メガドライブ

メガドライブMEGA DRIVE)は、セガ・エンタープライゼス(後のセガゲームス)が1988年10月29日日本で発売した16ビット家庭用ゲーム機である。メーカー希望小売価格は21,000円。

メガドライブ/GENESIS
Mega Drive.jpg
Mega Drive 2.jpg
メガドライブ(上)、メガドライブ2(下)
メーカー セガ・エンタープライゼス
種別 据置型ゲーム機
世代 第4世代
発売日 日本の旗 1988年10月29日
アメリカ合衆国の旗 1989年8月14日
韓国の旗 1990年8月
欧州連合の旗 1990年11月30日
ブラジルの旗 1990年12月
CPU MotorolaMC68000
ZilogZ80
対応メディア ロムカセット
CD-ROMメガCD
対応ストレージ バッテリーバックアップ
コントローラ入力 ケーブル
オンラインサービス メガモデム
メガターミナル
セガチャンネル
売上台数 日本の旗 日本:358万台
アメリカ合衆国の旗 北米:2,000万台[1]
欧州連合の旗 欧州:839万台
世界 全世界累計:3,075万台[2]
※ソフト売上:1億7,580万本
最高売上ソフト ソニック・ザ・ヘッジホッグ2
世界 全世界累計:603万本
※『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』は本体同梱含め出荷1,500万本以上
互換ハードウェア メガドライブのバリエーションを参照)
前世代ハードウェア セガ・マークIII
次世代ハードウェア セガサターン
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米国カナダではジェネシスGENESIS)という名称で1989年に、ヨーロッパフランススペイン等の欧州地域やブラジルなどの南米地域では日本と同じ名称で1990年に発売された。

目次

概要編集

メガドライブは、セガ・マークIII及びマスターシステムの後継機として企画された家庭用ゲーム機。日本では任天堂スーパーファミコンNEC HEPCエンジンと競合していた。世界市場では任天堂のSNES、北米市場ではSNESと互角の戦いを繰り広げ、Atari Jaguar3DOとも競合した。欧州市場ではAmiga CD32などと熾烈なシェア競争を繰り広げた。メガドライブの名称の由来は、当時使っていた容量1メガのカートリッジをドライブするというものであった[3]。 発売時のキャッチコピーは「時代が求めた16ビット」「VISUAL SHOCK! SPEED SHOCK! SOUND SHOCK![4][5]。 このゲーム機には用途別に2つのCPUが搭載されている[6]

レッドブル・ミュージックアカデミーが配信した日本のゲーム音楽に焦点を当てたドキュメンタリー『ディギン イン ザ カーツ』(DIGGIN' IN THE CARTS)のエピソード4「クール・キッズ」で『ベア・ナックル 怒りの鉄拳』をはじめとしたメガドライブやセガのゲームミュージックを特集しており、古代祐三などにインタビューが行われている[7]

アメリカのスミソニアン美術館で開催された「The Art of Video Games」展では『Sonic CD』『Phantasy Star 千年紀の終わりに』などが展示された。アメリカのストロング国立演劇博物館がゲーム業界や大衆文化・社会に影響を与えたゲームの認知向上を目的にした「World Video Game Hall of Fame(ビデオゲームの殿堂)」の第二回目では日本から『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』他2作品(『ゼルダの伝説』、『スペースインベーダー』)が選出された[8]

仕様編集

CPU(MPU)編集

  • メインCPU:MC68000(7.67MHz
    メイン側からサウンド処理をすることも可能。テラドライブでは東芝製が搭載されており、10MHz動作も可能である。
  • サブCPU(サウンド処理・外部通信の制御):Z80A(3.58MHz)
    別売りオプションのメガアダプタを使用した際には、サブのZ80がメインCPUとして互換動作する。
    本家のザイログ製よりもセカンドソースのシャープ製の方が多く使用されておりロットによりNEC製などの同等品も使用されている。

RAM編集

  • メインメモリ(68000用):64kB
  • サブメモリ(Z80用):8kB
  • VRAM:デュアルポートDRAM 64kB(32kB×2)
    テラドライブのVDP用VRAMは倍の128kBが搭載されている。

VDP(315 - 5313)編集

ヤマハ製のメガドライブ専用カスタムチップである[9]

  • 画面表示:横320または256ドット×縦224ライン(インターレース表示で448ラインも可能)
  • 同時発色数:512色[10]中64色(16色×4パレット[11]
    この通常性能を2倍の128色に高めることも可能であった[12]。発色数の増加には後述の「シャドウ・ハイライト機能」を利用するソフトもある。
    表示のみではなく、旧機種互換の音源の機能も内包している。

スプライト編集

  • 1画面:最大80個
    • 画面表示が横320ドット時に1ラインあたり20個まで表示できる。
    • 画面表示が横256ドット時は1ラインあたり16個までの表示となる。

スプライトのサイズは最小8×8ドットから最大32×32ドットまで8ドット単位で16種類のサイズをスプライト毎に指定できる。また、画面上方で表示したスプライトを画面下方で再利用する事により1画面上のスプライト表示数を増やす「スプライトダブラー」という技法が使われていた。

