと主張」していることからも想像して戴けると思うのですが、「1.の相応しさ」に限った議論は常に「不可能である vs でなきゃ認めん」の不毛な水掛け論にしかならないことを御理解下さい。本件提案に関して前向きな議論とは、「どのように変更すれば相応しい文書となるか」の議論(それを相互理解する為の、現内容の何が不満かの枝議論を包含する場合がほとんどです)か、「必要性が意外と大きい事実への理解を求める」議論(残念ながら「こうこうこれこれと困っているんだよ」という一方的な主張になりがちですが)かのいづれか乃至両方なのです。そして鍵は「2.の必要性がどの程度か」の認識の相違であり、それが「1.の相応しさ」の充分不充分に影響を与えている事実です。タバコはマーダー氏にとって「1.の相応しさ」を充分と認められる程の「2.の必要性」があると思っていても、「2.の必要性」が低いと思っている者は同じ「1.の相応しさ」を不充分であると考えるのです。ちなみに私は「2.の必要性」をゼロ(多分に私論)乃至マイナス(威嚇問題)であると考えているので、タバコはマーダー氏が「不可能な理想」と主張する程に高い「1.の相応しさ」でなければ不充分であると主張せざるを得なくなっています。これは変わるはずもない「理想」を「修正しなければ方針違反で云々」と脅迫して妥協させるものではなく、「2.の必要性」の高さを理解させることで「1.の相応しさ」が自動的に妥協されるものです。この二つの論点は相互に影響を及ぼすものであり、個別に論ずると議論を無駄に紛糾させます。

最後に、私こと世界最狂の魔法使いCray-Gの(反論を受けていない)主張を記述します。これに対する(正当な)反論は少なくとも私の主張内容を変更しますが、他の論者の主張を変更するとは限りません。

主要な論点から派生した論点=世界最狂の魔法使いCray-Gに固有の主張
  • 本文書の内容はwikipediaを「紙製の百科事典」に近づける内容である。それは(井戸端に於ける提案者の発言内容から推定する必要性の低さを鑑みると)方針に相応しくない。 G 2015年4月22日 (水) 11:57 (UTC)
    • (以降、紙製の百科事典に近づける=「辞書と分離する vs そんなことは言っていない」の水掛け論が「演説すんな」まで続く)
    • (以降、方針に「相応しい vs 相応しくない」の水掛け論が続いている、この水掛け論は「本文書を方針にする必要性があるか否か」を無視する限り永遠に水掛け論であり続ける)
  • 本文書の内容は多分に私論(=漏れや曖昧さが多い解説)に過ぎず、良く言ってもガイドライン(=ある程度の必要性があるならばそう認めても良い程度には目安として機能出来る)である。だが方針(=基準)としては認められない。 G 2015年4月22日 (水) 11:57 (UTC)
    • (方針として認められない根拠)基準として機能出来る内容はWP:NOTと事実上同一であり、故に「基準として機能させる必要性」は無い。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
      • (WP:NOTと事実上同一である根拠)本文書を方針とせずWP:NOTのみである場合に出来ない「何」かが本文書を方針とすることで出来るようになるはずである。それは「何」か。(=その「何」かは存在しないか、存在したとしても事実上存在意義を認められない些細な問題である、と主張)G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
    • (方針として認められない根拠)基準として機能させることにより、「対話して相互理解を行ない合意を形成すべき相手」に対し脅迫を行なう「方針を盾に事実上の対話拒否」を行なう根拠を与えることになる。(=この弊害に目を瞑れる程の必要性があるとは思えない)G 2015年4月28日 (火) 17:58 (UTC)
      • それが禁止されていることは認める。また係かる禁止が本文書の役割ではないことも認める。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
      • しかしながら、「基準として機能させる必要性が無い」にも関わらず、「基準として機能させることにより係かる禁止違反に根拠を与え」ようとする理由がわからない。理由がわからない故に反対する。G 2015年4月28日 (火) 11:15 (UTC)
また(G 2015年5月20日 (水) 15:08 (UTC))に於いて「主張3:然り、証拠を提示していない。(←実は簡単に書いたのだがタバコはマーダー氏によって無視されている」と書いた「タバコはマーダー氏によって無視されている」内容を加筆して再掲します。
  • 辞書のようになっているので百科事典のようにする必要があるという案内は、参考文献がないので独自研究とならないように内容を修正してくださいという案内と同じようなものですよね。タバ 2015年5月1日 (金) 15:08 (UTC)
    • 前者は後者と異なります。「辞書のようになっている(WP:NOTに基づいた指摘)ので百科事典のように(WP:5に基づいた指摘)する必要がある(=方針に従え)という案内」であり、後者は「参考文献がない(WP:Vに基づいた指摘)ので独自研究とならないように(WP:NORに基づいた指摘)内容を修正してください(=方針に従え)という案内」です。前者は本文書無しに案内可能であり、後者は両方針無しには案内不可能です。G 2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
    • ですが「慣用句についての記事になっている(本文書に基づいた指摘)ので何とか(何等かの方針に基づいた指摘)する必要がある(=方針に従え)という案内」であれば後者と同じだと考えます。
以上、私ことCray-Gの主張は、前記「慣用句についての記事になっている」のような「本文書に基づかない限り不可能な指摘」があまりにも少ないこと(=多分に私論)、しかもそのわずかな指摘(例えば「慣用句についての記事になっている」)でさえ指摘出来ない所為で問題が起きているわけでもない些細な指摘に過ぎないので方針にするメリットが全く無いこと(=十五歩譲らない)、挙句の果てにそのわずかな指摘が出来るようにする為に副次的に発生し得るデメリットが大きいこと(=威嚇問題)、の三点です。
  • 「多分に私論」に関しては、私の「少ない=事実上ゼロ」とタバコはマーダー氏の「充分である」との間に意見の相違があります。
  • 「十五歩譲らない」に関しては、私の「メリットが無い」に対してタバコはマーダー氏から「どのようなメリットがあるか」に関する説明は一切ありません。
  • 「威嚇問題」に関しては、私の「デメリットが大きい」とタバコはマーダー氏の「それは他の方針の管轄なので、本文書でどんなにデメリットを増やしても大丈夫」との間に意見の相違があります。

以上、誤解がありそれを正したいと望んでいること、方針化議論に於ける主要な論点は二点に集約されること、その一方のみを論じようとすると必ず議論が紛糾すること、私こと世界最狂の魔法使いCray-Gの主張に固有の論点の四点に関し、私の見解を述べました。相互理解が行なわれ、以って幸福な合意に至ることを希望します。

世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月22日 (金) 03:18 (UTC)

ガイドラインか方針どちらかにする前駆段階の、草案テンプレートを貼るか否かに反対している、氏による主要な主張を見ていっています。氏のご説明によって解釈に大きな隔たりはなかったためか、反対という主張を構成している3つの主要な論点を確認できましたので、ここに集中することが議論を脱線しないために重要であるとの確信が強まりました。「方針ではない」という主張のみの水掛け論では議論が進みませんので。
氏の主張1「辞書機能のある百科事典論」においても、今だ説明されていないんですね。4回の独自演説の開陳「(意見-最狂A-4月22日)(意見-最狂B-4月28日)(意見-最狂C-4月28日)(意見-最狂D-5月1日)」を経て、私による諸々の独自意見はおやめくださいという指摘によって、反省し「意見-最狂D」に至っては独自演説部分を折りたたんだという反省行動によって、これ以上の話も独自演説だと氏が悟ったために、独自演説の開陳が停止し収束したのかと思っていました。
氏の主張2とは、主語を述語にかけてしまうと、よろしくないということですね。氏は「15歩を譲る」など日本語も独自に使っておられる印象がありました。情報の合成であり誤読であるということですね。情報の合成にリンクされていることから、情報源Aと情報源Bの情報を結合してしまった合成にあたるため、誤読ということですね。「それ(速やかに辞書的項目の抹消とスタブ項目の保存を当初からはっきり明確により分ける指標を意味するのが理解しやすいが、この主語は述語にかけてしまうと、情報の合成であり誤読であると強く強弁されている)が出来ない方針では、方針に反しているとして初心者が威嚇されてしまう」あたりでしょうか。詳い証拠は以下3つの引用です。
4.2.1.1.2.1.3.1.それを「当初からはっきりと明確に選り分けるような指標」が無いのであれば、既に方針(WP:NOT)になっているので本文書を方針にすることは無意味である。そして無意味である(=wikipediaにとって利益が無い)上に、「当初からはっきりと明確に選り分ける」ことが出来ないにも関わらず「この方針のこれこれに記載されている条件に反している」と不慣れな初心者を威嚇することが可能となる弊害がある。G

4.2.1.1.2.1.3.1.1.貴方ことCray-Gは、貴方ことCray-Gが主張する「指標」が無いことから、不慣れな初心者を威嚇する虞がある、と主張している。タバ

