クィアとは、元々は「不思議な」「風変わりな」「奇妙な」などを表し、同性愛者への侮蔑語であったが、1990年代以降は性的少数者や、LGBTのどれにもにあてはまらない性的なアウトサイダー全体をも包括する用語として使われている。

概説編集

「Queer」という言葉が英語圏では偽造酒や男性同性愛者のことを指したために、19から20世紀にかけては、主にセクシュアル・マイノリティに対する蔑称差別用語として用いられた。

1990年代になって、セクシュアル・マイノリティの一部の者たちは、侮蔑用語となった「クィア」を、異性愛ジェンダー・バイナリを規範とする社会に違和感を覚える性的指向性自認、性のあり方、およびそのような自分達を言及する際の適切な用語として、自己肯定的に、過激的に用いる言葉に採用し使用するようになった。

「クィア」という語を学問領域で初めて肯定的に使用したのは、テレサ・デ・ラウレティス(テレサ・デ・ローティス)である。彼女は、1990年2月に、カリフォルニア大学サンタクルーズ校で行われた、レズビアンやゲイのセクシュアリティを理論的に考える研究会議「クィア・セオリー」においてクィア概念を提唱した。

風間孝河口和也キース・ヴィンセント 『別冊id研』[1]によると、ラウレティスは、アメリカ合衆国において、「ゲイとレズビアン」という“ひとかたまり”の集団として扱われることについて、セクシュアリティについての差異がないかのように捉えられていることを問題提起する機会として会議を主催。そのときには、人種とセクシュアリティの関係についてなど、セクシュアリティという単一な概念から、多様で複数性のあるセクシュアリティーズや様々な潜在的な人を組み入れて言及できる言葉として「クィア」という語を使用した。

イヴ・セジウィックによると、「クィア」とは「連続する動き、運動、そして動因であり―繰り返し、渦巻き、トラブル性をもつもの」とされる(Sedgwick "TendenciesLondon:Routledge", 1994)。

日本における「クィア」編集

日本における本語の普及は『クィア・パラダイス 「性」の迷宮へようこそ』(対談集、1996、翔泳社)の執筆、雑誌『クィア・ジャパン』(1999-2001、勁草書房)、『クィア・ジャパン・リターンズ』(2005、ポット出版)の編集長としての、伏見憲明の労に依る面が大きい。

文学研究者の竹村和子は、クィアという言葉が、ファッショナブルに消費される可能性について、「変態」という常ならざるという立場を積極的に活かして、「変態理論」という訳も可能であることについて述べている(小森陽一 『研究する意味』、東京図書、2003年)。

「クィア」という語を「定義」するか否かについて、社会学者の上野千鶴子心理学者の小倉千加子が、『ザ・フェミニズム』(筑摩書房2002年3月、ISBN 4480863370)の中で議論している。上野はクィアを定義する必要を感じないことを主張し、小倉は一度定義し、突き壊すべきではないかと主張している。

いずれにせよ現在の日本においては、英語圏におけるQueerという語の毒々しさ、それをあえて逆手にとるという戦略的な意味合いが薄れ、性的少数者LGBTと同義か、ほとんど区別されない形で雑に用いられがちである。イベントや団体の名称に用いられることも増えている。

脚注編集

  1. ^ 風間孝、河口和也、キース・ヴィンセント『別冊id研』(動くゲイとレズビアンの会1997年、13ページ/河口和也 『クイア・スタディーズ』 2003年、57-58ページにも採録)

関連文献編集

  • 『現代思想2019年2月号 特集=「男性学」の現在』青土社、2019年1月。ISBN 978-4-7917-1376-9 

関連項目編集