丸谷喜市

丸谷 喜市(まるや きいち、1887年明治20年)10月3日 - 1974年昭和49年)7月10日)は、日本経済学者神戸経済大学(現・神戸大学)初代学長、神戸大学名誉教授。

人物・経歴編集

北海道函館区(現・函館市)出身。北海道庁立函館商業学校(現・北海道函館商業高等学校)、神戸高等商業学校(現・神戸大学)を経て、1912年に東京高等商業学校(現・一橋大学)専攻部を卒業。

長崎高等商業学校(現・長崎大学)教授を経て、1917年、母校である神戸高等商業学校教授に就任。1918年から1921年まで欧米に留学する。

1935年瀧谷善一とともに神戸商業大学(現・神戸大学)初代経済学博士となる。1942年から1944年まで神戸商業大学第2代学長、大学の改称により、1944年からは1946年まで神戸経済大学の初代学長となる。

1946年に退官し、関東学院大学教授、甲陽学院中学校・高等学校長を歴任。1951年から甲南大学教授を務め、同大学経済学部長等を務めた。1967年退職し大阪産業大学教授に就任。

石川啄木の友人としても知られ、八十島元の筆名で歌人としても活動した。宮崎郁雨は函館商業の同級生[1][2][3]

脚注編集

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  1. ^ 「丸谷 喜市」20世紀日本人名事典
  2. ^ 「丸谷喜市」デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  3. ^ 「啄木晩年の親友 丸谷喜市博士」『上方文庫5 石川啄木と関西』和泉書院1987年01月01日