4.2.1.1.2.1.3.1.1.1.いいえ、前半と後半は別個の主張である。それは特定の観点を推進する情報の合成である。G — 世界最狂の魔法使いCray-G、2015年5月22日 (金) 03:18 (UTC)
私の考えでは、本文書を方針としない場合には出来ない「辞書的項目とスタブ項目との区別」が、本文書を方針とすることで出来るようになること、そしてそれにより「速やかなる辞書的項目の抹消」と「性急なスタブ項目の抹消の阻止」が出来るようになることを期待します。ですが本文書の内容ではそれが出来ません。そして出来ないにも関わらず、「この方針のこれこれに記載されている条件に反している」と不慣れな初心者を威嚇する為に用いる文言を増やします。 — 世界最狂の魔法使いCray-G、2015年5月1日 (金) 13:24 (UTC)
主張2:情報の合成なので私の主張内容とやらが私の主張内容と異なる。(←私の主張内容とやらが何を意味しているのか私には理解が出来ないので反論が適切か否かもわからない) — 世界最狂の魔法使いCray-G、2015年5月20日 (水) 15:08 (UTC)
氏の主張3「基準がない」とはどういうことなのか、今だ本格的に説明されていない。「主張3:然り、証拠を提示していない。実は簡単に書いたのだが」とある通り、このノートページの加筆分の半分以上を氏が占めているのにかかわらずですね。
方針を決める方法とは、Wikipedia:方針とガイドライン#方針を決める方法にあるように、ウィキメディアの原理Founding principlesに密接に関連するか、編集時の混乱を解決する方法として発展したもののどちらかであります。また、Wikipedia:方針とガイドライン#方針を決める方法には、「方針の採用にはコミュニティによる強い賛同が必ず必要です」とありますから、Wikipedia:合意形成にあるように、「ある場所のある時点における限られた編集者グループでの合意は、より大きな規模のコミュニティの合意を無効にすることはできません」ので、氏の提唱する独自方法ではなく、コミュニティに合意された方法を満たしているかを見ていかなくては、最終的にコミュニティの合意がない、無駄にエネルギーと、またノートページの分量を浪費するような不毛な議論となりかねません。
従って、氏は「方針化議論で常に集約される固定的な論点に関して」「方針化議論を紛糾させる議論展開」と題する、個人的な見解を開陳していますが、これは自己のページで行うことであると思われます。なぜなら、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは演説台ではありませんには、「ウィキペディア内部の方針やガイドラインに対する個人的意見は、現在や将来のプロジェクト運用に関連する内容であり、かつプロジェクトの進行を阻害しないようなものであれば、利用者ページ上で述べても構いません」とあるからです。
ゆえに、氏の言う「必要性」の高さを理解させることで「相応しさ」が自動的に妥協されるという理論、個人的な見解の開陳は、氏が独自に自己合意している方法であって、コミュニティの合意であることが確認できないので採用できないかと思います。
しかし、もっと重要なこととして、現在なされているのは、ガイドラインか方針にする前駆段階の草案テンプレートを貼るか否かであって、方針化の議論ではないです。反対論のそれぞれと、コミュニティの合意とを見ていく必要があります。--タバコはマーダー会話2015年5月23日 (土) 09:36 (UTC)
ん~~~「貴方ことCray-Gの主張の主要な根拠と改善に向けたお願いは全て演説として無視します」とか言われると、それは「私ことタバコはマーダーは誠意ある議論をする気は無い」と宣言しているのと普通なら同義なんですが………
しかしながら、タバコはマーダー氏がタバコはマーダー氏なりの誠意を尽くしていることは私にも伝わっています。これは恐らく、議論に対する観点の相違(相互理解の為の議論vs相手を黙らせる為の議論)があることが原因なのでしょう。そしてそれ故に私の主張の主要な根拠はタバコはマーダー氏によって存在しないことにされてしまっている(相手を黙らせる為の議論では成功すれば極めて有効な手法です)ので、このままでは私の今後の発言(≒主張)はタバコはマーダー氏にとって無根拠な発言(≒主張)に見えることになります。逆に私の方から見ると、タバコはマーダー氏は(私がしているような)演説を当然ながら一切しないので、タバコはマーダー氏が必死になって枝葉末節な挙げ足取りをしようとしているように見えるのです。そうでないことはわかっていますが。ですが現実として、このままではお互いに無駄な労力を費やすばかりになるだけです。
さて、此処で一点、私はタバコはマーダー氏に対して深刻な誤解を抱いている可能性があります。と言うのは、本件方針化提案議論とは別のところでのタバコはマーダー氏の発言が私の予想と異なっていたからです。これは誤解の存在を示唆しますが、これまでタバコはマーダー氏が(私がしているような)演説を当然ながら一切してこなかった為に、議論の中ではその示唆が一切なく気付くことが出来ませんでした。誤解があるなら正したいと考えます。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月23日 (土) 11:33 (UTC)

タバコはマーダーさんが、#他の論点の明確化で行ったまとめ、その後で、私の分も含めご自身の反論をまとめた部分は、明快なまとめだと思います。その後でマジシャンさんが3万バイト超に及ぶ量で訂正を書き込むのは常軌を逸しており、一部は折りたたみにしたとはいえ、充分に可読性に考慮したとは言えません。
タバコはマーダーさん曰く、マジシャン氏の主張2「初心者は..威嚇されるので、[サブスタブとスタブか]速やかな判別..する必要がある。」とマジシャン氏の主張3「目安であって基準ではない。」は接続しているというのは、全く私も同じ結論に達しました。

例えばエチケット方針は、エチケット違反な行動規範をあまさず記述した文書であることなどありえないません。どんどんその方向に向かえばウィキペディアに反するルール主義になってしまうことは明らかです。要するに、ある程度ファジーな、境界線がぼやけた「目安」程度の内容を方針とするのはウィキペディアのありかたなのであり、それは熟知されているはずです。それなのにマジシャンさんはそれを否定して引き下がらずに依怙地なスタンスを取られております。
姿勢以前に、そもそも議論の誤謬があります。真摯に「初心者にやさしい」ガイドラインづくりを目指すならば、容量など可読性も考慮しつつも(参:WP:CREEP私論)、充実性をみたすことが要求されます。しかし、この二つは相反しているのであり、実践的にはその中庸をとる必要があります。両極を理想的に成立するのは無理難題、あるいはパラドックスと言ってもさしつかえなく、マジシャンさん自身、そのパラドックスを解消できる方法はなんら示せないことがすでに指摘されているのです。できもしない絵空事を出せと言い張り続けることは、そろそろいい加減にひっこめて下さい。

あなたの「方針化議論で常に集約される~」「固定的な二点」についても、同じような相反するパラドックス構造が指摘できます。1. 「内容が方針に相応しいか否」については、親方針か子ガイドライン(WP:STUB)に記述されている部分は、方針/ガイドラインに合致すると立証したとしています。しかしそうすると、あなたはそれなら「親方針」で十分でないか、必要性は認められない発言しているわけです。ですからこちらを立てればあちらが立たずで、あなたはいつまでも要求値に満たないと言い続けれることができる、カラクリ構造ですよね。
しかしながら、それは必然性かどうかのマジシャンさんの判断に委ねるのがリーズナブルかどうかにかかっており、その答えは、否です。たとえば、議論の書き込みを要点をしぼり可読性を保つことを多くの利用者は「必要性」と考えていますが、あなたはこの点に関していつまでも「納得」しないどころか、一層エスカレートさせる様相だからです。
ですから、第2.点については、あなたが「妥当である」ぐらいの十五歩譲れば納得できるレベルの内容が、コミュニティーのなかではじゅうぶんに「必然性」を満たしているのです。--Kiyoweap会話2015年5月23日 (土) 19:35 (UTC)

其処まで言うならもう一度お尋ねします(勿論答えてくれないのはわかっていますよ、前も答えてくれませんでしたからね)が、Kiyoweap氏は「私が「辞書的スタブ記事」と言ったのは別名「サブスタブ」のことであり、その作成は原則許されてないことは、Wikipedia:スタブガイドラインに明文化されています。 (Kiyoweap 2015年5月3日 (日) 07:23 (UTC))」と主張したわけですが、それはWP:STUBに記載の「サブスタブ」の話であって、つまりWP:STUBの話ですよね? それはWP:STUBでするべきでしょう。何故に本文書を方針化して「警告性」だの「誘導性」だのって話が出てくるんです? WP:STUBを方針化して「警告性」だの「誘導性」だのって話になるはずだと思うのですが。
本文書は「辞書的な記事」を禁止するものです。そしてタバコはマーダー氏は「辞書的な記事」を禁止する為の記述を大幅に加筆しました。それはとても適切なことであり私は高く評価しています。ですが、スタブやサブスタブを「辞書的スタブ記事」と言い換えることで本文書を目的外利用することを妨げる程にはなっていません。そしてその瑕疵を突いて本文書を目的外利用することが本件提案に於ける方針化の目的であるとKiyoweap氏は主張しています。
何度も言うようですが、私はWP:STUBと本文書とで分業することは当然だと考えています。スタブやサブスタブに関してはWP:STUBで扱うべきであり、本文書はスタブ(やサブスタブ)を扱うべきではありません。本文書では定義ぐらいしか無いような記事に関しては(タイトルのみで判別出来る重複記事や副詞形容詞慣用句新語等を除けば)WP:STUBを参照させるに留めるべきだと主張しています。これにより、本文書でスタブとサブスタブを区別する必要は無くなります。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月24日 (日) 23:03 (UTC)
予想を忘れてました。私は、タバコはマーダー氏の返信がこの次に(上の質問の次ではなくこの次に)来ると予想しています。そしてその内容は「長い」か「演説はやめろ」か「方針を根拠にしろ」か「独自ルールはやめろ」のいづれかであることでしょう。--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月24日 (日) 23:16 (UTC)
そういう挑発やめにしませんか? --Yqm会話2015年5月25日 (月) 04:08 (UTC)
自己防衛であって挑発ではないんですが、いづれにせよ私もこんな決して合意が形成出来ない不毛な討論なんてしたくないんです。しかしこちらの話を丸無視して堂々巡りを繰り返させられ、堂々巡りを避けようとすると独自ルール呼ばわりされてまた無視され同じ内容を繰り返され、をこうも何度も繰り返されますと議論どころかディベートにすらならないもので、もうどうすればいいのやら。もしもYqm氏がタバコはマーダー氏に対して、もう少しこちらの話を聞いて挙げ足の取り合いとは違う相互理解の為の前向きな議論をするようにお話して戴けるのであれば、仲裁をお願いしたいところです。いや、その気があると思っての言葉ではないのですが、このままでは不毛な堂々巡りが繰り返されて内容の評価だとかの前向きな議論に進まない=合意形成が出来ないので、私としては調停委員会にお願いしたいところだと考えているという意味で。--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月25日 (月) 05:07 (UTC)

