アルキノオス古希: Ἀλκίνοος, Alcinoos)は、ギリシア神話の人物である。伝説的なパイアーケス人が住むスケリア島あるいはケルキュラ島(現在のコルフ島)の王であり、王女ナウシカアーの父。アルゴー船の冒険譚、およびイタケー島の王オデュッセウスの帰国譚に登場し、特にホメーロス叙事詩オデュッセイアー』の中で述べているオデュッセウスの帰国の際の冒険物語のほとんどは、オデュッセウス自身がアルキノオスの王宮で語った体験談として語られている。

アーギュスト・マルムストレムの1853年の絵画『パイアーケス人の王アルキノオスの前のオデュッセウス』。スウェーデン国立美術館所蔵。

出身 編集

 パイアーケス人の系図(ホメーロスオデュッセイア』より)
 
 
 
 
 
エウリュメドーン
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ペリボイア
 
ポセイドーン
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ナウシトオス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
レークセーノール
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アレーテー
 
 
 
アルキノオス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ラーオダマース
 
ハリオス
 
クリュトネーオス
 
ナウシカアー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

『オデュッセイアー』によると、スケリア島の王アルキノオスは傲慢であったために滅ぼされたギガースの王エウリュメドーンの血筋にあたる。エウリュメドーンには美しい娘ペリボイアがいたが、この女性と海神ポセイドーンとの間に生まれたのがパイアーケス人の初代の王ナウシトオスであり、その息子がアルキノオスであった。アルキノオスにはレークセーノールという兄弟があり、レークセーノールが若くして世を去った後にその娘アレーテーと結婚し[1]ラーオダマースハリオスクリュトネーオス[2]、1女ナウシカアーをもうけた[3]

別の説はスケリア島をケルキュラ島と同一視し、アルキノオスの出自をケルキュラ島およびパイアーケス人の名前の由来と結びつけている。シケリアのディオドロスによると、ポセイドーンは河神アーソーポスの娘ケルキューラをイオニア海の孤島に連れ去り、彼女との間にパイアークスをもうけた。孤島はケルキューラにちなんでケルキュラ島と呼ばれるようになり、住民はパイアークスにちなんでパイアーケス人と呼ばれるようになった[4]。このパイアークスの息子がアルキノオスであるという[5]

ロドスのアポローニオスは叙事詩『アルゴナウティカ』にアルキノオス王を登場させ、またナウシトオス王についても言及しているが、その系譜については明確に言及していない[6][7][8]。またパイアーケス人の島をパイアーキア島[9]ないしドレパネー島と呼んでケルキュラ島と区別し[10]、さらにアルゴー船の航路上にケルキュラ島を登場させて名祖であるケルキューラとポセイドーンの関係について言及している[11]

アルキノオスの館 編集

『オデュッセイアー』ではアルキノオスの館の様子が描写されている。館の中は光で照らされているかのように輝き、青銅の壁で囲まれ、壁の上縁には青色の飾り帯が巡らせてある。扉および扉の把手は黄金製であり、戸柱および楣は銀製である。また入口の両側をヘーパイストスが制作した黄金製と銀製の不死の犬が衛っている。館の内部は両側の壁に島の有力者たちが食事をするための高椅子が隙間なく並べられている。また頑丈な台がいくつかあり、その上には黄金の童子像が立ち、夜の室内を明るく照らすための松明を掲げている。館では50人の下女たちが忙しく働いている。前庭の広大な果樹園は西風が成長と成熟を促進させるため、一年中果実が実るという。また葡萄園もあり、その一角では葡萄の果実が天日で乾燥され、あるいは葡萄酒造りが行われている。果樹園には2つの泉があり、1つは水路で果樹園全体を潤し、1つはアルキノオスの館とパイアーケス人の町を潤している[12]

神話 編集

アルゴー船の冒険 編集

『アルゴナウティカ』などのアルゴー船の冒険譚では、イアーソーンメーデイアは帰国の航海の途上でパイアーケス人の島を訪れる。それはアプシュルトス殺害の罪を魔女キルケーに浄められた後のこととされている[13][14]。一方、ヒュギーヌスではイストリア半島にあるパイアーケス人の国を訪れたのちにアプシュルトスの殺害が語られている[15]

アルキノオスは訪れたアルゴナウタイを国を挙げて盛大にもてなした[16]。その後、コルキス人がアルゴナウタイを追いかけて島に上陸して、メーデイアの引き渡しを要求し、それがすぐに果たされないのであれば島に対して戦争を起こすと脅した。しかしアルキノオスは平和的な解決を望んでコルキス人をなだめた。アルキノオスはゼウスの裁きを無視することなく、またコルキス王アイエーテースを軽んじることのない、万人に最善と見なされる裁きを下すべきであり、もしメーデイアがまだ処女であるならば彼女はコルキスに帰されるべきであるが、彼女がすでにイアーソーンと閨をともにする関係になっているならば引き離すことはするまいと考えた。妻であるアレーテーにどうするのかを聴かれたアルキノオスがそのことを話すと、アレーテーはその夜のうちに夫の考えをアルゴナウタイに伝えた。そこで彼らは島内にあるマクリスの聖なる洞窟でイアーソーンとメーデイアの婚礼を執り行い[17]、2人はその場所で初夜を迎えた[18]。翌日、アルキノオスは当初の予定通りにアルゴナウタイとコルキス人に両者の争いの裁定方法を告げた上で、メーデイアがイアーソーンの妻となっているために、コルキス人への引き渡しを拒否する裁きを下した。その結果、アイエーテースの怒りを恐れたコルキス人は帰国せず、パイアーケス人の国に住み着いた[19][20]