スクロール編集

  • 2画面(独立球面スクロールが可能)- 2つのスクロール面を合成して表示できる。各スクロール面のサイズは256×256ドットの画面を最大4画面連結したサイズ(512×512ドット、1024×256ドット、256×1024ドット)まで指定できる。
    水平スクロール - 画面全体のスクロール以外に8ライン単位もしくは1ライン単位に独立して表示位置を指定できる。1ライン単位のスクロールはラスタースクロール機能と呼ばれ、擬似的な遠近表現、空間の歪みなどの演出に多用された。
    垂直スクロール - 画面全体のスクロール以外に横16ドット単位に独立して表示位置を指定できる。水平スクロールの機能と組み合わせてある程度の角度までは画像の回転処理も可能であった。国内では『ダイナマイトヘッディー』『ガンスターヒーローズ』『ヴァンパイアキラー』『ジノーグ』などに使われている。

特殊機能編集

  • シャドウ・ハイライト機能 - スプライトもしくはBGをマスクにして画面の一部の輝度を変更する=機能限定ではあるが半透明処理が行える。
    主に影や光の表現に使われており、国内の使用例では『エクスランザー』『ヴァンパイアキラー』などがある。
  • ウィンドウ機能 - 1つのBG画面はスクロールとは無関係に一部の表示位置を固定したままにすることが可能で、主にゲームのスコア表示部分などに使われる。
  • インターレスモード - データ量を増やさないで描写回数を増やすモード。

内蔵音源編集

 
メガドライブに採用されているFM音源 YM2612
  • ヤマハYM2612(OPN2 7.67MHz)[13]ステレオFM音源 6ch
    内1chを8ビットリニアPCMとして使用が可能で、再生レートはCPUに依存する。音質はメーカーおよびドライバに依存する。
  • テキサス・インスツルメンツSN76489相当の 3ch+ノイズ 1ch
    メガアダプタ使用時の下位互換が考慮され、セガ・マークIIIと同じ音源をVDP内に搭載している。一般的には機能と波形の類似からProgrammable Sound Generatorと同一扱いされているが、ハードウェア的な互換性は無く、本来このチップはDCSGと呼称される。本来のPSGと呼ばれているAY-3-8910とその互換品では、ノイズの出力が3チャンネルの矩形波出力ポートのどれかに依存する形で制御が行われる。DCSGでは、ノイズのキーオンや、音量制御などが独立したレジスタを持っているためノイズチャンネルの自由度が高くなっている。反面、PSG互換のチップでは存在するハードウェアエンベロープがなく、音程レジスタの分解能の違いから、出力できる音域や、精度はPSGよりも低くなっている。

スロット編集

  • カートリッジ用:1スロット(スロット保護用の自動開閉式シャッターつき)
    メガドライブ用ソフトのロムカセット及び、周辺機器メガアダプタスーパー32Xの接続が可能。
    本スロットには、電源投入中のカセット抜去を防止するためのロックアームが付いている。メガドライブ本体を振った時にカラカラと鳴るのはこれが原因である。電源スイッチをスライドさせることで、カートリッジ左側の切れ込みにアームが入る機構であるが、右側はフリーであるため、知らずに引き抜くと左側だけ引っかかり歪な抜け方をする。
  • 拡張用:本体側面に1スロット。周辺機器メガCD/メガCD2の接続に使われる。
    本体の開発当時は、2インチのフロッピーディスクドライブの接続も予定されたが[14]、発売はされなかった。

接続端子編集

  • コントロール端子:2ポート
    SC-3000から継続してATARI規格に準拠したD-sub9ピンコネクタ(オス)が採用された。
  • 拡張コントロール端子(初期モデルのみ):1ポート
    初期モデルはD-sub9ピンコネクタ(メス)のシリアルポート(300 - 4800bps)が採用され、メガモデムメガターミナル等の取り付けが可能である。後期モデルのメガドライブ2では削除された。
  • A/V出力端子:1ポート
    初期モデルは 8ピンDINコネクタ(メス)が採用され、コンポジット映像信号・RGB信号(コンポジットシンク)・モノラル音声信号が出力されている。後期モデルのメガドライブ2は9ピンミニ DINコネクタ(メス)が採用され、コンポジット映像信号・RGB信号(コンポジットシンク)・モノラル音声信号・ステレオ音声信号が出力されている。
    ビデオエンコーダー(RGB信号からNTSC方式のコンポジット映像信号に変換)はソニー製のCXA1145。
    付属品のAVケーブルの映像はコンポジット映像信号ビデオ端子)、音声は当時の一般家庭に普及していたテレビの仕様に合わせてモノラルである。
    なお、S端子RGB接続ユニットが電波新聞社などサードパーティから発売された。セガ純正ではフランス向けのみにRGB接続ケーブルが付属された。
  • ACアダプタ端子:1ポート
    初期モデルは専用ACアダプタ(DC9V)が1個付属された。消費電力は約13Wである。後期モデルのメガドライブ2ではEIAJ規格の専用ACアダプタ(DC10V)が1個付属された。消費電力は約7Wに下がった。
  • ヘッドホン端子(初期モデルのみ):1ポート
    3.5mmミニプラグが採用されており、上記A/V出力端子の理由から音量調節用のヘッドフォンボリュームも装備している。
    本体開発スタッフの「ユーザーにステレオサウンドを聴いてもらいたい」との意向で本体前面にヘッドホン端子が装備される事になった[14]。初期の本体ではノイズが混入している場合があるなど、基板リビジョンにより出力は大きく異なっている。
    後期モデルのメガドライブ2ではヘッドホン端子とヘッドホンボリュームは削除された。