論点を主体に、各論者の主張の合意点と相違点を纏めてみました。異論誤解修正があればお願いします。

  1. (主題)スタブに関して
    1. (論点)スタブとサブスタブとを客観的に区別することは可能である
      1. (不可能である)合意
  2. (主題)本文書と同じタイトルを持つ文書に関して
    1. (論点)本文書と同じタイトルを持つ文書は、方針であるべきである
      1. (べきである)合意
    2. (論点)本文書の現在の内容は、方針として満たすべき充分な内容である
      1. (充分な内容である)Kiyoweap
      2. (充分な内容である)タバコはマーダー
      3. (充分な内容ではない)Cray-G
  3. (主題)本文書が方針として満たすべき充分な内容に関して
    1. (論点)本文書が方針として満たすべき充分な内容は、スタブ執筆者に対する警告性・誘導性を持つ内容を含むべきである
      1. (含んでも含まなくても問題無い)Kiyoweap「それは本文書の役割ではない」→「WP:STUBに誘導するべきである」→「含んでも含まなくても問題無い」
      2. (含んでも含まなくても問題無い)タバコはマーダー「それは本文書の役割ではない」→「WP:STUBに誘導するべきである」→「含んでも含まなくても問題無い」
      3. (含んではならない)Cray-G「それは本文書の役割ではない」→「含んでいると誤解や誤用の虞がある」→「含んではならない」
    2. (論点)本文書が方針として満たすべき充分な内容は、サブスタブ執筆者に対する警告性・誘導性を持つ内容を含むべきである
      1. (含むべきである)Kiyoweap「それを含むことこそが本件方針化提案の理由である」→「含むべきである」
      2. (含んでも含まなくても問題無い)タバコはマーダー「それは本文書の役割ではない」→「WP:STUBに誘導するべきである」→「含んでも含まなくても問題無い」
      3. (含んではならない)Cray-G「それは本文書の役割ではない」→「含んでいると誤解や誤用の虞がある」→「含んではならない」
    3. (論点)本文書が方針として満たすべき充分な内容は、スタブ執筆者とサブスタブ執筆者の両方に対する警告性・誘導性を持つ内容を含んでいる場合、スタブとサブスタブを客観的に区別する内容が必要である
      1. (議論無用)Kiyoweap「前提として不可能なので議論は無用」→「無視」
      2. (議論無用)タバコはマーダー「前提として不可能なので議論は無用」→「無視」
      3. (必要である)Cray-G「前提として不可能であるにも関わらず現にKiyoweapは主張3.1.1.と主張3.2.1.との相違より区別している」→「即ちKiyoweap(とは限らない誰か)によって恣意的にスタブ執筆者をサブスタブ執筆者であると主張することが可能である」→「スタブが許容されなくなる」→「必要である」
  4. (主題)本文書の現在の内容に関して
    1. (論点)本文書の現在の内容は、スタブ執筆者に対する警告性・誘導性を持つ内容を含んでいる
      1. (評価不要)Kiyoweap「それは本文書の役割ではない」→「WP:STUBに誘導するべきである」→「評価不要」
      2. (評価不要)タバコはマーダー「それは本文書の役割ではない」→「WP:STUBに誘導するべきである」→「評価不要」
      3. (含んでいる)Cray-G「主張3.3.3.にも関わらずそれを含んでいることこそが本件方針化提案に反対する理由である」→「含んでいる」
    2. (論点)本文書の現在の内容は、サブスタブ執筆者に対する警告性・誘導性がある内容を含んでいる
      1. (含んでいる)Kiyoweap「それを含むことこそが本件方針化提案の理由である」→「含んでいる」
      2. (評価不要)タバコはマーダー「それは本文書の役割ではない」→「WP:STUBに誘導するべきである」→「評価不要」
      3. (含んでいる)Cray-G「主張3.3.3.にも関わらずそれを含んでいることこそが本件方針化提案に反対する理由である」→「含んでいる」
  5. (主題)本文書の内容の修正に関して
    1. (論点)本文書の内容をサブスタブ執筆者に対する警告性・誘導性を持つ内容を含まないように修正することが可能である
      1. (修正不要)Kiyoweap「それを含むことこそが本件方針化提案の理由である」→「修正すべきではない」→「修正不要」
      2. (修正することは不可能)タバコはマーダー「スタブ執筆者に対して現在含んでいる警告性・誘導性に変化を与えることなく、サブスタブ執筆者のみに対する警告性・誘導性を持つ内容を含まないように修正することは不可能」
      3. (修正することが可能)Cray-G「スタブ執筆者・サブスタブ執筆者の両方共に対する警告性・誘導性を持つ内容を含まないように修正することが可能」
    2. (論点)本文書の内容をサブスタブ執筆者に対する警告性・誘導性を持つ内容を含まないように修正するにあたって、スタブ執筆者に対する現在含んでいる警告性・誘導性を維持する必要がある
      1. (議論無用)Kiyoweap「前提として修正不要なので議論は無用」→「無視」
      2. (議論無用)タバコはマーダー「前提として不可能なので議論は無用」→「無視」
      3. (必要は無い)Cray-G「それは本文書の役割ではない」→「維持する必要は無い」
    3. (論点)本文書の内容で、スタブ・サブスタブに関してはWP:STUBの役割であり、スタブ・サブスタブは辞書的記事ではないと明記するなどして本文書の役割ではないことを明確にすることに問題がある
      1. (議論無用)Kiyoweap「前提として修正不要なので議論は無用」→「無視」
      2. (議論無用)タバコはマーダー「前提として不可能なので議論は無用」→「無視」
      3. (問題は無い)Cray-G「それは本文書の役割ではない」→「当然に問題は無い」

--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月27日 (水) 04:20 (UTC)

