ウルフ・チーム

かつて存在した日本のゲームソフト会社、ゲームブランド

ウルフ・チーム(WOLF TEAM)は、かつて存在した日本ゲームソフト会社およびブランド。ナムコ・テイルズスタジオに吸収されて活動終了。なお、本来の表記としては「・(中黒)」が入る「ウルフ・チーム」が正しい。

沿革 編集

ウルフ・チームは、日本テレネット社内にある同名の開発チームを前身としており、その時から『ファイナルゾーン』シリーズ、『夢幻戦士ヴァリス』などを開発した。

その後、1987年に日本テレネットのプログラマーだった秋篠雅弘が独立し、代表取締役に就任する。当時の開発チーム名をそのまま会社名にした。 『YAKSA』『アークス』シリーズ、『ミッドガルツ』『あーくしゅ』『』シリーズ、『D〜欧州蜃気楼〜』『轟』シリーズ、『天舞』シリーズ、『グラナダ』、『FZ戦記アクシス』『ソル・フィース』などを開発・販売した。

それまでパソコンゲーム中心だったが、X68000での開発をきっかけに、同じCPUを持つ家庭用ゲーム機メガドライブへ参入した。1990年7月に日本テレネットの100%子会社となり、1991年1月に同社に吸収合併された。以降は、第3開発事業部として開発チームブランドとなる。 しかし、社員との確執から、社長でありながら秋篠が退社。秋篠はJフォースを設立した。 その後、ウルフ・チームはスーパーファミコンなど家庭用向けのゲームを多く発売した。

あーくしゅ』(PC-8801版/PC-9801版)や『クリスタルチェイサー〜天空の魔晶球〜』など5作品のプログラムを担当したTOMOは、入社当時の状況について「ウルフチームは今でいうところのベンチャー企業であり、社員は若くて活気があり、ゲーム作りに対する姿勢も誠実だった」とプロジェクトEGGとのインタビューの中で振り返っており、TOMO以降も谷裕紀彦(Bug太郎)や豊田利夫が入社したとも話している[1]。また、1989年ごろに同社に入社した音楽家の桜庭統は「当時は音楽家とプログラマーとのかかわりが深く、チームで作っているという印象があった」と冨田明宏とのインタビューの中で振り返っている[2]。 その一方、TOMOは「開発期間が非常に短く、完成度が十二分にならなかった」ともABEとのインタビューの中で振り返っており、たとえばPC-8801版『あーくしゅ』の場合、TOMOがプログラマーに任命されてから発売までの期間は2か月しかなかったとしている[1]。 また、1991年に発売された『新撰組 〜幕末幻視行〜』の場合、『クリスタルチェイサー 〜天空の魔晶球〜 』のマスターアップ(1991年6月11日)から本格的な開発が開始され、その5か月後に発売された[3]

ウルフ・チームの元スタッフである谷裕紀彦によると、このような開発期間の厳しさからスタッフの独立が多く、ネバーランドカンパニーすたじお実験室ガウ・エンターテイメントなど多数のブランドが生まれたという[4]。そして1995年12月に『テイルファンタジア』(後に『テイルズ オブ ファンタジア』に改名。販売元はナムコ)のメインスタッフ達が退職してトライエースを設立。これが最後の独立となる。

その後もナムコとの関係は続き、2003年にナムコとの共同出資で設立した子会社(親会社はナムコ)ナムコ・テイルズスタジオに移行し、ウルフ・チームは開発ブランドとしての活動を終了した。

2009年平成21年)12月に、サン電子が事業停止した日本テレネット知的所有権を取得。

発売ソフト 編集

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 豊田利夫の持ち込み企画であり、プロトタイプ版のタイトルは「戦車くん」であったと谷裕紀彦が語った[4]

出典 編集

関連ブランド 編集

外部リンク 編集