コントロールパッド編集

デザインは手にフィットすることを念頭に曲線主体で「手にすっぽり収まる形」とした[15]エルゴノミクスデザインを意識したパッドである。トリガーボタンもこれに合わせて斜めに配置された。

初期標準パッド編集

方向ボタン・スタートボタン・トリガーボタン(A・B・Cの3ボタン)で構成されたパッド。ただし方向ボタンは斜め方向へ入りやすく、操作には多少の慣れが必要だった。クライマックス内藤寛はこの操作性を逆手に取って、ゲーム画面を斜め見下ろし型にした『ランドストーカー 皇帝の財宝』を開発したという[16]

後期標準パッド(ファイティングパッド6B)編集

初期標準パッドで指摘されていた方向ボタンの問題点解消したパッド。方向ボタンは内部的にはジョイスティックに近い構造になっており[17]、外から見える方向ボタンはレバーの天辺にあたる。また初期標準パッドのボタンにX・Y・Z・modeボタンの4つが追加されている[18]。デザインと方向ボタンの構造は若干変更されセガサターンの標準パッドに受け継がれていった。

事業展開編集

MC68000採用の影響編集

セガは本体コストを抑えるためにモトローラ社や日立をはじめ、様々な会社と交渉を行なったが、シグネティクス社が68000CPUのビジネスを模索しているという情報を得て一個400円以下の価格で30万個一括発注の交渉を持ちかけた。さらにセガのアメリカにおける「マスターシステム」の販売実績[19]を元に交渉し、目的通り一個400円を切る形で確保することができた[20]

そのためメガドライブは68000CPUを搭載する機械としては安価なものとして普及することとなった[21]

この結果を受け、セガはモトローラ社から大手顧客として表彰された[22]。この表彰式にはセガと並んでアップルも呼ばれている。授賞式に出席したのは価格交渉も行ったセガの佐藤秀樹だが、後に「モトローラもちだからファーストクラスに乗った。」「空港で荷物が出てこなかった。」というエピソードを語っている[23]

その後セガとモトローラ社の協力関係は長く続き、2002年3月にはゲーム用APIおよびそれに最適化したマイクロプロセッサ「DragonBall MX1」や「DragonBall Super VZ」の開発で提携している[24]

一方でセガのCSチームには68000の開発経験がなく、この事は初期のソフト不足に影響している[22]

ライセンス事業編集

メガドライブ・ジェネシス本体はほとんど部分を世界共通にしておりカートリッジのピン配列も共通でリージョンコードのみ基板上のジャンパーで設定していた。リージョンチェックがあるためリージョンの違うソフトは通常では使用できないが、ジャンパー部分に改造を施して日本国外製のソフトをプレイするユーザーもいた。その後、リージョンコードを変換する日本国外製の中間アダプタが輸入されるようになり、本体を改造する必要はなくなった。なおリージョンフリーの日本国外製ソフトもありそのようなソフトはカートリッジロック用のアームを除去すればそのまま挿して使用できた。

セガは日本国外での販売にディストリビューターを活用しており、また国によってはライセンスによる製造も認めていた。サムスン電子Tectoy、マジェスコ社などがそれで、互換機市場が作られていった。

既に特許は切れており、ノンライセンスで製造された互換機[25]も発売されている。

広報編集

セガ関連の情報は当初『ファミ通』のような雑誌で取り上げられる事は少なかった。これはセガ社内の各部署が独自に情報を公開し広報の一元管理がされていなかった事が原因であった。当時のユーザーは雑誌広告や雑誌の記事に加えテレビCMを見て、その評価をもとにしてソフトを購入するのが一般的であった。そのためこの状況はメガドライブの事業展開に不利に働いた[26]

この問題は次世代機の発売を翌年に控えた1993年、セガに竹崎忠が入社して一元管理体制が整う事でようやく解消される事となった。ファミ通に記事が掲載されるようになったのはその半年後になる[27]

サードパーティー編集

メガドライブの発売を機に、セガはサードパーティー制に本腰を入れるようになった[28]

  • テクノソフト - メガドライブのサードパーティーで一番に名乗りを上げたメーカーで、『サンダーフォースII』の移植では見た目の美しさという視点をセガに認識させた[29]
  • ゲームアーツ - 代表取締役社長の宮路洋一は会社設立当初からCD-ROMの重要性を認識しておりパソコンメーカー各社にCD-ROM搭載パソコンを作るように依頼していた。セガのメガCDの開発を知るとメガドライブに参入。メガCDのメモリが計画当初2Mbitだった時期にメモリの増強を強く要望し、セガに対してメガCDメモリを6Mbitに拡充させるきっかけとなった[30]
  • テンゲン - セガにマルチタップの企画を持ち込んだ会社。元々は同社移植作品『ガントレット』の4人同時プレイの実現のためのものだった[31]

CD-ROM採用について編集

当初CD-ROM採用の予定は無かった[32]が、将来ゲームのデータ容量の増加の可能性があったため、あらかじめメガドライブ設計時に必要な配線を拡張用スロットに引き出した設計にしていた[22](設計は全て石川一人が行っており、実際に使用した図面はヤマハが書き直して使っている。[22])。

開発の途中までは販売価格を抑えるため搭載メモリを2メガにして設計されていたがゲームアーツの強い要望により6メガに増強された。この際コストが本体1台当たり1万円増加したという[33]