申し訳ありませんが、何回か論点をすり替えたり、予想と称する書き込みのほうへ脱線したりしたことで、またノートページの分量が増えたからと言って、細かな理由を説明せずに賛否に近い主張だけをまとめても、進展しないのではないのでしょうか。Wikipedia:ノートページのガイドラインには、「コミュニケーションする」のところに、「賛否だけ述べてその理由を説明しないのはあまり助けになりません」とありますし、「要約する」のところには、「ノートの分量が膨大になったときには、議論の収束後にその要点をまとめておくことが推奨されています」とありますし。
今のことろ、辞書機能論については、「紙製の百科事典に近づくとか、辞書の索引性云々といった漠然としたことしか言わず」ほとんど証拠を示さず反対意見を述べたり、あるいは、百科事典プロジェクトとしての合意との関連性を説明しない独自演説のどちらかですね。理由や証拠を示して本記事のどの文章が問題になっているかを説明できないということなんでしょう。
Wikipedia:新規参加者を苛めないでくださいをはじめとしてWikipedia:善意に取るにて許容されている「案内」を「威嚇」と呼んだり、同様に、投稿ブロックについて書いてあったりしますから「方針やガイドラインは警告性を含んではいけない」ということも、コミュニティの合意にはない。この部分に対立があると主張しているということですよね。
「この方針のこれこれに記載されている条件に反している」と不慣れな初心者を威嚇することが可能となる弊害がある。G — 世界最狂の魔法使いCray-G、2015年5月22日 (金) 03:18 (UTC)
また、氏は明確な指標と呼ばれるものがないことを理由に、内容が十分ではないと主張しています。後に発展した記事に、初版時など初期に案内テンプレートを張ることを問題にしており、このコミュニティの合意としては問題のないテンプレート貼付を、問題であるとして、主張しているということですよね。
例に出した5記事のうち1記事は「現在」記事が発展していたので、その記事には辞書的だというテンプレートは用いられるべきではなかったし、世界最狂の魔法使いCray-G氏は残りの4記事は将来記事が発展しないことを知っているんですよね。
コミュニティの合意うんぬんではなくて、世界最狂の魔法使いCray-G個人のルールに照らして「問題である」ので議論しているということかと思われますが。コミュニティの合意とはかけ離れた脱線したノートページは、推奨されないものかと思います。--タバコはマーダー会話2015年5月27日 (水) 22:45 (UTC)
とりあえず、先の論点主体の纏めには異論が無いようで何よりです。何度も答えたがタバコはマーダー氏が「演説」だの「利用者ページでやれ」だのと言って無視され続けている内容は省略し、発言を短くすることを心がけてみます。
このコミュニティの合意としては問題のないテンプレート貼付を
いいえ、「このコミュニティの合意としては問題のないあるテンプレート貼付」を、問題であるとして、主張しているということです。
「任意のスタブにスタブテンプレートを貼る」ことは合意が得られています。なので問題はありません。
「任意のスタブに字引テンプレートを貼る」などという合意はされていません。なので問題があります。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月28日 (木) 01:13 (UTC)
うーん。伝わっていないようですが、賛否や主張と共に、理由や証拠を示して説得力を増す必要がありますよね。
まとめの問題は、ノートページのガイドラインにある、(問題1)議論が収束した後に、(問題2)まとめかたに沿ってまとめるということに反していますし、(問題3)コミュニティの合意に沿って賛成または個人のルールに沿って反対とかの議論の要点が隠ぺいされており分かりにくいです。
テンプレートは、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかに従って合意の下で使われているかと思います。またまた主張のみになっていて第三者が理解できません。しかし、2015年4月30日 (木) 12:57の発言を見ると、後に発展した記事は後に判明したので、初稿時にはスタブであったために辞書的項目ではないという、ゆえにそれはスタブであるという氏独自の見解なんでしょう。この主張を1か月も強弁しており、まだ継続中であるということですね。分かりました。--タバコはマーダー会話2015年5月28日 (木) 02:18 (UTC)
初稿時にはスタブであったために辞書的項目ではないという
そんなことは主張していません。辞書的項目であるか否かとスタブであるか否かは別です。
後に発展した記事は後に判明したので、初稿時にはスタブであった
タバコはマーダー氏は「スタブは辞書的項目である」と主張していますが、後に発展しようがしまいがスタブはスタブです。
「発展の見込みがないスタブ」は「辞書的項目だから発展しない」のではありません。単にWP:Nを満たしていないから発展の仕様が無いだけであり、それを指摘するのは本文書の役割ではなくWP:Nの役割であると私は主張します。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月28日 (木) 05:03 (UTC)
良く々々考えてみると、「スタブが辞書的項目であるか否か」はコミュニティーの合意の問題なのだから議論で結論すべき問題ではなく、調査投票(多数決で決めるという意味ではなく)を行ないコミュニティーの意見を問うべき問題だということに気付きました。
というわけで、「スタブが辞書的項目であるか否か」に関してコミュニティーの意見を問う為に調査投票を行なうことを、Kiyoweap氏及びタバコはマーダー氏に対して提案します。つまり両氏のいづれか一方でも拒絶するならば調査投票はしません、と言う意味で。
問題は何か?
スタブは辞書的項目であるか否か
選択肢の候補は?
スタブは辞書的項目である/スタブは辞書的項目ではない(もしかしたら「改めて合意を形成する必要がある」とかも必要かも知れない)
投票の開始・終了日時は?
(未定)合意を要する。何であれ投票中は明らかに「提案中」テンプレートが貼られることになるという意味では長めの方が色々と都合が良いのではないかと考えます。一ヶ月ぐらい? 重要性を考えればもっと長くても良いかも知れないし、或いは調査投票なんだし、ということであまり長くしても好ましくないかも知れません。
投票結果の集計方法は?
(未定)合意を要する。多数決ではないので余り厳密にする必要は無いと考えます。一方が圧倒的であれば他方は当然に再考をするべきですが、例えば拮抗しているようであれば両者共に再考するべきということで。が、少なくとも私は「スタブは辞書的項目である」が九割超とかなったら本件方針化提案に関して文句無く棄権するつもりです。
議論の要約、各意見を簡潔に並べたもの、などの投票前に論点がわかるもの、が用意できているか?
(未定)これから用意する。互いの主張内容はそれぞれ互いにすぐに用意出来るはずなので、大きな問題は無いと考えます。
投票者の資格
(未定)Wikipedia:投票にある他の投票を参考にそれなりに? IP禁止/多重アカウント禁止は当然として、荒らし予備軍とかの混入を避ける為に編集回数千回以上とか厳しい条件があった方が良いと考えます。また、投票開始時点で立頁した頁が一つ以上あり且つ投票開始時点で立頁した中に一つもスタブ/字引のテンプレートが貼られていない、とかするとKiyoweap氏の敵対者が一掃されて良いと思います。
投票に先立つ議論
本件方針化議論で。
投票場所
このノートページにそれ用の節を設ける。
特記事項
Wikipedia:ウィキペディアは辞書ではないの方針化議論の派生議論。「スタブは辞書的項目であるので現在の内容で方針化すべし」vs「スタブは辞書的項目ではないので現在の内容での方針化反対」で議論が硬直しているのを進展させる為の調査投票。多数決ではないのでこの結果により直ちに議論が決着するわけではない。
こんなところでどうでしょうか。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月28日 (木) 07:30 (UTC)
うーん。主張を裏付ける理由と証拠を示すというのが、コミュニティに合意されたウィキペディアのノートページでの方法でもあるし、ディベートの方法でもあるでしょう。それを詳しく(ノートページのガイドラインで言うところの)「コミュニケーション」せずに投票の方向へ持っていくのはよくないと思いますが。
氏の言う「スタブはスタブ」というのは、「後に記事が発展したゆえにスタブであったと判別するところのスタブを初稿時に判別できる」ということでしょう?
何について、第三者の意見をつのるんですか?以下は関連していないんですか?
以下に、wikipediaに現存する五項目ほどの初版を例に挙げます。下記五項目の中には一項目だけ、現在では字引テンプレートが無い項目が含まれています。(例を略)
で、これ等の項目に対して「効力・警告力をもたせた」「「拘束力」が明確」な文書(即ち方針)を求めている輩がもしも居たとして、件の輩が上記の全ての項目に対して「辞書的である」と主張した場合に、タバコはマーダー氏は本文書の内容からどう抗弁したら上記五項目の中にある現在では百科事典に相応しい内容となっている当時はまだ「スタブ」だった記事を「辞書的ではないスタブである」と件の輩に理解させることが出来るとお考えなのでしょうか。 — 世界最狂の魔法使いCray-G、2015年4月30日 (木) 12:57 (UTC)
--タバコはマーダー会話2015年5月28日 (木) 11:35 (UTC)
あれ?「投票に先立つ議論 本件方針化議論で」と書いていますが、方針化の議論ではなくて、ガイドライン化あるいは方針化を提案する草案テンプレートの貼付に反対していらっしゃるということですよね。方針への反対は、上記のような「初稿時に後に発展するかを判別する明確な基準がないので、現在の内容は方針には不十分」「そして威嚇問題が起こる」というような理由を1つの理由として反対されていることは分かっています。ですが、ガイドラインへの反対は、ほぼ賛否表明のみによって反対しておられるので、草案テンプレートの貼付の議論が続いていますよね。優先順位として先に明らかにすべきなのではと思います。方針化の議論ばかりしますと、ガイドラインにて妥協するなどの提案も行いにくく、無駄な労力がかかりますので。
2015年4月30日12:57の主張や、草案テンプレートへの反対は、もう取り下げられているのならば、無駄な議論につながりますので伝えておいていただきたいです。--タバコはマーダー会話2015年5月28日 (木) 11:53 (UTC)
議論を続けたいならそれでも構いませんよ、相互理解の為に。ただ、私が現在「草案テンプレにも方針化にも」反対しているのは、「スタブは辞書的項目ではない」からです。なので、もしも「飽くまでスタブは辞書的項目なんだけど、でもあまり厳しくするのはアレなので、ちょっと寛容に接しているだけ」というのがコミュニティーの合意であるのならば、私には反対する根拠が無い(=タバコはマーダー氏の言う「氏独自の見解」を根拠にしている)のです。ですから「スタブは辞書的項目であるか否か」をはっきりさせずに以降議論を続けることは、私から見ると論点回避であり論点をすり替えている(←どちらが悪いとかではなく)ことになる、つまり「無駄にエネルギーと、またノートページの分量を浪費するような不毛な議論」であるので、避けた方が良いかと思ったまでです。
氏の言う「スタブはスタブ」というのは~~ことでしょう?
何だか言い方が曖昧で不安を呼びますね。既に述べたように、
  • スタブとサブスタブの客観的な区別は出来ない。(合意)
  • スタブであろうがなかろうが辞書的であるか否かを高い確率で断定出来る基準は全てでは無いが幾つか(重複記事や動詞副詞形容詞の記事など、主にタバコはマーダー氏が本文書に加筆した内容)が判明している。(これに「スタブである」が含まれるか否かが主な論点)
  • スタブとは、辞書的項目であるか百科事典的項目であるかが未分化で区別が不能な状態を指す。その中には前記「辞書的であるか否かを高い確率で断定出来る基準」に基づいて辞書的項目と断定出来る場合も含まれていてそれ等は当然に辞書的項目と判断することが出来るが、それ以外は出来ない。(「氏独自の見解」呼ばわりされている、私が考える「コミュニティーの合意」の内容)
  • スタブが百科事典的項目として発展し得るか否かを推測する根拠はある。が、それは客観的ではないし、推測する人には知らないこともあるので、100%の区別は出来ない(「ということでしょう?」が指しているはずのもの;これが「100%の区別は出来ない」ことから「疑わしきは罰せずの精神」を以って「辞書的項目であるはずのスタブが許容されている」、というのが「コミュニティーの合意」である、という可能性があることに私は先頃気が付いたので調査投票を提案した→辞書的項目であることと、辞書的項目が百科事典的項目として発展し得るか否かとは論点が異なる→結構な長さになるので要望があるまで割愛)
です。
以下は関連していないんですか?
近い位置に居ますが、微妙に関連していません。それは「タバコはマーダー氏も『スタブは辞書的項目ではない』と考えている」前提での問い掛けです。なので「タバコはマーダー氏は『スタブは辞書的項目である』と考えている」のであれば、その問い掛けはタバコはマーダー氏にとって論点の異なる内容であるので、問い掛けもそれに対する反論もどちらも(両方を共に消耗させる以外は)無意味です。最初から知っていればそもそもしなかった問い掛けなのです。
あれ?
それが何の議論であれ、本件方針化議論の派生議論ですから。各々の派生議論はその結論が出れば、親議論に戻って親議論を続けるわけですから。
草案テンプレートの貼付に反対
はい、そうです。
ガイドラインへの反対~~
私としては、論拠が同じなのでどちらも同じですね。
  • スタブ(及びサブスタブ)に対して「定義のみだから辞書的」と判断することを明に禁止する
  • 「定義の落とし穴」のような修辞学的(詩的?)表現や、「辞書のような記事」「真に辞書の項目に近い」等の循環定義とそれに基づいた内容の除去
  • タイトルから高確率で判断出来る基準(重複、語形変化、動詞副詞形容詞、新語等)と内容に関する基準(品詞、発音、使用法等)をはっきり(落とし穴、みたいな表記ではなく)分けてさらに充実させ、各々を箇条書き(出来れば節分け)するなどの分類整理
「スタブは辞書的項目ではない」がコミュニティーの合意だと考えているので、最初の項目(=明に禁止)が満たされれば、草案もガイドライン化も強固な反対はしなくなります。それが私の勘違いで「スタブは辞書的項目である」がコミュニティーの合意であるならば、最初の項目を満たす方が御菓子いので、私は草案もガイドライン化も反対出来なくなります。
判別する明確な基準がないので~~
厳密には、スタブを「辞書的項目である」と言うことで「本文書の役割ではない」はずのスタブに関して本文書が効力を持つ(=WP:STUBの内容を無視する)ことになるからです。スタブを「辞書的項目である」と言うことを明に禁止することでも条件は満たされます。まぁ、「スタブは辞書的項目である」がコミュニティーの合意だと考えているタバコはマーダー氏にとっては「~~を明に禁止する」とか想像も出来なかったでしょうから、そっち方面の議論を避けようとしていたことは論点回避でも議論誘導でもなかったのだろうと今は考えています。
無駄な労力~~無駄な議論~~
避ける為に、明確に書いてみました。これで、議論を続けるよりも調査投票で「スタブが辞書的項目であるか否か」に関してコミュニティーの意見を問う方が良い、と考えた理由を御理解戴けたでしょうか。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月28日 (木) 14:04 (UTC)
何を言わんとしているのか、非常に分かりにくいですが、もしかして「スタブ」という用語の定義も独自なんでしょうか?「スタブは辞書的項目ではない」という強弁されている主張と、今回記述された「スタブとは、辞書的項目であるか百科事典的項目であるかが未分化で区別が不能な状態を指す」という記述が矛盾しているようにみえます。
Wikipedia:スタブには、辞書的なものと、そうでないものがあるとされ、本記事の以下の文章とでは矛盾していないと思います。
混乱の原因は、スタブの百科事典の記事が、スタブの辞書の項目によく似ており、不十分に書かれていることです。 — Wikipedia:ウィキペディアは辞書ではありません
『スタブ(及びサブスタブ)に対して「定義のみだから辞書的」と判断することを明に禁止する』ので反対しているというのは本項目にはその記述はないです。主にWikipedia:スタブで説明されていますから、そちらに規定されている以下に反対しているということになりますよね。
辞書的定義しかない場合には、{{字引}}をつける — Wikipedia:スタブ
「辞書のような記事」「真に辞書の項目に近い」等は、「慣用句・俗語」、「本当に語源、外国語、派生用語、類義語、対義語、発音、使用法などだけを説明している」と具体的に評価可能な例示があるので、循環定義になっていません。
Gwano氏伏儀氏も草案化の議論であることを認識し、既に草案化には異を呈していないところの、世界最狂の魔法使いCray-G氏による「>草案テンプレートの貼付に反対(改行)はい、そうです」があるわけですから、今のところ氏だけなんですね。
「本件方針化議論の派生議論」と言っていますが、ここは#方針・ガイドラインとして提案中の復活節ですし、戻る議論は存在していませんよ。今は、世界最狂の魔法使いCray-G氏が「スタブは辞書的項目ではない」「その明確な基準がない」「威嚇問題が起こる」として方針に反対しており、「辞書機能を具備する百科事典は自分でも分からないのでガイドラインであれば譲り得るが、同時に、ガイドラインとしてすら反対の方向([意見-最狂D-5月1日])」として、主に反対表明しかわからなからないけれど、両方に反対しているために草案化にも反対しているという感じではあるということです。今回「論拠が同じなのでどちらも同じですね」と述べられたので、「後に記事が発展したゆえにスタブであったと判別するところのスタブを初稿時に判別できる基準がない」からということだったんですね。
もし「スタブは辞書的項目である」というのがコミュニティーの合意であるならば、氏は草案もガイドライン化も反対出来ないとしています。ですが、「スタブは辞書的項目ではない」の意味が、用語を独自の意味で使っているためか全然分からないので、必要であればもう少し教えてください。--タバコはマーダー会話2015年5月28日 (木) 16:56 (UTC)
一々長いので  概要 を付けてみましたよ。何かの助けになればと思います。
既に草案化には異を呈していない
と言いますか、私を含めて「いづれにせよ自分が困るわけではない」わけですし、強硬に反対して今しているような長ったらしい議論(=タバコはマーダー氏の言うところの「無駄にエネルギーと、またノートページの分量を浪費するような不毛な議論」)に巻き込まれたくないだけでしょう。私は議論を忌避しないタイプの人種であり、またタバコはマーダー氏が(タバコはマーダー氏なりの)誠意を以って対話してくれているのでこうして平気で参加していますが。
民主主義なら会議中は黙ったままで、最後の投票で反対票なり何なりを投じるような状態なわけです。wikipediaは民主主義ではないのでそのようなことは「起こらない」ことになっていますが。
  概要 単に面倒臭いから黙ってるだけだと思いますよ。
~~からということだったんですね。
粗方は合っていますが微妙に異なります。それでは単に不可能なことを要求しているだけです。
既に少なくとも二度も述べているので簡単に言いますが、「後に~~のスタブを初稿時に判別できる基準を示すことは本文書の役割ではない」からです。
もしかして「スタブ」という用語の定義も独自なんでしょうか?必要であればもう少し教えてください
wikipedia以外でも「スタブ」という(wikipediaで使われる由来/語源となった)用語があります。私はその「由来/語源となったスタブという用語」の発祥となった分野に属する専門家であり、「由来/語源となったスタブという用語」が持つ概念を使い慣れています。そしてそれがwikipediaに於いて再定義されていませんので、その概念を当然のように使っています。私にとって「スタブ」という用語は常識的用語です。
なので私から見ると、タバコはマーダー氏の方が「常識を無視してwikipediaに於いて再定義されている部分のみから類推」するという暴論を強弁して導き出した非常識な内容に基づいた主張をしているようにしか見えていません。当然、Kiyoweap氏に至っては「再定義されている部分のみから類推すれば」と暴論を振りかざして他人を丸め込み、自己の野望を実現するのに都合の良い記述を方針に紛れこませようとしているようにしか見えていません。
ですが、「スタブ」という用語を「wikipediaに来て初めて見た」というウィキペディアンだって居ることでしょう。だとすればその「非常識な内容」だということで「コミュニティーの合意」が得られている可能性も考えられます。私の常識が世界の常識であるわけではありませんからね。お互いが「常識」だとか「当然」だとか思っていることに齟齬があるので調査投票を提案しました。これこそ「多数決ではない調査投票」の存在意義ですからね。
  概要 常識に基づいています。互いが常識と信じている内容に齟齬があるなら調査投票しか無いでしょう。
主に反対表明しかわからなからない
何故其処まで徹底的に人が話している根拠を無視して同じ主張を繰り返すのかわかりません。
  • 本文書の現在の内容は「スタブは辞書的項目である」と追認する内容なので反対しています。
  • 反対する理由/反対論の根拠は(「氏独自の見解」呼ばわりされている)「スタブは辞書的項目ではない」からです。そしてタバコはマーダー氏は「スタブは辞書的項目である」と主張しています。
  • なので論点は「スタブは辞書的項目である」が「コミュニティーの合意」であるか否かです。これが明確になっていない段階でそれ以外の論点に関して議論することは論点回避であり、タバコはマーダー氏の言うところの「無駄にエネルギーと、またノートページの分量を浪費するような不毛な議論」です。
  • ですが論点回避が有意となる明らかな例外が一つだけあります。それは既に述べた通り「必要性」の議論です。
  • そして明らかではない例外がもう一つあります。それは「タバコはマーダー氏はスタブは辞書的項目であると主張しているが、それがコミュニティーの合意であると考える根拠を実は持ち合わせていない」場合です。私は私なりの根拠を持ち合わせていて当然に疑っていませんので、私に翻意させる方法は調査投票以外にありません=無駄な議論です。しかし「タバコはマーダー氏が~~実は持ち合わせていない」のであれば、議論によりタバコはマーダー氏が翻意する可能性があります。それは一方的に私(の主張)にとって都合が良いので、私には調査投票を行なわずにこの議論を続ける意味があります。
  概要 何度も言っているんですがねぇ………
  概要 タバコはマーダー氏は自分が確信していない自覚があるにも関わらず、「スタブは辞書的項目である」ことはコミュニティーの合意であると主張している。
本記事の以下の文章とでは矛盾していないと思います。
はい、していません。ですが「好き→嫌いの反対」、「嫌い→好きの反対」となっていることは一般には矛盾だとは言いません。そしてそれを上手に利用するといくらでも矛盾を生成出来ます。
そちらに規定されている以下に反対しているということになりますよね
残念ながらなりません。「定義」と「辞書的定義」とを区別するのは本文書の役割であり、本文書の現在の内容はその役割を果たしていない、と主張しています。つまり循環定義が問題を起こしているわけです。
タバコはマーダー氏は、御自身でおっしゃっている内容の矛盾に気付いていないようなのでもう少し詳しく書きます。
  • 「定義のみだから辞書的」が「辞書的定義のみだから辞書的」であるならば、私はその禁止を要求しません。でもこれは循環定義ですよね? この判断を可能にするならば本文書に「辞書的定義」の(循環定義ではない)定義が無ければなりません。現在はありませんし本件方針化提案賛成者には記載する意思も無いようです。そして私も「辞書的ではない定義」を定義出来るとは思っていませんから、一律禁止を要求しています。
  • 逆にWP:STUBに記載の文が「辞書的定義しかない」ではなく「定義しかない」であったなら、私はその禁止を要求しません。それは「スタブは辞書的項目ではない」を否定する文であり、つまり私の考えがコミュニティーの合意ではない証拠です。
お解かり戴けますでしょうか。私の言う「定義のみだから辞書的」とWP:STUBにある「辞書的定義しかない」の二つの文は以下のように異なります。
  • 前者「定義以外が無いなら該定義が『辞書的ではない定義』であっても辞書的である」
  • 後者「定義以外が無くても該定義が『辞書的ではない定義』であるなら辞書的ではない」
この二つは矛盾していますので、いづれか一方(今は前者)の禁止を要求しています。
  概要 そう言ってるタバコはマーダー氏の方が矛盾しているんですが………
具体的に評価可能な例示があるので、循環定義になっていません
具体的に評価可能な例示を加筆して戴けたことは高く評価しています。ですが節名に「真に」と冠されていることが示すように「辞書的」の定義が「辞書的」や「辞書」等の「誰もが常識的に知っている辞書」に基づく内容を含んでいます。これは循環定義であり、「誰もが常識的に知っている辞書」として任意の主張をすることで激しい論争を引き起こせます。それが余程有り得ない主張でもない限り(例えば「定義しか無いのは辞書的」は充分あり得る)議論は混迷を極めます。現に今そうなっています。
これを「誰もが常識的に知っている辞書」に触れずに定義することが理想です。端的に言うなら、本文書を目的外利用することを望む誰かがそれを諦めるぐらいまで拡充することが理想なわけです。100%そうすることは不可能であるにせよ、九割方の問題記事を「誰もが常識的に知っている辞書」に触れずに「辞書的である」と断定出来る程度まで充実させることを目指さなければならないでしょう。
そして既に述べました通り私が強硬に反対する理由でありまた強く要求していることは、「誰もが常識的に知っている辞書」に基づいて「スタブは辞書的項目である」と主張することが可能な現在の内容でありその排除です。それが明に禁止されるならば、一転して草案には反対しなくなりますし、ガイドライン化にも寛大な態度をとるようになります。
無論、コミュニティーの合意が「スタブは辞書的項目である」ならば、その排除に正当性が無いので反対する正当性も無くなります。でもその場合にはWP:STUBに記載の「辞書的定義しかない」を「定義しかない」に書き換えることだってコミュニティーから受け入れられるはずですよね? それが受け入れられるとは到底思えませんので「スタブは辞書的項目である」はコミュニティーの合意ではないと主張します。
  概要 具体的に評価可能な例示を加筆して戴けたことは高く評価しています。でも不足しています。
  概要 「定義しか無いならば辞書的」は「誰もが常識的に知っている辞書」に基づけば妥当な判断ですが、WP:STUBに「定義しかない場合には、{{字引}}をつける」と書いてあるわけではないので矛盾している。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月29日 (金) 07:58 (UTC)
「スタブは辞書的項目である」が何を意味しているのか、わからない文章ですけど、膨大な雑談部分を省くと「スタブの意味とは、常識的な意味である」ということで、氏が説明するところの循環定義であり、未だ返答に困っていますね。またWikipedia:ウィキペディアは辞書ではありません#真に辞書の項目に近いは、「本当に語源、外国語、派生用語、類義語、対義語、発音、使用法などだけを説明している」と、誰もが常識的に知っている辞書に触れずに説明されているので、循環定義ではないですし。
けれど、既にガイドラインとなっているWikipedia:スタブばかりを問題にしていますね。本項目には「スタブは辞書的項目である」とも書いてないですし、スタブに字引テンプレートを使うなどともしていない本記事には該当する問題がないので、このノートページでやることではないでしょう。--タバコはマーダー会話2015年5月30日 (土) 17:55 (UTC)
膨大な雑談部分
私の主張の根拠やタバコはマーダー氏の発言の矛盾を指摘を全部雑談扱いして無視するのはやめて戴けませんかね。
~~と、誰もが常識的に知っている辞書に触れずに
残念ながら、タイトルと「使用法など」の「など」が相互作用を起こしています。「など」を使わなければ問題はなくなりますがそれは流石に無理だと思います。『その代わりに此処に例えば「定義しか無いというだけでは必ずしも真に辞書の項目に近いとは言えません」のような一言を追加する』ことを認めない理由は何でしょうか。
本項目には「スタブは辞書的項目である」とも書いてないですし
書いてなくともそう解釈出来るなら問題である、と私は何度も主張しています。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年6月1日 (月) 03:33 (UTC)

