三橋村 (埼玉県)

日本の埼玉県北足立郡にあった村

三橋村(みはしむら)は、かつて埼玉県北足立郡にあった1891年並木村(なみきむら)から改称した。1940年に大宮町・日進村・宮原村・大砂土村と合併して大宮市となり消滅した。概ね現在のさいたま市大宮区上小町の全域、同桜木町三橋の各一部、西区下内野の全域、同三橋の一部にあたる。

三橋村
廃止日 1940年昭和15年)11月3日
廃止理由 新設合併
大宮町三橋村日進村宮原村大砂土村大宮市
現在の自治体 さいたま市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
北足立郡
団体コード 当時存在せず
総人口 5,567
国勢調査1940年
隣接自治体 北足立郡大宮町、与野町日進村指扇村植水村大久保村
三橋村役場
所在地 埼玉県北足立郡三橋村大字並木[1]
外部リンク 当時村ホームページは存在せず
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地理編集

三橋村の村名の由来は、村内を流れる鴨川に藤橋、並木橋、内野橋という3本の橋が架かっていたことから。

合併により大宮市の一部となってからは、村内の地名は中小村田→中小町、上小村田→上小町、側ヶ谷戸→側ヶ谷戸町、並木→並木上・中・南町、下内野→内野下町などと呼ばれていた。これは通称の町名であり、正式な表記としては依然として大字並木や大字上小村田など従前のものを引き継いでいた。

その後大宮市内で町名地番整理が始まり、この地区は並木○丁目や小村田○丁目と命名される予定であったが、地域住民からかつての三橋村の名を残したいという申し出があり、「三橋」が残ることとなった。

並木や小村田、側ヶ谷戸といった地名は現在は消滅しており、バス停や公園の名に名を留める。また大宮区上小町は旧地名の大字上小村田からきている。側ヶ谷戸古墳群などの史跡がある。

隣接していた自治体編集

※下記の自治体は現在さいたま市であり、括弧内は市内の行政区を示す。

歴史編集

脚注編集

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参考文献編集

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104

関連項目編集