ワニ形上目
ワニ形上目(ワニけいじょうもく、学名:Crocodylomorpha)は、爬虫綱主竜形下綱に分類される上目。中生代の後期三畳紀に出現し、陸棲・半水棲・海棲と多くの生態的地位に適応した属種を輩出した。現生のワニ目と、スフェノスクス類や原鰐類などの近縁の絶滅群を含む[2]。ワニ形類[2]、ワニ型類[3]、鰐型類[4]ともいう[注釈 1]。
ワニ形上目 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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地質時代 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
後期三畳紀 - 現代 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
分類 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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学名 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Crocodylomorpha Hay, 1930 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
和名 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ワニ形上目[1] | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
目 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
本文参照 |
進化史
編集ワニ形上目は三畳紀に出現した[6]。その起源は明確にされていないが、プロテロスクスのような主竜形類から派生したと考えられている[7]。当時のワニ形上目は現在のワニから想像されるような大型の動物ではなく、小型で後肢が長く、現生のネコやイヌのように踵を浮かせて歩行する趾行性の動物であった[6]。前肢は後肢に比べて短いことから、基本的に二足歩行で行動し、前肢は獲物の捕獲や補助的な歩行に用いられていたと推測されている。初期のワニ形上目の例として後期三畳紀のテレストリスクスやグラキリスクスが挙げられる[8]。二足歩行のワニ形上目は三畳紀のみに限られるわけではなく、2019年には大韓民国慶尚南道晋州市から二足歩行のワニ形上目のものと思われる白亜紀の足跡化石が発見されている[9]。
ワニ形上目は前期ジュラ紀から短期間のうちに多様化して数多くの生態的地位を埋めており、陸上・河川・湖沼・河口・海洋へ進出した[7]。例えば、陸上では中期ジュラ紀のマダガスカルにラザナンドロンゴベが生息していた。本属は全長約7メートル、体重は最大で約1トンと推定されており、当時の恐竜を差し置いて頂点捕食者の地位に居たと考えられている[10]。前期ジュラ紀の初頭には現生のワニを含むより小さな系統群である新鰐類が登場した。当時の新鰐類は現生のワニと比べて大きくはなく、全長1 - 3メートル程度のものが主であった[7]。新鰐類の代表例として挙げられる属に後期ジュラ紀のゴニオフォリスがいる。ゴニオフォリスは全長2,3メートルで、現生のワニと酷似した腹這いの姿勢を採っていた。つまり、より基盤的なワニ形上目のように内陸を直立歩行するのではなく、水辺に潜む捕食動物としての半水棲の生態に適応していた[11]。後期ジュラ紀のメトリオリンクスに代表されるメトリオリンクス科は海棲適応を果たしており、四肢はヒレ状に特殊化を遂げた[8]。ただし当時の頂点捕食者は彼らではなく首長竜のリオプレウロドンであったと推測される[7]。
新顎類は白亜紀に大型化を遂げた。その代表例は前期白亜紀のサルコスクスである。サルコスクスは全長約12メートルに達する大型の捕食動物で、魚類だけでなく翼竜や中型の恐竜も獲物にしていたと考えられている。後期白亜紀には正鰐類が出現し、そのうち現生ワニ目のクロコダイル科とアリゲーター科が分布を拡大した。これらの属種には北極へ進出するものもいた。ガビアル科の出現は前者2科と比べて遅く、新生代の古第三紀始新世の前期に出現した[7]。
なお、半水棲の新鰐類のみが白亜紀末の大量絶滅を生き延びたわけではない。新鰐類の姉妹群であるノトスクス亜目に属するセベコスクス類と呼ばれる陸棲の系統は、新第三紀中新世までの化石記録が確認されている[12]。
解剖学的特徴
編集ヒトを含む哺乳類の歯では、エナメル質に覆われていない歯根部の象牙質がセメント質に覆われ、顎の骨に開いたソケットに収納されている(槽生)。ワニ形上目をはじめとする主竜類もまたセメント質の槽生を獲得している[13]。歯は哺乳類と対照的に生涯を通じて何度でも生え変わる多生歯性を持つ。原毛・体毛の発達したキノボリトカゲ科や哺乳類で生え変わりの回数が少なく、羽毛の生えた鳥類ではそもそも歯が失われていることから、体毛と歯の生え変わりには負の相関があることが示唆されている。これについて木曽太郎は、ある遺伝子産物が体の前後軸方向に勾配をなし、頭部側で高ければワニ形上目をはじめとする多生歯性、後側で高ければ鳥類をはじめとする体毛の発現に繋がると可能性を指摘している[13]。
四肢の構造としては、哺乳類を含む獣弓目と同様に脚が体の下へ位置する、直立に近い姿勢を採る。すなわち、トカゲ(有鱗目)のように脚を横へ突き出して地面に這いつくばるような姿勢を採らない[13]。これは、腸骨の寛骨臼が外側を向く基盤的な主竜形類と異なり、ワニ形上目では寛骨臼が大腿骨頭側へ拡大して下側を向いている(すなわち大腿骨軸が下向きに位置する)ためである。この直立歩行の獲得は寛骨臼が貫通して直立を可能とした恐竜の直立様式とは由来を異とする[6]。なお、現生のワニでは大腿骨が下向きになっておらず、直立姿勢は失われている。現生のワニでは這い歩き、半直立の高這い、ギャロップといった歩行様式が見られる[14]。