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────「スタブは辞書的項目である」が「コミュニティーの合意」がとれれば云々は、何と申しましょうか、例の<呪文のように一発で分かる>のごとく不合理かつ無駄に高いハードルをおっつけて、それがクリアできなければ、承服できないという、マジシャンさんのお決まりパターンですね。

<サブスタブとスタブの境界がくっきりつけられていない>ことを依然と難点としつづけておられます。そして今度は<サブスタブを作るなと言われても理解できない>という姿勢を強固にし、<すべてのスタブを禁止するというのなら理解ができる>としてその合意形成をとろう、などと飛躍しているのです。そんな合意は誰も求めても主張してもいないのを重々承知のうえで。それでもって、スタブ禁止は合意形成ではないじゃないか、そしてスタブとサブスタブは明快に区別できないからサブスタブは禁止できない、みたいに議論を運ぶおつもりでしょう。誠意を欠いた、理論ゲームです。

じっさいはWP:STUBガイドラインでは、「辞書的スタブ=サブスタブ」と「役立つスタブ」との分化点は明快ではなくとも、当初何回かは前者としてもだんだんと後者に近づけるのを努力目標せよということであり、人間、この規範にもとづいて、それなりに行動できないわけじゃありません(個人差や事情などもありましょうが)。それをまったくの融通がきかなさでもっていつまでも否定し続けているのが、マジシャンさんのスタンスです。--Kiyoweap会話2015年6月1日 (月) 03:25 (UTC)