オデュッセウスの帰国 編集

 
ケルキラ島の近くにある、パイアーケス人の船が石と化したとされる小島、マウス島。

『オデュッセイアー』およびその他の文献によると、スケリア島はオデュッセウスが帰国の航海で最後にたどり着いた場所である。アルキノオスは館に現れたオデュッセウスを暖かく迎え入れた。アルキノオスはオデュッセウスがこの地に留まり、娘と結婚することを望んだ。しかし無理強いはせず、無事に故郷まで送り届けることをオデュッセウスに約束した[21]。翌日、アルキノオスはパイアーケス人の集会でオデュッセウスの送還を取り決め、若者たちに出航の準備を命じ、有力者に対してはオデュッセウスを饗応するための宴に出席することを求めた[22]

宴では楽人デーモドコストロイア戦争でのアキレウスとオデュッセウスの口論を歌った[23]。アルキノオスはデーモドコスの歌を聴いたオデュッセウスが涙を流していることに気づき、趣向を変えて競技会を開いた。すると若い競技者エウリュアロスに挑発されたオデュッセウスが円盤投げでパイアーケス人の競技者たちを圧倒し、場を静まり返らせた。そこでアルキノオスは島の舞踏者たちを呼んでデーモドコスの琴の音とともに舞踊を演じさせ、オデュッセウスを感嘆させた。このときデーモドコスはアレースヘーパイストスの留守の間にアプロディーテーと逢引する有名な神話を歌った。これに続いて息子たちハリオスとラーオダマースに舞踊を披露させた[24]。最後にオデュッセウスはデーモドコスにトロイアの木馬の歌を所望したが、オデュッセウスの涙を見たアルキノオスはデーモドコスの歌を中断させ、客人に何者であるかを尋ねた。そこでようやくオデュッセウスは身の上を語った[25]

その後、アルキノオスは莫大な贈物とともにオデュッセウスをイタケー島に送り届けたが、その様子を見たポセイドーンは激しい怒りからスケリア島へと帰るパイアーケス人の船を破壊し、漂着した人間たちを国に送ることを止めるように彼らを諫めた上で、高い山を隆起させて国土を覆い隠してしまおうと考えた。しかしその考えを聞いたゼウスは、島に近づく船を石に変えてパイアーケス人の度肝を抜いてやるにとどめ、町を山で覆い隠すのはやめておくように言った。そこでポセイドーンは島に帰る船を石に変え、海底に固定して立ち去った[26]

ギャラリー 編集

その他の人物 編集

脚注 編集

  1. ^ 『オデュッセイアー』7巻54行-68行。
  2. ^ 『オデュッセイアー』8巻118行-119行。
  3. ^ 『オデュッセイアー』6巻17行。
  4. ^ シケリアのディオドロス、4巻72・3。
  5. ^ シケリアのディオドロス、4巻72・4。
  6. ^ ロドスのアポローニオス、4巻541行。
  7. ^ ロドスのアポローニオス、4巻547行。
  8. ^ ロドスのアポローニオス、4巻549行。
  9. ^ ロドスのアポローニオス、4巻767行。
  10. ^ ロドスのアポローニオス、4巻991行。
  11. ^ ロドスのアポローニオス、4巻566行-569行。
  12. ^ 『オデュッセイアー』7巻85行-132行。
  13. ^ ロドスのアポローニオス、4巻661行以下。
  14. ^ アポロドーロス、1巻9・24以下。
  15. ^ ヒュギーヌス、23話。
  16. ^ ロドスのアポローニオス、4巻995行-996行。
  17. ^ ロドスのアポローニオス、4巻1141行-1164行。
  18. ^ ロドスのアポローニオス、4巻1130行-1131行。
  19. ^ ロドスのアポローニオス、4巻1176行-1223行。
  20. ^ アポロドーロス、1巻9・25。
  21. ^ 『オデュッセイアー』7巻279行以下。
  22. ^ 『オデュッセイアー』8巻1行-45行。
  23. ^ 『オデュッセイアー』8巻62行-82行。
  24. ^ 『オデュッセイアー』8巻83行-385行。
  25. ^ 『オデュッセイア』8巻471行以下。
  26. ^ 『オデュッセイア』13巻125行-164行。

参考文献 編集