キョウエイボーガン[1]日本競走馬。1992年の中日スポーツ賞4歳ステークス神戸新聞杯に優勝した。

キョウエイボーガン
欧字表記 Kyoei Bowgun[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1989年4月27日(31歳)[1]
死没 (存命中)
テュデナム[1]
インターマドンナ[1]
母の父 テスコボーイ[1]
生国 日本の旗 日本北海道浦河町[1]
生産 尾野一義[1]
馬主 松岡正雄[1]
調教師 野村彰彦栗東[1]
競走成績
生涯成績 13戦5勝[1]
獲得賞金 13342.2万円[1]
 
勝ち鞍
GII 神戸新聞杯 1992年
GIII 中日スポーツ賞4歳S 1992年
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経歴編集

1991年11月末、阪神開催の新馬戦でデビュー。逃げ切りで初戦勝利を挙げる。しかし次走と翌1月に出走した条件戦では、いずれも中団からレースを運んで大敗。直後には骨膜炎(ソエ)を発症し、休養に入った。

5月に条件戦で復帰、この競走から鞍上に松永幹夫を迎えた。ここで新馬戦と同様に逃げ戦法を採ると、2着に1馬身半差を付けて優勝、2勝目を挙げた。次走も先行し連勝すると、重賞初出走となった中日スポーツ賞4歳ステークスも逃げ切り優勝を果たした。秋を迎え、神戸新聞杯に出走。この競走も逃げ切りで重賞2連勝となり、菊花賞に向けた「夏の上がり馬」として一躍注目を集めた。

次走の京都新聞杯で、春のクラシック二冠馬ミホノブルボン東京優駿(日本ダービー)2着のライスシャワーと初対戦する。当日は両馬に次ぐ3番人気に支持されたが、道中で本馬と同じく逃げ馬であるミホノブルボンに先頭を譲った結果、同馬の9着と大敗を喫する。スタートから先頭を切らなかったために、走りのリズムを崩したことが明らかと捉えた陣営は、菊花賞を迎えるに当たり「どのような結果となっても道中でミホノブルボンに先頭は譲らない」旨の宣言を出した。菊花賞の3000mという距離を不安視されている上、これまで他馬に競り掛けられた経験がないミホノブルボンは、同競走において史上5頭目のクラシック三冠達成が懸かるという事情があり、この宣言は大きな注目を集めた。

当日は前走から大きく人気を落とし、11番人気という評価となった。レースでは宣言通りミホノブルボンの先手を取って先頭に立ち、ハイペースのまま、2周目の第3コーナーまでミホノブルボン以下を先導した。その後第3コーナー出口で失速、そのまま後退し結果は16着に終わる。一方のミホノブルボンは直線半ばでライスシャワーに交わされて2着に敗れ、三冠は成らなかった。このため競走後には、「ミホノブルボンの三冠を邪魔した」として、キョウエイボーガン陣営を非難する声も上がった。

その後は、年末にオープン戦で2着となり翌1993年を迎えた。しかし以降は脚部不安を抱え、この年3戦で全て着外(5着以下)に終わり、競走馬を引退した。

競走成績編集

以下の内容は、netkeiba.com[2]およびJBISサーチ[3]に基づく。

年月日 競馬場 競走名 距離(馬場)


