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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はパレデス第二姓(母方の)はアランゴです。

ハビエル・パレデスJavier Paredes Arango, 1982年7月5日 - )はスペインアストゥリアス州オビエド出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)。

ハビエル・パレデス Football pictogram.svg
Rubén Pulido and Javier Paredes 2009.jpg
名前
本名 ハビエル・パレデス・アランゴ
Javier Paredes Arango
ラテン文字 Javier Paredes
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1982-07-05) 1982年7月5日(37歳)
出身地 オビエド
身長 175cm
体重 77kg
選手情報
ポジション DF
利き足 左足
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴編集

初期の経歴とヘタフェ編集

地元のレアル・オビエドからデビューしたが、オビエドは2002-03シーズン終了後にセグンダ・ディビシオン(2部)からセグンダ・ディビシオンB(3部相当)に降格となり、パレデスはセグンダ・ディビシオンBのレアル・マドリード・カスティージャに移籍して2シーズンプレーした。2005年にはヘタフェCFに移籍し、8月28日のレアル・ソシエダ戦 (2-0) でプリメーラ・ディビシオン(1部)デビューを飾った。マリアーノ・ペルニアが左サイドバックのレギュラーであり、2005-06シーズンは7試合に出場しただけだったが、2006年夏にペルニアがアトレティコ・マドリードに移籍したため、パレデスが絶対的なレギュラーとなった。

サラゴサ編集

2007年夏、レアル・サラゴサと5年契約を交わした[1]。当初はフアンフランの控えであり、シーズン中にフアンフランを押しのけて定位置を獲得したが、迷走を続けたクラブは2007-08シーズン終了後にセグンダ・ディビシオン降格となった。2008-09シーズンもレギュラーポジションを維持し、1シーズンでのプリメーラ・ディビシオン昇格を果たした。2009年夏にはイヴァン・オブラドヴィッチが加入し、2009-10シーズンは20試合の出場に留まったが、最も多く起用された左サイドバックであり続けた。2010年夏にはホセ・アウレリオ・ガイ監督に余剰戦力とみなされ、練習への参加を制限された。9月初旬の練習中、パレデスとガイ監督は乱闘寸前の激しい口論となり[2]、パレデスはクラブから出場停止処分を受けた[3]。11月にはガイ監督が解任されてメキシコ人のハビエル・アギーレ監督が就任し、パレデスはチームに復帰してレギュラーに返り咲いた。2011-12シーズンは左サイドバックではなくセンターバックとして起用されることが多かった。

アルバセテ編集

2015年1月、アルバセテ・バロンピエとの契約を締結[4]

所属クラブ編集

脚注編集

  1. ^ Zaragoza snap up Paredes UEFA.com、2007年6月26日
  2. ^ Paredes se revuelve contra Gay al término del entrenamiento El Periódico de Aragón、2010年9月3日 (スペイン語)
  3. ^ El Real Zaragoza abre un expediente disciplinario a Javier Paredes El Periódico de Aragón、2010年9月3日 (スペイン語)
  4. ^ Rojas abre paso a Paredes, nuevo jugador del Albacete”. VAVEL España (2015年1月9日). 2016年4月24日閲覧。(スペイン語)

外部リンク編集