メガCD自体に68000CPUを搭載しており、これを利用することで動画の展開と表示を並列的に行うため1時間以上の動画再生が可能であった[34]。このような動画再生とゲームの進行を同時に扱える特性を生かした作品に『ナイトトラップ』のようなインタラクティブムービーや『シルフィード』などがあり、32ビット機以前のゲーム機では唯一『スターブレード』(ナムコ)の移植も可能にしている。

また任天堂のスーパーファミコンを意識して回転拡大縮小機能を有している。反面、互換性を維持[34]する必要性から発色数やスプライトの増強は見送られた。

メガCDの仕様に強く関与したゲームアーツなど、一部のメーカーは積極的にソフトをリリースしたものの、基本的にサードパーティーはCD-ROMの規模に合わせて開発期間が長くなることを危惧しており、また8-16メガのROMカートリッジでやる事があると考えていた。そのROM容量の増加でさえ「容量だけを増やしても発想が貧弱になる」「2Mだろうと1Mだろうと大した問題ではない」という考えさえあった[26]

またセガの初CDタイトルとなる『惑星ウッドストック ファンキーホラーバンド』は専門誌の読者レースで最下位付近を争う低い評価を得るなど初期ソフトの拡充が停滞していた。

このためメガドライブの市場はROMカートリッジが主流のまま[35]で進みCD-ROMは普及しなかったが、メガCDの普及当初(20万台程度の時点)にゲームアーツが発売した『ルナ』及び『シルフィード』はそれぞれ10万本以上の売り上げがあった[36]

動画の使用を前提に設計されたメガCDには上記のソフト以外に『スターウォーズ レベルアサルト』や『ジュラシックパーク』、『マイクロコズム』、『トムキャットアレイ』のような実写・特撮・ポリゴンを素材にしたソフトが多く発売されており、それがメガCDの特色となっていた。

ネットワーク事業編集

メガドライブでは外部ネットワークを利用した通信対戦やゲーム配信事業を行っていた。

  • ゲーム図書館
    電話回線を利用した配信事業。ゲームだけでなくセガ・ネット・ニュースという情報サービスもあった。サービスの利用料金は月額制。家庭用ゲーム機で本格的な通信を導入した先駆的なサービスだった[37]
  • セガチャンネル
    ケーブルテレビ回線を利用した配信事業。ゲーム図書館とは違いサードパーティーを含めROMですでに販売されていたゲームを配信していた。ゲームソフトだけでなく『プラネットメッセージクイズ』や『入試直前チェック難問奇門危機解決』のような学習ソフトの配信も行われた。

アーキテクチャの共有編集

メガドライブのアーキテクチャは一部の仕様を拡張もしくは簡略化した形で設計が共用された。

他機種でのプレイ編集

コラボレーション編集

メガドライブと異業種とのコラボ商品が発売されている。

  • 2014年末にトランスフォーマーとのコラボでタカラトミーから『メガドライブメガトロン』が発売された[39]
  • アパレルでは「しまむらxセガハードコラボシリーズ」が展開されている。2016年のコラボ商品はスウェットであった[40]。同様のコラボはコスパ・タブリエグループの「コスパ」ブランドブランドでも行われてきており、2015年は「メガドライブ ワッペンベースワークシャツ」や「メガドライブカートリッジ フルグラフィックTシャツ」[41]、2016年は「16-BIT」のデザインを使ったシルバーリングであった[42]

市場動向編集

日本市場編集

日本市場では1988年にメガドライブの名称で、世界で最も早く発売された。任天堂のファミリーコンピュータ、NEC HEのPCエンジンと競合し、後に任天堂のスーパーファミコンとも競合した。

TVCMにはいとうせいこうを起用。「ビジュアルショック、スピードショック、サウンドショック」を謳い文句とし、「時代が求めた16BIT」と、16ビット機である事を大きくアピールしていた。

研究論文「テレビゲーム機の変遷--ファミコン、スーパーファミコン、プレステ、プレステ2、Wiiまで[43]」によると、1990年にメガドライブの出荷数はピークを迎え、年間70万台を出荷。この年のハード出荷数はファミコンが136万台、PCエンジンが127万台、スーパーファミコンが66万台と、熾烈な競争状態であった。1991年に北米市場においてメガドライブが普及するきっかけになった『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』は[44]、日本市場において大きなヒットを記録するに至らず、ハードの出荷台数は前年と同じ70万台に留まった[43]。数字を累計するとスーパーファミコンが1,714万台、PCエンジンが584万台[45]、メガドライブが318万台[46]となる。

『週刊ファミ通』による1992年時点の市場調査では、各ハードのシェアはスーパーファミコンが55.9%、PCエンジンが24.7%、メガドライブ19.4%がとなっていた。同誌ではRPGタイトルの不足を苦戦の理由として挙げている[47][48]

ライバル機種の牙城を崩すには至らなかったが、日本国内において初めて100万台以上を出荷したセガハードとなり、セガの家庭用ゲーム機では「セガサターン」に次ぐ出荷台数を記録した。

北米市場編集

アメリカ・カナダを含む北米市場では、1989年に『SEGA GENESIS』として発売された。

発売当初は任天堂のNESが8割という圧倒的なシェアを背景に1社独占のシステムを販売店や流通など業界内外の隅々まで行き渡らせており、サードパーティの参入や小売店への納品すら困難だった。