オッズ(人気) 着順 タイム
(上り3F/4F
着差 騎手 斤量
(kg)
勝ち馬/(2着馬)
1991.11.30 阪神 3歳新馬 芝1400m(良) 10 6 6 13.0(4人) 1着 1:24.8 (48.8) -0.4 須崎昇 54 (エクセレントバイオ)
0000.12.14 阪神 千両賞 500 芝1600m(良) 16 8 15 21.9(7人) 8着 1:38.7 (49.6) -0.8 須崎昇 54 マイネルロゼッタ
1992.01.26 京都 寒梅賞 500 ダ1400m(良) 15 4 6 41.4(7人) 9着 1:27.5 (51.5) -1.8 岸滋彦 55 ヒシマサル
0000.05.23 阪神 露草賞 500 芝1600m(良) 11 7 9 15.2(6人) 1着 1:37.6 (48.8) -0.2 松永幹夫 55 (キクノエリザベス)
0000.06.06 阪神 白藤S 900 芝1600m(良) 13 5 6 09.5(6人) 1着 1:37.6 (50.7) -0.1 松永幹夫 55 (ジャックローリー)
0000.07.05 中京 中日スポーツ賞4歳S GIII 芝1800m(良) 14 3 3 05.7(3人) 1着 1:48.2 (36.3) -0.1 松本達也 55 (メイキングテシオ)
0000.09.27 阪神 神戸新聞杯 GII 芝2000m(良) 8 6 6 02.9(2人) 1着 2:05.2 (49.2) -0.3 松永幹夫 56 アラシ
0000.10.18 京都 京都新聞杯 GII 芝2200m(良) 10 4 4 08.9(3人) 9着 2:16.1 (51.5) -4.1 松永幹夫 57 ミホノブルボン
0000.11.08 京都 菊花賞 GI 芝3000m(良) 18 6 12 53.8(11人) 16着 3:07.8 (50.1) -2.8 松永幹夫 57 ライスシャワー
0000.12.12 阪神 ポートアイランドS OP 芝1600m(良) 16 6 11 02.6(1人) 2着 1:35.8 (49.4) -0.2 松永幹夫 57 ワイドバトル
1993.01.10 京都 洛陽S OP 芝1600m(重) 16 5 9 04.0(1人) 15着 1:38.1 (52.0) -3.7 松永幹夫 58 アクションシーン
1994.10.02 中京 セントウルS GIII 芝1200m(良) 16 5 10 115.2(14人) 8着 1:09.7 (35.6) -1.0 松永幹夫 57 エイシンワシントン
0000.10.15 阪神 オパールS OP 芝1200m(良) 13 4 5 19.3(9人) 6着 1:09.1 (35.4) -1.2 松永幹夫 56 ヒシクレバー

引退後編集

引退後は廃用となる予定であったが、本馬のファンであった女性の身元引受によって引退競走馬の福祉施設土佐黒潮牧場に送られ、1996年からは引退名馬けい養展示事業の助成を受け、現在は群馬県吾妻郡東吾妻町の乗馬クラブ「乗馬クラブアリサ」で余生を送っている[4]。その間、女性が高齢となり経済的にも単独で支援していくことが厳しくなったため、NPO法人引退馬協会との協議の上で協会がフォスターホースの一頭として受け入れ、女性も預託料の一部を引き受ける形で預託に参与することとなり、馬自体は高齢のため現在地からは移動させないこととなった[4]。乗馬になってからは一度蟻洞になった時期があったが、回復している[4]

血統表編集

キョウエイボーガン血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 オーエンテューダー系ハイペリオン系
[§ 2]

*テュデナム
Tudenham 1970
黒鹿毛 アイルランド
父の父
Tudor Melody 1956
黒鹿毛 イギリス
Tudor Minstrel Owen Tudor
Sansonnet
Matelda Dante
Fairy Hot
父の母
Heath Rose 1964
鹿毛 イギリス
Hugh Lupus Djebel
Sakountala
Cherished Chanteur
Netherton Maid

インターマドンナ 1979
栗毛 日本
*テスコボーイ
Solonaway 1946
鹿毛 アイルランド
Princely Gift Nasrullah
Blue Gem
Suncourt Hyperion
Inquisition
母の母
フジウイン 1967
鹿毛 日本
*ムーティエ
Moutiers
Sicambre
Ballynash
シルバーウイン *ガーサント
*フェロンウッド F-No.2-f
母系(F-No.) 2号族(FN:2-f) [§ 3]
5代内の近親交配 Nasrullah4×5=9.38%、Hyperion5×4=9.38%、Nearco5×5×5=9.38% [§ 4]
出典
  1. ^ [5]
  2. ^ [6]
  3. ^ [5]
  4. ^ [5][6]


脚注編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o キョウエイボーガン”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年9月19日閲覧。
  2. ^ キョウエイボーガンの競走成績”. netkeiba. Net Dreamers Co., Ltd.. 2019年9月19日閲覧。
  3. ^ キョウエイボーガン 競走成績”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年9月19日閲覧。
  4. ^ a b c キョウエイボーガン”. フォスターホース紹介. 認定NPO法人引退馬協会. 2019年9月19日閲覧。
  5. ^ a b c キョウエイボーガン 血統情報:5代血統表”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年9月19日閲覧。
  6. ^ a b キョウエイボーガンの5代血統表”. netkeiba. Net Dreamers Co., Ltd.. 2019年9月19日閲覧。

参考文献編集

  • 柴田哲孝『伝説のバイプレーヤー - 歴史に残らなかった馬が残した物語』(KKベストセラーズ、1998年)ISBN 458418321X

外部リンク編集