例の<呪文のように一発で分かる>のごと
無茶を要求されれば無茶な対策が必要になる、という当然の出来事に過ぎません。
<サブスタブを作るなと言われても理解できない>という姿勢
そんな姿勢は示していません。それはWP:STUBの役割であって本文書の役割ではない、と主張しています。
~~みたいに議論を運ぶおつもり
そんなつもりはありません。既に何度も述べている通り、それはWP:STUBの役割であって本文書の役割ではない、と主張しています。
「辞書的スタブ=サブスタブ」
その言い換えは不適切であると主張しています。辞書的スタブとして文句が無いのはタバコはマーダー氏が加筆してくれた「本当に語源、外国語、派生用語、類義語、対義語、発音、使用法などだけを説明している」項目は辞書的であり、当然にそういうスタブは辞書的スタブでしょう。また「など」がある通りこれのみには限らないでしょう。問題はそれに「定義のみ」が含まれるか否かです。
私が問題視している最大の点はKiyoweap氏による「辞書的スタブ=サブスタブ」の言い換えが行なわれた時、辞書的スタブの定義の根幹となる「辞書的定義」の定義が本文書に無い(≒曖昧である)ことであり、WP:STUBのサブスタブの例から本文書に移動するなどして「辞書的定義」の定義そのものは無理でも充分に識別出来る状態にする、定義のみの場合は本文書の範疇ではないと明記してWP:STUBへ誘導する、等の対策が必要であると主張しています。何故Kiyoweap氏はそういった対策を行なうことに反対しているのですか? その理由がわかりません。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年6月1日 (月) 04:29 (UTC)
WP:STUBガイドラインに明文化されている内容を「辞書的スタブ=サブスタブ」と要約することのどこが「不適切」なのでしょう?とどのつまりマジシャンさんの言われる「不適切」というのは、<本文書内の用語の不鮮明さは自己完結的に解消されなくてはならない>(<「WP:STUB」という有用な補足文書に委ねてはならない>)などという、WP:MOSにもどこにもない「独自ルール」への勝手なこだわりです。
「反対している.. 理由がわかりません。」とおっしゃいますが、結局<呪文のように一発で分かる>の要求の蒸し返しに過ぎません。盛れのない綿密な定義をしようと思うと、「指示の肥大化」(WP:CREEP)でかえってスッと頭に入らないことは指摘済みです。もし<煩雑ならずに的確に書けた文案>を出せるものならさっさと出してください、ささっとその検討はしますよ。出せないなら潔く諦めてください。
巨視的に見て、上位方針にも下位ガイドラインにも裏打ちされてない、詰め切れてない部分から詰めるのが、もっとも効率的な進行形態なことはすでに提示しました。それを拒否されており、裏打ちができている部分にすら「追認」となるから承知できないなどといつまでも頑張るのは、進行攻妨害行為とみなされて当然です。--Kiyoweap会話2015年6月1日 (月) 17:07 (UTC)
世界最狂の魔法使いCray-G氏の意見(2015年4月30日12:57、2015年5月1日13:24)はこうですね。方針を目指すのであれば、『後に記事が発展したゆえにスタブであったと判別するところのスタブを初稿時に判別できる基準』の必要があり、そのような基準がなければ『「この方針のこれこれに記載されている条件に反している」と初心者が「威嚇」される問題』につながる。主張の要点について1か月経てもよく分からないので、解釈を伝えた。その返答は、「後に発展しようがしまいがスタブはスタブ」であり、私が「スタブは辞書的項目である」と言っているという解釈へと展開し、「スタブが辞書的項目であるか否か」の投票を行うということへと暴走している。
2015年5月28日新たな主張が追加され、「スタブは辞書的項目ではない」「定義のみだからとスタブを辞書的とすることの禁止」というものが出現した。これについても、未だ証拠や明快な理由を示さないゆえに(ノートページのガイドラインでいう)コミュニケーションが取れず、非常に妄想的、独自見解開陳的であり、未だ本文書のどの文章が氏の見解に反しているのかの明快な説明が得られていない。
しかしながら、辞書的定義だけになっているスタブに対して字引テンプレートを使うということは、Wikipedia:スタブでの合意ですので、氏が反対するとして是非を議論するのは本ノートページではお門違いであるということが明らかとなってきている。Kiyoweap氏も「じっさいはWP:STUBガイドラインでは(2015年6月1日03:25)」「WP:STUBガイドラインに明文化されている内容(2015年6月1日17:07)」と述べていることから、Wikipedia:スタブでの合意に言及する羽目になっているわけです。世界最狂の魔法使いCray-G氏は、下調べせず、本項目に問題となる文章があるかどうかも把握しないまま独自見解を開陳しはじめたために、本文書がスタブに字引テンプレートをつける原因とはなっていないことが分かっていなかったのでしょう。
そして、Wikipedia:ウィキペディアは辞書ではありません#真に辞書の項目に近い節は循環定義されておらず、この節で説明されている「本当に語源、外国語、派生用語、類義語、対義語、発音、使用法などだけを説明している」という説明は、氏がここに追加せよと強弁する「定義しか無いというだけでは必ずしも真に辞書の項目に近いとは言えません」と誤解されるようにはなっておらず、むしろ適切な修正を促すことをうまく認識させている良い定義でしょう。世界最狂の魔法使いCray-G氏が、5月8日に掲げた「WP:STUBにてスタブとサブスタブの基準を示し、本文書にて辞書的に全うな項目と百科事典的に全うな項目を示すという分業が当然である」ということが、うまくなされているんじゃないかと思われます。
『本文書の現在の内容は「スタブは辞書的項目である」と追認する内容なので反対しています』とはいったい何を意味し、本項目のどの文章を問題にしておっしゃっているんでしょうか。まったく意味が分かりません。すでに他で合意のある事柄に対して因縁を付けるようにして無理難題をあげ強弁し、議論を空転させているように思えます。--タバコはマーダー会話2015年6月1日 (月) 18:37 (UTC)
  返信 (Kiyoweap氏宛) Kiyoweap氏の反論は私の主張を繰り返していて的外れです。タバコはマーダー氏が(私の発言を無視する問題以外は)論理的であり冷静に問題を見て議論が進行するように工夫を凝らしているのに比較すると対応に困ります。
「WP:STUB」という有用な補足文書に委ねてはならない
私は寧ろ「WP:STUBに委ねましょう。だから委ねていることを明記しましょう」と主張して居ます。明記することに反対しているのはKiyoweap氏です。
  返信 (タバコはマーダー氏宛)
私が「スタブは辞書的項目である」と言っているという解釈へと展開し
するとタバコはマーダー氏は「スタブは辞書的項目である」とは主張していない、ということなのでしょうかね?
私が誤解や勘違いをしているならそう指摘して戴かないと私にはわかりません。それではお互いに「因縁を付けるようにして無理難題をあげ強弁し、議論を空転させている」ような議論展開が続いてしまうのは仕方が無いと思います。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年6月2日 (火) 00:24 (UTC)
Wikipedia:スタブにて「(サブスタブor字引)テンプレートが使えるスタブ」と「百科事典テンプレートが使えるスタブ」との両方が合意されていますからね。ゆえに「辞書的項目でないのがスタブ」という世界最狂の魔法使いCray-G氏の自己見解の延々とした開陳はおかしいです。なぜなら、スタブの用語がなにかおかしい、辞書的項目が何を指しているのか分からないという感じがありました。例えば既に「漢字字典 国」のようになっていれば、辞書的項目となっていますし、もはや定義のみの状態を脱しているのでスタブでもないので、氏の主張する「スタブは辞書的項目でない」というのは本文書の文章がなにか関係ありそうな雰囲気もありましたので、まず何を言っているのかの要点に絞ってヒアリングを行っていました。ですが、現在では氏はWikipedia:スタブで定義され合意されていることに対して、問題となる文章が見当たらない本文書の、そのノートページにて独自見解にて反対しているという「ねじれ漫談」であるという感じが濃厚となっておるように見れます。--タバコはマーダー会話2015年6月3日 (水) 00:47 (UTC)
ゆえに「辞書的項目でないのがスタブ」という
そのような主張はしていません。「辞書的項目⊃スタブ」を否定しています。これは「∃(¬辞書的項目∧スタブ)」を意味しているのであり、「¬∃(辞書的項目∧スタブ)」を意味しているのではありません。
これで伝わりますかね? 過去に2ちゃんねるで「とてもわかり易い説明」と評価を受けたので試してみたのですが。
伝わらない場合の為に同じ意味(のつもり)で書き直してみますと。
タバコはマーダー氏が反論している私の主張(だとタバコはマーダー氏が思っている内容)
全てのスタブは(例外無く)辞書的項目ではない
実際に私がしている主張
辞書的項目ではないスタブが存在する
逆に(私の認識では)タバコはマーダー氏は以下のように主張しています。
私が認識しているタバコはマーダー氏の主張
全てのスタブは(例外無く)辞書的項目である
先ず誤解の有無を確認し、誤解が解けてから反論等を始めるのは如何でしょうか?
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年6月3日 (水) 02:12 (UTC)
氏独自の用語であるかのように思える辞書的項目とスタブを説明しないまま両者の関係を演説されても全然意味がわからないですし、それよりスタブの話はもう関係のない脱線している話題であるなら取り下げてください。--タバコはマーダー会話2015年6月3日 (水) 09:22 (UTC)
それよりスタブの話は~~
私が反対している理由の主要な論拠です。全く脱線していないどころか核心に近づいてきていて、間もなく議論が大幅に進展するものと考えていました。そうならなかったのは残念です。
氏独自の用語であるかのように~~
その相違があるからこそ、その差異=論点を明確にする為に議論を行ない、誤解を解くのです。
第一義に私は「本件方針化提案に賛成する為」に合意を形成したいのであり、先ずはその合意を形成する為の対話を行なう上で障害となっている誤解を解きたいのです。誤解が解けるなら別に何でも構いませんし、「よーし、言ったな。認めたな。言質を取ったぞ。つまりお前は○○なんだろう!」と決め付けて話を無視したりもしません。私は反対する為にこうして議論を行なっているのではないのです。私には前向きに議論する意思があるので、タバコはマーダー氏の独自の用語であるところの「辞書的項目」と「スタブ」との関係について説明して戴いても、それを元に個人攻撃や印象操作はしません。
全然意味がわからないです
私の言う意味での「辞書的項目とスタブ」ではなく、タバコはマーダー氏の言う意味での「辞書的項目とスタブ」に於いては、「全てのスタブは(例外無く)辞書的項目である」は正しいですか? 正しくないですか? 或いは「タバコはマーダー氏が『正しい』と答えてくれる」ようにこの質問文を修正するとしたら、どのように修正すれば良いでしょうか?
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年6月3日 (水) 10:16 (UTC)

スタブ条項改稿案

ガイドライン化を目して、本草案をWP:STUBガイドライン等や合意事項と合致させるため、次の改稿を提案します。 WP:NAD#スタブ節にある以下の文章です。

修正前

ウィキペディアの利用者の多くは、まだ内容がほとんどないスタブ記事の投稿が奨励されているということには合意しています。もちろん、最初から内容が充実しているに越したことはありません。