セガ・オブ・アメリカ副社長だった豊田信夫はアメリカのスタッフが作るアメリカ的なゲームこそがアメリカ市場で受け入れられると考え、セガがマーベルコミックス社からライセンスを受けて『スパイダーマン』をゲーム化する際、セガ・オブ・アメリカ主導での開発許可を貰った。また、北米スポーツゲームの市場が約4割と非常にシェアが大きいアメリカでの販売促進を狙って、大物スポーツ選手の起用によるビッグタイトルを発売すべく、全米スポーツ界No1のスター選手であるNFLサンフランシスコ49ersジョー・モンタナが要求したロイヤリティー契約では、国際電話で中山隼雄社長から承諾を得て任天堂よりも好条件を提示して交渉を成立させ、『ジョー・モンタナフットボール』シリーズを発売。100万本の売り上げを記録した。他にもF1レーサーのアイルトン・セナや大物ミュージシャンマイケル・ジャクソンなど、世界的に人気にある著名人ともライセンス契約を締結してゲームを発売した。

これらを機に、セガの意欲と、市場の存在がエレクトロニック・アーツアクレイムなど海外のソフトメーカーにも伝わり、参入を決めるサードパーティが次々と増えたという[49]

任天堂のSNESが北米市場で発売された1991年の年末商戦には、キラータイトルである『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』を全面的に押し出した。当時SNESは『スーパーマリオワールド』同梱で199ドル、GENESISは『ソニック1』同梱で149ドルであり、GENESISとSNESの2台を並べてマリオに対してソニックのスピード感と販売価格の優位性をアピールするTVCMなど徹底した比較広告戦略を展開。これが功を奏して、アメリカ最大手の新聞紙USA TODAYでは、「ゲームマーケットで遂にセガが優位に立った」という記事が掲載されるなど、同年のクリスマスシーズンではマスコミ各社が米ゲーム市場でのセガの成功を報じた[49]

1994年末にSNESでリリースされた『スーパードンキーコング』などの大ヒットにより、Newsweek紙の報道では1995年度での販売台数がSNESの270万台に対し、GENESISの販売台数は210万台に留まるなど、単年度では逆転された[50]。しかし、1995年1月の時点でコンシューマ市場で55%のシェア[51]および2,000万台の売り上げを記録した。

しかし、当時の北米市場ではセガ・オブ・アメリカ主導で作られた周辺機器であるスーパー32Xの失敗及び、ジェネシスのデッドストックが問題[52]となっており、次世代ゲーム機であるセガサターンに移行する上での大きな障害となっていた。当時のセガ社長の入交昭一郎は「サターンを出しても上手くいかず、現地の人達が意欲を失っていた時、16ビット時代からの在庫のツケなどが非常に重く、よい話は何もなかった」「1996年の7月に、『終戦処理を私がしましょう』ということでアメリカまで行った」「アメリカでは1,500万台程度の販売台数」と語っている[46]。セガは1996年末にアメリカの連結子会社「セガ・オブ・アメリカ」の累積損失処理と、旧型の16ビット機(ジェネシス)の廃棄損合わせて270億円を1997年3月期の決算において特別損失として計上することを発表した[53]

NPD英語版調査でも1994年以降の本体売り上げやゲームソフトのラインナップなどでSNESを上回り、次世代ゲーム機であるPlayStationやセガサターンが発売がされてからも、MLBNBA、NFL、NHLなど人気スポーツゲームは1998年頃まで発売され続けた。結果GENESISは、16ビット機市場トップの座を守り通した[54]。 結果として『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』『2』『3』『ナックルズ』『スピンボール』といったソニックシリーズ作品や『モータルコンバット』『NBA Jam』シリーズ、『獣王記』『ストリートファイターIIダッシュプラス』『Street of Rage』の他にも、ディズニー作品など映画を題材にした『アラジン』『ライオンキング』『ジュラシック・パーク』や北米で人気のタイトルをゲーム化した『X-MEN』『パワーレンジャー』などは100万本以上のミリオンセラーを記録した。

南米市場編集

南米各国では1990年にセガの正規代理店であるブラジルのTectoy社によって発売された。

特にブラジルではゲーム機を含むなどの精密機器への「輸入税」が高額であったが、ブラジル国内での製造はTectoy社が請け負っておりマスターシステムやメガドライブは輸入税の影響を受けなかったため消費者が購入しやすい価格帯に止めることができた。さらにセガが2001年にゲームハード事業から撤退後もTectoy社は両ハードのの製造・販売・移植を継続していた。そのため2015年現在でブラジルの家庭用ゲーム機市場では健在であった[55][56]。ソニーもセガと同様にゲーム機の現地生産を行うことで価格を抑える戦略をとっている。

ファンタシースターII』『III』や『シャイニング&ザ・ダクネス』『幽☆遊☆白書 魔強統一戦』などが移植されたほか、ブローダーバンド社が発売した教育ソフトウェアカルメン・サンディエゴを追え! 世界編』のコンセプトを使ったテレビの教育バラエティ番組『カルメン・サンディエゴを探せ!(原題:Where in the Universe is Carmen Sandiego?)』など現地メーカーが開発したオリジナル作品も存在する。

2012年度でも、マスターシステムとメガドライブがあわせて年間15万台は売れているなど、販売台数を伸ばしている[57]

南米市場では約300万台の販売台数を記録している。また、2009年以降はTectoy社によって、音楽ゲームとギター型コントローラーが付属したメガドライブ互換機「Mega Drive 4 Guitar Idol」が発売されたほか、2013年現在でも携帯型メガドライブ互換機「MD Play」などのメガドライブ互換機が販売されている[58]。これらのメガドライブ互換機は本体にゲームソフトが内蔵されており、カートリッジの利用はできない。

