マイケル・ヤング (生物学者)

アメリカ合衆国の生物学者

マイケル・ウォーレン・ヤング(英:Michael Warren Young、1949年3月28日 - )はアメリカ合衆国生物学者キイロショウジョウバエ(以後はショウジョウバエと表記)における睡眠と覚醒のパターンの遺伝子による制御を30年以上研究している[1]

マイケル・ヤング
マイケル・ヤング
(2014年4月、ガードナー賞の夕食会)
生誕 マイケル・ウォーレン・ヤング
Michael Warren Young
(1949-03-28) 1949年3月28日(75歳)
アメリカ合衆国フロリダ州マイアミ
研究分野 時間生物学
生物学
研究機関 テキサス大学オースティン校
スタンフォード大学
ロックフェラー大学
教育 テキサス大学オースティン校 (理学学士理学修士, PhD)
主な業績 概日リズム
主な受賞歴 ガードナー国際賞(2012)
ノーベル生理学・医学賞(2017)
プロジェクト:人物伝
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ロックフェラー大学で彼の研究室は概日リズムを形成する体内時計の制御に関連する主要な遺伝子を同定し、時間生物学の分野に大きな貢献をした。彼はまたハエの正常な睡眠周期に必須の遺伝子Period (per)の機能を解明した。彼の研究室はtimeless遺伝子英語版doubletime遺伝子英語版の発見にも貢献したが、この2つの遺伝子から転写翻訳されるタンパク質も概日リズムに必須のものだった。ヤングは2017年ジェフリー・ホールマイケル・ロスバッシュと共に「概日リズムを制御する分子メカニズムの発見」によりノーベル生理学・医学賞を受賞した[2][3]

生涯 編集

前半生 編集

マイケル・W・ヤングは1949年3月28日に米国フロリダ州マイアミで生まれた[4]。彼の父はオリン・マシソン・ケミカル・コーポレーション英語版で働いており、米国南東部でのアルミニウムのインゴット販売事業を管理していた。母は法律事務所の秘書として働いていた。ヤングの両親はどちらも科学や医学に関する経歴はなかったが、息子の科学への興味関心に対して協力的であり、顕微鏡と望遠鏡を与えて科学的探究を行う手段を提供した。一家は私立動物園の近くに住んでおり、時折その動物園から動物が数匹脱走して一家の裏庭に侵入することがあり、ヤングの科学的関心を呼び起こした[5]。ヤングはフロリダ州マイアミのあたりで育ったが[1]、彼が高校生のときに一家はテキサス州ダラスに引っ越し、ヤングはそこで高校生活の続きを送ることになった。彼が10代前半のとき、両親は息子に進化と生物学の謎を題材にしたダーウィンの本を1冊贈った。彼は数年前に日中は花を閉じ夜間に開花する奇妙な植物を見たことがあったのだが、この本ではその現象の理由である生物時計について説明していた。生物時計が何処にあり何でできているのかは当時判明しておらず、若かりし頃のヤングはこれに興味をもった[5]

妻子 編集

テキサス大学で大学院生として働いているとき、ヤングは後に妻となるローレル・エックハルト (Laurel Eckhardt)と出会った。後に2人は共にスタンフォード大学に異動し、ヤングはそこでポスドクのフェローとして働き、ローレルはレオナルド・ハーゼンバーグ英語版の下で博士号を取得した。ローレルは2013年時点でハンターカレッジの生物学教授である。2人は2013年時点でも互いに近くで働いており、2人の娘ナタリーとエアリッサがいる[5]

大学での経歴 編集

1971年、ヤングはテキサス大学オースティン校で生物学の学士を取得した[1]。バーク・ジュド (Burke Judd) と共にショウジョウバエのゲノムをみっちり研究した後[5]、ヤングはテキサス大学で遺伝学の博士号を取得した[4]。彼がショウジョウバエの研究に魅了されたのはこの時期のことだった[5]。卒業研究の間、彼はロン・コノプカ英語版シーモア・ベンザーのショウジョウバエ概日リズム変異体についての研究を学び、これが後のPeriod遺伝子のクローニングという業績につながった[5]

ヤングはスタンフォード大学医学部でのポスドク期間でも、分子遺伝学、特に転移因子に興味をもって研究を続けていた[1]。彼はデイビッド・ホグネス英語版の研究室で働き、組換えDNAの手法で有名になった[5]。彼は2年後の1978年ロックフェラー大学の助教授(アシスタント・プロフェッサー)になり、その後1984年に同大学の准教授、1988年には教授になった[6]2004年、ヤングは学務担当の副学長に任命され、リチャード・アンド・ジェーン・フィッシャー講座の教授になった[4]