遠位足根骨は癒合しており、獣弓目ゴルゴノプス亜目との収斂を示す[13]。足根骨の蝶番状の関節には隆起があり、足の筋肉の力を補助している[6]。また、ラウィスクス類やオルニトスクス科と同様に第5中足骨が退化し失われている。加えてワニ形上目では第5趾も失われている[13]。
軟組織の化石記録を遡ることはできないが、ワニと鳥類に2心房2心室の心臓が確認されていることから、ワニ形上目も2心房2心室の心臓を持っていたと推測される。また有鱗目やカメ(主竜形類)は2心房1心室の心臓を持つため、2心房2心室という形態形質は槽生の獲得後に進化したと考えられる[13]。
系統
編集Benton (1997) によると、主竜類は、プロテロスクス科・エリスロスクス科・ユーパルケリアが枝分かれした後、恐竜および翼竜の共通祖先とワニ形上目の祖先に二分された[13]。そしてこの時点でのワニを含む系統群を偽鰐類と呼称する。「偽」という表記がなされているが、実際のワニ目もこの偽鰐類に分類される[11]。偽鰐類にはワニ形上目の他にラウィスクス類・アエトサウルス目・植竜類・オルニトスクス科などが分類される[13]。
以下は Nessbitt (2011) に基づいてワニ形上目の系統学的位置を示したクラドグラム [15]。
主竜形類 |
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以下はNessbitt (2011)[15] とBronzati (2012)[16] に基づいてワニ形上目内の系統関係を示すクラドグラム。
ワニ形上目 |
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現生のワニ(ワニ目)を考える場合、偽鰐類、ワニ形上目、鰐形類、中正鰐類、新鰐類、正鰐類の順に分類階級を下っていく[4][11]。代表的な化石種では、デイノスクスは正鰐類[7]、ゴニオフォリスやサルコスクスは新鰐類[7][11]のレベルで分類が一致する。
注釈
編集出典
編集- ^ 巌佐庸・倉谷滋・斎藤成也・塚谷裕一編「生物分類表」『岩波 生物学辞典 第5版』岩波書店、2013年、1531—1666頁。
- ^ a b ダレン・ナッシュ「ワニ類」、スティーヴ・パーカー編、日暮雅通・中川泉 訳『生物の進化大事典』養老孟司 総監修・犬塚則久 4-7章監修、三省堂、2020年、254–255頁。
- ^ 鈴木大輔・千葉謙太郎・田中康平・林昭次「ワニの筋学—古脊椎動物学者に必要な解剖—III.腰帯・後肢」『化石』第90巻、日本古生物学会、2011年、37–60頁。
- ^ a b c 中井穂瑞領「腿跗類の衰退」「ワニの始まり」、中井穂瑞領・川添宣広『ワニ大図鑑』誠文堂新光社、2023年、23–30頁。
- ^ 平山廉「中生代の大型爬虫類」「主竜類」、日本進化学会 編『進化学辞典』共立出版、2012年、381–382, 385–387頁。
- ^ a b c d グレゴリー・ポール 著、東洋一、今井拓哉、河部壮一郎、柴田正輝、関谷透、服部創紀 訳『グレゴリー・ポール恐竜辞典 原著第2版』共立出版、2020年8月30日、8-12頁。ISBN 978-4-320-04738-9。
- ^ a b c d e f g ティム・ヘインズ、ポール・チェンバーズ 著、椿正晴 訳『よみがえる恐竜・古生物 超ビジュアルCG版』SBクリエイティブ、2006年7月15日、81,115頁。ISBN 4-7973-3547-5。
- ^ a b 鈴木大輔、林昭次「ワニの筋学-古脊椎動物学者に必要な解剖- : II.肩帯・前肢」『化石』第87巻、日本古生物学会、2010年、83頁、doi:10.14825/kaseki.87.0_83。
- ^ “二足歩行のワニの足跡発見、1.1億年前の新種、韓国”. 日経ナショナルジオグラフィック (2020年6月15日). 2021年6月17日閲覧。
- ^ 「恐竜の歯持つ巨大ワニ、ジュラ紀最強か 新しい化石で判明」『CNN News』CNN、2017年7月5日。2021年6月17日閲覧。
- ^ a b c d 土屋健『ifの地球生命史』技術評論社、2021年2月13日、90-91頁。ISBN 978-4-297-11920-1。
- ^ Turner, A.H.; Calvo, J.O. (2005). “A new sebecosuchian crocodyliform from the Late Cretaceous of Patagonia”. Journal of Vertebrate Paleontology 25 (1): 87–98. doi:10.1671/0272-4634(2005)025[0087:ANSCFT]2.0.CO;2 .
- ^ a b c d e f g h 木曽太郎「多面発現的変異が形態進化に及ぼす影響」『化石』第67巻、日本古生物学会、2000年、44-57頁、doi:10.14825/kaseki.67.0_44。
- ^ 鈴木大輔、千葉謙太郎、田中康平、林昭次「ワニの筋学-古脊椎動物学者に必要な解剖- : III.腰帯・後肢」『化石』第90巻、日本古生物学会、2011年、doi:10.14825/kaseki.90.0_37。
- ^ a b Nesbitt, S.J. (2011). “The early evolution of archosaurs: relationships and the origin of major clades”. Bulletin of the American Museum of Natural History 352: 1–292. doi:10.1206/352.1. hdl:2246/6112 .
- ^ Bronzati, M.; Montefeltro, F. C.; Langer, M. C. (2012). “A species-level supertree of Crocodyliformes”. Historical Biology 24 (6): 598–606. doi:10.1080/08912963.2012.662680.