改稿案
ウィキペディアでは、「スタブ」と呼ばれる書きかけ記事の作成は認められますが、辞書的な定義程度のスタブ(「サブスタブ」)の作成は否定されています(1)

主題の定義だけしかない記事を作成しても、誰かに注意されることもなく単にスタブ記事として扱われ、後に発展されることになります。

しかし、そのような記事を乱立するのはやめたほうがいいでしょう。

発生してしまった不十分なスタブに対し、他者は好意の範囲内で(2)記事を発展させて論争回避しましょう(3)。ですが本来の責任は作成者にあり(4)、指摘を受けたなら、協力の強要はできませんので、自分から果たす努力が要求されます。なので乱立は特に避けましょう。

(1) WP:STUB 「サブスタブは新規作成しないようにしてください」による
(2) つまり単発的に見かけたら過失とみなして、Wikipedia:善意にとる
(3)Wikipedia:論争の解決
(4)WP:STUB 「自分の作ったスタブに幾らかの責任を持つ」

◆少し否定的過ぎると言いますか、単に否定しているだけっぽい感じがどうかと思います。私が強硬に反対している論拠に気を使ってくれただけなのかもわかりませんが。
単に文句を言うだけなのは発展性が無いので対案を出してみます。
  • ウィキペディアの利用者の多くは、まだ内容がほとんどないスタブ記事の投稿が奨励されているということには合意しています。ですが、辞書的な定義程度の内容しか持たない記事はサブスタブと呼ばれ、歓迎されていません。
  • 作成されてしてしまったサブスタブに対しても、スタブと同様に誰かが記事を発展させてくれる可能性は常にあります。ですがその可能性がある事実は、サブスタブの作成を肯定するものではありません。もしもその主題によってサブスタブしか作れないのであれば、その主題は百科事典にふさわしくないのかもしれません。Wikipedia:独立記事作成の目安も参照し、安易に乱立することなく充分に再考してください。
最後の部分に半ば無理矢理「乱立」の語を挿入してみましたが、この部分は挙げ足取りに使われる可能性があるので、中途半端に乱立とか書かない方がいいかも知れないと考え取り消し線を入れておきました。
またこれであればスタブとサブスタブの区別は付かないにしても、頻繁に再犯する乱立者に対しては「充分に再考してない」ことを争点に持ち込めるので、少しは駆除もやり易くなるのではないかな、と。特筆性にも触れていますので、何処がWP:Nに適合しているのか問うことも出来ますし。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月18日 (月) 09:13 (UTC)
まだ議論中なので、提案は先走り過ぎだと思います。過去に、サブスタブ廃止提案もあり、スタブとサブスタブの区別には、明確な基準をうまく設けられないと意見され、うまい結論が出ていない状態だと思いますので、世界最狂の魔法使いCray-G氏が5月8日に述べた「WP:STUBにて、スタブとサブスタブの基準を示す分業が当然である」という見解が、良いのではないかと思います。
内容としては過剰ですね。杞憂や妄想から注意事項を書けば、Wikipedia:鼻に豆を詰めないでですし。--タバコはマーダー会話2015年5月21日 (木) 14:09 (UTC)
氏は「元々提案した「警告性」の意味が無いと思いますし、誘導性もありません~~当面としては次案として「方針かガイドラインの草案」タグを貼ったまま据えおくことが望ましい(Kiyoweap 2015年4月24日 (金) 08:39 (UTC))」と発言していることからもわかる通り、本文書に「警告性」や「誘導性」を持たせサブスタブ乱立者(?)を威嚇することを目的としており、また同時に、威嚇が可能な最低限度の状態として「~~なので雑でも「草案中」のタグ据え置くのに意味があります。「方針・ガイドライン提案中」が長期間に据え置かれてもよいというのは許容事実(Kiyoweap 2015年4月29日 (水) 06:49 (UTC))」と発言するなど、「草案」タグや「提案中」タグさえあれば充分と考えていて、私が入れ知恵した「引き延ばしたいなら~~「方針とするのに内容をどのように改善すれば良いのか」などの議論にこのまま有耶無耶に雪崩れ込むとかなら、「提案中」タグのままでも許容範囲内(Cray-G 2015年5月18日 (月) 02:16 (UTC))」に基づき、最低限度の状態である「提案中」タグを維持する為に本件改稿提案を行なったのではないかと思います。
本件改稿提案が行なわれた当時は先の議論が停止していて、私などは雪玉を心配する程でした。氏も同様に考えたものと思います。
しかし現時点で先の議論は再開されていますので、それが再び停止するまでは(本件改稿提案が停止していると看られない程度に具体的な指摘を避けてだらだらと投稿しつつ)放置しておくことが本件改稿提案者の意に沿うものなのではないかと推測します。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月22日 (金) 05:31 (UTC)
修正前の最初の分は、<スカスカの内容でもどんどん奨励される>(サブスタブでもなんでも大いに結構)と解釈でき、方針に反しますし、合意事項であろうはずがありません。論拠として、これがもろにWP:STUBガイドラインと衝突することを挙げています。ですのでなんら論拠も説得も欠ける現状維持案は無視します。修正分が必要と思いますので、出すならば、これこそが、ガイドラインとすり合わせたモノと主張できるような修正案を出してください。
背景を説明します。本文書の初稿2003年5月28日 (水) 06:26版(英文のまま)では、「用語の定義を並べ立たのみにとどまる記事の作成は.. 奨励/歓迎されない」(not a habit to be encouraged)と、「内容がほとんどないスタブ記事の投稿が奨励されている」(encouraged)とという相反する二つが記述されていました。日本語版では前者のみ削除されたのが経緯です(2008年5月11日 (日) 13:20版)。一方、英語版では(19:15, 14 May 2005の編集で)、前者が削除はされてはいるものの、同時に、後者を「利用者の多くは原則、それなり基準を満たした、「完ぺきなスタブ記事」の投稿が奨励されているということに合意しています」と文言を変えております。これをアレンジしての修正案の創出も可能でしょう(現在版の英語版では、「スタブ」について言及しない書き方で、日本語版で導入するには状況が整っていないと思います)。
「乱立するのはやめたほうがいいでしょう」というのは、修正以前に元々ある文章です。私が「威嚇」云々の目的で書き足したのではありません。苦言を呈されるようなら、修正前のままでも結構です。また、スタブ未満を「乱立」するなと言う点は、マジシャンさんが仰る「特筆性」(Wikipedia:特筆性 (人物)etc.)は重要な問題点ですが、個別の問題ですので、ここでのすげ替えは認められません。
私の修正案の中間の文章ですが、論旨はサブスタブ問題は「書き足りなさ」であるがために、最初の編集は立項者から行うべきで、それがWikipedia:論争の解決にのっとった道だと言っています。他の「書き誤り」な問題は、記事の特定内容XXについて(中立性・独自研究・要典拠なりの)問題に着眼し、問題発見者がそこをピンポイントで調べ編集・訂正するか、{{要検証}}等インライン・タグをつければ、発見者からでも楽にWikipedia:論争の解決の初ステップを踏めます。が、「書き足りなさ」は、「辞書定義的なスタブ」発見者が、ピンポイントならず記事項目全般を調べ、当初未定な内容XX,YY,ZZと集めて実質「役立つスタブ」を書かねばきちんと是正はできないし、かといえ内容がないところにインライン・タグはつけられません。
不当な負荷が発見者にかけるより、そもそも作った立項者に求めるのが筋だ、と言っています。立項者が、その負荷を負いたくないと言うならば、立項者でなく、その記事がそれなりに処分されるのに甘んじればよいのです。これが「辞書定義的なスタブ」に毛が生えた記事として、記事削除処理にされるのが嫌ならば、ウィクショナリーへのHelp:ソフトリダイレクトに置き換えるのを通常手段にするなどとガイドライン化するなどの方法も可能でしょう。--Kiyoweap会話2015年5月26日 (火) 06:20 (UTC)
提唱された意図は分かります。現在、「威嚇」が何を意味しているのかわからないまま主張が続いているなど、Wikipedia:ノートページのガイドラインWikipedia:論争の解決に沿って議論が行われておらず、細かな議論はその辺りの収拾がついてからでも良いのではないのかと思います。--タバコはマーダー会話2015年5月27日 (水) 13:21 (UTC)
タバコはマーダー氏の提案に同意します。此処で同じ議論を繰り返す意味はありませんから。--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年5月27日 (水) 14:17 (UTC)

解説化を提案します

現在のこのノートの状況をみると、{{Proposed}}を使える状況になっているとは思えません。{{Essay}}に戻すという選択もあると思いますが、「私論」よりも「解説」のほうが適していると考えておられる方が多いようなので、{{Proposed}}を{{Infopage}}に変更することを提案します。200z会話2015年7月22日 (水) 11:29 (UTC)

  条件付賛成先行している#方針・ガイドラインとして提案中の復活での反対者の中にも「私論であること」を問題視する人が多かったことを鑑み、また、にも関わらず件の提案者が「「ガイドライン・方針」へ昇格の道を閉ざした永久左遷」であるとして解説化に反対していたことも考え合わせ、「飽くまで暫定措置であって方針/ガイドライン化の棄却措置としてではない」との条件があるならば賛成します。--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年7月23日 (木) 05:19 (UTC)
#方針・ガイドラインとして提案中の復活での議論は収拾がつかなくなっているので打ち切りです。打ち切りを宣言するまでもなく終わっていると思いますが、はっきりさせておいたほうがよいでしょう。#スタブ条項改稿案についても、打ち切った方がよいと思いますが、「方針・ガイドラインとして提案中の復活」ほどひどい状況ではないので、参加者が続けたいなら続ければよいでしょう。新たに、方針化やガイドライン化を提案されることについては、何ら問題がありません。そもそも、私の「解説化」の提案が決まった後の新たな提案について禁止するなどということができるはずもありません。状況によっては私からガイドライン化なり方針化を提案してもいいと思っています。しかし、そのときは「方針・ガイドラインとして提案中の復活」ではなく、上にもちょっと書いた私流のやり方を提案するつもりです。勿論、Maddestmagicianさんが新しい提案をすることを制限する理由もありません。今回の提案が認められたあとのことについてはざっとこのように考えていますが、いかがでしょうか。200z会話2015年7月24日 (金) 13:59 (UTC)
雪玉は流石に仕方が無いと考えます。また前述した「「ガイドライン・方針」へ昇格の道を閉ざした永久左遷」以外には解説化反対の根拠は無かったと思いますので、条件は満たされているものと考えます。方針化に関しては、現状の内容は「WP:STUBと組み合わせるとスタブと区別をつけ難い」ことが反対理由ですので、それが如何なる形であれ(例えばWP:STUBの改訂でも良いので)解消されれば(不満はありますが)妥協の範囲内です。--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年7月25日 (土) 06:12 (UTC)