欧州市場編集

フランス・ヨーロッパ・オーストラリアを含む欧州市場では1990年に日本と同様、メガドライブの名称で発売された。

元々セガは、NESの投入が遅れていた欧州市場に先行してマスターシステムを発売して市場を形成するなど、早くからブランドイメージが確立されていた。さらに、欧州で人気を博していたAmigaは、ゲームの違法コピーが蔓延していた事から、多くのソフトメーカーがメガドライブへ参入した。

北米市場と同様に、SNESに対しても互角の市場を構築。日本ではPlayStationやセガサターン、ニンテンドウ64で発売された『FIFA ロード・トゥ・ワールドカップ98 ワールドカップへの道』が発売されるなど、次世代ゲーム機が登場してからもソフトは供給され続けた。欧州市場での販売台数は839万台で、SNESの815万台をわずかながら上回った。

バリエーション編集

(→メガCDも参照のこと)

 
NOMAD
 
Victor ワンダーメガ

セガ製編集

メガドライブ(HAA-2500)
初期型。1988年10月29日発売。価格21,000円。
メガドライブ2(HAA-2502)
メガドライブの廉価版。本体が小型化され、AV端子の形状が変更されてステレオ出力になった。6ボタンパッド1個付属。メガCD/メガCD2も接続可能。ヘッドホン端子は削除された。1993年4月23日発売。価格12,800円。
ワンダーメガ(HWM-5000)
メガCD一体型のメガドライブ。MIDI出力、S端子などを備える。CDドライブはトップローディングだが、開閉は電動式。1992年4月24日発売。価格:79,800円。
マルチメガ
メガCD一体型のメガドライブ。国内では未発売。海外では1994年発売。
メガジェット
本体・6ボタンコントローラ一体型のメガドライブ。駆動は商用電源のみ、画面は通常のテレビに出力して使用する。元々は旅客機内の貸し出しサービス用として日本航空と共同開発したもののため周辺機器による機能の拡張は元から考慮されていない。1994年3月10日一般発売。価格15,000円。
ノーマッド
海外のみで発売。液晶画面を搭載し単3電池6本で駆動する携帯ゲーム機。コントローラー端子も装備され一つの画面で2人プレイも可能。別途ケーブルでテレビ画面への出力も可能。周辺機器による機能の拡張は元から考慮されていない。

他社製編集

ワンダーメガ(RG-M1)(RG-M2)(日本ビクター(後のJVCケンウッド))
その他
LDゲーム機・レーザーアクティブパイオニア)に装着して使用するコントローラーパック、アイワ製のCDラジカセ型のものなどのバリエーションが存在していた。

イメージキャラクター編集

専門誌編集

以下の二誌はPCエンジン専門誌の増刊号として隔月刊行された。

以下の6冊は海外で発売されたメガドライブの専門誌。

周辺機器編集

セガ純正編集

 
セガ非公認のタップ
型番 名称 備考
HAA-2600 メガアダプタ セガ・マークIII/マスターシステムのソフトを使うためのアダプタ。
SG-1000用のカートリッジやマイカードは使用不可で、FM音源にも非対応。元々はメガドライブ発売最初期のソフト不足をカバーするための補助製品であり、ある程度メガドライブ用のソフトが出揃うと販売終了した。
HAA-2651 セガマウス 正式名称は、メガドライブ用マウス/マイクロトラックボール。
SEGAロゴが入ったマウスパッドが同梱されており、裏返すとトラックボールとしても使用が可能な自動切換機能が内蔵されている。
HAA-2652 セガタップ 『ガントレット』制作時に4人同時プレイの実現させるためにやテンゲン社内で作ったタップで「生産まではまだ確約出来ないけど、生産出来なくてもマニュアルに回路図載せるってのでどう?」という意見がありセガに持ち込んだところ、純正品として発売される流れとなった。
セガから発売されたものは4つの端子の1つのみを有効にする機能を持つセレクター役目も兼ねておりこれを経由していれば用途に応じてコントローラーの切り替えができた(エンターブレイン『セガ・コンシューマー・ヒストリー』p105 - p115)[59]。『ガントレット』の開発では「メガモデムの端子を使ってメガドライブを2台繋げてみたい」という案[60]もあった。
HAA-2654 コードレスパッドセット SJ-6500と受光ユニットのセット。
HAA-2801 RFユニット
HAA-2810 モノラルディンプラグコード
HAA-2811 ステレオディンプラグコード メガドライブ2およびスーパー32Xのみ使用できる赤・黄・白のステレオディンプラグコード。
HAA-2910
HAA-2912
メガCD・メガCD2 メガドライブ専用CD-ROMドライブ。
HAA-2951 メガモデム モデム。セガ・ゲーム図書館などに使用。
ゲーム図書館専用ゲームソフトのダウンロード配信や、一部ソフトによる通信対戦にも対応している。
HSC-0101 セガチャンネル専用レシーバーカートリッジ ケーブルテレビ回線を使用してメガドライブ用ゲームソフトの配信を行うサービス『セガチャンネル』専用のカートリッジ。
SA-160
SA-190
ACアダプタ
SJ-3500 コントロールパッド
アーケードパワースティック
SJ-6000 ファイティングパッド6B 6ボタンジョイパッド。メガドライブ2には標準で付属。
旧型の3ボタンコントロールパッド(SJ-3500)に比べて操作性が向上している。
SJ-6500 コードレスパッド6B
SJ-6600 アーケードパワースティック6B アーケード用のレバーとボタンを採用しており、A・B・C・X・Y・Zの6ボタンに個別対応した1秒間に6 - 24発までの無段階スライド式連射調節機能と、通電中でも変更が可能な3-6ボタン切り替えスイッチを装備している。
G-2920 バックアップ RAMカートリッジ メガCDの各種セーブデータを保存・管理する補助記憶装置。
記憶容量はメガCD内蔵バックアップRAMの約16倍に相当する2045ブロック1Mbit(128KB)。
HMA-0001 スーパー32X メガドライブを32ビット機にするアダプタ。

