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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はテレーロ第二姓(母方の)はガルシアです。

ルイス・エンリケ・テレーロ・ガルシアLuis Enrique Terrero Garcia , 1980年5月18日 - )は、ドミニカ共和国出身のプロ野球選手外野手)。

ルイス・テレーロ
Luis Terrero
20120320 Luis Terrero,outfielder of the Tohoku Rakuten Golden Eagles,at Yokohama Stadium.JPG
楽天時代
(2012年3月20日、横浜スタジアムにて)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 バラオナ州
生年月日 (1980-05-18) 1980年5月18日(39歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1997年 アマチュアFA
初出場 MLB / 2003年7月10日
NPB / 2012年3月30日
最終出場 MLB / 2007年9月30日
NPB / 2012年6月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴編集

ダイヤモンドバックス時代編集

1997年、アマチュアFAでアリゾナ・ダイヤモンドバックスと契約したが、肋骨や足首、股関節、大腿二頭筋を次々と痛めるなど怪我に悩まされた。

2003年7月10日サンディエゴ・パドレス戦でメジャーデビューを果たした。

2004年はシーズン半ばからメジャーに定着し62試合に出場。傘下のAAA級ツーソン・パドレスでは58試合の出場で打率.313、9本塁打、OPS.909、15盗塁の成績を残すが、2度の出場停止処分を受けた。

2005年は88試合に出場。8月10日フロリダ・マーリンズ戦ではマイク・ローウェル隠し球の犠牲になった[1]

オリオールズ時代編集

2006年の開幕前にボルチモア・オリオールズへ移籍した。傘下のAAA級オタワ・リンクスでは84試合の出場で打率.318、16本塁打、OPS.927、18盗塁を記録したが、メジャーでは26試合の出場に留まった。

ホワイトソックス時代編集

2007年は、シカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結ぶ。初出場となった5月1日シアトル・マリナーズ戦では本塁打を放った。10月3日にはホワイトソックスからのマイナー契約を断ってFAとなった。

オリオールズ復帰編集

2008年は、ボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結ぶ。傘下のAAA級ノーフォーク・タイズでは129試合の出場で打率.274、13本塁打、OPS.786、13盗塁の成績に終わり、メジャーでの出場はなかった。

独立リーグ、メキシコ時代編集

2009年は、独立リーグであるノーザンリーグカンザスシティ・ティーボーンズと契約し、シーズン途中からメキシカンリーグラグナ・カウボーイズと契約を結んだ。

レッズ時代編集

2010年は、シンシナティ・レッズとマイナー契約を結ぶ。傘下のAA級カロライナ・マドキャッツとAAA級ルイビル・バッツでプレーし、計76試合の出場で打率.283、12本塁打、OPS.856、8盗塁の成績を残した

メキシカンリーグ復帰編集

2011年は、メキシカンリーグのメキシコシティ・レッドデビルズに所属。97試合の出場で打率.390、38本塁打、110打点、OPS1.254、30盗塁を残し、最多打点とMVP(最優秀選手)を獲得した[2]。30本塁打&30盗塁はメキシカン・リーグ20年ぶり史上2人目の記録だった。オフにコロラド・ロッキーズとマイナー契約を結びドミニカ共和国ウィンターリーグに参加した。

楽天時代編集

2011年11月にロッキーズオーナーのチャーリー・モンフォート東北楽天ゴールデンイーグルス監督の星野仙一から相談を受けたことから、楽天の入団テストを受け[2]、12月11日に楽天と契約したことが発表された[3]

2012年、開幕戦では7番・左翼手として出場し、4月3日のソフトバンク戦で初の4番に座った。しかし、春先から打率は低迷し、最終的にはわずか34試合の出場で打率.153と期待を大きく裏切り、本塁打も5月19日に阪神戦で能見篤史から放った1本だけに終わった。シーズン終了後の11月21日、自由契約選手として公示された[4]

メキシカンリーグ再復帰編集

2013年はメキシカンリーグのメキシコシティ・レッドデビルズでプレー。この年はリーグトップの長打率.744とOPS1.209を記録する活躍を見せる。

2014年もレッドデビルズと契約し、シーズン途中からカンペチェ・パイレーツに移籍。

2015年サルティーヨ・サラペメーカーズと契約。

2016年4月23日にレイノサ・ブロンコスと契約するが、4試合の出場で退団。6月25日に独立リーグ・アメリカン・アソシエーションジョプリン・ブレイスターズと契約するが、7試合の出場で退団する。

選手としての特徴編集

打撃ではメジャー通算の得点圏打率.289と勝負強さを備えるが長打力に欠ける他、変化球への対応に難があり[5]、メジャー通算の三振率25パーセントを記録している。

守備では強肩を誇り[6]外野手3ポジションを守るが、UZRDRS共に平均を下回る。マイナーでシーズン20盗塁以上を5度記録した俊足も備えるが必要以上に塁を狙うことが多く[5][6]、盗塁成功率はマイナー通算65パーセントと確実性に欠ける。

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
2003 ARI 5 5 4 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 .250 .400 .250 .650
2004 62 255 229 21 56 14 0 4 82 14 10 2 1 0 20 2 5 78 5 .245 .319 .358 .677
2005 88 184 161 23 37 6 1 4 57 20 3 2 2 1 14 0 6 40 5 .230 .313 .354 .667
2006 BAL 27 42 40 4 8 1 0 1 12 6 0 3 0 0 1 0 1 7 0 .200 .238 .300 .538
2007 CWS 61 139 117 18 27 2 0 5 44 12 4 3 1 0 12 0 9 35 1 .231 .348 .376 .724
2012 楽天 34 121 111 8 17 2 0 1 22 7 2 0 0 1 7 0 2 30 0 .153 .215 .198 .413
MLB:5年 243 625 551 66 129 23 1 14 196 52 17 10 4 1 47 2 22 161 11 .234 .319 .356 .675
NPB:1年 34 121 111 8 17 2 0 1 22 7 2 0 0 1 7 0 2 30 0 .153 .215 .198 .413
  • 2018年度シーズン終了時

記録編集

NPB

背番号編集

  • 27 (2003年 - 2005年)
  • 28 (2006年)
  • 30 (2007年)
  • 44 (2012年)

脚注編集

  1. ^ MLB News - 隠し球が勝敗の鍵に マーリンズ対Dバックス戦(MAJOR.JP)” (2005年8月11日). 2006年4月5日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年11月20日閲覧。
  2. ^ a b 星野監督、7分間で即決!新助っ人砲・テレーロ電撃獲得!”. スポーツ報知 (2011年11月20日). 2011年11月20日閲覧。
  3. ^ ルイス・エンリケ・テレーロ選手との契約合意に関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2011年12月11日). 2011年12月11日閲覧。
  4. ^ 2012年度 自由契約選手2012年11月21日 日本野球機構公式サイト
  5. ^ a b 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』廣済堂出版、2005年、438頁。ISBN 4-331-51093-X
  6. ^ a b N.L. reports

参考文献編集

  • メキシカン・リーグ記録年鑑 "Quién es Quién"(Liga Méxicana de Béisbol)
  • Pedro Treto Cisneros『The Mexican League/Comprehensive Players Statistics, 1937-2001』(McFarland&Company, Inc., Publishers)
  • Pedro Treto Cisneros『Enciclopedia del Béisbol Mexicano』(Revistas Deportivas S.A. de C.V.)

関連項目編集

外部リンク編集