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ギャランΛ(ギャランラムダ)は、三菱自動車工業が製造・販売していた、2ドアハードトップである。ギャラン店で販売されていたこのギャランΛに対し、1978年に新設された『カープラザ店』から発売されたエテルナΛ(当初の車名は『ギャランΛエテルナ』)は、バッジやグリル、灯火類のデザイン違いの姉妹車である。 

目次

歴史編集

初代(1976年-1980年)A121A/A123A/A131A/A133A/A135A型編集

三菱・ギャランΛ(初代)
A121A/A123A/A131A/A133A/A135A型
2000スーパーツーリング
2600スーパーツーリング
79MY 2000GSR(輸出仕様)
販売期間 1976年11月 - 1980年5月
デザイン 二村正孝
乗車定員 5人
ボディタイプ 2ドア ピラーレスハードトップクーペ
駆動方式 FR
全長 4,650mm
全幅 1,675mm
全高 1,330mm
ホイールベース 2,515mm
車両重量 1,165kg
別名 北米:
三菱・スコーピオン(初代)
ダッジ・チャレンジャー(2代目)
プリムス・サッポロ
先代 三菱・ギャランGTO
三菱・ギャランハードトップ
-自動車のスペック表-
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当時のアメリカクーペ等に影響されつつ、角形四灯ヘッドライト(日本車としては初の採用)やサイドに折れ曲がったリアウィンドウを採用した直線的スタイルで、内装でも、国産車初採用となった一本スポークのステアリングホイールとも相まって、斬新な印象を人々に与え、先行発売のギャランΣ同様当時の三菱の花形車種の一つとなった。

機構面では、前輪ストラット、後輪4リンク式固定軸のサスペンションを含めて、4ドアのギャランΣと同一だが、トレッドが前後輪とも拡幅され、ブレーキが4輪ともディスク式となっていた。

 
リアビュー(サッポロ)

海外へはMitsubishi Sapporo(サッポロという名称は札幌オリンピックにちなんで名付けられた)という名前で輸出され、北米市場ではクライスラーの販売網で売られ、プリムス・サッポロや2代目ダッジ・チャレンジャー、三菱・スコーピオンとして輸出された。


2代目(1980年-1984年)A162A/A163A/A164A/A166A/A167A型編集

三菱・ギャランΛ(2代目)
A162A/A163A/A164A/A166A/A167A型
2000GSRターボ
サイド(スコーピオン)
販売期間 1980年5月 - 1984年10月
乗車定員 5人
ボディタイプ 2ドア ハードトップ
駆動方式 FR
全長 4,570mm
全幅 1,675mm
全高 1,355mm
ホイールベース 2,530mm
車両重量 1,225kg
別名 北米:
三菱・スコーピオン(2代目)
後継 ギャランΣハードトップ
-自動車のスペック表-
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  • 1980年5月 - フルモデルチェンジ。G62B型1800cc(A162A)、G63B型2000cc(A163A)、ECI仕様G63B搭載の2000GSR(A164A)、G54B型2600cc(A166A)、4D55型2300ccディーゼル(A167A)がラインナップ。自動車排出ガス規制はMCA-JETで53年規制に適合。
    • 11月 - 2000ターボ発売。2600cc、2000ccECIが廃止。
  • 1981年4月 - 2000ターボAT発売。
    • 5月 - ロイヤルECI(A164A)と2300ディーゼルターボCX・AT発売。
    • 11月 - マイナーチェンジで車種編成を縮小する。
  • 1982年11月 - 一部変更。
  • 1983年10月 - 一部変更。
  • 1984年10月 - 販売終了。ギャランΣハードトップが事実上の後継車種となる。

全長、およびホイールベースの数値の違いを除き、初代モデルのスタイリングをほぼそのまま継承、異型ヘッドライト採用やメッキ部品の抑制でよりモダナイズされていた。また、それまでの『ギャランΛエテルナ』は『エテルナΛ』と改名。また、2ドアのスペシャリティーカーであるものの2代目Λにはディーゼルエンジン搭載車も存在する。足回りは上位モデルのGSR(A164A)とロイヤル(A166A)のみ前後ストラット四輪独立懸架、それ以外の普及モデルはリア4リンクコイル式固定軸という構成で、FR三菱・スタリオンでも極初期には同様の足回り構成が見られた。

名前の由来編集

  • 『GALANT』は、フランス語の「勇ましい、華麗な」という意味。
  • 「Λ」はアルファベットの「L」に相当する文字で、「ラグジュアリーカー」としての意味合いを持つ。

関連項目編集

外部リンク編集