未発売編集

開発されたが、発売されなかった周辺機器。

サードパーティー編集

名称 発売元 備考
XMD-1 RGB マイコンソフト メガドライブの映像をパソコンなどのRGBディスプレイに出力するアダプタ。
箱や説明書に明記は無いが、マークIII・マスターシステムでも使用が可能である。
XMD-2 RGB/S マイコンソフト XMD-1 RGBの改良版。S映像出力に対応した。
箱や説明書に明記は無いもののマークIIIでも使用が可能。マスターシステムには非対応である。
XMD-3 RGB/S マイコンソフト XMD-2 RGB/Sのメガドライブ2以降用。
MEGA S-01 サンタ 初期型メガドライブ専用S端子+ステレオ音声出力アダプタ。黄色いRCA端子にはモノラル音声が割り当てられておりコンポジットビデオではない[61]
MEGA S-02 サンタ MEGA S-01のメガドライブ2以降用。
XE-1AP マイコンソフト アナログ入力対応のジョイパッド。
8個トリガーボタン、アナログスティック、アナログスロットルレバーを搭載しており、デジタルモードへの切り替え可能で非対応ソフトでも使用可能である。
CPS Fighter-MD(CPS-A13CA) カプコン メガドライブ用のカプコン純正スティック。
CPSF-PC(CPA001) カプコン 当時カプコンが参入していた2つのハード(メガドライブ・スーパーファミコン)向けに発売していたジョイスティックCPS Fighter-MD及びCPS Fighter-AをATARI規格ジョイスティックとして使用するカプコン製のコントローラー変換アダプタ。
CPS Fighter-Aとの接続では専用の端子を使っており、実質同社ジョイスティック専用であるが、CPS Fighter-MDとの接続ではアダプタのほうにメガドライブのジョイパッドと同じ規格の端子を備えており、CPS Fighter-MD以外にパッドも接続・変換できるようになっている。
メガコマンダー HORI スーパーファミコン用連射パッドのファイティングコマンダーのメガドライブ版。
高速連射機能(数秒20発の連射機能)、連射ホールド機能、スローモーションスイッチを備えている。
CY-RF-5 サイバーガジェット レトロフリーク用ギアコンバーター。メガドライブに接続すると純正メガアダプタ(HAA-2600)と同じ機能を持つ[62]