研究実績 編集

PERの発見 編集

1980年代前半のロックフェラー大学で、ヤングと彼の研究室のメンバーであるテッド・バージェロ (Ted Bargiello) とロブ・ジャクソン (Rob Jackson) はショウジョウバエで概日遺伝子Period (per)の研究をさらに進めた。彼らはショウジョウバエの組換えDNA断片を構築して細菌内で増殖させ、per変異をもつ動物に注入した。それらの動物の運動活動量の評価には、それを定量的に評価できるモニター機器が用いられた。このチームは昼夜を通してハエの活動を観察、記録し、有効に機能するper遺伝子を導入することでper変異のハエでも正常な概日リズムを獲得することを示した[7]。後に、X染色体上にあるこの遺伝子の配列が決定され、概日リズムが不規則な個体では機能しないタンパク質が産生される一方、概日リズムが一貫して長い・一貫して短い個体ではアミノ酸配列が変わるもののタンパク質としてはまだ機能するということを彼らは発見した[8][9]

 
PeriodとTimelessのタンパク質は結合して安定した二量体を形成し、核内へ移動できるようになる。doubletimeがperiodをリン酸化すると分解が始まる。

Timelessの発見 編集

per遺伝子の発見に続いて、ヤングの研究室は他の概日リズムに関連する遺伝子を探し始めた。1980年代後半、アミタ・セーガル英語版、ジェフ・プライス (Jeff Price) 、バーニス・マン (Bernice Man) の協力の下、ヤングはフォワード・ジェネティクス英語版を利用してハエの概日リズムを変化させる他の変異をスクリーニングした。新たに発見された遺伝子は2番染色体にあり、timeless (tim)英語版遺伝子と命名されクローニングと配列決定が行われた。彼らはtimとperには強い機能的関連があることを発見した。timの変異はperのmRNAの代謝循環を阻害した。1994年、ヤングの研究室の大学院生だったレスリー・ヴォスホール英語版は、PERタンパク質が生分解から保護されると、TIMなしで蓄積するが核には移動できないことを発見した。後にヤングらはTIMタンパク質はper変異個体で核に蓄積しないことを発見した。彼らはPERとTIMが協調して働いているのだと結論づけた[10]。同じく研究室の一員のリノ・シズ (Lino Saez) は、PERとTIMは互いに結合して安定化し、それによって核内での蓄積が可能になることを見出した[11]。その後のヤング、セーガル、エデリーの研究室での研究で、光がTIMの急速な分解を引き起こし、概日リズムの周期をリセットすることが判明した[12][13]

Doubletimeとリン酸化 編集

1998年、ヤングの研究室出身のジェフ・プライス (Jeff Price) はdoubletime英語版カゼインキナーゼ1)と呼ばれるキナーゼを発見したが、これはPERの特定のセリン残基をリン酸化するキナーゼだった。このシグナルはPERタンパク質を分解させる。PERとTIMが結合すると、doubletimeはPERをリン酸化することができないようであり、PERは蓄積するようになる[14]。1998年のヤングのdoubletime変異発見に続いて、2001年にはヒトの家族性睡眠相前進症候群で、カゼインキナーゼ1が正常にリン酸化したセリンを除去するhPer2の遺伝子多型と関連があるものが発見された[15]。他の睡眠相前進症候群はカゼインキナーゼ1遺伝子の変異が原因だった。ショウジョウバエでのdoubletime変異はPERタンパク質のリン酸化と分解を変化させた。これは生物の周期の規則性に影響する。この発見はdoubletimeが概日時計において必須の役割をしているという強固な証拠だった[16]