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────   コメント 提案者のサイドからすれば、本草案は、れっきとした「方針・ガイドラインの草案」です。つまりルールや判断基準「そのもの」について既述しているつもりです。ですから、個々の内容がコミュニティレベル合意に達しているとされた時点で方針・ガイドラインの正式化が成立すると考えます。

そして(既に論旨は上で述べてありますが){{Infopage}}を掲げることにOKされるということは、この草案が「合意事項を解説した」ものであると200z氏とCray-G氏からの言質をいただいたという事、すなわちWP:POLICYの定義上にある「多くの利用者に支持されている」とお認めになったことは、すなわち、本草案が「方針」または「ガイドライン」とみなす条件を、まず(サンプル的に)満たしたということになります。ありがとうございます。このことはのちのちにも言及させていただきます。--Kiyoweap会話2015年7月26日 (日) 19:53 (UTC)

合意事項であること(=多くの利用者に支持されていること)には同意しますが、「方針/ガイドライン」には不足していると主張していることを改めて表明しておきます。言質として取られると困るので表明しただけであって、上の雪玉扱いされている議論をこの場で繰り返す意図ではありません。--世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年7月27日 (月) 02:29 (UTC)
  条件付賛成 「解説」化以降の提案(方針・ガイドライン化を含む)について何ら制限しないという条件付きで賛成させていただきます。提案者殿が目論む方針・ガイドライン化についてですが、「解説」では不十分というコミュニティの賛同を得れば、「辞書ではありません」を是非”昇格”させようという流れに持って行くことができると思います。(逆に言えば、コミュニティの賛同が得られなければ、ずっと解説、または私論のままですが、そのときはあきらめて下さい。)--伏儀会話2015年7月30日 (木) 15:33 (UTC)
逆でしょ?そもそも方針・ガイドライン草案として作られている事案を、他のPOLICYとは性質の異なる「解説」({{Infopage}})と言いがかりをつけるなら、説得義務はそちらにあります。
あなた方が「解説」だと思ったら原則「解説」にするという道理がまかり通るというなら、あらゆる方針・ガイドラインもあなた方の一存で「解説」に降格される危機にさらされます。暴案ですので、早々にひっこめてください。
Maddestmagicianさんが賛成票を投じているのを見て伏儀さんもそうなさっていますが、どうもWikipedia:合意形成のなんたるかをはき違えておられますね。なんの具体議論もしない投票は調査投票にとどめて下さい。私が上の#方針・ガイドラインとして提案中の復活節でおこなったのも調査投票であり(投票は議論の代用とはならない)、継続で議論が必要だと明白にしたつもりです。
その議論とは、ガイドライン草案のどの部分が「合意事項」未満の洗い出しと討論と認識します。この作業は、じつをいうと、こちらの「解説化」案でも不可避であり、あなた方が「合意事項」看板に「条件付賛成」と多数票決するだけで議論なしに通せる筋合いのものではないのですよ。とはいえ、こちらのスレでその作業をハイジャックするというのも義理が立たない。本来「ガイドライン化提案」でするべきだけれども、脱線が多くて可読性がそこなわれているので、個々の別スレで立てると言っているのですから、それに準じてください。
「合意事項」の言質を取ったとは申しましたが、撤回可能ですし、もし具体部分について合意事項に満たないというまともな指摘・議論ができるなら、それは阻みませんよ。ただ、<これは合意事項に満たない草案である>と180度翻意するのは認めないと、言っております。つまり草案議論は、原則「合意事項」と言う前提で、具体的箇所についてその是非をつきつめる作業とします。--Kiyoweap会話2015年7月31日 (金) 18:27 (UTC)
応援コメントに対してこれほど反発的なレスポンスが返ってくるとは思いませんでした。どうも周りが敵だらけに見えておられるようです。私は200z殿の提案に賛成したつもりですので、その点勘違いしないで下さい。今後、Kiyoweap殿がどういった形で提案するかは、あなたの自由です。ただし、他の方が賛成してくれるかどうかは、提案者であるあなた自身にかかっています。「私の提案は間違っていない」と主張するだけでなく、周りの方の意見にも耳を傾けて下さい。Kiyoweap殿は私の参加をいやがっていたので今まで意見表明を控えていたのですが、どうやら本気で嫌われてしまったようです。他人の議論参加を拒絶した挙句、200z殿の提案への投票にまで難癖をつけられて正直うんざりしていますが、この場を乱すのは本意ではないので、この場は不満の吐露に留めます。これは本文書の重要性を評価した上での私の行動だとご理解下さい。少なくとも、誰一人「解説」化を「永久降格」と見なしていない点は理解して下さい。--伏儀会話2015年7月31日 (金) 23:59 (UTC)
上のコメントは、提案の進行のありかたについて、Wikipedia:合意形成#合意は多数決ではありませんガイドラインを逸脱した進行(今のところ)に釘をさしたものです。同ガイドラインによれば、単に賛成票を意思表示すだけは有効でなく、単なる賛成票に重みはないのです。
あけすけにいうなら、賛成理由が「賛成。私がそう思うから」の域を出ていないうちは、お気持ちを察することならできますが、議論として耳を傾けることはできません。--Kiyoweap会話2015年8月2日 (日) 18:21 (UTC)
「解説」がWP:POLICY#位置づけに未定義であやふやだと指摘済みです。さりとて、あなたら各自の考えでこういうものである、の説明がない。つまり、どういう再定義か性質不明なのに、ふつう賛成とかできないでしょう。
「左遷」のアナロジーでいくと、位置づけ不明な「KAISETSU室長」に出向させれられ、理由も役職内容も説明を受けないなら、世間では「永久左遷」と解釈しますよね?それとも出向時「復帰の可能性は皆無ではないよ」と肩叩かれれば<永久でない>と安堵するのですか?違うでしょう?普通の人間は、なんで降格になるのかの理由説明と、復帰条件の道筋が示されて、初めて永久でないと思うのですよ。お分かりいただけました?--Kiyoweap会話2015年8月2日 (日) 18:21 (UTC)
それとですね、Maddestmagicianさんを私のセオリーの代弁者などと認めていませんよ。上のスレを実際に読んでいたら、私は具体的な課題点とかいろいろ挙げているので、「~だけ」に尽きるとかのまとめは、おかしいでしょう。このように、他者意見や総意を往々にして情報操作してまとめる癖があり、読みづらさを指摘されている Maddestmagician さんが、「まとめていえば」などと仕切り役を買って出るのは最低の適任者といわざるを得ない、今後一切そういうことはつつしんでもらいたいと意見します。他の人もそれを鵜呑みに発言するのも今後ひかえてください。--Kiyoweap会話
先ず、これは投票ではありません。冷静になって下さい。私ことCray-G及び伏儀氏は共に解説化に賛成を表明したに過ぎず、提案者である200z氏を含めて投票であるとか多数決であるとかは誰も言っていませんし、そんな雰囲気にもなっていません。
次に、本件提案は「合意が得られる最も適切な状態」の模索の一つです。私ことCray-Gは「私論が適切/解説でも構わない/ガイドラインは難がある/方針は不適切」との意見を持っており、Kiyoweap氏は「私論は論外/解説は(後述)/ガイドラインなら認め得る/方針が適切」との意見を持っています。此処でKiyoweap氏は解説に関して「永久左遷であるので反対」以外は「方針が適切である(=故に解説は不適切)」との主張しか行なっていません。それは方針か解説かが択一であるが故に解説反対の根拠としても機能しているに過ぎない「方針が適切である根拠」であり、全く同じ内容が「方針が適切である(=故に私論は不適切)」の根拠となっています。つまり相対的な根拠に過ぎず、解決反対の根拠ではありません。
そして降格云々ですが、そもそも解説化は私論からの昇格であり降格ではありません。Kiyoweap氏は「当然に方針」との見解をお持ちのようですので「方針ではない何かになる=降格」と認識したものでしょうが、そもそも本文書は(日本語版では)これまで一瞬たりとも方針であったことがありません。私論であったのは(そして今なお私論との見解が散見されるのは)wikipediaが「辞書を再定義」することに違和感を覚えるからではないからでしょうか、百科事典さえ再定義していないのですからね。ウィクショナリーですら「辞書を再定義」していませんし。繰り返しますが、本文書は方針であったことがありません。それを「降格」だの「左遷」だのといった発言で、さも「今まで方針であった文書が不当に解説へと貶められようとしている」かのような扱いをするべきではないと考えます。
最後に、私ことCray-G及び伏儀氏はいづれも「私論が適切」との見解を持った上で解説化に賛成を表明しているのであり、これは議論無く私論タグ剥がしを強行#方針化議論に於いて一切の妥協を認めようとしなかったKiyoweap氏に対する「合意形成の為の」譲歩です。此処でも合意が形成されないようであれば、そもそもの#方針化議論の提案前の状態に戻すのが筋です。「こちらが譲歩しているのだからそちらも譲歩せよ」と言うつもりはありませんが、強硬な態度は合意形成を妨げ、事態を悪化させます。
世界最狂の魔法使いCray-G会話2015年8月3日 (月) 05:34 (UTC)
投票によって結果を導くのではないと否定しておられるそばから、現に(上の「#復活」提案の)調査投票を暫定結果とみなし、その中間が妥協点だと仰ってるではないですか。
そうやって過去の調査投票で既成事実化しようとされてますが「私論」主張は無理なのです(「広範な合意」がないという主張であり、言質に反してこれを言いつづけるのは苦しいのですよ)。ですから、私論とガイドラインを等しく天秤にかけた中間点を落としどころとして解説化を提案するのは妥当でありません。
その落としどころに応じないとて、べつに私論側の主張を受け入れない体制にはなりません。草案の正式化の肝心な部分である検証(洗い出し・論議・文章調整)の作業のなかで、具体的な主張でもって折り込むようにすればよいのです。すでに一例として、サブスタブ禁止が嫌だというあなたに対し、単発事件は看過するが、乱立することは故意だから禁じるとの調整にあっさり同意しています。--Kiyoweap会話2015年8月8日 (土) 22:20 (UTC)
そもそも「私論」であろうと、任意に「ガイドライン草案」タグをつけ草案を正式化する提案をおこなうのは所定の行為なのであって、「タグ剥がしを強行」したなどとなじられる筋合いはありません。
それなのに提案すること自体を事前に提案して通さねばならないと仰っているなら、それは二重にハードルを設置しようとするMaddestmagicianさんの意図と姿勢を如意に表すものです。
次いで、「解説」はWP:POLICYに説明がありませんから、どういう基準でこの草案を「ルールそのものではない」文書と判断するのかご説明いただけなければ、いずれルールに戻そうにも議論不可能でしょう?そのように新たにえげつないハードルが加わえるのであれば、事実上は昇格の困難化です。よって、形式上は降格でないと延々に言われても空回りしています。--Kiyoweap会話2015年8月8日 (土) 22:24 (UTC)
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