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ブルゴーニュ伯

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ブルゴーニュ伯:Comté de Bourgogne )は、現在のフランス東部、フランシュ=コンテ地域圏を支配した諸侯ブルゴーニュ自由伯ブルゴーニュ宮中伯ブルグント伯などとも呼ばれる。ブルゴーニュ公ブルグント王とは異なるので注意を要する。ブルゴーニュ伯は、神聖ローマ皇帝への臣従義務を免除されていたので、ドイツ語でFreigrafschaft Burgund「フライ・グラーフシャフト(=自由伯領)」ブルグントと呼ばれていた。これがフランス語では、Franche-Comté「フランシュ・コンテ」と称されるのである。

14世紀におけるブルゴーニュ伯領(青色の領域)とブルゴーニュ公国(赤色の領域)の位置関係

目次

ブルゴーニュ伯一覧編集

ブルゴーニュ=イヴレ家編集

ホーエンシュタウフェン家編集

アンデクス家編集

  • オトン2世(1208年 - 1231年) ベアトリス2世の夫、アンデクス公、メラーノ公
  • オトン3世(1231年 - 1248年) メラーノ公
  • アデライード(1248年 - 1279年)

シャロン家(ブルゴーニュ=イヴレ家)編集

カペー家編集

カペー=ブルゴーニュ家編集

  • ウード(1330年 - 1349年) ジャンヌ3世の夫、ブルゴーニュ公
  • フィリップ1世(1349年 - 1361年) ブルゴーニュ公

カペー家編集

ダンピエール家編集

ヴァロワ=ブルゴーニュ家編集

ハプスブルク家編集

ナイメーヘンの和約により、1678年にフランス王国へ併合された。