関連項目編集

メガドライブの亜種など編集

ソフト一覧編集

その他編集

脚注編集

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  1. ^ NY Times、1998年3月14日の記事
  2. ^ 「第11章 CESAゲームアーカイブス」『2014 CESAゲーム白書』、CESA、159頁。
  3. ^ 講談社「セガ ゲームの王国」大下英治 著 p244
  4. ^ トレジャーの『エイリアンソルジャー』ではゲームタイトル画面にはこのキャッチコピーと共にと共に「FOR MEGADRIVERS CUSTOM」と表示される
  5. ^ TVCMにはいとうせいこうを起用していた。
  6. ^ 週刊ファミ通 2013年8月8日発売号別冊付録 “SEGA CONSUMER 30th ANNIVERSARY BOOK”メガドライブ編/開発を手掛けた石川氏が当時を振り返る!”. 2014年11月4日閲覧。
  7. ^ Diggin' in the Carts: 予告編・各エピソード概要紹介を参照。
  8. ^ 日本から「ゼルダの伝説」「インベーダー」など3作品が選出 米博物館が「ビデオゲームの殿堂」を発表
  9. ^ システムチップもヤマハ製の専用品である。
  10. ^ 同時発色数自体はセガ・マークIIIと同数である
  11. ^ この問題を補うためとスーパーファミコンの半透明処理の代わりににタイリングとメッシュという手法も使用された(スタークルーザー、ソニック・ザ・ヘッジホッグ、ファイナルファイトCDなど)。
  12. ^ エンターブレイン「セガ・コンシューマー・ヒストリー」 P126より
  13. ^ 富士通の32ビットパソコンFM TOWNSにも搭載されている。
  14. ^ a b Beep 1988年11月号『セガ、メガドライブ登場!!』
  15. ^ 講談社「セガ ゲームの王国」大下英治 著 p243
  16. ^ 太田出版 CONTINUE 『メガドライブ大全』 Special Interview Vol.2 クライマックス社長 内藤寛氏、p151参照
  17. ^ セガ8ビット機時代は方向ボタンに小型のスティックが取り付けられる構造になっていた。
  18. ^ 現在でもファイティングパッド6BをUSB接続に変換できるコンバーターが存在する。
  19. ^ 当時アメリカでは100万台以上売れた。
  20. ^ 講談社 大下英治著『セガ ゲームの王国』1993年2月1日発行 239-240ページ参照。「われわれが使えば百万本はいきます。そのうちの三十万本を、とりあえず発注したい」
  21. ^ 「GAME ON」トークイベント「セガハードの歴史を語り尽くす」レポート
  22. ^ a b c d 太田出版「メガドライブ大全 増補改訂版」 p314-316。
  23. ^ エンターブレイン「セガ・コンシューマー・ヒストリー」 P24
  24. ^ セガが行ったPalmSource Japan Forumの基調講演より。
  25. ^ レトロフリーク、RETRON(シリーズ)、FCツイン+MD、GAME JOYなど。
  26. ^ a b BEEPメガドライブ 1990年9月号 p47-50。サードパーティーの座談会の記事より。
  27. ^ 週刊ファミ通2011年5月12・19日合併号 P152,153
  28. ^ 制度を始めたのはマークIIIから。それ以前のSC-3000などのセガ家庭用ハードでは[コンパイル (企業)|コンパイル]や[エスケープ|ウエストン ビット エンタテインメント]などがセガ発売のソフトの開発を担当していた。
  29. ^ 講談社 大下英治 著『セガ ゲームの王国』 p267。それまでのセガは見た目の美しさよりもゲーム性(ゲームとしての楽しさ)を重視していた
  30. ^ エンターブレイン「セガ・コンシューマー・ヒストリー」 P156-157
  31. ^ M2 堀井 直樹へインタビュー
  32. ^ 週刊ファミ通 2013年8月8日発売号別冊付録 “SEGA CONSUMER 30th ANNIVERSARY BOOK”メガドライブ編/開発を手掛けた石川氏が当時を振り返る!”. 2014年11月4日閲覧。
  33. ^ 太田出版「メガドライブ大全 増補改訂版」 p151。ゲームアーツ代表取締役社長の宮路洋一へのインタビューより。
  34. ^ a b BEEPメガドライブ 1991年10月号 p96-100
  35. ^ セガでは周辺機器の販売の目安として本体普及台数の10%として見積もるという基準が作られていた。BEEPメガドライブ 1990年9月号 p42より
  36. ^ エンターブレイン『セガ・コンシューマー・ヒストリー』p.157 ゲームアーツ宮路洋一のインタビューより
  37. ^ エンターブレイン「セガ・コンシューマー・ヒストリー」 P134
  38. ^ セガ3D復刻プロジェクト
  39. ^ タカラトミー公式サイトのNEXTA『MEGA DRIVE MEGATRON』を参照。
  40. ^ 「しまむら」セガTシャツ新作登場!ドリキャスパーカーやメガドラスウェットも
  41. ^ メガドライブをイメージしたキャップやワークシャツ,ゲームギアを模したポーチなどがTGS 2015のコスパブースで先行販売
  42. ^ 『ソニック』、『NiGHTS』、メガドライブの新グッズがコスパより発売決定
  43. ^ a b 東洋大学学術情報リポジトリ [1]
  44. ^ メディアクリエイトの集計では販売本数は10万本としている『ゲーム批評Vol.58』2004.9.p19
  45. ^ これを190万台と証言している場合もある。日経BP社『新世代ゲームビジネス』の117頁「PC-FXは新世代のゲーム機であるが、従来のPCエンジンを190万台普及させてきた延長線上で地道に売っていく」
  46. ^ a b セガ社長の入交昭一郎 (当時)からメガドライブの販売台数を200万台とする証言もある。週刊東洋経済、1998年2.28号
  47. ^ エンターブレイン『週刊ファミ通700号』p.127 総力特集・ゲームの歴史
  48. ^ 単年度のシェアでは国内二位に付ける事もあった。日経産業新聞「主要100品目シェア 各年度版」によると1993年には任天堂が91.3%、セガが4.1%、NECが3.0%であった大月書店「日本のビッグ・ビジネス(21)任天堂・セガ」逸見啓・大西勝明 著 p16
  49. ^ a b 講談社『スーパーゲームマガジン 覇王』1994年4月号 p.34 - 37 特集・セガ スペシャル セガ・オブ・アメリカ躍進の秘密 参照
  50. ^ Game-System Sales”. Newsweek (1996年1月14日). 2012年1月21日閲覧。
  51. ^ Video Business誌の1995年1月号の記事「Game makers dispute who is market leader.」より
  52. ^ セガマーケティングマネージャー竹崎忠(当時)は、週刊ファミ通2001年2月号において当時の状況を語っている
  53. ^ 「破綻した戦略なき合併 セガ・バンダイ破談の真相」(週刊ダイヤモンド 1997 年 6 月 7日)
  54. ^ Indirect Network Effects and the Product Cycle:Video Games in the U.S., 1994-2002”. 2014年11月4日閲覧。
  55. ^ ブラジルではPlayStation 4がPlayStation 3ローンチ価格のほぼ2倍となる約18万円で発売へ”. 2014年11月4日閲覧。
  56. ^ Historico Tectoy社公式サイトによるTectoyの歴史
  57. ^ Vinte anos depois, Master System e Mega Drive vendem 150 mil unidades por ano no Brasil
  58. ^ Videogame Tectoy社公式サイトによるゲーム機のラインナップ
  59. ^ エンターブレイン『セガ・コンシューマー・ヒストリー』p.105、p115
  60. ^ 過去にマークIIIで「F16ファイティングファルコン」の通信対戦の事例がある
  61. ^ MEGA DRIVE & MEGA-CD(メガドライブ&メガCD)
  62. ^ レトロフリーク用ギアコンバーター|サイバーガジェット

外部リンク編集