肩書・受賞歴 編集

脚注 編集

  1. ^ a b c d e f g h 2009 Neuroscience Prize- Michael W. Young”. Biology. グルーバー財団. 2015年4月6日閲覧。
  2. ^ Cha, Arlene Eujung (2017年10月2日). “Nobel in physiology, medicine awarded to three Americans for discovery of ‘clock genes’”. ワシントンポスト. https://www.washingtonpost.com/news/to-your-health/wp/2017/10/02/nobel-prize-in-medicine-or-physiology-awarded-to-tktk/?hpid=hp_hp-more-top-stories_nobel-550am%3Ahomepage%2Fstory&utm_term=.63fe52a2e0d7 2017年10月2日閲覧。 
  3. ^ The 2017 Nobel Prize in Physiology or Medicine - Press Release”. ノーベル財団 (2017年10月2日). 2017年10月2日閲覧。
  4. ^ a b c Biographical Notes of Laureates”. Biology. ショウ財団. 2015年4月6日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g Autobiography of Michael Young”. Biology. ショウ財団. 2015年4月6日閲覧。
  6. ^ a b c d e Mike Young to Receive Shaw Prize”. ロックフェラー大学. 2017年10月2日閲覧。
  7. ^ Bargiello, Thaddeus; Rob Jackson; Michael Young (1984). “Restoration of circadian behavioral rhythms by gene transfer in Drosophila”. Nature 312: 752–754. doi:10.1038/312752a0. PMID 6440029. http://www.nature.com/nature/journal/v312/n5996/abs/312752a0.html 2015年4月8日閲覧。. 
  8. ^ Jackson, Rob; Thaddeus Bargiello; Suk-Hyeon Yun; Michael Young (1986). “Product of per locus of Drosophila shares homology with proteoglycans”. Nature 320 (6058): 185–188. doi:10.1038/320185a0. PMID 3081818. http://www.nature.com/nature/journal/v320/n6058/abs/320185a0.html 2015年4月21日閲覧。. 
  9. ^ Baylies, Mary; Thaddeus Bargiello; Rob Jackson; Michael Young (1986). “Changes in the abundance or structure of the per gene product can affect the periodicity of the Drosophila clock”. Nature 326 (6111): 390–392. doi:10.1038/326390a0. http://www.nature.com/nature/journal/v326/n6111/abs/326390a0.html 2015年4月21日閲覧。. 
  10. ^ Sehgal, Amita; Adrian Rothenfluh-Hilfiker; Melissa Hunter-Ensor; Yifeng Chen; Michael Myers; Michael Young (1995). “Rhythmic expression of timeless: a basis for promoting circadian cycles in period gene autoregulation”. Science 270 (5237): 808–810. doi:10.1126/science.270.5237.808. http://www.sciencemag.org/content/270/5237/808.short0 2015年4月8日閲覧。. 
  11. ^ Saez, Lino; Michael Young (1996). “Regulation of nuclear entry of the Drosophila clock proteins period and timeless”. Neuron 17 (5): 808–810. doi:10.1016/s0896-6273(00)80222-6. http://ac.els-cdn.com/S0896627300802226/1-s2.0-S0896627300802226-main.pdf?_tid=4e53e2ec-de5b-11e4-bd28-00000aacb362&acdnat=1428544626_b7c02d204960033969ef27328bcdd19a 2015年4月8日閲覧。. 
  12. ^ Myers, Michael; Karen Smith; Adrian Hilfiker; Michael Young (1996). “Light-induced degradation of TIMELESS and entrainment of the Drosophila circadian clock”. Science 271 (5256): 1736–1740. doi:10.1126/science.271.5256.1736. http://www.sciencemag.org/content/271/5256/1736.short 2015年4月21日閲覧。. 
  13. ^ Lee, Choogon; Vaishali Parikh; Tomoko Itsukaichi; Kiho Bae; Isaac Edery (1996). “Resetting the Drosophila clock by photic regulation of PER and a PER-TIM complex”. Science 271 (5256): 1740–1744. doi:10.1126/science.271.5256.1740. http://www.sciencemag.org/content/271/5256/1740.short 2015年4月21日閲覧。. 
  14. ^ Price, Jeffrey; Justin Blau; Adrian Rothenfluh; Marla Abodeely; Brian Kloss; Michael Young (1998). “double-time Is a Novel Drosophila Clock Gene that Regulates PERIOD Protein Accumulation”. Cell 94 (1): 83–95. doi:10.1016/s0092-8674(00)81224-6. PMID 9674430. http://ac.els-cdn.com/S0092867400812246/1-s2.0-S0092867400812246-main.pdf?_tid=cb6efce6-de59-11e4-bae3-00000aacb35e&acdnat=1428543977_087933b653277807f832ae58cbaae010 2015年4月8日閲覧。. 
  15. ^ Toh, Kong; Christopher Jones; Yan He; Erik Eide; William Hinz; David Virshup; Louis Ptacek; Ying Fu (2001). “An hPer2 phosphorylation site mutation in familial advanced sleep phase syndrome”. Science 291 (5506): 1040–1043. doi:10.1126/science.1057499. PMID 11232563. http://www.sciencemag.org/content/291/5506/1040.short 2015年4月23日閲覧。. 
  16. ^ Kloss, Brian; Jeffrey L. Price; Lino Saez; Justin Blau; Adrian Rothenfluh; Cedric S. Wesley; Michael W. Young (1998). “The Drosophila Clock Gene double-time Encodes a Protein Closely Related to Human Casein Kinase Iε”. Cell 94 (1): 97–107. doi:10.1016/s0092-8674(00)81225-8. PMID 9674431. http://ac.els-cdn.com/S0092867400812258/1-s2.0-S0092867400812258-main.pdf?_tid=bd826330-decb-11e4-bfa9-00000aab0f6c&acdnat=1428592916_9b75a5a9fc7679e5a0e7daa58dcf1940 2015年4月7日閲覧。. 
  17. ^ Michael W. Young | The Gruber Foundation” (英語). gruber.yale.edu. 2017年10月2日閲覧。
  18. ^ Wiley: Twelfth Annual Wiley Prize in Biomedical Sciences Awarded to Dr. Michael Young, Dr. Jeffrey Hall and Dr. Michael Rosbash.”. Biology. John Wiley & Sons, Inc.. 2015年4月6日閲覧。
  19. ^ Sample, Ian (2017年10月2日). “Jeffrey C Hall, Michael Rosbash and Michael W Young win 2017 Nobel prize in physiology or medicine – as it happened” (英語). The Guardian. ISSN 0261-3077. http://www.theguardian.com/science/live/2017/oct/02/the-2017-nobel-prize-in-physiology-or-medicine-live 2017年10月2日閲覧。 

外部リンク 編集