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リンドホシ

リンドホシ日本競走馬

リンドホシ
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1985年4月9日
登録日 1987年
サンディクリーク
ハセカツマ
母の父 ミステリー
生国 日本の旗 日本北海道浦河町
生産 小倉牧場
馬主 デルマークラブ
調教師 佐藤林次郎美浦
競走成績
生涯成績 47戦4勝
獲得賞金 2億4396万円
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経歴編集

1985年北海道浦河の小倉牧場で生産された。デルマークラブに購入され、美浦の佐藤林次郎厩舎に入厩となった。

1987年7月新潟競馬場の新馬競走(1000メートル)で赤羽秀男騎手を鞍上に競走馬としてデビューし、6番人気で3着に終わる。少し間が空いて8月に同じ新潟で出走し、初勝利を挙げた。また間が空いて、12月に1回出走して2着となり、この年は終わった。

年が明けて1988年は、3月の中京のふきのとう特別から始動し、3着。続く中京のはなのき賞で2勝目を挙げ、オープンに昇級。続く菖蒲特別、重賞初挑戦となったニュージーランドトロフィー4歳ステークスラジオたんぱ賞と3戦連続で2着と好走し、オープンでも十分勝負になることを証明した。

秋初戦の富士ステークス(当時はオープン特別競走)は10着、12月のディセンバーステークスに出走するも8着で終わり、以降4戦して2着2回と勝ちきれずにいたが、1989年4月京王杯スプリングカップを7番人気で制し、重賞初勝利を挙げた。手綱を取っていたのは富士ステークスから騎乗している的場均騎手であった。続く安田記念でG1競走初挑戦となり、2番人気に押されたものの10着に終わった。

以降はおもに短距離〜中距離のレースに出走し、エプソムカップ(1989年)と東京新聞杯1990年)で2着など、大崩れなく走り、1990年6月のパラダイスステークス(オープン特別競走)で久しぶりの勝利を挙げた。それ以後は時々好走するものの、勝つことはできなかった。慢性的な裂蹄(蹄の一部が裂ける疾病)に悩まされながら1992年スプリンターズステークスまでレースに出走し続け、同競走を最後に引退した。競走成績は47戦4勝、2着9回だった。

血統表編集

リンドホシ血統フェアウェイ系 / Djebel 5×5=6.25%、Nearco 5×5=6.25%(父内)、Fairway(Pharos) 5×5=6.25%、Avena(プリメロ) 5×5=6.25%(母内)) (血統表の出典)

*サンディクリーク
Sundy Creek
1976 栗毛
父の父
Petingo
1965 鹿毛
Petition Fair Trial
Art Paper
Alcazar Alycidon
Quarterdeck
父の母
Keep Right
1969 栗毛
Klairon Clarion
Kalmia
Narrow Escape Narrator
Press Forward

ハセカツマ
1973 栗毛
*ミステリー
Mystery
1959 鹿毛
Milesian My Babu
Oatflake
Paleo Pharis
Calonice
母の母
ヤマトマサル
1965 栗毛
コダマ *ブッフラー
シラオキ
ミスミハル ミハルオー
マイラブ F-No.12

外部リンク編集